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第7話 協力者+1

「ねえ、ホタルってどうしてフユキが好きなの?」

「どうしてって言われても……」




 とある日曜日。妖精とか魔法とか、ファンタジーな世界が奇妙に日常と融合し始めたそんな日、私は自分の部屋で何故かアリスにそんな質問をされていた。



「女の子って、もっとかっこ良かったり優しかったり、そういう男の子が好きなものじゃないの?」

「え、日高君ってかっこいい……と、思うけど」



 心底不思議そうにそう言ったアリスについつい勢いで言い返し……途中で我に返った。

 確かに、よくよく思い出してみれば日高君を最初に見た時はちょっと怖そうな人だな、という印象だけでかっこいいなんて考えていなかった気もする。

 好きになると本当に見る世界が変わっちゃうんだな、と何故か客観的にそう思った。



「まあ、ホタルにはそう見えるならそれでいいけど……でもフユキってすぐに怒るでしょ? ちょっとつまみ食いしただけでがみがみ言うし」

「つまみ食いしたんだ……。というか、私も聞きたかったんだけど、アリスって日高君のところに行かなくていいの?」



 こうして何気なく自室で彼女と話していたが、アリスは日高君に魔法を教える為にこの世界に来たはずである。それなのに私の所に遊びに来る頻度はとても高く、ちゃんと教えているのか怪しい所だ。


 私がそう言うとアリスは「いいのいいの」と酷く軽く言葉を返し、私が座る勉強机の上に着地した。



「だってフユキってば、魔法の勉強の為の本を渡したらそればっかり読んでるんだもん。私が実践してみせるよりもそっちの方が分かりやすいんだって!」

「ああ……」



 少し拗ねるような態度を取る彼女を見ながら、確かに日高君にはその方が合っていそうだと考えた。アリスは見るからに感覚的に魔法を使っているようだったから理屈っぽい日高君とは相性が悪かったのだろう。私とは正反対である。



「それに、フユキの家ってちょっと居辛くて」

「居辛いって?」

「フユキのお母さんが私に話し掛けて来るから……他の人が居る前でも」



 彼女曰く、日高君のお母さんはアリスが他の人間に見えていないのを分かっていないよう――実際に日高君も見えているので余計に――で、例えば日高君のお父さんが居る前でも当たり前に話し掛けて来るのだという。



「それは……大変だったね。誤魔化せたの?」

「それが、フユキのお父さんもまたかって。フユキに聞いたら、今までも時々奇行があったらしくて、そんなに驚いてはなかったんだけどね」



 でもフユキがあんまりお母さんと会って欲しくなさそうだったからこっちに来たの、とそう言った彼女はその時のことを思い出しているのか少し疲れた様子で一つ息を吐いた。

 確かに一見何もない場所に話し掛ける母親を見るのは日高君も複雑な気持ちになるだろう。



「向こうの世界には戻らなくて大丈夫なの?」

「うん、別に大丈夫よ。大っぴらに姿を見せなければ問題はないし、それにこっちの世界は色々珍しいものが沢山あって面白いから。それに言ったでしょ?」



 アリスは机に積まれた教科書の上に座ると、今までの表情から一変して楽しげな笑みを作った。



「ホタルの恋に協力するのも私の役目だからね!」

「……はあ」



 それは役目ではなく、別にアリスが自発的にやろうとしているだけのことではないだろうか。




「あの、アリスって本当に何で協力してくれるの?」

「面白そうだから!」

「そ、そうなの」



 多分そうなんだろうなとは思っていたが、実際にここまで無邪気に堂々と言われると怒る気さえ起らない。

 私は少し頭痛を覚えながらノートを捲った。今アリスとのんびり話しているが、実のところこれでもテスト勉強の最中なのである。元々集中力が切れて半分休憩状態の時に彼女が話し掛けて来たので私も悪いが、そろそろ再開しなくてはならない。


