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第4話 そして日常へ……?

 長老達に続いて外に出ると、今まで薄暗い地下に居た所為で太陽が酷く眩しく感じた。



「ここに」



 そのまま連れ立って何もない道を進んでいると不意に丘の上で長老の足が止まる。ここで座って話すのだろうかと思っていると、彼はおもむろにアリスと同じくステッキを出現させて軽く一振りしてみせた。

 するとどうだろうか、今まで何もなかった丘の上に突然私達が座れるサイズである椅子とテーブルが現れたのだ。しかもご丁寧に紅茶まで用意されている。



「さ、座りなさい」



 目の前で起こった出来事に唖然として口を開けたままだった私達を見て長老がそう促す。



「家の中ではそなた達には狭すぎるのでな。此処で我慢しとくれ」

「はあ……」



 そう言われて困惑しながらも用意された席に腰掛けると低くなった視線の先、側にある花畑の中にいくつかの小さな頭が見え隠れしているのに気が付く。一度それを見つけてしまえば、花畑だけではなく木の後ろや家の陰に同じような頭がひょっこりと出ているのが分かってしまった。


 恐らく先ほど私達を捕えた妖精達だと思うのだが、やはり警戒されているのだろうか。

 同じように周囲に気を払っていた日高君と私を見た長老は、「お前達、出て来なさい」と周囲の子達に目をやってそう声を上げた。彼の声に皆同時にぴくりと頭を揺らすと、のろのろとゆっくりとした動きで妖精達が姿を現しこちらへやって来る。沢山の妖精に囲まれると捕まった時のことを思い出して少し怖くなったが、一様に元気が無さそうに眉を下げた彼らの表情を見てそんな気持ちは一瞬で無くなってしまった。



「あの……酷いことして、ごめん」



 ぱたぱたと飛んできた男の子がそう言って頭を下げると、彼に釣られるように次々と他の妖精の子も口々に謝って来る。


 沢山の小さな子供に謝られているという状況に私と日高君はどちらともなく顔を見合わせて、どうしようと揃って困った表情を浮かべてしまった。

 申し訳なさそうに俯く妖精達に、私はひとまず顔を上げさせるべく口を開いた。



「い、いいよ。というかそもそも、私達が勝手に入って来たからなんでしょ?」



 そう、先ほどまでは恐ろしいと思っていたこの子達はただ身を守る為にああしただけなのだ。部外者である私達の方に非がある。そう告げると、彼らは少しほっとしたように気を緩め、「許してくれてありがとう」と口々に言って再びどこかへと飛んで行ってしまった。アリスだけは話に参加するようで、テーブルに小さなティーカップを用意して紅茶を注いでいる。


 少し静かになった丘の上で、向き合うようにテーブルの上に乗った長老が一口紅茶を飲んでから静かに話し始めた。



「儂からも謝罪しておく、手荒な真似をしてすまなかったの。だが身を守る為には仕方がないことだったと思ってほしい」

「分かってます、アリスからも聞きましたし」

「ちゃーんと説明しときましたよー」



 はーい、と片手を上げてアリスが主張する。


 ……しかし、捕縛されたことやここに辿り着くまでの罠については彼女から説明されているが、一番気になるのはそこではない。

 私はその疑問を解決する為に、腕を組む小さな少年を見た。



「……長老さん、そもそも私達はどうしてここに迷い込んだんでしょうか」

「うむ、儂もその話をしようと思っていた」



 彼はまた一つ紅茶を口にすると、ちらりと私から視線を逸らして隣――先ほどからずっと無言だった日高君を見た。気が付けば、アリスも同じように意味深な表情を浮かべて彼の方を向いている。



「この男――フユキが原因じゃ」

「え?」

「彼は、妖精の血を引いている」



 ……は?

