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胃が痛い


「疲れた……」

 魂が抜けたような立花の様子に鬱金はおかしそうに笑う。

「良かったですね、無事に戻ってこれて」

「なんかあったら俺の事捨てていくつもりだっただろ?」

「まああれですよ、何事も経験です。それにいいお土産を貰ったじゃないですか」

 立花が恨みがましい目をしていると、メッセージが届く。


『夕食に可愛らしいお嬢さんを招待しました』


 立花は一瞬目の前が暗くなった。


「どうしました?」

「イヤ、兄からだ……悪いけどすぐに帰る」

 立花は鬱金の返事の待たずに急いで家へと向かうが、その途中過去の嫌な思い出が次々と浮んで来る。



 桐生に拾われてすぐの頃、桐生と一ノ方を交えて行われた、話し合いという名の精神攻撃。

 女友達がある日突然よそよそしくなった時の事。そしてその女友達の話を生い立ちから遡って兄に聞かされた数時間の苦行。

 近しい友達が出来る度に繰り返されてきた素行調査とその報告。


 少し自分と仲良くするだけで、本人すら知らなかった両親の不義やら若気の至りの恥ずかしい出来事を調べ尽くす兄。それを立花に話すだけで止めておけばいい物を何故か当の本人にまで伝える為、立花は周囲から危険人物扱いされている。

 正直、立花は被害者を出さない為に人と関わることを諦めている。




 シュラバナ行きの少し前に立花の元には無理やり侍女のなつめが派遣されてきた。

 立花には深く関わりたくない事情があったので、決して親切な対応はしなかったのだが、中々根性のある女の子で面倒見のいい頑張り屋さんだった。

 そんな棗の憔悴しきった姿が目に浮かぶようだ。しかも棗の家は領主筋だ。心の底から余計な事をしないでくれと祈る。

 兄の事だ棗は一ノ方に言われてのお役目としての行動だという事も調べてあるだろうに、何故夕食に招待するのか。


 慌ただしく帰宅した立花は家令の老紳士に兄の元に案内させ、深呼吸をしてから扉を開ける。

 そこは思いもしない光景が広がっていた。




  ▽▲▽




 開放的な家が多いパウロニアの中にあって、棗が招かれた家は塀が高く、家も重厚で窓が小さく少ない。まるで倉庫のようだと棗は思った。


 ところが中に入ると高級感と荘厳さを感じさせる装飾が施され、それでいて落ち着いて実用的な作りの室内は、意外にも心地よい雰囲気だった。


「色々な観点から内装にはそれはそれはこだわっておいでなのです」

 思わず声に出していたらしく、老紳士が微笑みを含んだ声で説明してくれた。そのまま通されたのは応接室の様だったが、居心地を重視した優しい部屋だった。


 しばらく待つように言われた棗は、窓の代わりに置かれた美術品や絵画を観察すると、どこか懐かしいような風景画の中に見覚えのある不思議な絵が飾られている。


 棗も持っている幻想写真の妖精シリーズだ。あの後人気が出て新作が出始めた。棗が持っている物の倍ほどの大きさのこれは間違いなく新作だろう。空飛ぶ妖精を見上げる構図の絵だ。


「なんか可愛くなってる?」

 なんとなく、表情のせいかもしれないが艶かしくすらある棗の絵とは違い、妖精は無邪気に笑っている。


「それは、頼んで描いてもらったんだ」

 驚いてビクッとする程突然に真横から声が聞こえた。少し高めだが立花によく似た声だ。


「す、スミマセン、全く気が付きませんでした」

「いいんだよ。突然で申し訳なかったね、棗さん。僕は立花の兄の尾花だよ」

「初めまして、棗です。こんな素晴らしい所にお招きいただき、光栄です」


 尾花は立花よりさらに小柄で華奢だったが、大人っぽい雰囲気と威厳というか威圧感があり、立花の様な繊細な感じはしない。何処となく不気味な男だった。その上怒らせると国が滅ぶと噂の繋屋の社長。間違いなく取り扱い注意。


