針のむしろ
お互いに出方を伺っているとノックの音がした。老紳士が立花の到着を告げると入れ替わりに立花が入って来た。
「兄さん……?」
立花は無言の応酬が作り出した雰囲気に戸惑っているようだ。
「ねぇ立花、おまえは僕のこと嫌い?」
「はぁ?」
直球どストレートの質問に立花は珍しく間の抜けた声を出す。
「何の……話ですか?」
「いいから答えて!」
「そんなことないです……」
尾花が苛立ったように言うので立花は大分言葉を選んだようだ。
「でも苦手ですよね?」
棗の質問に立花はしばらく固まる。それから疲れたような溜息をつく。
「何の話をしていたか知りませんが食事にしませんか? もう用意ができているみたいですから」
逃げたなと棗も尾花も思ったが、本人の登場にしばらくの休戦を視線で確認しあった2人は大人しくダイニングに移動することにした。
「大丈夫か?」
尾花が先に行ってしまうと立花が声をかけてきた。
「何がですか?」
「嫌なこと言われたり……したんだな、てか喧嘩してた?」
「…………」
棗が無言で肯定すると嘘だろというつぶやきが聞こえてくる。立花はしばらく棗をまじまじと見ていたが無視して移動する。
「で、何で兄が嫌いかの質問になる?」
「お兄様に事実をお教えしただけです」
「棗さん……」
この世の終わりの様な声だった。
▽▲▽
立花と棗がダイニングにたどり着くと尾花が不機嫌に座って待っていた。立花が椅子を引き、棗は尾花の斜め向かいに座る。真向かいは立花だ。
二人の雰囲気はものすごく悪い。
棗のことを家令に聞いたら、来たばかりでこれから食事だと言うので間に合って良かったと立花は安心したのだが、部屋から言い争う声が聞こえた時には耳を疑った。
棗の気が強いのは立花も薄々気が付いていたがあの兄と喧嘩するなど理解出来ない、というか何故喧嘩が出来るのかが疑問だ。それでも少しでも雰囲気を変えようと立花は必死に無難な会話を探す。
「あの兄さん、わざわざ服を用意してくれてありがとうございます。助かりました」
礼を言うと尾花は立花を見て嬉しそうに微笑む。
「戦神は変わった人だっただろう?」
「えっはい、疲れました……」
尾花は嬉しそうだが棗の視線が痛い。客として扱えと言うことだろう。それは分かっているのだが、普段場を和ませるなどしたことがないので兄に触れずに棗に話しかける自信がない。
「棗、さんは予定とかなかったのか? 突然だったんだろう?」
「そうですね。朝手紙があって、夕方には連れてこられましたから」
明らかな悪意のある返しに隣で舌打が聞こえる。和やかなんて無理だ。本当に言葉の応酬が行われている。今すぐこの場を離れたい。
「それは、色々悪かった。いや、その前もごめん」
「あれは忘れてください」
「はい、ごめんなさい」
「何かあったの?」
「こっちの話です」
立花が棗が泣いていた件を誤ると、棗は何も知らない尾花をものすごく優しそうな微笑みで突き放す。本当に恐ろしい。
「あの、とりあえず俺が全部悪いって事で終われませんか?」
『はぁ?』
二人の声が見事にハモっていた。何言ってんだバカ、状況分かってんのかおまえ、と言う幻聴が聞こえる。己の危機回避能力の低さが呪わしい。
「すいません。何があったのか教えてください」
今の立花に出来るのは正面突破だけだった。
「立花様! 立花様がお兄様が苦手なのは分かりますが家族なら言わなければならない事があるはずです!」
棗が不機嫌に言う。立花には言えない事が言える棗の勇気が信じられない。
「何の……ことですか?」
「尾花様は過干渉過ぎると思ってるんですよね?」
あくまでも立花がそう思っている、とても言いたげな口調に立花は戸惑う。
この話の行き着く先が分からない。過干渉と言われて否定する気持ちは湧いてこないのだがそれを認めてどうなる? このまま棗の話に真面目に答えてしまっても棗がその後の事を考えいる可能性は低い。
棗が無計画なのは気づいてる。
どうしよう、と立花は兄に視線を移すと不機嫌なのは変わらないが若干不安そうにしている。喧嘩になるなんておかしいとは思っていたが、自覚があっての事なのかもしれない。
立花は口の中のまったく味の分からない食べ物を咀嚼する間に色々考えてからようやく返事をした。
「過干渉……とは思っていない」
立花の発言に棗は渋い顔を、尾花は澄ました顔をする。
「ただ、調べた内容を本人に話すのは辞めてもらいたい、とは思っている……」
棗は立花を哀れむような目をする。
「俺が気をつければいい事で、本人には関係ないし」
尾花が調べた内容は立花には入ってくる。聞いても忘れればいいだけで本人を脅す必要はないといつも思っている。
「ちょっと待ってください。立花様はあの話知ってるんですか?」
棗が突然焦った様子を見せる。
「あの話って?」
「最終兵器のことだよ」
「ああ、でもそれ結構有名」
「なんですって!!」
別の逆鱗に触れてしまったのかと立花はめまいがしてくる。
もはや、どう収拾すればいいのか分からない。誰か助けてくれと叫びだしたい。
「子供の頃は妹にも勝てなかったって、なんかあると蘇芳さんが話すらしいから……」
蘇芳は血筋にも体格にも恵まれていて武芸の才能も素晴らしく、天才と言われるのだが蘇芳自身は努力の人という認識らしい。
人が羨ましいなどと話し出すと、自分は子供の頃は弱かった。妹の方が強かったが努力でここまで来たんだ! だから諦めるな! といった話をしてくれるらしい。立花は直接聞いたことはないがそれでも知っている話だ。
