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仮装パーティー


 暗めの照明にノリのいい音楽。

 中央のステージでは扇情的な格好の女性が思い思いに踊っている。そんな女性達を眺めながらリズムにのっている男達の格好が、いささかおかしい。


 ある者は頭に角が付いていたり、ある者はまるで一騎当千の武将の様な格好をしていたり、服装にも季節感などまるでない。


 そしてロングヘアに狐耳を付けた、男のくせに色々愛らしい立花たちばなの目の前には、ウエーブの掛かった白髪に羊の角についた爽やかイケメン、海棠かいどうが居る。


「何の格好?」

「悪魔紳士だって……」

 うんざりした様子の海棠の瞳はカラコンのせいで赤い。

「どこら辺が紳士?」

「この服だろ?」

 海棠が着ているのは妙にレースやら刺繍のついた仮面舞踏会のような服だ。残念ながら紳士と執事の区別がつかない立花には、とても紳士には思えない。


「う〜ん。なんか微妙な気がする……」

 別に似合わないとまでは言わないが、海棠がきちんとした服装をしていると違和感がある。普段適当に着崩した格好を見慣れているせいかもしれないが。


「そりゃあ、お前に比べたら誰だって似合わないよ」

「うっ……」

 立花は狐耳に狐の尻尾を付けた完全装備だ。耳も尻尾も大きめなのが小動物感を強調している。しかも耳は先の方が重くなっているのか、立花が頭を動かす度に大きく揺れる。今はうつむいているのでお耳がペタンと伏せた形になっており、大変可愛らしい。


「お前の隊の人ほとんど狐なのな」

「俺のせいで申し訳ない……」

「まあ、俺よりいいんじゃない? てか隊長に合わせるなら俺も爺いみたいな作務衣さむえが良かったわ……」

「今日は老師、ヒゲの仙人の格好だよ?」

「はぁ? ノリノリじゃね〜か……」



 何故こんなコスプレをみんなしているのかと言えば、時は数ヶ月前に遡る。


 ここレオモレアでは王が急逝してしまい、王族に次ぐ地位にいる二人の将軍の、王の座を巡っての争いが佳境を迎えている。

 古参で国の上層部の支持が厚い首席将軍しゅせきしょうぐんは、何とか選挙で王に成りたかった様だが、対抗馬で立花達が仕える参席将軍さんせきしょうぐん桐生きりゅうは、少しでも勝ち目のある戦に持ち込みたかった。

 そして数々の嫌がらせと、”他国のお偉方と勝手に縁組しちゃうぞ攻撃”の結果ついに首席将軍が桐生に宣戦布告し、間も無く開戦の運びとなり、今は戦勝祈願の激励会兼決起集会が行われている。



 集会なら普通に宴会でもすればいいのだが、残念ながら桐生は普通ではなかった。戦に先駆けて新しく入隊した新顔の為に自己紹介を兼ねてキャラに合わせた仮装をしようと言い出した結果がこれである。


 桐生の思いつきの為に衣装を調達したり、無い物は作ったりしていた立花は、女装させられたらどうしようと密かに怯えていたが、出てきたのは狐耳だった。

 他の色々な、例えば猿の被り物やレスラーの様な格好や、全身タイツのヒーローの様なものを着させられている人と比べればだいぶマシだ。立花一人なら。


 新顔のコスプレを作れるほどキャラクターを把握できていなかった立花は、二十才の立花より一回りほど年上の大人達を、”イカツイ狐耳のあんちゃんの集団にする”という惨事を引き起こしてしまった。色々な方面に申し訳ないと立花は思う。



「じゃあ、立花。俺行くけど、絶対に飲み過ぎるなよ!」

「はい!」

 立花は素直に返事をする。海棠は心配そうな顔をしながら人混みに紛れていく。顔の広い海棠と違って友達の少ない立花は宴会では暇だ。忠告に従って隅っこで大人しく飲んでいようと思っていた。




