第21話 強敵出現
「ごめん、お待たせ!」
夏休みも終わりを迎えるまで数日の今日、私は日高君達と出掛ける為に駅で待ち合わせをしていた。
「蛍が遅いなんて珍しいよね」
「ごめんね」
「いや、ちょうど時間通りだから大丈夫だ」
私が到着した時には既に三人とも揃っており、軽く謝ってから駅構内へと歩き始めた。
この前海に行った四人で出掛ける先は動物園だ。少し前にテレビで特集されており、キリンのエサやりや、動物とのふれあいコーナーなどがあるので楽しみだ。
動物園はどの電車だっけと路線図を見上げていると、不意に日高君が少々声を落として声を掛けて来た。
「砂原、あいつは来てないのか」
「ああ、うん……一緒に来ると思ってたんだけど、どこにも居なくて」
あいつというのは言うまでもないがアリスのことだ。そもそも動物園に来ようと思ったのはテレビでウサギを抱いているのを見たアリスが「いいなー」と羨ましげに言っていたからだったのだが、どういう訳か朝からアリスの姿を見ていない。
「日高君の所に行ったのかなって思ってたんだけど……」
「いや、こっちには来てなかったぞ」
ぎりぎりの時間までアリスを待っていたが結局彼女は戻って来なかった。今日動物園に行くのは伝えてあったはずなのだが、何か急用が出来たのだろうか。そういえばアリスが読んでいたらしい漫画も出しっぱなしになっていたし。
「二人とも、何こそこそ喋ってんの?」
日高君と小声で話していると、路線図を見終わったらしい望がにやにやと楽しげに笑みを浮かべて話し掛けて来た。
「二人だけの秘密の話?」
「いや……なんでもない」
確かに秘密の話と言えばそうである。
「おーい、三番線だって。五分後に電車来るからそろそろ行こうぜ」
日高君を問い詰めそうになっていた望は栗原君の声で即座にそれを取り止めて彼の方を向き、そして急ぎ喜んで栗原君の元へと足を速めた。そんな彼女の様子を見た日高君は少しほっとしたように息を吐き、望の後を歩き出す。
「……」
私は日高君に続こうとして、しかし一旦足を止めて周囲を見渡した。けれどやはりふわふわと漂う小さな存在を見つけることは出来ずに、私は諦めて改札へと向かうことにした。
アリス、せっかく楽しみにしてたのに。
ICカードで改札を通った後、三番線のホームで電車を待つ。時計と電光掲示板に表示されている時間を見比べていた時、ふと隣に並ぶ望が「あれ?」と小さな声を上げた。
「蛍、そんなの持ってたっけ?」
「え?」
一瞬何のことを言われたのか分からなかったが、彼女の視線の先にあるのが日高君から貰ったヘアクリップだと理解して思わず顔が熱くなるのを感じた。
誕生日を祝ってもらっただけでも本当に嬉しかったのに、まさかこんなプレゼントまで貰えるなんて思いもしなかった。貰ってからというもの着けるのは勿論のこと、ただ眺めているだけでも幸せで顔が緩んでしまっている。望とは誕生日以降会っていなかったので見るのも初めてだろう。
私の態度を不思議に思ったらしい望は首を傾げていたが、やがて何かを察したようににやりと笑みを浮かべた。
「もしかしてそれ、日高に貰ったとか?」
「な、なんで分かるの!?」
「蛍の顔見ればばればれだし」
いくら少し声を落としているとはいえ日高君も近くにいるんだからそんなこと言わないで欲しい。案の定自分の名前が聞こえたのか「呼んだか?」と振り返った彼になんでもないと慌てて首を振ることになった。
「……誕生日プレゼントに貰ったんだ」
「ふうん、けど可愛いじゃん。正直そんな女の子向けなもの選んでるの想像できないんだけど」
「まあ……私も」
「思ってたよりセンスあるんだねー」
