家族の在り方
歓楽街で睦月らしき人影を発見してから数日、葛葉と千鶴は毎日歓楽街に通いつめていた。しかし、あれからそれらしき人影は見当たらず、めぼしい成果をあげることが出来なかった。
そんな日々を送っていると、毎日遅くに帰ってくる葛葉を不審に思った虎之助に朝食の時間に問いつめられた。
「葛葉、最近夜はどこに行っているんだ?もしかして……思い人でも出来たか?」
「思い人って何ですか?」
虎之助の質問の意味が理解できず聞き返した。
「わからねぇか?そうだな……簡単に言うと嫁に行きたい相手のことだ」
言葉の意味をようやく理解し、葛葉は口に含んだ味噌汁を勢いよく吹き出した。
葛葉にとってそんな相手は居ない。八雲の体つきや普段の振る舞いに見惚れる事はあってもそれだけのはずだ。
「そんな人居ませんよ!」
「それなら何をしている?」
慌てて否定した葛葉に食い入る様にして同じ質問が飛んできた。葛葉は咄嗟に否定しまった自分を呪った。この場合なんと言い返すべきなのだろうか?正直に話すよりも嘘でも思い人がいると思われた方がマシな気がする。
葛葉は目線を下に逸らし、黙って自分の吹き出した味噌汁を拭いた。
やがて虎之助を説得しようと決意を固め、真剣な眼差しで虎之助を見つめた。
「黙っていてごめんなさい。私と千鶴は睦月を探しています……」
葛葉の口から真実を聞き、虎之助は大きくため息を吐いた。
「葛葉。あいつは自分の意思で逃げ出したんだ。俺たちがどうこうしていいもんじゃないんだぞ?」
「それでも私達は睦月の口から何で居なくなったのか聞きたいの!」
葛葉は素直な気持ちを虎之助にぶつけた。虎之助は箸を置き、腕を組んで考え始めた。葛葉の初めてのわがままをどうやって返そうか真剣に考えてくれたのだ。
「ーー分かった。睦月の居場所は分からないが、睦月の事を知りたければあいつの母親を尋ねればいい。その代わり睦月に嫌われる覚悟はしておけよ?」
虎之助の話しは驚愕そのものだ。今迄自分と同じで家族が居ないのだと思っていたが、睦月には母親がいると言うのだから当たり前だ。様々な疑問が浮かんだが、葛葉は虎之助の忠告を素直に聞き入れて、睦月の母の元へは一人で行こうと決めた。
ーー
その夜。千鶴には理由を話して断りを入れてから虎之助に教えられた場所を尋ねた。そこは歓楽街の入り口に座する高級感漂う遊郭。葛葉が初めてここを訪れた時に一番興味をそそられた建物だ。
睦月を歓楽街で見かけた理由。それは母親を尋ねてのものだったのだろう。
店の入り口で虎之助に教えられた源氏名の常世という名前を出し、虎之助から借りてきた役人証を提示して話ができる様にして貰った。
遊郭の中は甘い香りが漂い、危ない雰囲気が立ち込めている。廊下の所々に蝋燭の明かりが灯り、妖艶さを醸し出す。葛葉が通された部屋には、あらかじめ布団や何に使うのかよくわからない道具もあり、葛葉の背筋に寒気が走った。
(小刀位持って来れば良かった)
葛葉にそう思わせる程異様な光景だ。数分程待っていると、大層綺麗な顔立ちの女性が扉を開けて姿を現した。顔はおしろいなどで化粧をし、唇に紅をさして真っ赤に強調している。来ている着物は派手さこそないものの、何処となく大人の色香を引き立てる存在だ。
彼女は葛葉に呼び出された事に嫌な顔一つせず、頭を深々と下げて入ってきた。虎之助から借りた役人証の力だろうと思い、畏まらなくていいとだけ告げて本題に入った。
「単刀直入にお伺いします。睦月のお母さんですか?」
女性は睦月の名前に一瞬驚いた表情を浮かべたが、瞬きの間に元に戻っていた。
「ーーぬしはあの子の友達でありんすか?」
彼女の言葉は聞きなれないものだったが、気にせず話を続けた。
「睦月は私の友達です。それより質問に答えてください」
女性は妖艶な手付きで葛葉の顔に指を触れ、ニッコリと微笑むとその表情はまるで女神の様だ。
「ぬしの言う通りわっちはあの子の母親でありんす。ところでなにをしに来たんでありんすか?」
「母親なら何で一緒に居てあげないんですか!睦月はきっとあなたに会いたがっていますよ?生きているならどうして一緒に居てあげないんですか!?」
葛葉は自分には無いものに妬みの気持ちを込めてそう言い放った。おそらく睦月は何かを思って相談に来たかったのだろう。
女性は全ての言葉を真正面から受け止めて、微笑みを崩さずに答えた。
「あの子には……幸せに生きて欲しいのでありんす。虎之助はんはあの子の幸せを考えておくんなんしんしたから」
「……どういうことですか?」
「わっちはあの子を役人に売りんした」
