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竜宮城  作者: 主
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山籠もり1

整備を依頼してから武器が戻ってくるまでに数日の期間を要す。


武器が戻ってくるまでの間は基礎体力の向上に努めた。普段していない道場の隅々までの掃除や、寺子屋の掃除までさせられた。二階建ての寺子屋で全ての部屋を掃除するのは四人がかりでもかなりの重労働となる。


それに加え、虎之助が山から取ってきた竹をそれぞれの身の丈に合うように切り合わせ、それを使っての素振りを行った。この時期の竹は太く、一度振るだけでもいつもの何倍もの疲れを感じる。それをいつもと同じ千回と言うのだから疲労は溜まる一方だ。


だがそれも武器が戻ってくるこの日まで。


木々は紅葉し北風が肌寒く感じられる季節、やっとの事で地獄のような修行から解放されると期待し、葛葉は軽い足取りで道場に向かった。


道場に着くと、虎之助以外の皆が揃っていた。皆一様に辰二郎の前で座禅を組み、張り詰めた空気が漂っている。何事かと思い、葛葉も急いで皆の横に正座した。


「全員揃ったな。今から山に登るぞ。荷物は木刀のみじゃ」


周囲は既に日も暮れて、闇夜の中山登りなど正気の沙汰とは思えない。だがそれも修行の一環なのだろうと葛葉が納得していると、千鶴から反論の声が上がった。


「……明日の朝からとかじゃだめですか?夜だと野犬も出ますし……虫とかも……」


消え入りそうな声色の千鶴の提案は即座に却下された。睦月も明らかに嫌そうなそぶりを浮かべてはいたものの、何も言わずに自分の短刀を布に纏めた。


荷物を纏めている間も千鶴の表情はどんどん青ざめていく。葛葉はそっと近寄り、彼女を慰めた。

葛葉からすれば獣や虫などはどうでも良い。懸念すべき点は他にある。今から登山をするということはそれだけ食事の時間が後になるという事。普段は修行の後に蕎麦を食べて帰るか、帰り着く頃には虎之助の家の使用人が食事を作ってくれている。


久しぶりの空腹を覚悟し、自分の武器である大太刀を布で包んだ。


各々が布に包んだ武器を背負い、腰にかけ、懐に仕舞い込むと月明かりに照らされる中、道場を後にした。


ーー


提灯や町の篝火が無い真っ暗な街道を人里から離れるように進んでいく。見え隠れする月の光と辰二郎の持つ蝋燭の小さな光のみが頼りだ。


夜の山道は都育ちの三人に様々な試練を与える。時折聞こえてくる獣の鳴き声や虫の音は、皆の神経を過敏にさせ、少しの物音にも大きく反応していた。


やがて整備のされていない山奥に入り木々を掻き分けて獣道を進んでいくと、突如千鶴が悲鳴を発した。


「顔に……何か当たった!」


自分の顔の周囲で何かを払おうと手をパタパタと動かし、興奮しきっている。その様子を見た葛葉は即座に駆け寄った。


「大丈夫よ。蜘蛛の巣に引っかかっただけだから」


頬に付いた蜘蛛の巣を取り除き、優しく笑いかけると、千鶴は半べそをかきながら葛葉の服の裾を握り、決して離そうとはしなかった。


葛葉は煩わしさを感じながらも、妹が出来たようで自然と笑みが溢れた。


千鶴の先を歩き、彼女が進みやすいようにと足場を踏み固めて進んでいく。すると、今度は目の前を歩いていた睦月にぶつかった。彼は急に立ち止まり、身を震わせている。


「ちゃんと歩いてよ。危ないじゃない」


睦月は青ざめた表情を浮かべてゆっくりと振り向いた。


「俺の……俺の足の上を何かが通った!」


睦月の声により、葛葉が目を凝らして下を見ると、そこには体をうねらせて大量の足を動かす百足がいた。


葛葉は呆れたようにため息を吐き、百足を踏み殺すと先を行く辰二郎の後を追った。


その後も蝙蝠の飛び立つ音や、野犬の遠吠えに何度も足を止め、一人で進むよりも何倍もの時間が掛かった。


道場を出てどれ位経っただろう。おそらく以前葛葉が暮らしていた洞穴よりも奥に来ている。暗闇の中をひたすら進んでいると平行感覚を失い、どれ位歩いてきたのか分からなくなってくる。


けれども辰二郎は何も言わない。黙々と先導し、時折逸れていないか確認する程度だ。


ただ一つ分かることは自分の空腹は最高点に達しているということ。皆にばれまいと必死で堪えているが、今にもお腹の音が聞こえてきそうだ。


獣道を通った所為で足が棒になり、疲労が溜まってきた頃、やっとの事で開けた山頂に到達した。

辰二郎は背に掛けていた風呂敷を地面に広げ、中身を皆に見せた。中に入っていたのは蝋燭が数本と火打石と打金。それを見て唯一察しが付いたのは千鶴だけ。千鶴は掴んでいた葛葉の裾から手を離し、驚愕していた。