確かに私も、日高君だったらもっとシンプルで、それこそ学校で使いそうな実用的なもの選びそうだなとは思ったのでこのプレゼントには本当に驚かされた。
「すみません!」
そっと花の装飾に触れて改めて喜びを噛み締めていたその時、突然側で可愛らしい声が聞こえた。私達に言っているであろうその声に思わず全員で振り返ると、そこには一人の女の子が立っていた。
「あの、動物園に行きたいんですけど、どうやって行ったらいいか分からなくて……」
女の子を視界に入れた瞬間にまず思ったのは、ものすごく可愛らしいということである。
年は私達と同じくらいだろうか。まず目を引くのはさらりと流れる綺麗な金色の長い髪、そして日本人離れした白い肌だ。不安げな表情も守ってあげたいと思わせるような可愛さで、思わず見蕩れてしまう。
「ここから一番近い動物園ならもうすぐ電車が来るからそれに乗ればいい」
「そうそう! 俺達も同じ所に行くから着いてこればいいよ!」
私がぼうっと彼女を眺めている間に日高君が質問に答え、便乗するように栗原君が続けてそう言った。日高君はともかく、栗原君は私と同じく明らかに女の子に見蕩れていたので、隣に立つ望がむっとしているのが見えた。
女の子は「そうなんですか? よろしくお願いします!」と嬉しそうにほっとした笑みを浮かべ、その可愛さに正直これは栗原君を責められないなと思ってしまった。とはいえ日高君が同じ状況になっていたら私も望と同じ心境だっただろうが。
ちょうどよく電車もやって来た所で女の子と一緒に乗り込む。その時に私はこっそりと人混みに紛れて栗原に話し掛けた。
「栗原君……まさか好きになったとか言わないよね?」
「はあ!? いやいや、それは無いって! 俺が好きなのは一人だけだし。……でもあんなに可愛い子見たら男だったら、なあ? 目の保養だって」
ごにょごにょと言葉を濁した栗原君は続けて「なあ冬樹もそう思うだろ!」と日高君にぶつかるように突撃していった。狭い電車内で急にぶつかられた日高君は怒っていたが構わず栗原君はこそこそと何かを話し出す。「……まあ綺麗だとは思うが」と微かに聞こえてきた日高君の声に、私は何とも言えないもやもやを感じてしまった。
「それで、君なんて名前? 高校生?」
「名前、ですか? あの、マリアと申します。日本に来たばかりでまだ学校には行ってなくて」
日本人には見えなかったがやはり外国人だったらしい。少したどたどしく名乗ったものの、日本語はとても上手でそれこそ日本人と遜色ない。
最初は栗原君のことで少し不機嫌になっていた望も、次第に元々の人懐っこさを発揮し動物園の最寄駅に着く頃には楽しげにマリアさんと話しをしていた。
聞けば彼女はつい数日前に日本に来たらしく、学校が始まるまで近辺の観光をしているらしい。
「日本にはまだ慣れていなくて、急に声を掛けてしまってご迷惑でしたよね」
「そんなことないから大丈夫。でも、すごい日本語上手なんだね」
発音が完璧どころか敬語まで出来るなんて本当にすごい。そう褒めると、彼女は何故か少し困惑したように「……日本に来るまでに練習したので!」と慌てて言葉を付け足した。
そんな様子に首を傾げているうちに目的地に到着する。駅から動物園は目と鼻の先なので迷うこともなく、何事もなく入場口まで足を進めた。
「あの……」
チケットを購入しいざ園内へ踏み出そうとしたその時、私達の後ろを歩いていたマリアさんがぎゅっと鞄の紐を握り締めて私達を呼び止めた。
「私も一緒に行ったら駄目ですか……? その、まだ日本で知り合いも居なくて、こんなに楽しく話したの初めてで……」
控えめに、そして不安げにそう言った彼女に私達は一度顔を見合わせて、そして望が代表で彼女の側へ寄った。
