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辺境の案内人  作者: 戦犬
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『錆びた短剣亭』その二


「――それで、俺にその黄金の平原まで連れて行って欲しいと?」


 喧騒の『錆びた短剣亭』で、何とか落ち着きを取り戻したアリシアは、キーチと挨拶を済ませテーブル席に向かい合って座り、依頼について話し合っていた。


「ええ、可能な限り早くね。わたしには時間がなくて……こうして話してる時間も惜しいくらい」


「そんなに焦んなよアリー。黄金の平原は逃げたりゃあしねえさ! あればだけどよぉ」

「そうだぞ、アリー。辺境は過酷だ。あんたみたいなお嬢さんは知らんのかもしれんが、辺境の道のりに召使いや執事は付かんぞ?」


 カウンターで飲んでいる髭面の大男と眼帯の男、ガードナーとライルが横槍をいれてくる。


「誰がアリーよ! さっきから邪魔ばっかりして、時間がないって言ってるでしょ!」


 あまりにも気安い二人の開拓者の態度にあっさりと沸騰したアリシアは、テーブルを叩きつけながら怒鳴る。そんなアリシアを見た二人は、その顔に浮かべるニヤニヤ笑いを一層強くした。


「おい、ライル。まーたアリーが怒鳴ってるぜ。最近の娘っこは皆こんなに気が強いのかねえ」

「どうやらアリーと呼ばれるのが恥ずかしいみたいだな。かと言ってシアと呼ぶのは……お嬢さんには少し大人びた響きすぎると思わんかね……クッククク」


 アリシアの怒りもどこ吹く風と、ガードナーとライルはグラスを傾けながら笑っている。アリシアは怒りに震えそうになる手を抑えながら、二人を苛立たし気に睨みつけた。


「アリーとかシアとか、そんな風に呼ばれる筋合いはないって言ってるのよ! もう邪魔しないで、この酔っ払い共!!」


「おーおー、さっき一杯奢ってやったってのに冷てえもんだ。ところでライルよ、俺ぁさっきから頭が割れる様に痛えんだが」

「ああ、ガードナー。俺の頭はきっと凹んでる。どこかの恩知らずに岩に叩き付けられたようだ」


 おー痛い痛い。と頭を押さえて大げさに身をよじる二人に、アリシアは気まずそうに顔を背けた。


「う……それは、ごめんなさい。あなたたちが悪いのは譲らないけど、わたしも乱暴だったのは認めないでもない、かも」


「「分かればいいんだ、アリー」」


「こいつら――――!!」


 満足そうにカウンターに向き直る二人と、その背を殺気立った目で睨み付けるアリシアのやり取りをキーチは面白そうに見ていたが、アリシアを宥めるように話を元に戻した。


「ま、あいつらは構うと喜ぶだけだから程々に。それで話は分かったけど、どうしてそんなに焦ってるんだ? 言っては何だけどそれじゃ足元を見られるだけだぜ」


「理由は言えない。その代わり相場よりも報酬は弾むわ。それで何も聞かずに受けてくれないかしら? あなたが噂通りの辺境渡りなら、行けない場所はないのでしょう?」


 幾分か挑発を含んだアリシアの言葉にも、キーチは自然体のままで肩を竦めた。


「ふむ。俺の噂なんてのは責任持てんが、黄金の平原の話には興味があるね」


「――なら!」


 勢い込んで身を乗り出すアリシアにキーチは頷いた。


「うん、依頼は受けよう。報酬は相場通りで、前金も必要ない。随分焦っているが、辺境に向かうつもりだったなら用意は出来てると思っていいのか?」


「ああ……ありがとう! 一通りの準備はしてきたつもり。長旅になる覚悟は出来てるっ!」


「それじゃ明日、朝一番にここで。今日はもう遅いし、分かりやすいから宿はここにするといい。居ついてる奴らは煩いのばかりだが、ここは西街で一番の宿屋だよ。これから他の宿を探して夜道を歩くよりはマシだと思う」


 キーチがカウンターで客の相手をしている店主に向かってグラスを掲げながら言うと、店主は聞こえていたのか、鼻息を一つ吐くと得意げな顔でニヤリと笑った。


「そうなの……じゃあそうする。それじゃまた明日、朝一番に」


 アリシアは席を立つと、カウンターへ向かい宿の手続きをして二階へと上がって行った。

 席に残り彼女を見送ったキーチのテーブルに、ライルとガードナーは酒を片手にやってくると、それぞれの手にもつ酒を、混ざるのも構わずキーチの持つグラスに溢れるほど注いだ。


