プロローグ
二つの太陽と一つの月によって祝福されたニーハミアと呼ばれるこの大地で、総じて人類と呼ばれる多様な人種の集まりは、数えきれない程の争いを繰り返しながらも、いつしか3つの大きな国へと纏まっていった。
三大国――即ち、聖剣を代々継承する聖王によって統治されるライグラム聖王国、大小20ほどの亜人種部族によって結成されたギュミル大部族連合、自らを神民と名乗る単一の人種が集う神都の3つの大国である。
三大国は長い時間、周辺の小国を飲み込みながら拡大を続け、互いを滅ぼさんと争いに明け暮れていたが、その争いは一人の男の帰還によって転換期を迎えることになる。
歴史に刻まれる偉大なる帰還――その男は境界の向こうへ行き、帰ってきた。
境界とは世界を覆いつくす深い霧と暗闇に包まれた不可思議な領域の総称で、正しくは境界面と名付けられた、当時の世界の果てのことであった。
人類の支配圏が境界面まで到達してから長い間、もちろん様々な調査が行われた。
その調査の結果わかっていることはいくつかあるが、最も普遍的に知られていることは、境界面に足を踏み入れると、同じ場所から戻ってくるという事実だ。
どれだけの人間が何度試そうと、境界へ一歩足を踏み入れると数歩で方向感覚が狂い、先へ進もうと後ろへ戻ろうと、再び霧を抜けるとそこは元の場所なのだ。
現代ではみなが不自然に感じるその空間の湾曲は、当時においては境界面は世界の果てであると受け入れられ、人類は世界の確たる形を得たことに満足した。
そして世界の形を認識するということは一気に世界を小さくした。それは権力者に世界を手中にするという夢を見せ、各国の支配欲をこれ以上なく刺激する結果となった。
現代において境界面の発見こそ、戦乱の時代の始まりであるとされている。
長い戦乱の時代は、一人の男が深い霧と闇の向こうに新たな世界を発見し帰ってくることで、境界面が世界の果てではなく、越えることの可能な世界の壁だと証明するまで続いた。
それはまさしく世界を変える偉業であった。自らが生きる世界の外にも世界が広がっている――!
数百年の間信じられていた、世界の在り様に対する常識を塗り替えた事実は、全人類に大いなる衝撃となって駆け巡った。
境界面の向こうに広がる世界は辺境と呼ばれ、偉大なる帰還者、最初の開拓者として名を残すその男が唱えた辺境を切り開くという思想は、お互いを敵と争いに明け暮れる人類にとって、まさしく福音であった。
曰く――辺境にて得られた物はその者の手に、拓かれた土地はすべての者に。その手は互いを傷つける為ではなく、世界を切り拓くためにある――
単純なその思想は、争いに疲れた三大国の全てで熱狂的に受け入れられた。
果てなく広がる辺境の開拓は未知との戦いに他ならず、人々にとって大きな危険を伴うものであったが、その危険に見合うだけの夢をもたらした。
まず三大国の中でも英雄と呼ばれる実力者たちが率先して辺境へ旅立っていった。
そして彼らが辺境から持ち帰る未知の資源は莫大な富を生み出し、新しい世界で経験した冒険の話は多くの民を夢中にさせた。
なにしろそれまで誰も知らなかった未踏の世界だ。
そこでは様々な未発見の資源、生態系の違いから生まれる見たこともない動植物や危険な魔物たち、驚くべき地形で構成される多様な大自然、誰が作ったのかも分からない謎多きダンジョンの数々、そんな胸躍る冒険の舞台が次々と発見されていった。
夢と危険を孕んだ、未知と富を発見する為の冒険――広大な辺境に隠された全てが人類を魅了した。
冒険に憧れる子供たちはもちろん、辺境帰りが手にする富を羨む者たちも辺境を目指すようになり、あっという間に人々の意識は外へ外へと広がっていくことになる。
そして1年と経たないうちに各国に辺境を目指す者たちを管理する組織が作られ、その規模は爆発的に拡大していった。
辺境を切り拓く彼らが、自らを開拓者と名乗るようになるのもこの頃である。
これにより人類圏の内側にある三大国の国境の争いは、急速に縮小されていくことになった。
そして今からおよそ50年前、三大国が終戦の宣誓によって手を結び、それと同時に国を超えて人類全ての開拓者を管理する組織が結成されるに至り、戦乱の世は終わりを告げた。
現代――大開拓時代の始まりである。