 会話の間止めていた手を動かし重要語句をノートに纏めていると、話し相手が居なくなったアリスが不満げに椅子にしていた教科書を片手で叩いた。



「もーホタルもフユキも、そんなに机に向かって楽しいの?」

「楽しくはないけど、仕方がないからね」

「もっと楽しいことしようよー。折角色々調べて来たのに」



 集中集中、と思っていても話し掛けられると返事をしてしまう。更に視界の端で立ち上がってステッキを取り出したアリスに、私はついつい何をするつもりなんだと釣られて顔を上げた。

 軽くステッキが振られると、突然机の空いたスペースにばさばさと空中からいくつかの本が降って来た。そこには以前見た結婚情報誌の他に、少女漫画や小説、更に童話や絵本らしきものまである。



「……アリス」

「沢山読んで色んな話を覚えて来たのに、ホタルってば部屋に籠ってばかりなんだもん。つまんない」

「そう言われてもね」



 私だって正直な所テスト勉強に疲れていないという訳ではないし、気分転換に外に行きたい。

 一体どんな話を参考にしているのだろうかと少し興味を引かれた私は、一番上に置かれていた少女漫画をぱらりと捲ってみた。……うん、驚くほどベタな展開が盛り沢山だ。私も漫画は好きであるし沢山という訳ではないが読んでいるが、ここまである意味完璧な少女漫画は初めてだった。


 刊行されたのはいつなんだろうと気になりながらページを捲っていると、気が付けばついついしっかりと読んでしまっており、時計を見ると十分経っていた。



「駄目だ駄目だ、今はテスト勉強中……!」

「ホタルってば真面目ねー」

「日高君ほどじゃないけどね」



 ところでアリスがぺらぺらと捲っている本は人魚姫なのだけれど、一体どこを参考にするつもりなんだろうか。




「……あ」



 いざ勉強、と意気込んだ所で早速出鼻を挫かれる。手にした蛍光ペンのインクが切れていたのを思い出したのだ。掠れて殆ど色が出なくなったのは学校にいる時で、休みのうちに買っておこうと思っていたのをすっかり失念していた。

 別に他の色でもなんとかならないこともないが、途中で色が変わるのはちょっと気になってしまう。



「ホタル?」

「……アリス、外行こっか」

「やった!」



 少しだけ考えた結果、息抜きがてら買い物に行くことにする。朝からテスト勉強で椅子に座り続けていたし、既に完全に集中力は切れている。ぐだぐだと頭に入らない勉強を続けるよりは気分転換をした方がいいだろう。

 私は外出の準備をして、駅前にある文具店へと向かうことにした。小さな店だが所狭しとペンやノート、万年筆などが並べられていて、見ているだけで楽しい所である。



「あっ」

「どうしたの?」



 ふわりと私の左肩に腰掛けたアリスが落ちないだろうかと少し気にしながら足を進めていると、駅に近くなった路地で突然アリスが短く声を上げた。



「走って!」

「え?」

「いいから!」



 耳元で出された声に驚きながらも言われるままに走り出す。思わず背後に不審者でも居たのだろうかと不安になってちらりと振り返ったものの、犬を連れて散歩しているおばさんしかいない。



「もっと急いで!」

「そんなこと、言われても、危ないよ」



 何を急かしているのか分からないまま息を弾ませて言葉を返す。肩に乗っているアリスが振り落されそうになっているもの気になるが、何よりすぐ正面には十字路があり余計に走る速度は落ちてしまう。

