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竜宮城  作者: 主
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プロローグ2

虎之助に拾われてからの葛葉の日常は激動の連続だった。基本的な礼儀作法、箸の持ち方、ある程度の学術、果ては武術の稽古まで。個別で家庭教師を付けて様々な分野の勉強を教え込まれた。


数日に一度程度の休みは貰えるが、疲労の溜まった身体や頭の英気を養うので精一杯だ。


その上、虎之助は一ヶ月は経とうというのに、葛葉を養子にした目的を話していない。それどころか毎日役所の仕事に出てしまい、家に帰ってくるのは日が暮れ出してからだ。


もどかしさはあるものの、勉強や稽古さえすれば、お腹いっぱいにご飯が食べられるし、綺麗な湯船にも浸かれる。


何よりも虎之助が自分を人として見てくれている。


慣れない日々が続く中、葛葉は何度も逃げ出そうかと考えたが、逃げた後の事を思い出せば行動に移せるはずもなく、虎之助に言い付けられた勉強を黙々と続けた。


ーー


卯月に変わり、桜が満開となり春風が心地よい季節。龍神祭の日が訪れた。


普段は朝食を済ませ、早々と仕事に向かう虎之助から、突然の休みを貰った。


「葛葉、面白いものを見せてやる。着いて来い」

虎之助が楽しい店にでも連れて行ってくれるのかと期待して、葛葉は満面の笑みを浮かべて頷いた。


期待に心躍らせながら久しぶりの都を歩いた。

だが、以前来た時とは雰囲気が全く異なっている。道を歩く者は本当に僅かで、出店や団子屋なども全て店じまいしている。


不思議に思いながら虎之助に着いて行くと、到着したのは竜宮城の根元。


倒れてこないか心配になるほど程巨大な建造物の根元に着いた。葛葉はこの建物を間近で見たことは無い。近づいて始めて分かることだが、垂直に伸びるこの建物は、無数の柱と櫓の様な骨組みで構成されている。先日見つけた格子状の影もこの骨組みのものだ。他の建物に比べても圧倒的な大きさの竜宮城は、根元から見ると、より存在感が増している。


横に並ぶ宿屋がちっぽけなものに見えてくる。

見せたいものとはこれの事かと納得していると、竜宮城の内部へと入って行く虎之助を見て、驚愕を露にした。


「虎之助さん、何をしてるんですか?入っちゃダメなんですよね?」


ここ何日間かの勉強の中で教えられた知識を使い、虎之助の行動に注意した。


「一般人は、な。役人だから良いんだよ。先に言っておくが、お前に見せたいものは龍神祭そのものだからな」


虎之助の言葉は教え込まれた知識を完全に否定するものだった。


(龍神祭とは神聖なもので、選ばれた者以外は何人たりとも立ち入ってはならない。なんて偉そうに言ってたくせに……)


葛葉は腑に落ちないまま虎之助と共に長く続く螺旋階段を上った。


それはとてつもなく長い階段。地上から頂上が見えないだけあって、徒歩で歩くには長すぎる距離だ。幸い、山の中で生活し、毎日の様に登山下山を繰り返して来た葛葉の足腰は強い。最近の満足の行く食生活のお陰で体力にはそれなりの自信がある。


だが、それを差し引いても長過ぎる。何時間上ってきたのか分からない程歩いた。太陽が真上を通り過ぎ、お腹が空いてきた頃、ようやく終わりが見えて来た。


そこは文字通り雲の上の世界。標高が高すぎて息苦しさすら感じられるこの場所は、お腹の減りや足の疲れなど忘れてしまう程、幻想的でとても美しい世界だ。


頂上の城部分に来ると世界の最果てまで見渡せた。まさに天国という言葉が相応しい。


葛葉は感激のあまり言葉を失った。どう表現して良いか、自分の知識では到底及ばないと悟ったのだ。


虎之助の見せたかったもの、それはこの景色だったのかと思ったが、またも勘違いだ。


あくまで今回の目的は龍神祭。その催しを見に来たのだ。構造上、本来であれば城の門が設置されている箇所には、開けた縁側の様な場所が設けられている。空がよく見えるこの場所で舞踊を捧げるのだろう。