「お前達にはここで十日間過ごして貰う。山から下りることは許さん」


突然の言い渡しに皆が唖然とする中、睦月が反論の声を挙げた。


「そんな事出来るわけないだろ!食べる物だってないし……暮らせるわけない!」


辰二郎はいつも以上に真剣な面構えだ。睦月の言葉を聞き入れず、手に持った蝋燭の火を消すと山の暗闇へと消えていった。


「十日後にここに迎えに来るからのぉ。それと素振り千回は毎日やるように」


どこからか辰二郎の声が木霊し、皆の耳に何度も響いた。彼の後を追わなかったのは賢明な判断だ。暗闇の中、闇雲に後を追った所で遭難するのは目に見えている。いや、正確には追えなかったのだ。予想もしていなかった今の状況に頭がついて行かず、体を動かす事が出来なかったのだ。


かろうじて状況を飲み込めた葛葉は、月明かりの中で皆の様子を伺った。


千鶴は取り乱し、今にも泣き出しそうな様子だ。八雲と睦月も釈然としない中、状況整理に精一杯の様子だ。皆の様子から、葛葉が先導するほか無かった。大きく深呼吸を繰り返して指示を出した。


「皆しっかりして!まずは焚き火を作って辺りの探索。何より食料の確保から始めるわよ」


「食料って言っても……こんな山の中に食べ物なんてあるのかよ?」


睦月が素朴な疑問を投げかけてきた。


「もちろんあるわよ。キノコとか山菜とかーー」


「そんなものを生で食えって言うのか?冗談じゃない!俺は降りるぜ」


睦月は行き場のない苛立ちを葛葉にぶつけてきた。だが、葛葉の反応は至って冷静なものだ。睦月の怒声を物ともせず、睨み返した。


「別にいいわよ?この山は野犬や熊も出るから、気をつけて帰ってね」


葛葉が山で暮らしていた事を知っている睦月はピクリと立ち止まった。暫く考えたのち、腰に差した二振りの小太刀を力一杯地面に突き刺した。苛立ちの中この場に留まっただけでも賢い選択といえよう。


睦月もこの状況の中、平静を保てずにいるのだ。

葛葉は残る二人に自分の案に対して反対の意見がないか確認したが、二人ともすんなりと受け入れた。


千鶴は再び葛葉にべったりくっついて来るし、八雲はいつも以上に無口になっている。


二人共、都で育ってきたのだからこの様な状況は初めてなのだろう。


他の意見が出てこない事を確認し、葛葉は辰二郎の置いていった火打石と打金を使い、手際よく小さな焚き火を作った。


そこから二本の蝋燭に火を移すと自分に一本、もう一本を八雲に渡し、男女の二班に分かれて食料の調達に乗り出した。


闇夜の中、食材を探すのは困難を極める。さらに葛葉以外は食べられるものと食べられないものの見分け方も分からない。


葛葉は慣れた手付きで木の根に生えるキノコ類を中心に集めていった。葛葉に習って千鶴も採取をしていたが、虫に邪魔されて結局は葛葉の足を引っ張る結果に終わった。


最後に焚き火の元に皆で集まって確認してみると、八雲と睦月の取ってきたものは毒キノコや食べられない雑草ばかりだ。


結局食材は葛葉の取ったキノコのみ。全員のお腹を満たすのには明らかに足りなかった。しかし、自分一人だけ食べるわけにもいかず、しぶしぶ皆に分け与えた。


やがて睡魔に襲われ眠りにつく頃、睦月からまたもや文句が上がっていた。土の上で寝たくないだとか石が当たって痛いだとか、道場にいる時なら真っ先に葛葉から注意が飛んだだろう。だが、山の中で騒ぎを起こして辺りにいる獣を呼ぶわけにも行かない。


葛葉は睦月の戯言をなるべく聞かない様に努めた。


葛葉が横になって眠りに着こうとすると、千鶴が震えている事に気がついた。気は動転し、今にも倒れそうな様子だ。そこで葛葉はその辺に生えていた草を地面に敷き詰め、その上に千鶴を寝かせると、母親の様に横で添い寝をした。


葛葉が横にいる事で少しだけ安心したのか、疲労が極限まで溜まっていたのか、添い寝を始めてすぐに千鶴は可愛いらしい寝息を立てた。葛葉も千鶴が寝たのを確認すると、久しぶりの空腹を忘れようと瞬く間に眠りについた。