 以前走って車に轢かれそうになった経験がある身としては彼女の言葉に従うことは出来なかった。




「え?」

「ん?」



 小走りになってしまった足は、十字路を前にして完全に止まった。駅の方向に向かって目の前を通り過ぎる日高君の姿を目にしてしまったからだ。


 私の気の抜けた声に反応した彼はこちらを見て、そして息を切らしている私に不思議そうな視線を向ける。



「砂原、そんなに急いでどうしたんだ?」

「いや、あの、ちょっと……」



 大きく呼吸をしながら途切れ途切れに言葉を返していると、またもや耳元で「あーあと少しだったのに」と酷く残念そうな声が聞こえた。髪で隠れていた所為かアリスの存在に気付いていなかった彼もその声を聞き取り、厳しい視線で私の左肩を見る。



「向こうの世界に帰ったと思っていたが、砂原の所に居たのか。迷惑かけてないだろうな」

「迷惑なんて掛けてないわよ! むしろ色々応援してるんだから」

「応援?」

「それは勿論――」

「テスト! 勉強の応援を。ね、アリス」



 アリスが何か言う前に慌てて言葉を遮る。

 というか今気付いたのだが、あのまま走り続けていればもしかしてちょうど日高君に衝突してしまっていたのではないだろうか。……もしかして超古典的なあれを狙ったのかと先ほど少し読んだ漫画の一部が頭を過ぎった。



「フユキはどこ行くの?」

「クラスのやつらで集まってテスト勉強することになったから、そこに行く途中だ。砂原は?」



 集まるのは同じクラスの男子5人らしく、そのうち一人の家で行うとのことだ。電車に乗って行くらしく、駅の側の店に向かっていた私は自然と彼に着いて行く形となってしまう。

 アリスが急がせたことを差し引いても偶然出会ったとは分かっているが、それでも何だか出来過ぎた偶然にそのうちしっぺ返しがきそうで少々怖かった。


 私が駅の側の文具屋に行くことを告げると、彼も行ったことがあるのか「あの店な」と納得したように頷く。



「それでフユキ、魔法の方はどう? 分からなかったらこのアリス先生に聞いていいんだからね」

「今はテストであまりそっちはやってないんだが……まあ、多少はましになったと思う。砂原がやって見た時のような完璧な物は出来ていないが」

「……あれは、忘れて下さい」



 頭を抱えて蹲りたくなった記憶が瞬時に蘇ってくるのを必死に振り払う。あれは私の煩悩が全力を出した結果であり、とても褒められるべきものではないのだが、まさかそれを彼に言う訳にもいかない。


 当然私の言葉の意味が分からなかった彼は首を捻っていたが、その時不意に「冬樹ー」と彼の名前が背後から聞こえ、彼は勿論私も振り返った。



「猛」

「……あれ、砂原も一緒なのか?」



 明るい声をきょとんとさせてこちらに近付いて来たのは、クラスメイトである栗原猛くりはらたけるだった。人懐っこい栗原君は教室内でもどことなく弟分のような立ち位置で、いつも皆に構われている印象だ。

 そんな彼は重たそうな鞄を肩に掛け直すと私と日高君を交互に見て不思議そうな表情を浮かべた。



「砂原も一緒にテスト勉強するのか?」

「いや、たまたま会っただけだ。駅まで道は一緒だからな」

「ああ、そういう……」



 彼も日高君と一緒に勉強するらしい。妙に納得したように手を打った栗原君は何故か私をじろじろと見つめた後、楽しそうに口を開く。




「お前ら、付き合ってるんだろ?」

「は?」

「え?」

「最近よく二人でいるの、気付いてないと思ったか? だからこうやって示し合わせて一緒に来た訳だろ」



 まるで犯人を言い当てた探偵のように確信めいた声色で告げられた言葉に私は一瞬固まり、そしてみるみる顔が熱くなるのを感じた。


 勿論言うまでもなく私と日高君は恋人でも何でもない。アリスのこともあり以前よりは一緒に居ることも増えたが、それでも四六時中一緒にいる訳でもなければ碌に話さない日だってあった。

