スイとスズの旅立ち
驚くべきことに彼女は豊満な胸を惜しげもなく晒した上半身下着姿のままわたしと会話し始めた。
「ねね、キミもサボりなのかな?」
身を乗り出して嬉々として質問してくる。
改めて見ると、可愛い。
休日ろくに外に出ないわたしよりも肌が白い。それはもう病的なまでに。
涙袋も二重幅も自然に大きく、鼻筋も通っている。
髪型は顎のラインで切り揃えられたショートヘアで片耳だけ露出している。
そして何よりも目を引くのは瞳の色。
左は金色。
右目は青色。
猫みたいだ。日本人でオッドアイって見たことがないけど、本物だろうか。
白い肌と精巧な顔立ちがエキゾチックな瞳の色に妙な説得力を生んでいる。
「そうだけど。何?っていうか服着なよ……。」
見た目のことを聞くことはできず当たり障りのない返答。
「そうなんだっ!!自称進学校のうちじゃあ珍しいから仲間に出会えて嬉しいなあ。。えーと、キミ名前は?」
恥じることはない、とばかりに胸を張ってみせる。
ぷるんとご自慢の胸が、揺れる。
「スイ。」
「スイ……。可愛い名前ね。スイちゃんも制服、脱げば?あ、わたしの名前はスズね。」
カワイイ。可愛いなんて初めて言われた。しかもなんかあだ名までつけられた。
「はぁ?わたしまで同じ道に巻き込まないでよ。ヘンタイのスズさん。」
「外をご覧!!こんなに空は晴れてる。絶好のサボり日和よ。さあ、制服という名の軛を逃れて解き放たれよう!!」
ヘンタイのスズさんはばあっと両手を翼のように広げてみせる。
「天気とサボリは関係ないし、わたしは露出趣味じゃないし。」
「そっかぁ。っていうかわたしも露出趣味があるわけじゃないよ!!ただ気持ちいいだけ。」
「それを世間では露出趣味っていうんだよ。」
「違う!!この学校という鳥の籠で生きなければならないわたしたち学生ソルジャーに無意識の連帯意識を植え付ける悪しき鎧だよこれは!!」
中二病のスズさんが声高々と論ずる。
連帯意識を嫌うのはわたしも一緒だけど、改めて他人の口からそういった主張を語られるとなんだか自分の恥部を客観視してるみたいで非常に恥ずかしい。
「そういえばなんでスイちゃんはサボってるの?生理?」
朝ごはん何食べた?くらいの勢いで初対面とは思えない質問を飛ばしてくる。
「いや……。なんか、やってらんなくて。最近ちょっとしたことで疲れるっていうか。」
正直自分でも正体のわからないサボリ癖に悩まされる最中だ。曖昧に答えるほかない。
すると彼女はわたしの回答を聞いてそのオッドアイの目を見開く。
「うんうんいいね。いい。青春のエモーショナルを感じるよ。」
なんだか彼女なりに納得しているみたいだ。
「よし。決めたわ。今から2人で世界征服に旅に出よう!!」
「……………………は?」
何を言っているんだろうこの人は。
「これは決定事項だよ。進学校の保険室にサボリストが2人、2人は学校を抜け出して世界征服を目指す、これがロマンじゃなくて何がロマンだろう!どうせ家に帰ってもダラダラ時間を潰すだけ、教室戻ってもつまらないだけなんだから世界征服するしか選択肢はないんだよ。だよ。」
「い、いや意味がわからな」
有無を言わさずに手を握られたかと思ったらそのまま窓際まで引っ張られる。
「ここから学校を脱出しましょう。先生や知り合いに見つかったら世界征服は失敗ね。」
「な、なんで窓から。」
「そのほうがそれっぽいからに決まっているでしょ。グラウンドから昇降口に回り込んで靴を回収しよう。」
「見つかったら絶対怒られるし、こんなの付き合うギリは」
「確かにギリはない。だがしかし!!夏の日、二人は出会う!!そして何もかも投げ出して旅に出る!!ああこれこそ若者のロマンよ!!」
有無を言わさずわたしの背を押して窓の外へと押し出そうとしてくる。
「わかった、わかったよ。面倒くさいけど、あんたから逃げるのもっと面倒くさいから付き合ってあげる。ただし途中で飽きたらすぐ帰るから。」
