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踊らない会議


 立花はこの日始めて、軍事会議に参加していた。

 他の会議では書記のようなことをしている立花が副官の鬱金うこんと並んで、死んだように見つめる先には金に染めた髪に派手な服装の男、参席将軍の桐生が三人の薄着の女性を侍らせている。


 不快だった。


 噂では聞いていたし、広い簡易テントは寒い。寒がりな桐生が普段から人肌が一番、とか言っているのは知っているが、お堅い会議で見ると失望が入り混じったなんとも言えない忌々《いまいま》しさだ。

 しかも桐生も女達も真面目に会議に参加しているというのが、周囲が慣れているのか全く動じないのと合わせてシュールだ。


 絶対おかしい、そう思って最近桐生軍に来たばかりの鬱金を眺めるが、涼しい顔で話を聞いている。


 ……、考えるのはやめよう。立花は思考を強制終了して話に耳を傾けるが、そもそも余計な事を考えてしまったのは会議が退屈だからだ。事前に貰った資料と代わり映えしないのは、万が一の為の確認なのだろうか?

 知ってるから聞かない、何てことは出来ないので立花は癖でペンを回し始める。




 そしてしばらく話が進むと立花は唐突にペンを落とした。

 目の前に転がって来たペンを返そうと鬱金が立花を見ると、険しい顔で固まっていた。


「立花様、どうかしましたか?」

 鬱金が小声で尋ねるが、立花は上の空で首を降る。


 何があったのだろうと思うが、今は地図を見ながら配置の確認をしている所で特別変わった事はない。強いて言うなら、立花隊が二つに別けられているぐらいだろう。

 それ自体も懲罰部隊が一番危ない所に配置されるのは仕方がない。そもそも立花は懲罰部隊の事は全く心配していないから関係なさそうだし、本隊の配置も左翼後方で何も期待されていない埋め合わせのような場所だった。


 会議終了後、人が帰り始めた席で改めて尋ねると、立花は青い顔で答える。


「あの予定戦域って、冗談じゃないよな?」

「はい、妥当な所だと思いますが?」

 鬱金の言葉を噛み締めた立花は深い溜息とともに沈み込む。

「場所に問題でも?」

「あそこな、うちの国で一番の森林資源なんだ……」

「?」

「戦争で燃えたりしたら国の年間の取引の三割が消える」

「それはもったいないですね」



 立花達の国は、南北に細長い大陸の南西に位置し、森の国レオモレアと呼ばれる農林王国だ。温暖な南方では果樹や野菜を作り、北では頑丈な木を建材などの目的で作っている。

 この星では石油が存在しない為にプラスチックなどの素材が作れず、石材、金属資源も危険で確保が難しい。日常的な物はほとんどが、簡単に手に入る木材か砂を溶かせば出来るガラスで賄われている。

 そんな訳でレオモレアにおける森林資源への依存度はかなり高い。



「おかしいと思ったんだよ……レオモレア相手に木材の関税なくさせるなんて普通だったら意味ないのに……」


 立花は少し前にレオモレアの北にある国に行って、ウチが戦ってる間は攻めてこないでね、という取引をしてきた。その際に出された条件が一方的な関税の撤廃だ。立花は警戒して”引き下げ”にしようとしたが”関税ゼロ”にこだわった相手国は期限付きで条件を飲んだ。


