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スイとスズの世界征服  作者: 妄想ねこ
6/6

スイとスズの明日

 それからわたしたちは水辺に腰を掛けてびしょ濡れのままに、他愛もない話をした。

 嫌いな学校の話、、好きな小説の話、好きな音楽の話、食べ物の話、ファッションの話。

 スズさんは小説では「ライ麦畑でつかまえて」が好きらしい。

 わたしは音楽では「洋楽ならoasis、邦楽ならSUPERCARが好きだってことを打ち明けた。

 小説や音楽の趣味を語るのは、言葉以上に自分のパーソナルな部分をさらけだすような気がして、こそばゆかった。

 スズさんはオムライスが好きできゅうりが嫌いみたいだ。意外と子供っぽい。

 わたしはファッションにそれほど詳しくないけれどフェミニン系の落ち着いたのが好きってことを語った。

 あれほど普通の女子高生に馴染めなかったのに普通の女子高生みたいに時間を忘れてお喋りにふけった。

 たぶん普通でありたくないわけではなくて、普通になるために必要な自分に吐く嘘の才能がなかっただけなのかもしれない。

 水面に脚を遊ばせるスズさんの姿を見て、わたしもやってみる。

 波紋が広がって、月が歪む。 

 スカートが捲れ上がり、晒されたスズさんの太ももの付け根からは痣のようなものが覗いていたけれどそのことには付け入らなかった。

 けれど、無視するわけではない。

 いつかそのことについて訊ける日が来る。

 その時には彼女が求めるのであれば手を貸そう。そう思った。

 わたしたちの関係はきっと今日限りでないはずだから。




 気が付くともうすっかり夜の帳が下りていて、人工光のない辺りには黒い闇が立ち込めていた。

 月と星が水面に反射していて、脚だけ夜空に浸かっているみたいだった。

 足元の夜空にもう一つ、翡翠ひすいの光が浮かび上がる。

 視線を上げると、無数の蛍が明滅を繰り返していた。

 それから特にわたしたちの間に言葉はなかった。

 大人になったらきっとこのことも忘れてしまうんだろうな、なんて思いながらも必死にこの光景を網膜に焼き付けようとしている自分がそこにいた。

 線路沿いに出るまでの間、外の世界へと案内してくれるかのように蛍がテールランプを彷彿とさせる光の尾を伸ばしながら付いてきてくれた。その姿は映画の演出めいていて、今日あったことがお伽噺だったかのような錯覚を覚えさせる。

 線路沿いを再び歩き出す。

 蛍のお見送りがなくなると既に通ったはずの道が恐ろしいまでの暗闇に変化していることに気が付いた。

 恐怖心からか池に飛び込んだことによる体の冷えか、ぶるぶると体が震え始める。

 すると、ふっとスズさんの左手がわたしの右手に触れた。

 その手をどちらともなく握る。

 行きとは違って自然と指と指を絡ませるかたちになった。いわゆる恋人繋ぎってやつだ。

 女子同士のなかよしこよしとも違う、林間学校でのはた迷惑な男女ペアの肝試しとも違う、温かい気持ちになる。幼き日の、インフルエンザで学校を休んだ日、氷枕に頭を預けて握ったおかあさんの手を思い出す。体の震えが、自然と止まる。

 田んぼに設置されたお手製感満載の誘蛾灯代わりのランプと月明りと星々だけを頼りに歩く。

 互いの手を握りあったまま言葉を交わすことなくひたすらに歩いた。

 たまに視線が交差すると自然と顔がほころんだ。

 このまま帰れなくて、闇に飲み込まれるのならそれはそれでいい気もした。

 遙か彼方の闇と交じり合い輪郭を曖昧にしていく線路はまるで世界の果てまで続いているように思えた。





 びしょ濡れだった制服が半渇きになり、べたべたと体に張り付く特有の不快感を生み出し始めた頃、我が家に着いた。

 まず、家に帰るとお父さんに引っぱたかれた。

 帰宅時間が遅れたこと、制服が濡れていること、おまけにわたしの顔がにやけ面だったことが仇となりお説教に拍車をかけた。

 けれどわたしの体を包み込むふわふわとした全能感のようなものが痛みと反抗心を中和してくれた。

 シャワーを浴びて、自室のベッドに腰を下ろしてもそのふわふわは洗い流されることなく体を纏っていた。

 横になって目を瞑る。

 瞼の裏にはスズさんの顔が浮かび上がってくる。

 明日からも会えるだろうか。

 こんなことを考えるなんて、わたしらしくない。

 いや、違う。

 自分らしいなんてのは自分を構成する諸要素からなにか一つを汲み出していえるものではなくて、これまでの経験から形成された複合的なぐっちゃぐちゃの集合体だ。

 昨日までの自己憐憫とニヒリズムの上に今日のこと、明日からのことが交じり合いわたしらしさ、は更新されていくんだ。

 変わるってことはこれまでの自分を否定する行為なんかじゃなく、珈琲豆をブレンドしていくような行為だとわたしは思う。

 人と同じ豆をブレンドするのはまっぴら御免だ。

 けれど、倦怠感や嫌悪感がわたしに悪臭として染みつきそうなときにはまた豆の挽き方を教えてもらおう。

 そうすればこれまでよりはきっと上手くいく、そんな気がする。

 そんなことを考えながら眠りにつく。

 明日はどんな一日になるだろう。 

ここまで読んでくれた方、(いますでしょうか?)本当にありがとうございます。

作品像、情景、会話、青春ものとして自分の好きな雰囲気を詰めてみました。

思春期の心象を少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。



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