  ▽▲▽




「いいですか? お配りしたのが要注意者のリストです。担当ごとに目を離さない様にして下さい」

 凛とした女性の声に、似たような雰囲気の女達が息のあった返事をする。


 長い髪をポニーテールにした女性としては背の高い浅葱あさぎを筆頭に、ミニスカートの憲兵隊の様な仮装の集団は城内の警備隊だ。奥の警備も担当しているためその殆どが女性だが、戦闘力はかなりのものらしい。どれくらいかと言えば酔っ払って暴れる軍人一人を三、四人で制圧できるぐらい、らしい。

 そんな警備隊に桐生の正妻、一ノ方の侍女であるはずのなつめは参加させられている。そう、棗は侍女だ。侍女の役目に警備は含まれない。棗はとても不本意だった。


「ごめんなさい。棗さん、今回は人手が足りなくて変なお願いをしてしまって……。

 でも棗さんの担当は危険がないから心配しないで、人に絡んだりとか喧嘩したりはしないから、フラフラ何処かに行ったりしないように見てて……」

 浅葱は申し訳なさそうにしている。話に聞いていた通り少し惚けたところのある浅葱は、棗の腕前を褒め称えてくれた。あまり嬉しくはないが真摯さは伝わってくる。見た目とのギャップもあって憎めない感じだ。


「大丈夫です。酔っ払いには慣れていますし、皆さんが心置き無く楽しめるように頑張ります」

 棗は淡い笑みで答えて担当表を受け取った。そこには意外な名前が書いてあった。


『立花 格好、狐』


 みんなが気持ち良く飲むために、この宴会でのトラブルを未然に防ぐことが棗に与えられたミッションだ。戦の前に仲間内で喧嘩したり、怪我をしたりしては本末転倒。つまり要注意者のリストとは酒癖が悪い人のリストだ。

 立花め、何て物にリストアップされているのだ、と棗は心の中で罵る。




 そして狐の立花を探して棗は会場を歩き回るが、中々見つからない。立花は男性の割には小柄なので簡単に人混みに埋もれてしまう。ざっと一周しても立花を見つけられなかった棗は、見慣れた人達が輪になっているのを発見する。きっと立花隊の人なら立花の居場所を把握しているだろうと近づいていった。