城の中を貫く柱に寄りかかり、額から流れる汗を拭いながら虎之助が太陽の位置を確認した。


「ーー予想より早く着いたな。葛葉、一回も休まずにここまで来れるとは思っていなかったぞ」

虎之助は葛葉の頭を乱暴に撫で回し、褒め言葉を送ったのだ。


葛葉も褒めて貰えた事で嬉しくなって顔を紅く染めた。照れ隠しもあって、今日の目的を改めて聞いた。


「それより龍神祭は始まっていない様ですが……」


「そりゃあそうだ。陽が暮れて龍神が姿を見せてから始まるからな。言い忘れていたが、下に降りるまで飯は食えないぞ。俺たちは本当は入っちゃいけねぇんだ。ここで隠れてないとダメだなんだ」


葛葉は唖然とした。今から陽が暮れるまで待たないといけない事。そしてやはりここに来てはいけなかった事。何より信じられない言葉はご飯抜きというものだ。


虎之助に拾われてから空腹になる事など無かった。葛葉にとって空腹程恐ろしいものは無いというのに、この日のご飯は朝飯のみだと言う。葛葉は怒りを露にして虎之助に睨みを利かせた。


だが、虎之助には効かない。葛葉の獣の様な眼光を軽くいなし、柱の陰に座り込んで黙りを決め込んだ。


ーー


太陽が沈む迄の時間、出来るだけお腹が空かない様にと身体を動かさず待ち続けていると、何処からか和太鼓の大きな音が聞こえてきた。


続いて笛の美しい音色が鳴り響き、葛葉は慌てて音の出所を探った。


縁側の様に開けたそこには幾人かの人々が集まっていた。


「やっと始まったみたいだな。最初はああやって龍神を呼んでいるんだ。言わなくても分かるだろうが、絶対に見つからない様にしろよ。龍神に見つかったら殺されるからな」


黙りを決め込んでいた虎之助から警告された。今更そんな事を言い出すのは卑怯だと思い、再び怒りを露にしたいところだが、一定の音調で鳴り響く音の根を聞いているとそんな感情は何処かに行ってしまった。


和太鼓や笛以外にも弦楽器や風鈴などの楽器も合わさって、全ての音色が噛み合っていてとても綺麗な音楽なっていた。


そして更に一番奥。葛葉達が隠れている柱から見えづらい所では舞を踊る見目麗しい女性がいる。

葛葉はその全てに心を奪われ、聞き入ってしまった。だが、それも空の彼方から龍神が現れるまで。


突如現れた龍神は竜宮城の周りをグルグルと飛び回り、音に合わせて雄叫びを上げている。やがて縁側の正面で滞空し舞を踊る女性の眼の前で止まった。


大蛇の様な胴体にワニの様な顔。胴体のいたるところには鋭い鷹のツメが点々と生えている。その大きさもさることながら、圧倒的な威圧感を感じさせる。こいつが龍神なのだと一目で理解出来る容姿だ。


舞を踊る女性を後、満足したのか音楽や女性の舞に合わせて空を飛び周り、ご機嫌な様子で空を舞った。


空を舞、風を切る音が聞こえるたび、葛葉は全身の毛が逆立つ思いに駆られた。


蛇に睨まれたカエルの様に動けなくなり、龍神の動きを全て見逃さない様にと目で追って、その姿をまじまじと観察し続けた。


隣で虎之助が何かを言っている気がしたが、どれも耳には入って来ない。先程の美しい音色すら聴こえず、全神経を龍神に向けた。


音楽が止まり、女性も舞を終えると、龍神は再び縁側の前で滞空を始めた。


それを合図に舞を踊っていた女性が龍神の正面に近寄り、両手を大きく広げた。その動作は神に自分の身を捧げる動き。龍神は一瞬のうちに女性の身体を丸呑みし、空の彼方へと飛んでいく。