ーー


次の朝、ブンブンと何かを振り回す音が聞こえ、葛葉は慌てて跳ね起きた。


覚醒仕切っていない眼を開き、辺りを見渡すとそこにいたのは八雲だ。


彼は見知らぬ地で、しかも慣れない環境の中にもかかわらず誰よりも早く起きていた。着物の上半分を帯の部分まで脱ぎ、鍛え上げられた肉体を晒し素振りをしていた。朝日に照らされ身体を流れる汗が輝いて見える。


男らしい八雲の姿を見た葛葉は、自身の鼓動が早まるのを感じた。


(八雲……素振りするのはいいのだけど、それよりも食料を探して欲しかったな)


八雲がかっこいいと思うよりも昨晩から続く空腹の方が重要であった。


大剣で空を切る音は他のどの武器よりも大きく、素振りの騒音で他の皆も順々に目を覚ました。

千鶴は昨晩の事が夢で無かったと落胆していたが、葛葉が手を握り安心させると気持ちを切り替えて笑顔を見せた。


一同は辰二郎との待ち合わせ場所であるこの山頂に、目印として焚き火の後を残して出発した。


目的は道中の山菜取りと十日間過ごす拠点となる場所を探す事。日の照らす中での活動は昨日よりも上手く進む。八雲と睦月も葛葉と行動し、キノコや山菜の見分け方を教わり、正午にはこの日の全員分の食料が集まった。


八雲の大剣を包んでいた布の中に食材を纏め、それを持つ人を順番に変えながら探索を続けた。

残るは安心して就寝出来る場所なのだが、こちらは直ぐに探せるものでは無い。


葛葉が暮らしていた洞穴のような場所はそう簡単に見つからない。それもそのはず。葛葉がいた洞穴も死地で奇跡的に見つけたものだったのだ。

木々を掻き分け正午まで歩き続けていると、開けた空間に滝と湖を発見した。


集中していて気づかなかったが、思い返してみると昨晩から何も飲んでいない。山の中で暮らして行くのにここまで早く飲料の確保が出来たのは幸いであった。


湖を見て喉の渇きを思い出し、飛びつく様に駆け寄った。


半日程度口にしていなかっただけなのに、久々に飲み物を飲めた様な気がする。この水は皆の喉だけでは無く心すら潤した。


水さえあれば生活が出来る。身をひそめるには不十分であるが、水が近くにあった方が皆が安心すると考え、とりあえずはこの場を拠点とした。


葛葉は担いでいた荷物を降ろし、休憩がてら近場の苔石に腰を掛けると、今迄の疲れが溢れてくるのを感じた。昼間の方が視界も良好で、獣などの警戒は容易になってはいるものの、足手纏いが三人も居るのだ。千鶴は事あるごとに悲鳴を上げ、その度に足を止めさせられる。


流石に山育ちの葛葉であっても今のまま十日間過ごす事は至難の業だ。今も無理に笑顔を作っている千鶴には可哀想な気はするが、せめて虫くらいは克服して貰いたい。


そこで軽い休憩の後、今度は各自で探索に向かってもらい、千鶴の成長を促してみようと考えた。


「皆聞いて。十日間ここで過ごすとして、まずは周りに何があるのかだけは知っておくべきだと思うの。獣の縄張りや害虫の巣が近かったら襲われるかも可能性があるわ」


今現在皆が一番恐れているのは獣の襲来。昨晩葛葉が言った通り、野犬や熊、蛇や猪などが警戒すべき対象だ。特に熊に遭遇してしまった場合、即座に逃げるべきだろう。


「それなら次も二手に分かれて行動するの?」


「そうね。でも今回は千鶴と睦月だけで行って貰うわ」


葛葉の提案に皆が驚愕した。千鶴は頬を僅かに赤く染めてあたふたしているし、事実上葛葉と二人きりになる八雲は驚きのあまり湖に転げていった。


誰よりも驚き、声を荒げたのは睦月だ。


「ふざけんなよ!お前は山育ちなんだろ?お前が行く方がいいに決まってる!」


睦月の言葉は誰もが思う正論だ。葛葉が一人で辺りを探索し安全を確保した方が早くて安全なのは確かだ。


しかし、それではダメなのだ。二人を指名したのは二人が明らかに山に慣れていない為だ。太陽の昇っている明るい時間であれば、それを克服出来るかもしれない。


葛葉が一人で何もかもをやってしまうと皆の為にはならないと考えたのだ。


「あなたの言う通りね。今回の探索は簡単なものだから大丈夫よ。二人ともお願い出来るかしら?」


千鶴は葛葉に頼られた事で大いに喜び、小振りな胸を大きく張って承諾した。睦月がまたもや声を上げようとしていたが、千鶴に促されて嫌々ながら承諾した。


今回の探索目的は、湖から最初にいた山頂までの道を把握しておくこと。


当然、一直線でここまで来た訳ではないので、迷子になる可能性もある。葛葉は迷子にならないよう木々に目印を付けるように教え、二人を見送った。

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