 立花隊の面々は妙に盛り上がっている。不思議に思って覗き込むと、集団の中央に立花がいた。

「立花、おいで、お酒いっぱいあるよ〜」

「ほら、立花様、このおつまみ好きでしょう?」

 皆口々に立花の好きそうなもので気を引いている。


「あれ、何してるんですか?」

 棗は近くの人に尋ねる。

「ああ、写真を撮りたくてみんな頑張ってるんだよ」

 どうやら狐の立花との写真を撮りたいが、本人に断られた立花の上司の竹杉たけすぎが、大量に酒を飲ませてしまったらしい。


「それで何で、赤ちゃんがどうやったら自分の所に来るか〜みたいになってるんですか?」

「あはは、そうだね〜。立花様は理性がなくなると幼くなるからね〜」

 すでにかなり出来上がっている男は、酒を求めて近づいて来た立花を捕獲して写真を撮りまくっている人を羨ましそうに見ている。


 そして写真を嫌がって逃げ出した立花と棗の目が会う。

「なちゅめ!」

 なちゅめ? 妙に舌ったらずな立花の声に驚いていると、立花は軽快に棗の背後に回り込んで周囲を威嚇している。


「何なんですか?」

 立花はかなり酒臭い。

「知りゃない!」

 プンプンと効果音が聞こえてきそうな立花の様子は腹が立つほど可愛い。

「あ〜ん、立花〜一緒に飲もうよ〜」

「キモいでしゅ!」

「キモいなんて……傷つくわぁ。涙出そう」

 大黒様のような格好の竹杉がワザとらしく嘘泣きをする。


「立花様、キモいのは置いといてこちらで飲みましょう!」

 何故か必死そうな様子の女性達にも棗の影に隠れたまま立花は首を振る。

「棗ちゃん……うまいこと手なづけたわね!」

 酔っ払いの訳のわからない理屈で詰られる。

「いや……私何もしてないですよね……」


 そこはすでに酔っ払いのカオスと化していた。


「はー。とりあえず立花様は、監視対象リストに入ってますから、ご一緒させて頂きます」

「俺迷惑掛けてる?」

「まぁ、リストアップされるぐらいですから……」

「そっかぁ、ゴメン……」

 立花がしょんぼりすると周りが色めき立ってシャッターを切る。それを嫌った立花は棗の手を引いて奥のテーブル席に避難する。

 お目当の立花が居なくなった集団は勝手に解散して行った。




 広い会場の隅にあるコの字型の席にやってきた二人は、立花が手を離してくれないので並んで座る。


「棗は何でそんな格好なの?」

 今日の棗は憲兵隊風の普段より丈の短いスカート姿だ。

「今日は警備のお手伝いです……」

「ふーん。よく似合ってるよ〜」

 立花が見た事もない無邪気な笑顔を向けてくる。


「あっ、ありがとうございます。立花様の狐もとてもお似合いです」

「それは嬉しくないです……」

 立花はつまらなそうにお酒を飲み始める。

「それよりどれだけ飲んだんですか? かなり酒臭いですよ?」

「ゴメンなさい」

「もう、お酒は禁止です!」

「え〜っなんでぇ? まだ大丈夫だよ〜」

「酔っ払いは大体そう言うんです!」


 棗の説得にも立花の視線は棗を通り越して何処かを見つめている。そして何かに向かって、それはそれは愛らしく微笑む。

「たっ立花様?」

 棗が動揺している間に給仕のお姉さんがやってきた。声も掛けてないのにどうしたのかと思っていると、立花がニコニコしながらお酒とツマミ、ついでに棗の飲み物も頼む。


「いっぱいお願いしますっ!」

 あざとさすら感じさせる様子で酒を頼んだ立花はご機嫌だ、手元の酒を飲みながら足をブラブラさせて鼻歌を歌っている。その仕草に完璧について来ている狐耳と尻尾は絶対に特別製だと思う。


 何だこれは! 普段のクールビューティを何処に落としてきた!

 超可愛いじゃないか! 乙女のプライドを傷付けるんじゃない! 棗は心中で叫んだ。


 そしてテーブルいっぱいに運ばれてきたのは原型がわからない程の赤い料理と、かなりアルコール度数の高い小さい瓶のお酒、およそ一ダース。

 数人の給仕の女性が運んできたが何故かなかなか帰ろうとしないので、立花が愛らしくお礼を言って手を振ると名残惜しそうに戻っていった。


 おかしいと思ったのだ、巡回ルートからも外れて声も届かない隅っこのテーブル席にすぐに給仕の人が来る訳がない。どうやら立花は完全に給仕の人にマークされている為、目があって微笑めばすぐに来てくれるようだ。なんだその目は、レーザーアイか! 必殺技か!