 いや、そんな事よりこの絵だ。

「この絵、尾花様が描かせたんですか?」

「そうだよ。子供の頃の写真があったから」

 なんてこと! そんな方法があるんですね! これは棗も頼まねば!! と声に出さずに決意する。


「立花様……ですよね? 何故妖精に?」

「あれ? 棗さんは知ってると思ったけどな? 露店で売ってただろ?」

「イヤァー! そうなんですけど……やっぱあれは立花様ですよね?」

「見る人が見れば分かるだろうね、君にもこれが立花に見えて嬉しいよ」

「あははは」

 棗は乾いた笑いで誤魔化す事しか出来なかった、なんか恥ずかしいし気まずい! 話題を変えよう。絵の話はしなかったことにする。



「そう言えば、私尾花様の会社の名前は前から知っておりましたが、立花のお兄様だと言うのは知りませんでした!」

 それを聞いた尾花は立花によく似た顔を不満そうに歪める。

 病的な程の色白で瞳の色も薄い事や、折れそうな程細い体型の尾花は何かの病を患っていそうだ。

「立花は僕の事を隠そうとするんだ」

 尾花の声には悲壮感が漂っている。


「でもお兄様が有名人だと色々比べられたり、余計な事をさせられたりして嫌なものですよ? 私も兄が多少有名なので迷惑しています」

「そうなの? 何が迷惑なの?」

「いえいえ、お兄様が、では無くて周りが色々言ってくるのでそれが嫌なんです。

 私なんて会う人は必ず兄に似てない、から会話を始められますから」

 わざわざ立花が例外だったとは言わない。


「そうかぁ。僕は知らない人とは滅多に会わないから……会う人とは必ず立花の話をするけど嫌なものかな?」

「それは……どうでしょうか?」

 誰にどんな話をしているか知らないが、悪い噂しか知らない人に立花の話をするのは多分迷惑だろうし、立花にとっても嬉しくはないだろう。言わないけど。



「ええっとお兄様が社長なのに、立花様は桐生様に仕えるになるなんて珍しいですね」

「そうだね……、僕は誘ったんだけど桐生に盗られてしまったんだ」

 さりげなく話題を変えるつもりが別の罠にかかったらしい。


「桐生様は立花様のことを重用しておられますし、立花様はかなり幼い頃から桐生軍におられますもんね? 昔から優秀だったんでしょうね〜」

「そうだね、学園での成績は何年も一番だったみたいだし、ウチに来てもすぐに役に立っただろうね」

「へぇぇ、そうですよね? それなのに何故桐生様の所に行かれたんでしょうか? 正直イメージが違います」

 棗には尾花の地雷が分からないので動揺で声が震える。


「確かにね、権力とか嫌いな方だろうけど、なんか面白そうだからってついて行ったよ……」

「面白そう……ですか?」

「見た事ない人種だったんだろうね。大人の男自体珍しかっただろうし」

「大人の男の人が珍しいんですか?」

「そうだよ。前の国はかなり追い詰められてたから、男は軍に盗られて、女子供か怪我人や金持ちの男しか街には居なかったからね、僕も子供の頃は父と爺以外には見た事がなかったよ」

 戦時下にはよくある話らしいが棗に全く馴染みがなかった。


「そう言えばうちは領主なので逆に厳つい男しかいなかったです」

 棗が筋肉を嫌悪するようになったのは幼少の経験が大きい。

「…………」

 不味い、会話が途切れてしまった。どうしよう?


「棗さんのお家は歴史のある領主様なんだよね? 立花のことはよく思ってないんだろう?」

 来た~本題~! と思ったが棗には一度二ノ方と言う拗らせた人との接触がある。何だかんだで立花好きは立花を誉めればいいのだ。


「正直にお話しますと、兄からいい話を聞いたことはありませんでした。でも実際お会いすると話とはかなり違う方でした。ただ、誤解を受けやすい方だとは思いましたが」

「誤解……?」

「なんと言えばいいのか……浮世離れしていると言いましょうか? 悪い言い方をすれば世間知らずですよね? 言わなくても良い事まで言ったりとか、融通が利かない感じとか、世渡り下手ですね」

 きっとこれなら当たり障りがないだろうと棗は微笑みを浮かべる。


「世間とか世の中とか僕もよく分からないな……不文律とか暗黙の了解とか非効率だよ。そんなしがらみに囚われているから君の家も大きくなれないんだよ」

 これでも立花をけなされて不愉快だったのか尾花は威圧するように前のめりになる。

 別に棗は家を悪く言われたからといって大して気にはならない。気にはならないが、面白くはない。


「家を大きくする事がそんなに大切でしょうか? 我が家は平穏無事に存続出来ればそれでいいと思います。大きくなったら家がなくなってしまうかもしれませんし」

「つまり、現状維持でいいって事かい? 退屈だなぁ」

「尾花様とは目指すものが違います。我が家は武門の道を極める事を目指しているのです。量より質です!」

 言い切った! 棗の父親が聞いたら即座に訂正されそうな気がするが問題ない、ここは勢いが大切なのだ。


「量より質ねぇ……君は面白いなぁ」


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