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第28.5話 彼と彼女の話

猛、望視点です。

 俺の友人の日高冬樹は……一言で言うと、とにかく真面目すぎる男だ。


 品行方正、成績優秀。運動神経はそこまで特筆するべき点はないが、他人に厳しく自分に厳しく全く融通が利かない男だった。

 クラスでは毎年委員長になり教師からの信頼も厚いが、しかし逆にクラスメイトからは時々煙たがられることもある。それでも俺を含め友人が離れないのは、あいつが真面目一辺倒なだけのロボットのような人間という訳ではないからだ。



「それでさー、望が……」

「……よかったな」



 俺が望に片思いしている頃からいつも真摯に話を聞いてくれたし、更に何度も協力してくれた。最近は付き合い始めて惚気ばかりな所為か少々反応が適当だが、それでも最後まで聞いてくれる。


 俺としては、一見とっつきにくいがいいやつである冬樹の良さを分かってくれる女子は現れないだろうかと常々考えていた訳なのだが、高校二年に上がった時にようやくその子は現れた。



 それが、砂原蛍だ。クラスでもあまり目立たない女子だが、望の親友ということもあって俺はあらかじめ割と彼女のことを知っていた。そんな彼女がいつだったか冬樹と嬉しそうに話しているのを見て、そしてあいつのことを好きだと知って正直驚いた。接点といえばクラスメイトというだけ、それに砂原は冬樹のことを怖がっていると思っていたのだから。


 しかし砂原と親しくなってから――いやそれが原因かは定かではないが、とにかくその頃から冬樹は少しずつ変わっていったように思う。常時堅く動かなかった表情も時々緩んで笑う頻度も増え、なんだか少し丸くなった。……その代わり突然走り出したりと時々よく分からない行動を取ることもあったが。




 しかし全く変わらない所も勿論存在する。風邪を引いているのに実行委員だからという理由で無理やり修学旅行に参加して挙句倒れた時は、正直言ってこいつ真面目を通り越したただの馬鹿なんじゃないかと思ってしまった。



「猛……バスの、乗り換えは、ちゃんと分かってるか……?」

「お前やっぱり馬鹿だよ」



 咳き込みながら心配するのはそこなのか。呆れながらとにかく寝てろと言い残して部屋を出る。ロビーに砂原が居たのでとりあえず冬樹のことを伝え、駅までの道を確認しながら俺達のグループは冬樹を残して京都の観光に出発した。









「やっぱり迷ったな」

「委員長の心配当たったじゃねーか」



 結局最初に一つ乗り場を間違えた所為でどんどん行き先を見失い本来行く予定ではなかった神社や仏閣に観光することになったが、まあこれもいい思い出になるだろう。


 馬鹿騒ぎしながらも何とか今日の宿泊先に着き、部屋へと向かう。結構ぎりぎりに到着したので夕飯まではすぐだが、それでも歩き回った所為で一刻も早く腹を満たしたい気分だ。



「やっと着いたー!」

「よう委員長、ちょっとは元気になったか?」



 着いて早々和室の畳に転がるやつ、大きな窓を開けて景色を眺めるやつなど様々だが、どいつもこいつも騒がしい。その中で冬樹は一人布団に頭まで潜りながらぐったりとしていた。まだあまり体調は思わしくないようだ。



「冬樹、大丈夫か?」

「……まあな」



 そう言いながらも声にまるで覇気がない。そっとしておいた方がいいかもしれないと、俺は夕食までの後少しの時間を乗り切る為に部屋に置いていたクッキーを引っ張り出した。



「……あれ?」



 コンビニのビニール袋からクッキーを取り出して袋を開けると、何故か中のクッキーがぼろぼろになっていた。二つに割れているのはまだいい方で、中には原型をまったく留めていないものまであった。


 修学旅行に来る前に買ったものだったのでどこかでぶつけただろうかと記憶を思い返していると、ようやく布団から顔を出した冬樹が、袋を開けたのに中々食べ始めない俺を不思議に思ったのか「どうかしたのか?」と顔をこちらに向けた。



「いや、何かクッキーがぼろぼろになってるからどっかでぶつけたっけって考えてた」

「……クッキーが?」

「ああ、まあ中身見えないから買う前からこうだったのかもしれねーけど」



 だったらもっとちゃんと買う時に選べば良かったなと思いながら小さくなっているクッキーを口にすると、何故か冬樹は黙り込んで虚空を見上げた。


 しばしそのまま動かなかったので会話は終わったのかとぽりぽりクッキーを食べていると、ややあってから冬樹がもう一度こちらを向く。



「猛、悪い。俺がやった」

「何が?」

「そのクッキーのことだ。……その、水を取りに行こうとした時によろけて蹴った……と、思う。弁償するから」

「なんだそうだったのか。っていうか弁償とかいいよ。食えるし」



 というよりももう殆ど残っていない。ちょっとお菓子蹴ったくらいで弁償とか本当に冬樹らしいよなあ、と俺は残りの粉々になったクッキーの袋を傾けてさらさらと口の中に入れる。


 ……むせた。









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 蛍が日高のことを好きだと聞いた時、最初に思ったのは「なんで日高?」という単純な疑問だった。