 一瞬言葉が呑み込めずに思考に空白が出来る。長老が発した短い言葉を噛み砕くのには然程時間は掛からなかったものの、それを受け止めることが出来るかはまた別問題だ。

 未だに無言で俯く日高君に、私は少し迷った末に声を掛ける。



「そ、そうなの?」

「……そんなの、信じられる訳が、ない」



 彼自身はまるで納得していないようだった。日高君だって私と同じようにここへ着いた時は驚いていたし、妖精の存在なんて勿論知らないようだった。仮に、真実だったとしても日高君は自覚していなかったのだ。



「同族の匂いの人間が来たというからどういうことかと思ったが、確かにこの者は弱くはあるが妖精の力を持っている。間違いなく先祖のどこかに妖精が紛れ込んでいるのであろう」

「……証拠は?」



 手を硬く握りしめていた日高君がようやく顔を上げたかと思うと、彼は酷く困惑した表情で、しかしはっきりと声を出した。



「俺がそうだっていう確証なんでどこにあるんだ」

「妖精の幻覚魔法を抜けるなんて並大抵の力では無理じゃ。まして偶然なんてありえない……娘、どうやって罠を抜けてここまで来た?」

「それは……」



 思い出す、あの恐ろしい光景を。ぬいぐるみや人形達に襲われ必死に走り、そしてここまで辿り着くことが出来た。

 日高君が、導いてくれた。



「一つでも道を間違えれば此処に来ることなど不可能。妖精の力が導いてくれなければ永遠と彷徨うことになったであろうな。フユキ、そなたは道を選んだ時に迷ったか? 理屈ではなく確信を持っていた、そうじゃな?」

「……」



 問いのように投げかけられた言葉は、しかし否定などありえないとばかりに確信めいた声色だった。そして日高君もまた、二の句が告げないように目を見開き沈黙する。

 沈黙は肯定、嫌でもそんな言葉が頭を過ぎった。



「ホタル言ってたわよね、命が危なくなって気が付いたらあの場所に居たって。多分その時に生存本能で眠ってた力が目覚めたんじゃない?」

「え……」



 アリスの言葉に、私は勢いよく日高君を見た。



「咄嗟に危機を回避しようとしてこちらの次元――力の原点である妖精の国へ移転したのじゃろう。そして罠に掛かった」

「それは、つまり……」



 ここに来てしまったのは、私が車の前に飛び出してしまったから?

 飛び出さなければ、あのまま大人しく別れていれば、妖精の力なんて目覚めることなくいつも通りの一日が終わっていた。



「私の、所為で……」

「いや……砂原は悪くない」



 無意識に零れ落ちた言葉を拾い上げた彼は先ほどまでの表情とは違い、どこか諦めたように小さく苦笑していた。



「本当は信じられないが、でも元々俺にそんな力が備わっていただけだというのならいずれどこかでこうなっていたかもしれない。だから砂原の所為じゃない」

「でも」



 命の危機に瀕するなんて人生で一体どれだけあるだろうか。何も起こらない可能性の方がずっと高い。そう言いたい私を制するように日高君は首を振った。



「……確かに道路に飛び出したことに関して怒るべき点はあるが、それ以外は俺の所為――俺の責任だ。むしろ巻き込んで悪かった」



 彼は右手を開いたり閉じたりと繰り返し、「妖精の力、なあ」と不思議そうに首を傾げる。実感なんて殆どないのだろう。私だって妖精という生物を間近に見ている今でも信じがたいのに、その力があるなんて言われてすぐに受け入れられる訳がない。




「……まあ妖精の力とやらが目覚めて砂原が無事だったんなら、この力だって悪いもんじゃないか」

「あの、日高君」

「何だ」

「……助けてくれて、ありがとう」



 彼がいなければ私は死んでいたかもしれないのだ。それなのにまだお礼も言えてなかったことに気が付き、私は彼に頭を下げた。もし日高君が普通の人間だったら、私は一生後悔しただろう。あのままだったら彼は私と一緒に、もしくは私を庇って車に轢かれていた所だったのだから。



「日高君まで危険な目に遭わせて、ごめんなさい」

「過ぎた話はもういい。次からは気を付けろ」

「うん」



 普段教室で聞くようないつも通りの彼の言葉に、なんだか安心してしまった。私は少し肩の力が抜けて椅子の背凭れに寄り掛かり、すっかり冷めてしまった紅茶を口に運ぶ。


 日高君はというと、同じようにティーカップを持ちながら何やら長老の方に視線を送っていた。



「落ち着いたようじゃな」

「長老……でしたか。その、俺の力でここに来たということはつまり、逆――帰ることも出来るんですか」

「ああ、勿論じゃ」



 よかった……帰れるんだ。

 考えないようにしていたが、もしかして元の世界に戻れないんじゃないのかと頭の片隅で少しばかり思っていた。力強く頷いた長老の言葉に、安堵で少しだけ涙が出た。


 そんな私を見たアリスは「また泣いてる!」と再びハンカチを出してくれた。



「砂原、大丈夫か?」

「だ、大丈夫!」



 日高君が心配してくれるのが嬉しいような恥ずかしいような、とハンカチで涙を拭くように顔を隠していると、視界の端でアリスがにやにやと笑っているのが見える。ちらりと長老の方を見てみれば彼も笑っていた。……アリスとは違い微笑ましげなものだったが。