 だからこそ望には色々言われようと他のクラスメイトには以前と変わらないように見えていたと思っていたのだが私の思い違いだったようだ。



「違う」



 動揺で二の句が告げなくなっていた私とは裏腹に、日高君は少し眉を顰めただけで酷く冷静にその三文字を口にする。



「ん? 違うって、付き合ってないのか?」

「そうだ。勝手に想像で盛り上がるな、砂原に失礼だろう」

「……えーと」



 大真面目にそう言った日高君は腕時計に目を落とし「そろそろ行かないと電車に乗り遅れるぞ」と私達を促すようにして歩き出した。私は彼の背中を見ながら一つため息を吐く。「まだまだこれからよ!」と今まで大人しくしていたアリスが頭を撫でているのを感じた。




「……あー砂原、なんか、ごめん」



 私の横に並んだ栗原君は日高君の後ろ姿をちらりと見て、そして頭を掻いた。先ほどの発言からしても彼は察しが良いみたいであるし、真っ赤になった私の顔を見られてしまっているのならきっと何となく状況を把握していても可笑しくない。


 彼は日高君を窺いながら、彼に聞こえないように声を潜めた。



「砂原は、その、あいつのこと、そういうことなんだよな?」

「……うん」

「そっか」



 少し考えるように目を伏せた栗原君は、しかしすぐに顔を上げるとおもむろに鞄のジッパーを開けて何かを探し出した。



「なあ砂原、あいつのアドレスってもう知ってるか?」

「……知らない、けど」

「ならちょうどいい」



 鞄からストラップを引っ張るようにして携帯を取り出した栗原君は意味深ににやりと笑ってわざとらしく大きく声を上げた。



「砂原、アドレス交換しようぜ!」

「は?」

「学校の外で会うなんて珍しいし、これも何かの縁ってことで。ほら、冬樹も!」



 背を向けていた日高君に飛び掛かるようにして突撃した彼は、前屈みによろけた日高君に睨まれながらも平然と笑っている。



「猛……! いきなりなんだ」

「いいからいいから。ほら、二人とも携帯を出す!」



 栗原君の勢いに呑まれた私達は流されるままに携帯を取り出したアドレスを交換してしまった。


 アリス、「この子やるじゃん」じゃないんだよ……。




「あの日高君、よかったの?」



 後出しで言うのも卑怯な気もしたが恐る恐るそう尋ねると「猛の行動は訳が分からないが、確かに連絡先の交換はしておいた方がよかったな。……こいつもいることだし」とぶつかられた肩を擦っていた。


 栗原君が突撃しに行ったのは私にも分からないけど、多分ただの勢いなだけだったと思う。ちらりと栗原君を窺うと非常にいい笑顔を向けられたが、私は曖昧な微笑みしか返すことが出来なかった。


 駅はもう近くでありそれからは碌に話すこともできなかったが、今日は日高君のアドレスを得るというとんでもない幸運があり、私はますますこの先悪いことが起こらないだろうかと戦々恐々とすることになったのは余談だ。












 無事に文具屋で蛍光ペンを買い終えて家に帰ると、携帯に一つメールが受信されていた。


 一気に心拍数が上がったものの、震える手で操作して気が抜けた。栗原君からだ。

 少し冷静になった頭で画面を操作して本文を表示する。




 “よっ、冬樹じゃなくて悪い! あいつは恋愛とか全く興味無さそうだから大変だが、俺も応援するから頑張ってな!







  PS できれば代わりに桜井との仲をちょっとばかり取り持ってくれたりしたらありがたいなーとか”



「……成程」



 いきなり協力してくれるなんておかしいと思ったが、そういう訳か。


 栗原君って望のことが好きだったんだ、全く知らなかった。だが意図も分からずに協力してくれるよりは、こちらの方が分かりやすくていい。

 ……なのだが、望って栗原君みたいな人タイプだっけ?



「実際の恋愛を参考にするものいいわよね!」



 一緒に画面を覗き込んでいたアリスが楽しそうだ。


……ただ野次馬したいだけなんじゃないのかな。




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