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第24話 新たな妖精

「日高君! 文化祭、一緒に見て回ってもいい?」

「ああ」



 文化祭の前日に私はそう言って日高君を誘い、そして何ともあっさりと了解の返事を貰った。別にアリスに何か言われた訳ではない、自分から言い出したことだ。とんでもなく意気込んで何とか彼にそう言ったのだが、あまりにさらりと返事をされて拍子抜けし思わず聞き返してしまった。



「え、いいの?」

「別に構わないが……砂原こそ他のやつらと一緒じゃなくて俺でいいのか?」

「日高君がいいの!」

「……なら、いいんだが」



 先ほど拍子抜けした分の勢いがこちらに回ってきたように力強く答えてしまった。後で冷静になって考えて頭を抱える羽目になったのは余談である。なんてこと言ってしまったんだ私は。日高君を前にするとつい冷静さを失って脊髄反射で言葉が飛び出てしまう。


 ああ、これもう私の気持ち知られているかもしれないと思うが、確かめることも出来ない。



 そうしてもだもだしながら訪れた当日、日高君に会うのに緊張していた私に予想もしていなかった出来事が降り掛かった。




「二人ともーおはよー!」

「……え?」



 朝、文化祭が始まると同時に多くの一般客も来場を始めた。そしてその中から目立つ金色が私達の元に走り寄って来るのを見た瞬間、思わず間抜けな声が出てしまった。



「アリス!?」

「こっちの姿ではマリアでよろしくね」



 またもや人間の姿に変身したアリスがいたのだ。以前動物園に行った時と同じ姿であり、説明するまでもなくものすごく美人なので周囲の注目を一身に受けている。

 最近彼女の姿を見ていなかったのでこうして人間の姿で文化祭に来るなんて予想もしていなかった。




「なんでその恰好なんだ」

「だってこっちの方が楽しめるでしょ?」



 クレープとかかき氷とか! と楽しそうに指折り数えているアリス……もとい、マリアは「あ、そうそう」と何かを思い出したかのように手を打ち、そしてくるりと背後を振り返った。



「ほら、こっちにおいで!」



 そう言って彼女が手招きしていると人混みの中から一人、長身の男がこちらに向かって歩いて来た。アリスと同じく金髪で、そしてまた同じようにとても整った顔立ちをしている。


 彼はアリスの傍までやって来ると、じろり、と決して友好的ではなさそうな視線で私達を見た。



「あり……マリア、この人は?」

「レオっていうの。向こうに戻った時に一緒に文化祭に来たいって言うから連れて来たんだけど」

「……つまり、お前と同じってことか」



 周囲の目を気にして妖精という言葉を使わなかった日高君は、そう言ってレオと呼ばれた男を観察するように見上げた。その瞬間、彼の日高君を見る目が更に鋭くなったように見えたのは気のせいだろうか。




「レオ? どうしたの?」

「……別に」



 アリスが不思議そうに彼を見ると、レオさんはすぐに日高君から視線を外してそっぽを向いてしまう。



「ごめんね、いつもはもっと元気なんだけど」



 殆ど言葉を発しないレオさんにフォローを入れるようにそう口にしたアリスは、そのまま彼の腕を取る。そうして見れば美男美女のカップルのようで非常に絵になる光景だ。案の定彼らに見蕩れている人も何人か見受けられた。



「それじゃあ私達は二人で行くから」

「え、一緒に行かないの?」



 てっきり四人で行くのかと思っていた。日高君もそう考えていたのか「二人で大丈夫なのか?」と少々不安そうに尋ねている。何せ二人ともその正体は妖精で、更に言えばそのうちの一人はこちらの世界に来たばかりなのだ。彼がどれほどこの世界の知識を持っているかは不明だが、高校の文化祭という非常に限定された内容に関して理解しているとは思えない。