一連の流れが目の前で行われたにもかかわらず、現実のものでない様に感じた。母もこの様にして死んでいったのかと思うと腹の中が煮えくり返る。龍神の動きを決して見逃さず、その姿が見えなくなるまで目で追い続けた。


ーー


「ーー終わったな。帰るぞ」


虎之助の言葉で現実に引き戻され、今の状況を思い出した。もう既に日も暮れているのに、今から長い階段を降りて虎之助の家に着くまでご飯抜きだという状況を。


葛葉は急ぎ早に虎之助の後を追った。


「……虎之助さん、何で私にこれを見せたかったの?」


「帰ってから話すつもりだったが……まぁいいか。お前にはアレを殺してもらいたい」


虎之助の言う「アレ」が何の事なのか分からず、葛葉は首を傾げた。


「分からねぇか?龍神を殺して欲しいんだ。それがお前に頼みたい事だ」


「……冗談ですよね?」


言葉の意味は理解出来る。だが、とてもじゃないが正気とは思えない。先程龍神を観察し続けた感想は、およそ人が仇なす事が出来る存在ではない。まして葛葉の様に非力な女子の力では到底倒せるとは思えなかった。


「冗談なわけないだろ。お前には才能がある。明日から一年間みっちり鍛えてからの話だが、その計画は着々と進んでいる」


虎之助の目には確かな決意が宿っていた。


「……私一人で倒せるとは思えないのですが……」


「その辺は安心しろ。お前の他にも二、三人は誘ってある。とりあえず後は帰ってから話すさ」


虎之助はこの長い階段を降りながら落ちついて話す事が嫌だった様で、途中で話を区切られた。

虎之助が葛葉を拾った理由。それは神に反逆する為だった。


ーー


家に着き、虎之助から聞かされた計画はこうだ。龍神祭のお陰で確かに火の国は平和だ。


だが、いつまでも龍神に貢物を捧げ続ける事を国の天皇が嫌ったらしい。そこで、まだ力の弱い子供達に、密かに街外れにある寺子屋にて普通の学生として生活を送らせ、そこで龍神を殺す為の修行をさせるというもの。


しかも戦い方は刀を用いてということだ。これは大型の大砲などを用意して、逃げられでもしたら元も子もないと考えての苦肉の作戦なのだそうだ。


自分の身一つで、しかも武器は刀のみ。勝機が一切見えて来ない作戦だった。だが、嬉々として計画を話し続ける虎之助の様子は、何処か確信に迫るものがある。何かしらの隠し玉があるのではと思わせる程だ。


「俺はな、昔あの化け物に嫁を喰われちまったんだ。国のお偉方は俺を地方にやって、その間に攫って行きやがった……本当に不甲斐なくてな……だからあの化け物について徹底的に調べたんだ。そこで分かった事がある。一度龍神が貢物の女子が気に入らず、暴れた時があったらしい。その時、柱にぶつかっただけで怪我を負ったって話なんだ。どうやら相当脆いらしい」


勿体ぶって遠回しに話す虎之助に、相槌の意味で聞き返した、


「……つまり一太刀でも入れたら倒せるかも知れないって事ですか?」


「正解だ。元々刀っていう武器は切れ味が鋭い。出来るはず……いや、出来るさ!だがな、お前がやりたくないっていうなら無理にとは言わねぇ。少数精鋭だ。無理矢理やらせたんじゃあ意味が無いからな。やれるか?」


葛葉は顔を伏して考えた。


虎之助の計画は穴だらけな様に感じたが、やってみる価値はあるのかも知れない。何よりも龍神は母の仇だ。そして、虎之助に恩を返したいとも思える。葛葉は顔を上げ、了承の意を示した。元々拾われた命だ。この人の為に使おうと決めて。

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