 そして棗が謎の憤りを鎮めている間に立花は席を棗の斜め前に移動して飲み始めている。かなりのハイペースだ。

「立花様はお酒が好きなんですね」

「別に? 他にすることないから」

「だったら何故そんなにご機嫌なんですか?」

「俺ご機嫌なの?」

「ご機嫌に見えます」

「そっかぁ〜よく分かんないな〜、棗は機嫌悪いね〜。俺大人しくしてるから大丈夫だよ〜」

「絶対にダメです! 今の立花様はお酒に釣られて攫われます」

「大丈夫! 俺大人!」

「酔っ払いの発言は信用出来ません」

 今も周囲では獣達が本能に忠実な酔っ払いを隙あらばお持ち帰りしようと虎視眈々と狙っているのだ。棗はこんなにタチの悪い酔っ払いを見たことがない。


 しばらく二人が不毛な話を繰り返していると具合の悪そうな悪魔紳士がやって来た。


「あ〜ダメだ、頭痛い……、少し寝る」


 そう言った海棠は立花の尻尾を枕にして寝てしまう。立花は角が邪魔そうな海棠のカツラを取って、上着を掛けてあげるなど甲斐甲斐しく面倒を見る。


「あれ?」

 立花は目の前の光景に違和感を感じるが良く分からない。

「棗、何かあった?」

「何がですか? それより出し物が始まりますよ」


 桐生軍に所属すると、もれなく回ってくるのが宴会の余興だ。段々エスカレートして凝ったものになっているので楽しみにしている者も多い。


「あ〜、蘇芳さんだ〜」

 お酒がなくなって暇な立花はステージの上で上半身裸で勇ましい踊りを披露している男を見て棗に話しかける。


「左様でございますか」

「棗見ないの?」

「あんな岩に興味はございません」

「ふーん。よく見ると棗と蘇芳さんは似てるね、やっぱり兄妹なんだね〜」

「立花様? 私とあの岩のどこが似てるんですか?」

「目元が似てるよ〜鼻から下は似てないかも〜」

 イラっとした棗は思わず立花の肩をはたく。

「痛いよ〜」

 言ってはいけない事と言うのがこの世にはある。初対面の人に兄に似ていないと言われる事がささやかな喜びだった棗には酷い仕打ちだ。


 大袈裟に肩をさすっていた立花は何かに気がついた様子で妖しく微笑む。

「棗さん……」

「なっ何ですか?」

 立花は棗の質問を無視して思わせぶりに上半身を棗の方に傾けてくる。

 何? 何? 何?

 近い! 近い! 近い!

 キャー!


 棗が混乱して目を瞑って固まっていると棗を覆っていた気配が遠ざかって行く。

 恐る恐る目を開けた棗の視界では立花が勝ち誇ったように笑っている。その手には数本のお酒の瓶……やられた! 棗が隙を見て隠しておいたお酒をまんまと手に入れた立花は嬉しそうだ。


「棗さん顔真っ赤だよ?」

「〜〜〜っ!!」

 聞きました? 奥様! 確信犯ですよ! 棗は羞恥と怒りで限界を超えた。


 なつめは にわりの せいけんづきを はなった。

 たちばなに 24のダメージ。なつめの こぶしに 3のダメージ。


「ってぇ」

 鉄拳制裁を受けた立花は患部を抑えて呻く。乙女の純情を弄ぶなんて最低だ。しかし立花は意外と鍛えていたようで棗も少し痛かった。

「大袈裟です」

「いや……痛い、酔いが醒める……」


 そして立花の尻尾を枕にしていた海棠が目を覚ました。

「なに……」

「聞いてよ海棠、棗に殴られんだよ……」

「殴ったなんて人聞きが悪いです。突っついただけです」

「いやいやいや、中々の衝撃でしたけど?」


「お前らなにイチャイチャしてんの? うっぜぇ……」

 寝起きの海棠は機嫌が悪い。

「つーか立花さん、女の子に殴られて痛いとか鍛え方足りてないんじゃないです?

 俺が鍛え直して差し上げましょうか?」

 海棠が悪魔紳士の本性全開で言う。


「いえ……嘘です。冗談です。勘弁してください……」

 立花が絶望的な顔で言うのを見て海棠は目を細める。

「戦場は暇な時間がいっぱいあるから遠慮すんなって、」

「そんな……海棠様。どうかご慈悲を……」

 立花が海棠に縋り付いて懇願しているのを見て棗は満足した。


 海棠の訓練は厳しい。新兵の最初の訓練は海棠の担当なのだが体力的にはもちろん、精神的にキツイ。参加者の中には”見えてはいけないものが見えた”とか言い出す者まで現れる。立花隊の新顔には歴戦の古強者ふるつわものもいたのだが、そんな人物をして心が折れたと言わしめる悪魔紳士、海棠の特技は無差別のハートブレイクだ。


「死んじゃう……戦う前に死んじゃう……」

 立花は多分泣いていたと思う。

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