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第26話 どちら様ですか?

 望と栗原君がようやくくっつき、そして何とか文化祭も無事に終了した。


 それからというもの、やはりというべきか何というか今までのように四人で遊ぶのが少々躊躇われるようになった。勿論彼女達が何か言った訳でもなく私と日高君が勝手にそう思っているだけなのだが。

 「猛のやつの惚気が鬱陶しい」なんて日高君が言っていたが、以前から望への恋愛相談もしっかり話を聞いていた彼がここまで歯に衣を着せぬ物言いをするのだから相当だったのだろう。



 そういう訳で、今日は日高君と二人で出掛けることになってしまった。しまったなんて言ったが嬉しいに決まっているし、何より今日は日高君の方から誘ってくれたのだ、嬉しくないはずがない。


 だけど今回は本当に二人なのである。アリスはというと「今日はちょっと向こうに戻ってるからフユキと仲良くね」なんて言っていた。気を遣われたのかもしれない。











「……遅い」



 いつもよりもずっと気合を入れて身支度をしたというのに、しかし時間になっても日高君は待ち合わせ場所に姿を現さなかった。いつもならば基本的に私よりも先に来て、どんなに遅くなっても十分前には到着しているというのに今日は既に待ち合わせ時間から三十分も経過している。


 私は何度目かになる携帯の画面を確認する。更に不安になるのが、日高君からの連絡が一切入って来ないという所だ。もしかして何か大変なことがあったのか、それとも単にうっかり忘れてすっぽかされたのか。だがあの生真面目な日高君のこと、後者の確率は限りなく少なく何かあった可能性の方が高いのが不安を煽る。



 40分を過ぎた所で居ても経ってもいられなくなって私は日高君の家に向かうことにした。メールを送ってもまったく返答が無く、これは本当に一大事なのではないかと恐れたからだ。

 何度か行ったことがあるので特に迷うことなく到着した。緊張と、ここまで走って来た所為で動悸が酷いが構わずインターホンを押す。



「はーい」



 時間も掛からず聞こえた女性の声にひとまず安心しながら扉が開かれるのを待っていると、案の定日高君のお母さんが顔を出す。相変わらず若々しい人だ。



「あ、冬樹のお友達の……ごめんなさい、そういえば名前聞いていなかったわね」

「砂原蛍です。おはようございます」

「おはよう。蛍ちゃんね、可愛い名前」

「あの、日高君は……?」



 今日約束していたんですが、と口にすると途端にお母さんの表情が見るからに曇った。



「あー、冬樹は、その、ね」



 明らかに言い難そうに言葉を濁す彼女を見て、やっぱり何かあったのかと確信する。



「日高君、何かあったんですか」

「あったというか――」



「おかあさん」



 何と言ったらいいのかしら、と首を傾げていたお母さんの背後でとてとて、と軽い足音と共に彼女を呼ぶ声が聞こえていた。お母さんが振り返るのに釣られて家の奥に視線を移すと、廊下の曲り角から小さな男の子が顔を出した。


 その子は小走りでこちらへやって来るとお母さんの足元へしがみ付き、そしてくりくりとした目でこちらを見上げて来る。

 日高君、弟居たんだ。



「おきゃくさん?」

「冬樹、勝手に出て来ちゃ駄目って」

「え」



 冬樹って。


 あ、と失言したように慌てて口を押さえたお母さんと何も分かっていないようにじっとこちらを見つめる男の子。私が茫然と思考を停止させている間に男の子は私の目の前まで移動して、そして礼儀正しく頭を下げた。



「はじめまして、ひだかふゆきです」



 ああ、日高君は小さい頃からしっかりしてるなあ、なんて現実逃避してしまうのは仕方のないことだった。
















 居間に通された私はうろうろと視線を彷徨わせながら日高君のお母さんが来るのを待っていた。「お茶とケーキ準備するからちょっと待っててね」なんて言われたが正直先に説明して欲しいのが本音だ。