 しかしアリスは「大丈夫大丈夫」と軽々しく返事をし、そしてそっと私に近付いて耳打ちする。



「ホタルだってフユキと二人っきりになりたいでしょ?」

「え」

「せっかくホタルが頑張って誘ったみたいだから邪魔なんてしないわよ」



 何でそれを、と思ったがよくよく考えてみれば日高君から誘われるなんてあるはずがないので消去法で私が誘ったのだと判断したのだろう。


 こそこそと小さな声でそう言ったアリスは「じゃあ楽しんで来るね!」とレオさんの腕を引いて人混みの中へ消えて行ってしまった。




 私に気を遣ってくれたのはとても嬉しいのだが、しかしアリス達が心配でそちらの方が気になってしまう。



「あの二人、本当に大丈夫かな」

「……アリスが目を離さなければ平気だとは思うが。ところで砂原、どこか行きたい所はあるのか?」



 二人の姿が完全に見えなくなると、日高君は昨日配られた全クラスの一覧表が書かれたプリントを広げて私に見せて来る。一応昨日のうちに回りたいクラスはいくつかピックアップしていたので、私は目の前の一覧表の中から目的のクラスを指で示した。



「えっと、二組は友達に行くって約束してて、三年の学年合同のダンスは気になるかな。あと家庭科部のクレープ屋はすごく美味しそうって聞いたから行きたいんだけど……日高君って甘いの平気?」

「食べられないものは無いから大丈夫だ」

「良かった。日高君はどのクラスに行きたいの?」

「とくに決めてなかったから、砂原が行きたい所に行って後は時間次第で目に付いた所に入ろうと思っていた。うちのクラスは二時からだから、ダンスを見てから体育館に行けばちょうどいいだろうな」

「分かった」


「じゃあまずは一番近い二組のにするか。……これはお化け屋敷、なのか?」

「ホラーハウスって書いてあるけど、なんか自分達で撮ったホラー映画の上映会らしいよ。教室の中も気合い入れて作ってたみたいだから絶対見に来てねって言われちゃったんだ」



 ホラーは苦手ではないがあまり見ない。しかし自信作だから、と友人が自慢げに言っていたのでどういう内容なのか気になるのだ。

 上映は十分ほどでそんなに待たないので早速行こう、と私達は二組の教室へ向かおうとした。







 しかし、タイミングが悪いにも程がある。



「あ、いたいた。日高君!」



 廊下を歩く私達の足を止まらせたのは、そんな元気な少女の声だった。振り返る日高君に釣られて私も声のする方に視線を向ける。



「早く見つかってよかったー。高橋先生が職員室に来いって言ってたよ」

「……今からか?」

「今から!」



 そこに居たのは見たことのある少女……確か三組の委員長の子だったと思う。彼女は片手を腰に当てて「本当に委員長って仕事を雑用係としか考えてないよね、あの先生」と一つため息を吐いた。

 同じようにため息を吐いた日高君は私に向き直ると、申し訳なさそうに「悪い」と口を開いた。



「砂原、すまないがちょっと行ってくる。終わったら連絡すればいいか?」

「う、うん。大丈夫だよ」

「ごめんね砂原さん、ちょっと日高君借りるね。ちゃんと返すから」



 冗談交じりにそう言った彼女は日高君を連れて職員室の方へと向かった。去り際に日高君が一度こちらを見たので大丈夫、と意味を込めてひらひらと手を振る。


 そうして人混みの中一人になった私は、我慢していた大きなため息を吐いたのだった。

 せっかく日高君と二人で文化祭を回れると思ったのに、アリスにも気を遣ってもらったのに、なかなか上手くいかないものだ。


 とりあえず突っ立っていてもしょうがないので、私は予定通り二組へと向かうことにした。

















「……はあ」



 ホラー映画は中々面白かった。その後に寄った家庭科部のクレープは具材を好きに選ぶことが出来て楽しかった。

 ……けれど、日高君が居たらもっと楽しかったのだろうなと考えるとだんだん憂鬱な気分になって来る。日高君はまだ先生に掴まっているのだろうかと時計とにらめっこを繰り返し、私は買ったばかりのクレープを持ちながら職員室の窓の外に設置された長椅子に腰掛けた。


 先ほど三組の委員長が言っていた通り、日高君達を呼んだあの先生は本当にやたらと雑用を押しつけて来る。日高君を鴨にしているのは殆どあの先生かもしれない。そんなことをしていても授業は分かりやすいし、フランクな人柄なので嫌われにくいというのは何かずるいと思う。