最初は本当にそのつもりだった。
けれど同時に自分じゃ巻けない錆びたゼンマイを無理やり巻くきっかけになるのではないかという期待も抱いていた。
すでにこの時点でわたしもどこか彼女にクラスメイトとは違う何かを感じていたのかもしれない。
でもそれを口にするのはあまりに恥ずかしい。
「よしきた。っくっくっく………………。始まる──わたしたちの旅が!!」
威風堂々と台詞を決めると同時にわたしの手を引いて、窓に足を掛ける。
「ちょっと待ってよ、ヘンタイのスズさん。」
「あに?」
「裸で旅をするのも若者のロマンなの?」
「ナイスアシスト。ふつうに忘れていたわ。」
というわけで、制服に着替えなおしたあと改めて脱走する運びとなった。
まず保険室の窓から上履きのまま抜け出すと、もうこの世界征服逃亡作戦(仮)を辞めたくなった。
茹だるような熱気でファンデーションは崩れるし、久しぶりに長々と人と喋ったせいか喉が痛い。
そんな私とは対照的にスズさんはおもちゃの兵隊みたいに両手を動かして隣を行進している。
「てれてれてんててん♪てれてれてんててんてんてん♪」
隣ではスズさんがセミの鳴き声を伴奏に久石譲の『summer』を大声で歌っている。
サビのメロディーしか思い出せないらしくひたすら同じ箇所をループしている。しかもピアノ曲なので歌詞がないため壊れたテープのように延々とてれてれ言っている。
悪びれることなく正面から昇降口に入り靴を外履きに履き替えた。
わたしはローファーでスズさんはスニーカー。スズさんのスニーカーは花柄の上に返り血を浴びたような赤色がべっとりと付いている。
「随分と変わったデザインの靴だね………。」
「これ?自分で書いたんだー。なかなかカッコいいでしょう?」
片足を上げて見せつけるようにしてみせる。
「なかなか個性的なセンスだね。」
「それほどでも~」
皮肉を褒め言葉と受け取ったようでワルツを踊るようにくるくると回転しながら歩き出す。
下着姿のときは気がつかなかったが、彼女は学校で指定されているリボンではなく紺にチェックのネクタイ(男子のものとも違う)を締めており、スカートも進学校のうちにしてはかなり短いようだ。
「見て見て、このリュック、イカすでしょー?」
気をよくしたスズさんは背負ったリュックをぐいっと突き出すように見せつける。
黒い猫がモチーフのキャラクターちっくな小さなリュックだ。
キーホルダーもポップなものや前衛的なデザインのものまでじゃらりとぶら下がっている。
間違いなく教科書の類は入っていないだろう。
学校指定の鞄以外の鞄を持ってくる生徒もそれなりいるが皆空気を読んで落ち着いたものをチョイスしているなかこれを背負っている点からも彼女の性格がうかがえるようだ。
「あんまり見かけないキャラクターだね。」
「えへへ。ブランドのオリジナルキャラクターだよ。」
頬をほころばせる。自分のセンスを認められたのが嬉しいといった様子で楽しそうにスズさんはファッションやリュックに入っていた予想通り教科書ではない小物や地元の本屋じゃまず見かけないような本について語り出す。
容姿的にも行動的にも自己主張の強い彼女と何の策もなしに試みた脱走だが、拍子抜けなほどにたやすく通りに辿りつく。
振り返ると何の変哲もない校舎があたりまえのようにそこにある。
真面目に授業を受ける者、居眠りをする者、スタイルは様々ながらみんな同じ校舎のなかでおなじ制服を着て高校生活を満喫しているのだろう。
今までわたしは律儀にも規則をきちんと守り、毎日学校に登校してきた。保健室でサボる時も逐一その言い訳を教師に報告していたし、学校を途中で抜け出すなんてことしてこなかった。
その程度で異端を気取っていたのだ、と目の前のスズさんを見て思う。
いざ抜け出してみると本当になんてことない。
今まで自分は何に怯えていたのだろう。こんなところ、自分の意志次第でこんなに簡単に抜け出せるのに。