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竜宮城  作者: 主
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舞踊

素振り千回という課題は毎日行われた。というよりもそれしかしていない。


一週間経つ今も八雲と睦月が千回に到達出来ていないからなのか、それとも暫くの間素振りしかさせないということなのか、辰二郎は今後の予定を何も話さず、素振りの指導しかしてこなかった。

その内容も、柄を握る箇所を変えてみたらどうか?とか、武器を振り抜くとキツイか?とか。武器を振りやすく指導するだけなのだ。


辰二郎の指導は、荒っぽい風貌に似合わず、非常に丁寧で分かりやすい。


毎日千回も素振りをしていると両腕や肩に鈍痛が続く。しかし、<それだけ>だ。一年という短い期間の中で龍神に一太刀入れられるようになるには、これだけでは足りないのではと葛葉は感じていた感。


そこで、休み明けで疲労が取れたのを見計らい、誰よりも早く千回の素振りを終わらせて、いつから本格的な指導をしてくれるのかと辰二郎尋ねてみた。


しかし、返ってきた言葉は「まだ早い」というもののみ。今後の予定についても、いつまで素振りを続ければ良いのかも話してくれなかった。


修行を始めておよそ一月が経過した。ほぼ毎日素振りを続けてきたお陰でずっと続いてきた筋肉痛も治まって来た。修行を始めてから疲労が溜まり、寺子屋の休み時間は、食べる、寝る、位しかしていなかったのだが、近頃は余裕も出て来て千鶴と話しをする機会も増えてきた。


そこで昼の休み時間を利用して、他の生徒達が普段何をして過ごしているのか観察してみる事にした。


葛葉は千鶴以外と仲良くする気は無い。それでも同年代の子供達が普段何をして過ごしているのか興味があったのだ。


いつもは千鶴に合わせてゆっくりとご飯を食べているのだが、この日は他の部屋を周りたかったので本来の自分のペースでおにぎりを食べた。一瞬で空になった小包を見て千鶴も負けじと急ぎでご飯を頬張り出した。


「ゆっくり食べていいよ。いろんな所を見て回りたいだけだから」


その言葉には一人の方が動きやすいという思いもあったが、千鶴に急がせるのも悪いという思いの方が強かった。


「私も見てみたいの。少しだけ待っててくれないかな?」


普段の何倍もの速度でご飯を食べ続ける千鶴の様子に、葛葉はしぶしぶ承諾した。


急いで食事を済ませた二人は自分達のいた壱組から離れ、弐組、参組の部屋の中を見て回った。葛葉が気になっていたのは参組の方。龍神に捧げる舞踊を学んでいるというこの部屋で、何を考えて毎日ここに来ているのか気になっていたのだ。何しろ、人身御供に選ばれるようなことになれば、死刑を宣告されたのと同義なのだから。


葛葉達が覗いたのは昼の休憩時間。当然参組の者も休憩をしているものだと思っていたが、休んでいるものなど一人もいない。


全員が違う動作をしていて、一瞬何かの怪しい集団だと思ってしまったが、一人に目標を決めて観察していると舞を踊っているのだと分かった。


何重にも重ねた着物を纏い、傘や扇子などを片手に持って稽古に臨んでいたのだ。指導する大人が居ない為、皆自分の意思で動いているのだろう。竜宮城でみた舞に比べればまだまだ拙い所はあるが、それでも目を奪われるには十分であった。

当初の予定では寺子屋の外で遊んでいる者や、いろんな生徒達の話でも聞いて回ろうと考えていたのだが、一生懸命稽古に臨む参組の子らに目が釘付けになってしまった。


横にいた千鶴も、参組の小窓から観察を始めてから何も喋っていない。千鶴も同じ気持ちなのだろう。


二人は残りの休憩時間を全てその場で費やした。


その日の稽古は一つの節目となった。毎日大剣を振り続けていた八雲が一ヶ月の修行を経て、とうとう千回の素振りを達成して見せた。


これには辰二郎も大喜びで労いの言葉を八雲に送った。心なしか一ヶ月前よりも八雲の腕が太くなっているような気さえする。


八雲が達成した事で残るは睦月のみ。睦月も八雲に負けまいとこの日のうちに素振り千回を達成した。


二刀の素振りを千回。つまりは合計二千回振った事になるのだが、睦月は決して疲れた素振りを見せていない。それどころか余裕の表情を浮かべ、疲れて座り込む八雲に見下すように目を向けっていた。