その噂の妹が侍女になる時はちょっとした騒ぎで、人に誘われて見てきた、と海棠が言っていたのを立花はよく覚えている。
「全然普通の可愛らしい女の子で、俺より小さかったって言ってたから、大丈夫」
「何がですか?」
「ええっと……」
「噂のゴリラ女を怖いもの見たさで見物に行ったら、普通でがっかりしたって話でしょ? 見る前のイメージがゴリラ女だから最終兵器ぐらいなんでもないって」
尾花は実に嬉しそうに補足する。もしかしなくても棗は前より怒っている。
「あのヤロー」
棗は物騒につぶやいて表情をなくしているが、視線が恐ろしいままなので尾花も少し怯えている。
「私の話はいいんです」
棗は声だけは冷静な感じに戻っているが蘇芳の事はよくなさそうだ。蘇芳には何かの形で埋め合わせをしようと立花は思った。
「お二人の事です。尾花様も立花様に何か言わないといけないことがあるのではないですか?」
突然話を振られた尾花は色々戸惑っている様子だ。棗の行動が予測不能なのは尾花も同じらしい。
「何が言いたいのか分からないよ」
「立花様は滅多にお家に帰らないんですよね?」
「そうだね。ここにいる時でも十日に一度ぐらいかな?」
「立花様は何故お家に帰りたくないんですか?」
「うーん」
理由は兄に会いたくないからだ。
まず、兄に会うと目の前にある様な味は度返しして栄養だけは完ぺきな食事を食べさせられる。不味いものは食べたくない。
そして味覚へのダメージで落ち込んだ所に、城内の良くない噂を聞かされる。通信網を掌握している兄の情報は細かい。些細な冗談すら拾い上げて立花に過保護な分析をした結果を教えてくれる。
あの人はお前の事を悪く言ってたから気をつけろ、とか言われて感謝する奴が居たら会ってみたい。ひたすら不愉快で迷惑なのだ。
よく考えてみると家に居ても嫌な事しかない事に気づく。これをどう伝えればいいのか、と無意識にフォークを動かしながら考えていたらしい。
「なんか立花様だけ料理違いますね?」
「うん。立花のは特製だよ」
立花は苦い笑いを浮かべる。味見をしてから持ってこいと言いたい。そんな立花の様子から何となく察したらしい。
「その、特製は体に良いとかそんな感じですか? 立花様の好きな物とかないんですか?」
「立花はなんでも好きだろ? 残さず食べるし」
食べ物を残さないのは貧乏性という物で好き嫌いはあるのだが、生まれてこの方そう言った経験のない尾花には理解出来ない事だろう。大人になるまで我慢しかしてこなかった立花と、我慢など考えた事もない尾花では感覚が違い過ぎる。
「何方が作られてるのですか?」
「僕が立花の為に作ってるよ、料理は趣味なんだ」
尾花は得意げだ。立花は諦めて食事という名の作業を開始する。
「なんとなく分かりました。立花様は家ではご自分のことを話されますか?私は中々聞きだせなくて苦労しましたが……」
「立花は自分から全然話さないんだ、僕ばかり喋ってるよ」
「ちなみにどんなお話を?」
「立花のことだよ?」
何故本人を目の前に本人の話をする? 説教とかそんな感じになるだろ、と思いながら立花は無表情に食事をしている。
「ねぇ立花、大体お前の事を話してるよね?」
「そうですね、色々心配して貰ってるみたいで申し訳ないです」
あれは俺の話なのか? と立花は疑問に思ったが掘り下げても良いことはない。
「うーん、でもそれじゃ立花様が何を考えてるかとか気持ちとか分からないですよね? そこが一番大事ではないんですか?」
「そうだね、そう言うのは調べても分からないからね……」
尾花は寂しそうだ。
「大体の原因が分かりました」
分かったのか押し掛け裁判長、さっさと判決を言い渡してこの話を終えてくれ、と立花は思う。だが流し込んでも流し込んでも食事が終わらない、流石にフルコースは拷問だ。
「立花様が何も言わないのが悪いと思います! だからみんな勝手に調べたり、お節介になったりするんです!
希望を伝えないから暴走するんですよ!」
「俺……?」
「そうです! 尾花様だって立花様の希望があれば叶えたいですよね?」
「そりぁ、そうだよ」
「じゃあ教えてください! とりあえずその食事はどうなんですか?」
「……食べられるけど?」
「一生食べてたいんですか? 全く美味しそうに見えませんけど?」
「味付けを……して貰えるとありがたいです」
「味付け? そんな色なのに?」
「見た目綺麗な方がいいでしょう?」
立花は極彩色の料理を眺める。料理と思わなければ美しい。カラフルな粉は何かの栄養剤らしく身体に悪くはないらしい。精神にはあまり良くないが。
「味見とかしないんですか?」
「そんなことしたら色が悪くなっちゃうよ?」
「うむ、立花様の希望は味がある物の様ですが?」
「でも僕等が食べてるのに栄養剤をかけてるだけだから味付けはしてあるはずだよ?」
「量が問題ですね、明らかに掛け過ぎです」
「そうなの?」
「立花様、お兄様にアーンしてあげてください」
「何故? 普通に食べればいいだろ?」
「尾花様は嫌ですか?」
「なんか面白そうだね」
尾花は言葉以上に嬉しそうだ。立花には苦痛なのだが。
何もかも面倒になった立花は言われるがまま尾花に食べさせる。
尾花は吐き出さなかった。偉いなと立花は思う。そのレベルの食べ物として怪しい味だ。
「ゴメンね立花……」
ようやく飲み込んだ尾花は涙目で謝る。
立花は何と言っていいか分からないから微笑んだ。