 ここに居れば日高君が解放された時にすぐに合流できるだろう、と思いながら苺とバナナが入ったクレープの包みを上から少し剥がす。




「おい」



 そして最初の一口を食べようと口を開けたのに、その前に聞こえた低い声に私は口を止めざるを得なかった。

 声を発した人物は長椅子に座る私の目の前に立ち、そしてその長身から冷たい目でこちらを見下ろしていたのである。



「レオ、さん」



 先ほどアリスに連れて行かれたレオさんがそこには居た。太陽に金色の髪を反射させてきらきらと光りを発する彼は、しかし対極的な程冷めた表情を浮かべている。




「気安く呼ぶな。人間風情が俺達妖精にそんな口を――」

「わあああああっ!」



 全く声を抑える様子もなくはっきりと妖精と口にするレオさんを止めようと、私は大声を出しながら立ち上がり彼の口を塞ごうとして――。


 べちゃっ

 勢い余って右手に持っていたクレープをレオさんの口に押し付けていた。



「……」



 やってしまった。

 生クリームで口を塞がれたレオさんは暫し動きを止めて沈黙していたものの、やがて唐突にがしり、と私の手を掴んだ。



「え」



 いや正確に言うと、彼は私の手からクレープを奪いそのまま食べ始めてしまったのだ。



「れ、レオさん?」



 気安く呼ぶなと言われたことも忘れてそう彼の名前を呼ぶと、レオさんはちらりとこちらを一瞥した後無言で私の隣へと腰掛けた。勿論クレープは食べ続けている。



「美味い」

「そ、それは良かった……」



 段々冷静になって来た私はそう言いながらも後悔でいっぱいだった。ああ、このクレープ買うのに結構並んだのに、私もまだ一口も食べていなかったのに、と。





「……アリスは、どうしたんですか」

「逸れた」

「逸れたって……」

「ここは人間が多すぎる」



 アリスと逸れたあと何事もなかったんだろうか、それだけが心配だ。確か妖精同士は気配で居場所が分かるというようなことをアリスが言っていたと思うので、そう時間は掛からずともアリスはここに来るだろう。


 考えている間にもクレープは瞬く間に彼の口の中に消えていき、そして最後の一口を放り込むとクリームが付いた口を乱暴に手で拭った。しかしまだ口の端にクリームが残ったままだ。



「あの、ハンカチ使います?」

「ふん、人間に施しなんか受けるか」



 今クレープ食べたじゃん!

 思わず大声で突っ込みを入れたかったがぐっと堪える。何なんだこの人、少し話しただけでもあまり人間に好意的ではないことは分かるが。


 立ち去る気配もないので、私はとりあえず疑問に思っていることを聞くことにした。



「人間、嫌いなんですか」

「お前馬鹿じゃないのか。好きな訳がないだろ」

「馬鹿って……」

「人間は勝手な理由で俺達を捕まえて売り飛ばし、見世物にしたり魔法の実験に使ったり……そんなやつら好きになるはずがない」



 唐突な暴言に口を出す前に、吐き捨てるように続けられた言葉が反論を封じる。確かに向こうの世界の人間はそういうこともしているのだろう。現に私達も酷い目に遭ったことがある。


 他の妖精の子達は私達が危害を加えないと知ると友好的な態度になったが、それでも最初は縄でぐるぐる巻きにされて牢屋に入れられたくらいなのだ。レオさんが人間を嫌っていても、何もおかしくはないのだろう。



「でも、だったら何で文化祭に来たんですか?」



 アリスは彼が来たいと言ったから連れて来たと言っていた。人間が嫌いだと言いながら何故自らこの世界に来たのだろうか。

 その矛盾に首を傾げていると、レオさんはじろりとこちらを睨み付けるように振り向き、そして口を開く。



「お前らに言うことがあったからだ」

「お前らって、私と日高君に?」

「他に誰がいる? 頭悪いな」



 一々暴言を挟まないと会話出来ないんだろうか。彼の言動に少々腹が立つものの、未だに口元に残っているクリームが気になって怒ることが出来ない。至極真面目な雰囲気なのにその所為で妙にシュールである。



「……それで、私と日高君に何の用だったんですか」



 少し投げやりになりながら改めてそう問いかけると、レオさんは地を這うような低い声で一言口にした。





「アリスを返せ」






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