戦神いくさがみはここが戦場になるって分かってたのか……」

「そうなんでしょうね。ですが立花様、戦ってる相手の領地ですからいいんじゃないですか?」

「レオモレアはレオモレアだろ?」


 敵の物は無関係と考える鬱金と、文官で国内の内戦と考える立花では認識が違うのかもしれない。


「でもさぁ……俺首席の領地で一番守らなきゃいけないの彼処あそこだと思うんだよなぁ……その為に不便にしてるのかと思ってたんだけど……」

「違ったみたいですね。あの感じですと敵は準備万端で待ってますよ」

「なんで……?」

「そうですねぇ……」


 戦の素人、立花の専属家庭教師のような立場の鬱金は現在の状況を整理してやる。


 まず、領地は味方が南にあり、敵は北だ。今回は敵の難癖に怒った桐生が先に出陣した形なので、敵の領地に踏み込んでの戦いになっている。

 急峻な狭い谷を挟んで尾根伝いに両軍が布陣するのだろう。

 先程の布陣図を見ると桐生の左翼、立花の布陣する方に街があり、反対側は蟲という化け物除けが張られた安全圏の終わり。左右への展開は難しいので前後に部隊を動かしていく戦闘が予想される、とここまで説明すると立花が愚痴を挟む。


「そもそもなんでそこにするの? 外でやればいいのに……」

 立花のいう外とは安全圏の外側のことだろう。

「蟲に襲われてそれどこじゃなくなってしまいます」

「じゃあ、市街地は?」

「一般人は巻き込みたくないし、市街地は隠れる所が多いですから面倒なんです」

「だから森?」

「そうです、普通は安全圏ギリギリでやるんですが、今回は人が多いので広がっちゃったんでしょう」

「もっと北じゃダメだったのか?」

「雨季が近いですから、この時期北は天候が不安定ですし、敵の本拠地に近すぎます」

「首席は彼処の価値が分かってなかったのか……」

「敵の簡単な基地もできてるみたいですし、分かってないんでしょう……」

 立花は始めて首席将軍に殺意を覚えた。


「あ〜行きたくない」

 立花は面倒なことが嫌いだ。自分で価値が感じられないことをする時は大体嫌そうにしている。鬱金は、立花の態度から数日前の仮装パーティーでの出来事を思い出す。




  ▽▲▽




 仮装パーティーの前、立花の所為で狐耳を付けさせられた隊員を見て、立花は心から申し訳なさそうにしていた。ちなみに鬱金は中華風の武将姿に狐耳だった。どちらかで十分だったと思うのだが、桐生がご機嫌で決定したので仕方がなかった。


 しかも新顔は余興を披露させられた、適当に演武でお茶を濁したが次があったら恐ろしい。女装で歌を披露していた隊の痛々しさは忘れられない。


 出番が終わった鬱金に狐耳を装備した立花が抱きついてきた。

「うこぉ〜ん、どこ行ってたの〜? 助けて〜」

 酔っ払った立花を見るのは二度目だったが、前回も泣きながらしがみついてきた。


「今度は何があったんですか?」

「かいどーが……海棠がね、訓練しろっていうの〜」

「すればいいじゃないですか」

「海棠の訓練は死んじゃうんだよ〜!!」


 立花が必死に訴えるので鬱金は近くにいた隊員を見る。微笑ましげに立花を眺めていた隊員は静かに頷いた。先週まで海棠の訓練を受けていた者が同意するのだから間違いないのだろう。