「やっと千回終わらせたのかよ。図体がでかい分動きもノロマなのか?」


「……遅くて悪かったな」


八雲は疲労の所為で喧嘩をする気にもなれなかったのだろう。


葛葉は普段から八雲とほとんど話しをしていなかったが、それでも毎日あの大剣を振り続けてきた彼の努力は評価している。


葛葉はそんな八雲を侮辱した睦月が許せなかった。


「睦月!そんな態度は無いんじゃない?一緒に戦う仲間でしょう?それにあなたも今日始めて素振りを終えたじゃない。侮辱するなんて許せないわ」


今にも殴り掛かりそうな勢いで葛葉は睦月に迫り寄った。


「俺が素振りを終わらせて無かったのは楽がしたかったからだよ。それにな、龍神を倒すのは俺一人で十分だ。お前らはただの足手まといなんだよ」


睦月の挑発するような言動に葛葉の堪忍袋の尾が切れた。腰に差した大太刀を抜き放ち、刃先を睦月に向けた。刃を向けられた睦月も一歩だけ距離を取って同じく抜刀し、一触即発の状況が出来あがった。


殺す気は無くとも手に持った大太刀が睦月の身体を潜っただけで大怪我に繋がる。頭の中でその状況を想像してしまう。手は微かに震え、やがて自分が恐怖している事に気が付いた。それでも剣を抜いた以上引くわけにはいかない。


お互いが一歩も引かず目線を交差させていると、二人に対して大量の冷水がかけられた。


目の前の相手のみに集中していた葛葉に心臓が飛び出てしまう程の衝撃が走った。


「このバカタレ共が!お前達の敵は人間なのか?違うだろう!龍神を倒すんだろうが!」


バケツを持った辰二郎から喝が飛んできた。葛葉は水を被せられた事で我に返り、太刀を鞘に収めてうなだれた。


(辰二郎さんの言う通りだわ……ここで一人減っちゃったら作戦成功出来ないかも知れないものね)


睦月も少しは反省したのか、それ以上は何も口答えせず掃除を始めた。


葛葉も辰二郎に謝罪した後、自分の持ち場である床の清掃に臨んだ。すると二人のやり取りを見ていた千鶴が心配して近寄ってきた。


「葛葉ちゃん、大丈夫?」


「えぇ、問題無いわ。騒がせちゃってごめんなさいね」


「ううん、気にしないでよ。睦月君のあの態度は誰でもいい気がしないと思うから。それでね、気分転換っていうわけじゃ無いんだけど……次の休みの日に遊びにいかない?」


葛葉にとって人生初めての遊びのお誘いだった。

勿論返事は「行く」という二つ返事だ。葛葉はどこに連れて行ってくれるのだろうと胸を膨らませた。


ーー


そして迎えた休日。前日は心が弾んで眠れず、殆ど徹夜の状態で日の出を迎えた。短い睡眠時間にも関わらず頭が冴えている。


早々と着替えだけ済ませて朝食の席に着いた。

そこで、虎之助に千鶴とともに遊びに行くと伝えると、何か奢ってやってくれと言ってお小遣いをくれた。


葛葉は作法を気にもせず、乱暴な動作で食事を済ませ、待ち合わせ場所である都の団子屋に向かった。


団子屋にはまだ千鶴の姿は無い。流石に早過ぎたと反省し、外に設置してある長椅子に座り千鶴を待った。


よくよく思い返してみたら一人で都にいる事自体が初めてだ。


千鶴を待っている間も辺りの人々の様子を観察しているだけで退屈などしない。例えば、団子屋の横にある蕎麦屋の中で、浪人らしき人物が喧嘩をしていたり、定食屋のおばちゃんが漬物石を抱えて家屋に運び入れていたり、農民らしき人が井戸の水を掬い上げたり。