平然と言ってのけた女性に葛葉は牙を剥いて吠えた。
「ふざけるな!お前は親だろう!何が幸せだ!親と離れて幸せなはずが無いだろう!」
幼き日の記憶と重なり、葛葉は我を忘れる程に激怒した。
「黙っておくんなんし。この遊郭で子供が幸せに生きて行けるとおっしゃいんすか?」
「それは!ーー」
彼女の鬼気迫る言葉に、続く言葉が出てこなかった。彼女の言う通りなのだろう。歓楽街の中でも特にこの場所は子供の来る所では無い。
彼女の表情は化粧で誤魔化してはいるが、今にも涙が溢れそうだ。彼女自身も息子を売った自分に腹を立てているのだ。
息子には真っ当に生きてほしいから。息子だけでも普通の暮らしをして欲しいから。身を切る思いで睦月を手放したのだろう。そこには確かに愛情があって、それも一つの親子の在り方なのだ。
(お母さんもこんな風に思ってくれていたのかな……)
葛葉はそれ以上は質問せず、項垂れるしかなかった。すると、道側にある格子戸の方から何かが倒れる大きな音が鳴った。
葛葉は即座に立ち上がり、物音の出所を探ると、そこには以前見かけたのと同じ睦月らしき人影が駆けていくのが見えた。
葛葉は常世に礼をする事すら忘れて急いで家屋を飛び出した。
ーー
今度は逃がさない。その為に何日間も通い続けて道の把握をしてきたのだ。葛葉は歓楽街の地図を頭の中に広げ、最短の道を選んで後を追った。道が分かっていれば足の速さは此方の方が上だ。
今度は油断しない。袋小路に誘い込まれでもしたら此方の負けだ。葛葉は最高速度を保ちつつ、どんどん歓楽街から離すように立ち回った。獅子は兎を狩る時も全力という。葛葉は決して逃げられないよう慎重に追いやった。
歓楽街の外に出て人里離れた通りまで来ると、葛葉は更に加速して捕らえにかかった。隠れる場所の無い河川敷は葛葉の得意箇所。加えて相手は呼吸を乱している。
人影は堪らず振り返り、距離を確認して来た。月明かりに照らされるその容姿は見慣れたもの。やはり睦月だ。
睦月は息も絶え絶えに、死に物狂いで逃げた。やがて都外れの橋まで逃げると、諦めた様子で立ち止まった。
「何で追いかけて来るんだよ!?俺を殺しに来たのか?」
睦月は懐から二振りの木刀を抜き放ち、戦闘態勢を取った。その様子から、葛葉から全力で逃げた理由は、龍神討伐を勝手に抜けた制裁だと思っているようだ。
「殺さないわよ!ただ話が聞きたかったのよ」
葛葉は警戒されないよう、そして逃げられないように一定の距離を保ったまま説得を始めた。
睦月は葛葉の顔色を伺い、殺意どころか戦闘意欲すら湧いていない事を察知し、木刀を収めた。
「じゃあ何なんだよ?俺は逃げたんだ……一時の感情で母ちゃんを捨てたんだ!もう放って置いてくれよ!」
その表情は月の光に反射してキラキラと輝いた。瞳からは一雫の涙がこぼれ落ちる。自分でもどおして良いのか分からなくなっているのだ。
「ーー睦月、もしかして戻りたいの?」
睦月の言葉から葛葉は彼の真意を探った。
「うるさい!もう戻れねぇよ。そういう契約だったから」
睦月は行き場の無い怒りを込めて、二振りの木刀を地に投げ捨てた。この行動は、山籠りの初日と同じだ。とても不器用で、それでいて真っ直ぐで、我儘で、子供だ。睦月は自分が逃げ出した事を恥じているのだろう。
葛葉は出来るだけ刺激を与えずに、少しずつ距離を詰めた。
「一つ聞いていい?睦月が龍神討伐に参加した理由はなに?あなただけ理由が分からないのよ」
それは先日千鶴と話した時も結局は結論が出なかった物。親に捨てられ、役人に拾われて強制的に参加させられていたのでは無いか?だが、それならば最初から逃げ出せば良かったはず。葛葉にはその理由がどうしても分からなかったのだ。
「それは…………母ちゃんをあそこから取り戻す為ーー」
睦月の声は泣き声に変わっていた。膝を折り、両手を地面に着け、大声で泣き始めた。
自分の目的を自分の口から発したことで心が崩れかかっているのだ。葛葉は睦月の側により、優しく肩を叩いた。
「何があったのよ……私でよければ話してちょうだい」
葛葉に優しくされた事で余計に泣き声は大きくなった。まるで何かに謝罪をしているように、何かに怯えているように泣き続けた。月夜の晩に響き渡る睦月の声は彼が落ち着きを取り戻すまで続いた。
やがて呼吸も整い、冷静さを取り戻した睦月は、真っ直ぐに葛葉の目を見て話し出した。
「ーー俺はさ、何年も前に母ちゃんに捨てられたんだ。いや、捨てられたと勘違いしたんだ……聞いてたよ。母ちゃんがあんな事を思ってくれてたなんてな……」
睦月は涙を拭いながら歓楽街の方を見つめた。