「心外ですよ、立花さん? 俺は立花の為を思って言ってるの、女の子に殴られて痛がってるようじゃ、すぐ死ぬから」


 立花を追って現れたらしい海棠は妙な格好だった。そしてその後ろから眩しいミニスカート姿の棗が現れたので、鬱金は状況を理解した。


「棗さんに殴られるようなことしたんですか?」

「みゅっ……。

 ごめんなさい。冗談のつもりでした」

 立花は鬱金から離れて棗に頭を下げる。

「だから、なちゅめさん。助けてください……」

 立花が精一杯哀れみを誘う様子を見せている。


「訓練は大事です……」

 棗は立花の様子に動揺しているが、助けはしなかった。

「じゃあ、じゃあ、訓練する! 一人でする!」

「それじゃ意味ないなぁ……」

 海棠が赤い瞳を細めて言う。ものすごく加虐的な様子だ。海棠も酔っ払っているらしい。


「うこぉ〜ん」

 立花が鳴いている。

「分かりました。自分が面倒見ましょう。その代わり立花様はしばらく禁酒です!」

「ありがとうごじゃいましゅ〜」

 立花は鬱金に飛びついて喜ぶ。喜ぶのはまだ早いと思うが。




「そう言えば、着いたら訓練をしないとですねぇ? 何の訓練がいいですか?」

 鬱金の言葉に立花は固まる。記憶は残ってるらしい。

「ああ、走り込みでも、筋トレでも、……やります」

「じゃあ、剣ですもしますか?」

 わざと言わなかったのに剣の訓練を決定された立花はすっかり大人しくなった。




 数日後、布陣の終わった戦場で立花と鬱金は剣を構えて向かい合っていた。

 厳密にいうと、鬱金が持っているのは適当な長さの良くしなる棒だ。”ペシペシ棒”に嫌な思い出のある立花だったが訓練用の木刀でも大怪我をするので仕方がない。


 鬱金は立花に何度か打ち込みをさせたが、軽いがスピードがあって筋は悪くなかった。問題は防御だ。立花は相手が打ち込んでくると硬くなってしまって、まともに防御ができないらしい。


「いじめられっ子の本能といいますか……とにかく避けるとかそういう発想が出てこなくてですね……」

「前は落ち着いていたじゃないですか」

「あれは暗かったし、遠くて相手が見えないからで……」


 立花いわく、後ろからや突然だと避けられるらしい。だが、”攻撃します”という感じで正面から向かってこられると精一杯頑張って”受け止める”しかできないらしい。受け止めた所で立花は腕力がないので、当然押し負けてしまう。


「無理無理、立花は運転だけしとけばいいんだよ。勝負根性がないから無駄だって」

 することがないので二人を見ていた、立花の懲罰部隊、通称ゾンビの隊長の鬼田平おにたびらは諦めきった様子だ。


「田平も立花様に教えたとこがあるのか? 」

「俺はねぇよ。うっかり殺しそうだし、鏑木かぶらぎに頼んだんだけどな、まぁ〜ヒっドかった」

 柄が悪く図体も態度もでかい鬼田平の隣には、胡散臭い笑顔の見た目だけは貴公子の鏑木がいる。

「全く動けませんでしたからねぇ。受け止められるようになっただけでも立花様はすごぉいですよぅ」

 完全にバカにした口調で鏑木が言う。


せりに改造してもらえよ、何かこう……羽でもつけてもらってさ、勝手にバンてなるようにさ」

 芹とはゾンビの幹部の一人で軍医をしている女だ。

「出し入れできるなら頼もうかなぁ……」

 鬼田平の適当な提案に賛同するほど立花は訓練が嫌らしい。

「こないだの尻尾でいいんじゃないですか?」

 別の隊員からも声が上がる。


 この手の癖を直すには徹底した反復練習しかないと思うのだが立花にはやる気がないし、人がいないと練習できないのが難点だ。あと攻撃する方が疲れる。


「海棠様なら喜んで相手してくれますよ〜」

「だから海棠相手は死んじゃうんだって! 本当に嬉しそうに攻撃してくるからマジで怖いし!」

 立花は新しく入隊してきた普通の隊員にも早速イジられている。



「では立花様、やり方を変えましょうか?」

「まだやるの?」

「せっかくだから何か成果がないと無駄でしょう?」

「はい」

「自分は動かないので打ち込んできて下さい」

「はい……?」


 立花はそれでいいの? と言いたげな様子だったが鬱金は動かないだけで、何もしないとは言っていない。


 鬱金は立花が構えたのを見て、少し本気の殺気で威圧する。立花は今までの比ではない怯えようだ。


「おっ!」

『すげぇ……』

 周囲では鬼田平が嬉しそうに、他は感心したような声を上げる。


「打ち込めば終わりですよ?」

「……」


 強張った立花は数分経ってもそのままだったので仕方なく終了の合図をする。

 ホッとした様子を見せた立花に向かって下段から振り上げた棒がペシ! っといい音を響かせる。

「油断するのが早いです」

 驚いて目を見開いている立花を見つめ鬱金は呆れ声を出す。


 その後の対策会議の結果、立花は殺気立った相手に打ち込む訓練を続けることになった。

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