 私から見た日高冬樹という男は生真面目な委員長タイプ――タイプというか実際そうなのだが――で正直言って口煩いお節介なやつだと思っていた。特に私はよくうっかり提出物を忘れたりたまに遅刻していたりということもあって、結構な頻度で日高から小言をもらっていたので余計にその印象が強かったのだ。


 だからこそ、私に注意する日高を熱に浮かされたようにぼうっと見ていた蛍に「日高のこと好きなの?」とまるっきり冗談で言ったのに関わらず完全に硬直した彼女を見て、え、マジで? なんて思ってしまったのは仕方がなかった。

 しかしながら蛍は全く行動を起こさなかった。当時初恋もまだだった私が言うのもなんだが、話し掛けに行く訳でもなく接点を作ろうと努力する訳でもなく……はっきり言ってただ見ているだけで終わるのではないかと懸念していた。



 しかしいつの間にか蛍と日高はよく話すようになっていた。いつだったか日高が蛍に一緒に帰ろうと言った時は蛍が告白したんじゃないかと思ったのだがそうではなく、二人は未だに付き合っていないらしい。


 らしい、というのは猛君が文化祭の準備の時に抱き合っているのを見た、と言っていたからなのだが……蛍に真偽を訪ねると事故だったという。まあ実際に付き合い始めればきっと彼女から教えてくれると思うので真実なのだろう。






 そんな蛍は修学旅行に来てまで日高のことを考えて純粋に楽しめていないようだ。まあ倒れたと聞いたら確かに心配になるのは分かるが、日高だってそれで蛍が修学旅行を満喫できないのは望むところではないだろう。



「蛍、何にするか決めたの?」

「うん」



 結局日高にお土産を買うことにしたらしい蛍が選んだのはお守りだった。「早く元気になってほしいから」とお守りを大事そうに抱える蛍を見て、何だか無性に日高に向かって思い切り叫びたい衝動に駆られた。

 日高、あんたこんなにも想われてるんだから早く気付いてあげなさいよ、と。



 以前とは違い蛍は随分積極的になった。二人で出掛けたり文化祭で一緒に回る約束をしたり、ただ見ていた頃を思い返すと良い傾向だなあ、と親にでもなった気分で彼女の成長を嬉しく思う。


 しかしまさかここまで……と驚いたのは、修学旅行の最終日である三日目の朝のことだった。



「冬樹君おはよう、体調は?」

「おはよう。ゆっくり寝たから平気だ。最終日だし、ちゃんと無理せず大人しくしているから心配しなくていい」

「でもまだ熱あるみたいだね。顔赤いよ」



 クラス単位で集まっていた時、日高の姿を見て真っ先に彼の元へ向かった蛍を見てなんとなく頭の中に飼い主に掛け寄る犬が思い浮かぶ。そんな彼らの様子を野次馬根性で眺めていた時、ふと目に付いたものを見て私はあれ、と首を傾げた。


 日高の鞄には、私がつい昨日見たばかりのお守りが着けられていたのだ。それは勿論蛍が日高の為にと清水寺でお土産に買っていた健康祈願のお守りで……おかしい、と思った。

 だって蛍はお守りを買った昨日から今まで日高と会っていないはずなのだ。昨日の夕食、今日の朝食と日高は体調を考慮してか皆で食事を取る会場には姿を現さなかったし、それを蛍は心配そうに話していた。慌てて駆け寄った今だってお守りを渡している様子も鞄に付ける素振りもなかったし、一体いつの間にお守りを渡したのだろうか。



「……蛍、お守りは渡したの?」

「え? うん、渡したよ。鞄に着けてくれてたし」



 戻って来た蛍に尋ねてみるものの、彼女は何も可笑しなことはないかのようにさも当然にそう口にする。これで同じお守りを別のやつからもらったという線が消えた。


 ではいつ渡すタイミングがあったのか。……頭の中で思い巡らせてみるとたった一度だけ思い当たった。そもそも同じ班で同じ部屋で寝泊まりしていた私と蛍が離れた時間など殆どないのだ、答えは自ずと出て来る。



 疲れたから、と言ってチャペルを見に行く私達とは違い部屋へ残った蛍。そして帰って来た時にぐったりと机に突っ伏していた彼女。もしかして蛍はこの間にこっそり日高の部屋へと向かったのではないだろうか。

 蛍が禁止されている男子の部屋へ向かう……彼女の性格からはあまり考えられない行動だが、しかしそう考えないと辻褄が合わない。



「ねえ、蛍」

「何?」

「昨日、私達がチャペルに行ってる間って部屋にいた?」

「……え? あ、うん勿論居たよ、ずっと居たから!」



 ダウト。明らかに黒である。

 引き攣った笑いを浮かべる蛍を見て、私は小さくため息を吐いた。



 ……大人しい娘が突然婚約者を連れて来た時の父親って、多分こんな心境かもしれない。成長して嬉しいような、少し遠くに行ってしまったようで寂しいような。





※アリスと冬樹


「多分さっきの魔法で壁とかにぶつかって割れちゃったんだろうけど……別に黙ってればばれないのにわざわざ他の理由まで考えて自分がやったって言うのね」

「実際に俺の所為なんだから言うに決まっているだろう。本当の理由は言えないが謝らない訳にはいかない」

「……フユキってホントにフユキよね」

「どういう意味だ?」

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