「久しぶりだな、キーチ。最近は姿が見えねぇからついにくたばったかと思ったぜ」


「ああ。依頼で数日前まで第1辺境の方に。あっちは寒くてうんざりしたよ」


 キーチは酒の混ざったグラスを嫌そうに見ながらガードナーに答えた。その言葉が意味する非常識さに、ガードナーは呆れ顔でライルを見やった。


「数日前に第1辺境に、か。ここからどれだけの距離があると思ってるのやら。ククッ、お前じゃなければ頭の病気を信じて疑わないんだが。相変わらず非常識でデタラメな男だ」

「ガハハハ! 俺はすでにコイツに常識なんて無ぇと思ってるぜえ」


 二人の言葉にキーチは黙したまま肩を竦める。まずそうにグラスを舐めるキーチに、ライルはさらに言葉を続けた。


「しかし客が訪ねてきたから直に姿を見せるとは思っていたが、わざとらしいほど良いタイミングでやってきたな。ククク、お前の事だ、あの娘が掴んだ噂ってのも……」


「笑えねえ話だ。あの嬢ちゃん、ここに滞在するお前ぇに会いに来たってよ。実際はここんとこずっと居もしなかったなんてのは、気がつきもしねえ」


 キーチは悪戯っぽい視線を二人に向ける。


「ああ、黄金の平原に行くならまず出るのは第8辺境だったから。玄関口のこのサイリンガで、準備万端の彼女から依頼を受けた方が楽だろ?」


 ライルはそんな事を言い放つ、目の前の冴えない青年に対して、恐怖にも似た畏敬の念が沸き上がるのを酒気の力を借りて抑えると、その内心を振り払うように首を振った。

 神出鬼没なキーチが時折見せる、この非常識な得体の知れなさは、ライルにとって既に受け入れた現実である。しかし本人を知らない他の誰に言っても信じて貰えないだろうと思うと、凄腕と称される自分をして比べようとすら思わない隔絶した力の差を思い知り、馬鹿馬鹿しくなる。


「クク、流石は辺境渡り。しかしお前が来たってことは黄金の平原は眉唾でもないのか」


「んー……そうだな。あの子が行きたいって言う平原は確かにあるよ」


「へぇ、お前が言うなら間違いねえけどよ。マジで黄金に輝く平原なんてのがあるんだなぁ。流石は我らが愛する辺境よ! 素晴らしき未知に乾杯!!」


 キーチの言葉に、ガードナーは嬉しそうに酒をあおると大声で笑った。そんな髭面をキーチは少し迷惑そうな目で見やる。


「いや、噂みたいに黄金に輝いてるってわけでもないんだ。でも彼女が行きたい場所は確かにそこ」


 謎めいたキーチの言葉にガードナーは喜色満面を渋面に一変させた。


「まーたよく分からん事を。俺ぁ回りくどい話を聞くと酒がまずくなる。まあアリー嬢ちゃんが行きてえ場所に違いねえなら構わねえか」


「そうだな、アリーは良い娘だ。素晴らしく真っすぐな目をしていた……ククク、あんなにからかい甲斐があるお嬢さんは初めてだ」


 先ほどのやり取りを思い出したのか、ライルとガードナーは楽しそうに顔を見合わせる。


「可哀想だからあんまりからかってやるなよ。ま、とにかく彼女は責任もって案内するさ」


 あきれ顔で言うキーチを見やると、歴戦の開拓者二人は不意に真面目な顔になる。


「お前にゃ余計な世話かも知れんが、手伝うか?」

「ああ、俺も必要なら同行してもいい」


「いや、大丈夫さ。こういった依頼は開拓者のお前らより俺の専門だしね」


 確固たる自信に裏打ちされたその言葉に、ライルは苦笑いを浮かべた。


「クク、久しぶりに聞いたな。変わってなくて安心するというか何というか」


 ライルの言葉にガードナーも同じく苦笑いを浮かべると言った。


「まーだ開拓者じゃない、なんて言ってやがんのか。拘りだかなんだか知らねえが、おかしな野郎だ」


「ああ、俺は開拓者じゃない――――案内屋さ」


 二人の皮肉に、キーチは清々しく答える。その言葉はやけに力強く二人の耳朶を打った。

 そして店内に三つのグラスが鳴る音が響くと、『錆びた短剣亭』の夜はいつもの通り、騒々しく更けていった。


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