 目の前に座る男の子――暫定日高君が行儀よく待ちながらもそわそわとケーキを食べたそうにしているのが可愛いな、なんて思ったりもするが所詮これも頭を冷静に保つ為の自己防衛に過ぎないのだろう。可愛いけどさ。



「遅くなってごめんなさいね。はいどうぞ」

「ありがとうございます……」



 苺が乗ったショートケーキと紅茶が目の前に差し出され、お母さんが日高君の隣へと座る。ようやく事情を聞けるらしい。



「それで、その、その子は」

「冬樹なんだけど、朝起きたら何故か縮んでたの」

「はあ……」

「多分三歳くらいかしらね」



 予想以上すっぱりとした返事を貰ったが、何故かで済ませていい問題ではない。

 私はお母さんから視線を外して日高君を見た。じっと見られていることに気付いたのかきょとん、と首を傾げる彼は、自分に起こった異変に気付いているとは思えなかった。



「日高君、私のこと分かんないんだよね?」



 日高君はきょろきょろと辺りを見回した後「ぼくですか?」と自分を指さした。自分に問いかけられているのだと気付いたらしい。



「……? ごめんなさい」



 不思議そうにこちらを見た日高君はどこかであったのだろうかと考えるようにした後、申し訳なさそうに頭を下げた。三歳児に頭を下げさせてしまったことに慌てて「初めまして! 初めましてだったね!」と慌てて言葉を付け足す。



「冬樹、この子は蛍お姉ちゃんよ」

「ほたるお姉ちゃん……」

「冬樹のお友達だから、ちゃんと覚えてね」

「ひだ……冬樹君、よろしくね」



 日高君と言おうとして言い直す。先ほど自分のことだと分かっていなかったようであるし、何より私が日高君呼びだと普段の彼しか頭に浮かんで来なくてこんな風に話しかけ辛いのだ。別人だと思って接した方が分かりやすい。



「それにしても……どうして縮んじゃったのかしらね?」

「おかあさん、ケーキ食べてもいい?」

「いいわよ。蛍ちゃんもどうぞ」

「ありがとうございます」



 先ほどから私達の話を不思議そうに聞きながらもちらちらとケーキに視線を送っていた冬樹君が待ちきれなくなったかのように声を上げた。食べられないものは無いと言っていたが、もしかして彼は甘い物が好きだったのかもしれない。



「日高君って甘い物好きなんですか?」

「ええ、昔から大好きよ」



 だったら尚更一緒にクレープを食べたかった。文化祭で合流した後は気まずかったし、何よりもう一度長蛇の列に並ぶ時間もなかったので諦めたのだ。


 冬樹君がフォークを手に取るのを見て私もティーカップを持ち上げる。紅茶を飲み始めながら、しかし私の思考は別の場所にあった。

 日高君が小さくなってしまった理由。そもそも現実で人間が縮むなんてこと普通ありえないのだ。ここに居るのが日高君のお母さんや私でなかったら今頃呑気にティータイムなんてしてないでもっと大混乱に陥ってしまっていただろう。



 私が驚いたものの比較的冷静な理由は言うまでもない、大方の原因は分かっているからだ。お母さんは何故こんなにちょっと困ったくらいで済んでいるのかは分からないが。


 どう考えても原因は魔法だ。こんな事態魔法でもなければありえないし、そして魔法があるのだから答えは決まっている。どういう過程でこうなったかはともかく、きっとアリスが帰ってこれば解決するのではないだろうか。



「いただきます!」



 嬉しそうに手を合わせた後、冬樹君のフォークが苺を刺す。そうして一口で食べようと大きく口を開けたその瞬間、私と彼の間を何かが通り抜けたのだ。風が吹いたような一瞬の後、冬樹君のフォークから赤い実が消え失せていた。



「え?」

「甘い」



 ぽかん、と苺を入れる為に開けた口が開きっぱなしになっている冬樹君の隣で、小さくなっている彼以上に小さい何かが苺に噛り付いていた。

 手のひらサイズの人形のような金髪の男の子。しかし注目するべきはそこではない、彼の背中にはどこかで見たような銀色に輝く羽が生えていたのである。



「妖精!?」

「あら、いつもの妖精さんとは違うのね?」



 私達が声を上げるものの、突然現れた妖精はちらりとこちらを見ただけでそっぽを向き無言で苺を食べ続けている。苺を奪われた冬樹君は状況が分からないようにぽかんとしていたが、隣に現れた妖精が苺を食べているのを見て「あっ!」と大きく叫んだ。