「俺が龍神討伐に参加した理由は、金を貰うためだ。元々虎之助のおいちゃんから普通に生活が出来るように家も貸してもらったし、真っ当に生活を送って来てたんだが、俺には才能があったらしい。龍神を倒せたなら莫大な報酬をくれるって持ち掛けられたんだ。葛葉達がどうかは分からねえが、俺は正直怖いよ。龍神様に恨みも無いし、戦う理由はそれだけだからな」
虎之助が言っていた三人との違いはこれなのだろう。千鶴は母を取り戻す為に志願し、八雲は鍛冶屋の復興の為に志願した。葛葉も母の仇である龍神を倒せる上、家まで用意してくれたのだ。文句のつけどころはない。
だが、睦月は違ったのだ。自分を捨てた母を取り戻す為、しかも相手は自分の事を愛しているとも分からない状況。そんな思いを抱えながらの修行は辛かった筈だ。熊の親子を見てしまい、それが一気に爆発したのだろう。
睦月の戦う理由を聞き、同情する点もある。それだけ迷っているのだろう、と。だが、葛葉からみたらそれだけだ。母が生きているだけ羨ましさすら感じる。
そこで、葛葉は彼の素直な考えを尋ねた。
「今の睦月の気持ちはどうなの?お母さんを取り戻したいの?このまま逃げていたいの?」
睦月は直ぐには返答せず、顔を伏せて考えた。母の気持ちを知った今も迷っているのだろう。
葛葉は迷いのある睦月に苛立ちを覚え、握り拳を作った。だが、拳を振り上げる前に睦月が決意を固めて顔を上げた。
「俺は母ちゃんを助けたい!売られた子供が役人から逃げ出したとなれば大犯罪なんだがな……」
葛葉は素直な気持ちが聞けて嬉しかった。ここで逃げ出すなんて言ったら一発殴っていたところだ。
「そんなこと、謝ればいいんじゃないかしら?」
平然と言ってのけた葛葉に、睦月は溜息を吐いて呆れた素振りを見せた。
「謝って済むならもうしているさ。許される筈がないだろう?」
「何を弱気になっているのか知らないけど、私も一緒に謝ってあげるわよ。何なら八雲と千鶴にもお願いしましょう」
睦月は頭を抱えて塞ぎ込んだ。いつまでも悩み続ける睦月の様子に、ついに葛葉の堪忍袋の尾が切れた。
睦月の胸ぐらを両手で掴んで立ち上がらせ、真っ直ぐに目を見て吠えた。
「睦月!何もしないで逃げ回るのはもう止めなさい。男なら行動あるのみよ」
睦月は次第に笑みを浮かべ、頷いた。
「お前、男みてぇな性格してんのな。分かった。謝りに行こう」
決意を新たにした睦月を見て、葛葉も笑顔になった。
ーー
そうと決まれば話は早い。夜中だからと遠慮はせず八雲と千鶴の家に向かい、二人を引き連れて虎之助の自宅に向かった。
堂々と家の玄関を開き、四人は虎之助を探した。何事かと騒ぎ立てる使用人をよそに、虎之助のいる居間に着くと、一斉に皆で謝罪した。
「すいませんでした!」
虎之助は突然の事態に唖然としたものの、睦月を目にしてゲラゲラと笑いだした。
「この悪ガキめ!無事で良かったぞ!」
虎之助は睦月に歩み寄り、ゲンコツを喰らわした。虎之助も本当は心配していたのだろう。そして、戻って来たなら許してやるつもりだったのだ。そうでなければ今頃睦月は手配書を出されていた筈だから。
もっと酷い折檻を覚悟していた睦月はそれだけで済んだ事に安堵していたが、葛葉からしたら拍子抜けにも程がある。もう少し手厳しい罰を与えるべきでは無いかと考えた。
しかし、虎之助はそれだけで許したのだ。寝巻きのまま皆を引き連れて辰二郎の自宅へ向かった。
高齢である辰二郎は既に就寝していたが、そんなことは気にもとめず、虎之助が叩き起こして皆と一緒に頭を下げた。
だが、辰二郎は叩き起こされた事で不機嫌そうな表情を浮かべた。
「お前ら時間を考えろ!日を改めてまた来い!」
最もな言い分だが、虎之助は一歩も引かず、食らいつくように謝った。その表情はニヤリと笑みを浮かべ、嫌がらせをしているようにしか見えない。
「起きてくださいよ。睦月が戻って来ましたよ。私からも謝ります、明日からの修行に参加させてやってください」
鬱陶しいまでにしがみつく虎之助の様子に、そこに居た全員が一線を引きたくなった。
「もう分かった修行に参加してよい!鬱陶しいからさっさと帰れ!」
虎之助の手腕のお陰で、労することなく辰二郎からも許可を得た。終始笑顔を絶やさなかったのは、辰二郎から言質をとるためだったのだろう。
睦月は呆気なく終わってしまった事で拍子抜けした様子だ。皆が唖然とする中、それぞれの自宅に送り届けて葛葉と虎之助も自宅に帰った。
色々あったが、明日からはまた皆で修行が出来る。葛葉は笑顔を浮かべて眠りに着いた。