どれも新鮮なもので葛葉の心を動かすのには十分だ。些細な事柄も元の生活からしたら活き活きとしていて、皆の表情は活気に満ち溢れている。


辺りをキョロキョロと見回していると、千鶴が駆け足で近寄ってきた。服装はいつもよりも少し派手な装飾が施された着物。呉服屋の娘というだけあって着物の着こなしは見事なものだ。


家からの距離を走ってきたのだろうが呼吸の乱れは全く無い。日頃の素振りの成果が出ているのだ。


「ごめんね葛葉ちゃん。待たせちゃったよね?」


毎回恒例になって来た千鶴のぺこぺこと下げる頭を見て、葛葉は自然と笑みが溢れた。


「気にしないで。全然待ってないから。今日はどこに行くの?」


葛葉の問いに千鶴は口元に指を当て、キョトンとした表情を浮かべた。葛葉も千鶴が何故そんな表情を浮かべているのか理解出来ず、同じような仕草を返した。


やがて千鶴が現状を理解したのか、手の平を叩いてから話し始めた。


「あのね葛葉ちゃん。待ち合わせ場所をここにしたのはこの団子屋さんでお話がしたいと思ったからなの」


葛葉は遊びに行くと言われて最初に思い浮かんだのは虎之助と行った都巡り。ただの散歩であったが、葛葉からしたらそれが<遊ぶ>という事だった。


だが、千鶴の話からすると、団子を食べながらお喋りをするのも立派な遊びなのだと分かる。


同年代の子達はお喋りが好きなのだと、ようやく合点が行った葛葉は気恥ずかしそうな笑みを浮かべ、一緒に店の中に入った。


団子屋のおばちゃんに二人分のお団子を頼むと、二人は空いた席に座ってそれを待った。


そして訪れた沈黙。改めてお喋りをしようと思うと何も話題が浮かんで来ない。かといって共通の話題である修行の事を、こんな場所で話そうものなら虎之助から厳しいお叱りを受ける事になる。

葛葉は千鶴と出来るだけ目線を合わさないようにして、必死に話題を探った。その思いは千鶴も同じようだった。千鶴も同年代の子と話す機会が少なかったと言っていただけあって、同じく口下手なのだろう。


お互いに挙動不審になりながら、お団子が来るのを待った。数分も経たないうちにおばちゃんがお団子を持ってきてくれた。


「あんた達二人だけかい?この辺で遊ぶのはいいけど、龍神祭の後だから宮殿の方には近寄らないようにね」


おばちゃんは若い二人が過ちを犯さないように注意をしてくれたのだろう。二人は気をつけると言う約束を交わし、感謝の気持ちを伝えた。


おばちゃんが満足した様子で店の奥に戻っていくのを確認し、葛葉はようやく話題が見つかったと喜び先程の話を詳しく千鶴に聞いてみた。


「千鶴ちゃんは宮殿って何か分かる?」


千鶴にとってそれは愚問だった。口に頬張っていた団子を喉に詰まらせて蒸せ返る程の驚きを示した。


「あのね、宮殿には天皇様が住んでいるの。外を歩いていたら気づくと思うけど、竜宮城を除けば都で一番立派な建物なの」


葛葉は虎之助と散歩をしていた時の事を思い出し、そんな建物もあったなと思い出した。


「天皇様ってどんな人なの?」


どんな人と言われても千鶴も説明し辛いものがある。会った事など無いのだから。少しだけ悩んだ後、簡単な説明を返した。


「私もよく分からないんだけど……一番偉い人?みたいなのかな。私よりも虎之助さんの方が詳しいと思うよ?」


虎之助の職業は役人という事なのでその辺の話には詳しいだろう。葛葉はそれ以上聞かずに他の話題に切り替えた。


一度話し始めたら、後は自然の流れで会話が出来た。お団子の味の事だったり、寺子屋の話だったり。深く考えなくとも話題はいくらでもあったのだ。


二人がお団子を食べ終わる頃、千鶴の着物の話題になると、千鶴の家に招待される事になった。葛葉の着ている服は千鶴のお下がりだ。他に合う服が無いか父に聞いてくれるということだ。


二人は会計を済ませ、千鶴の自宅である呉服屋に向かった。


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