「さて、まだ力の使い方も分からんだろうから儂が元の世界へ送るが……少し時間だけ進めておくぞ。そのまま帰ったらまた命が危ないのでな」

「ありがとうございます」



 長老はそう言うとステッキを取り出し、一振り。すると目の前に置かれた紅茶が一瞬きらりと光り、中身が減っていたティーカップに再び薄い湯気を立てた温かい紅茶が注がれた。



「紅茶に魔法を掛けたから、飲むと元の世界に帰れるじゃろう」



 先ほどと同じ、何の変哲もない紅茶をしげしげと眺める。これを飲めば帰れるなんて不思議だ。……ここに来てから全てが不思議だらけではあったが。



「砂原」

「うん」



 恐る恐るティーカップを手に取ると、私達はタイミングを計るようにお互いを見て、そして同時に紅茶を口に運んだ。

 ごくりと紅茶が喉を通ったかと思えば、それは突然起こった。眩暈のようなぐるぐるとした感覚が訪れ、そして視界がどんどんぼやけていく。



「またね」

「え?」



 殆ど何も見えなくなった視界の中耳に入っていたのはそんな可愛らしい声だった。
















「……はあ」

「蛍、何か最近元気ないね。どうしたの?」



 あれから数日が経った。私はいつも通り学校に登校し、授業を受けて、お弁当を食べて、望と喋って、家に帰って。そんな風に特筆すべきこともない生活を送っていた。


 以前と違うのは私がやけにぼんやりとしてしまっていること、そして日高君と顔を合わせるとお互いぎこちなくなってしまったことだ。私だけならそれは以前からあったことだが、彼もまた私にどう接して良いのか戸惑っているようだった。



「何かあったの?」

「なんでもないよ」



 訝しげな望に笑って見せると、彼女は不思議そうに首を傾げたがそれ以上追及してこなかった。言える訳がない、あんな夢みたいな出来事。


 日高君の態度がいつも通りであったら、私ですらあれは夢だったんじゃないかと思ってしまっていたかもしれない。それほどあの世界はファンタジーに溢れ、現実味がないものだったのだから。

 勿論向こうの世界にずっと居たかったとか、こちらに戻りたくなかったとかそんなことはありえない。だがそれでもたった数時間しか居なかったあの世界の記憶が鮮烈に脳裏に焼き付き、ついぼうっと物思いに耽ってしまうのだ。



 何も考えずに黒板の文字を書き写すだけで終わってしまった午前中の授業の後、私の席にやってきた望を見てのろのろとお弁当を取り出していると、「ホタル、ぼーっとしてるわね、どうしたの?」と声を掛けられた。



「だから何でもないって……」

「そうなの? ねえ、フユキは居ないの?」

「日高君は――」

「蛍? 一人で何喋ってんの?」



 日高君はいつも購買でお昼ご飯を買っているようだから今は教室にいないんじゃないかと言いかけた所で、ようやく私の言葉は止まった。


 望の声に目が覚めたかのようにぼんやりとしていた意識がはっきりすると、私はすぐさま先ほどから声のしていた方を振り向き、そして固まる。



「あ――」

「遊びに来ちゃった!」



 実に楽しげにそう言ったアリスは私の周囲をぱたぱたと飛び「あ、お腹空いたから何か食べてもいい?」と蓋を開いたばかりのお弁当の隣に着地した。




「……え、ええええ!?」



 クラスメイトに構わず叫んだ声は教室中に響き、更にその直後「あ、フユキだ」というアリスの声が聞こえた。


 頭が真っ白になりながらもアリスの視線の先を追うと、そこには教室の入り口で落としたペットボトルを拾おうともせず立ち尽くす日高君の姿があった。



 再び訪れた平穏な日常は、少し形を変えて新たなスタートを切ったようだった。







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