「ひとのもの、取ったらいけないんだぞ!」

「知ったことか」



 冬樹君の怒鳴り声にも酷く冷めた一言を返すだけで悪びれもしない。お母さんはそんな妖精を見て「妖精さんの分のケーキも残ってるから冬樹のを取らなくてもいいのよ?」と言いながらキッチンへ向かった。


 一方苺を食べ終わった妖精は怒っている冬樹君を一瞥し、そして「はっ」と嘲笑うように短く笑い声を上げる。



「いい様だな、魔法が上手く行ったようで何よりだ」

「魔法……冬樹君を小さくしたの、あなたの所為なの!?」

「相変わらず煩い女だな」



 相変わらずって……。

 私は改めてこちらを馬鹿にしたような顔で見る妖精を注視した。金色の髪、生意気そうな表情、そして既視感のある罵倒を織り交ぜた話し方。深く考えずとも答えは出る。



「あんた、レオね!」

「気安く呼ぶなと言っただろう、人間」



 以前は人間の姿だったので分からなかったが、こいつは間違いなくレオだ。



「何でこんなことを……!」

「ふん、それだけ小さくなれば魔法も使えない。だからアリスもこの世界に来る必要もなくなる」

「それだけの為に冬樹君を」

「それだけの為だと! ふざけるな! 全然帰って来ない、たまに帰って来たと思ったらお前らの話ばかり! いい加減にしろよ!」



 ばん、とレオが机を強く叩き付けて冬樹君を睨み付ける。突然強い敵意を向けられて怯える冬樹君を庇う為に、私は立ち上がってレオと冬樹君の合間に入った。


 落ち着け落ち着け冷静になれ、相手は小学一年生だ。そう心の中で言い聞かせてみるものの全く効果はない。



「あんたがアリスが居なくて寂しいのは分かったけど、それはアリス本人に言ってよ! 冬樹君に当たるのは止めて!」

「煩い、こいつが魔法を使えなくなれば全部解決だ。魔法を使えないから元の姿に戻ることも出来ない。この状態で使えたとしても所詮人間が使うような魔法で妖精に対抗することなんて無理だけどな!」

「いいから早く魔法を解いて! こんなことアリスが知ったらどう思うか分かるでしょうが!」



 文化祭の時だって言い争いになっただけで申し訳なさそうに謝罪された。冬樹君に悪意のある魔法を掛けたなんて知ったらレオが望むような結果が得られるはずがないのに。



「お前ごときが知った口でアリスを語るな! ……それに、アリスがこのことを知ることはないぞ。俺からは絶対に言わないし、アリスがこっちに来ないように向こうで足止めしてやるからな!」

「な、――あ、待て!」



 言うだけ言って、憎たらしい表情を最後にレオの姿が掻き消える。止めようとして手が空を切り、虚しく膝に落ちる。






「ほたるお姉ちゃん?」

「冬樹君……」



 レオは向こうの世界に帰ったのだろう。そして言った通りアリスを足止めを始めるはずだ。

 怒鳴り合っていたからだろうか、不安げにこちらを見る冬樹君を安心させるように頭を撫でる。



「びっくりさせてごめんね。大丈夫だから」



 妖精の血を引かない私が出来ることなんて何もない。ただアリスがこちらに戻って来るのを待つだけだ。アリスの性格上、このまま二度とこちらの世界に来ないなんてありえない。レオの足止めで少々長引こうが必ず戻って来る。今までレオが、アリスがこちらに来ることを止められなかったのがいい証拠だ。

 だから今は、冬樹君を不安にさせないように笑顔を作るだけだ。



「あら、妖精さんは?」



 ケーキを持って居間に戻って来たお母さんの声が妙に物寂しく聞こえた。





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