「勿論! マリア、早く行こう!」
「は……はい! ありがとう、ノゾミ」
確かに元々四人で出掛ける予定ではあったが、一人増えた所で何の問題もない。ましてや電車で話した限りでも悪い印象など一切抱かなかったのだ。可愛い友達が一人増えただけである。
望の言葉に不安げな表情を消し去ったマリアさんは「ありがとう」と花が開くように綺麗な笑顔を見せた。
五人で最初に訪れたのは動物園の目玉とも言えるライオンの檻だ。思ったよりも間近で見られるようで、さらに入り口にも近いので来たばかりのお客さんが沢山いた。
「がああっ」
「きゃっ」
人混みを進んでちょうどライオンの正面に辿り着いた時、タイミング良く大きなライオンが唸りを上げる。それに驚き、私は体を小さく飛び上がらせてしまったのだが、続いてそれ以上に驚くことが目の前で繰り広げられた。
「ごめんなさい」
「いや……」
マリアさんが驚いた拍子に日高君の腕にしがみ付いたのだ。
思わずその光景を見送ってしまったのだが、後からじわじわと先ほど同様のもやもやが心の中で主張し出す。
いやいや、ちょっと驚いただけだって。隣にいたのがたまたま日高君だったからうっかりしがみ付いてしまったのであって、仮に望や私が隣に居たら同じように腕を掴まれていたはずだ。
そう必死に自分に言い聞かせるものの、心のもやもやが消化されることはなかった。
「蛍、あんた強敵が来たかもよ」
「分かってるよ……」
同じようにその光景を見ていたらしい望がぽん、と肩に手を置いて来る。他人事になった瞬間に気楽そうである。裏切り者め。
それからも道々にいる動物を順番に見て行ったのだが、気が付けばあっという間に日高君の隣はマリアさんに取られて――いや元々私のではないのだけど――しまい、彼らの後ろを三人で歩くことになってしまった。
それにしても二人の距離が近いと思うのは私の嫉妬心からの錯覚なのだろうか。別に二人だけ離れて行動している訳ではないのだが、ずっとマリアさんが日高君に話し掛けていて二人の間に割り込むのも難しい。日高君は普通に私達にも話を振ってくれるものの、すぐにマリアさんが話を再開させてしまって長続きしない。
だんだん望も笑えなくなって来たらしい。「さっきはちょっと冗談だったけど、本気でやばいかも……」と口元を引き攣らせるくらいには。
「なんか……最初と随分印象違う気がするんだけど」
「印象が違うって言うかなんというか……冬樹に一目惚れでもしたのかな、マリアちゃん」
「え……」
一目惚れ?
栗原君の言葉に一瞬思考が真っ白になる。あんな可愛い子が日高君を好きになっちゃったら……勝ち目なんて。
茫然と前方の彼らを見ていると、斜め後ろに居た望がいきなり背中を押して来た。
「蛍、さっさと言って奪い返しなよ。『この人は私のなんです!』って」
「いや、私のじゃないからね?」
「まあそうじゃなくても、このまま放っておいたら日高のやつすぐにあの子に惚れちゃうかもよ。マリア可愛いし、男って単純だから」
栗原君がさっと目を逸らしたのが見える。
私は改めて日高君とマリアさんを見る。彼女を見る日高君の様子はいつも通りだが、それが変わってしまったら。マリアさんに恋をする日高君の顔なんて、絶対に見たくない。
嫌だ、とそれだけを思った。
中学生の時、当時好きだった男の子に一言も話し掛けることが出来ずに彼女が出来てしまった時のことを思い出す。嬉しそうに他の男子に惚気る彼を見しまって、家に帰って泣いた。
アリスもよく言うではないか、私には積極性が足りないと。ずっと彼女に色々と助けてもらってこんなにも近くに居られるようになったのに、他の女の子に取られるなんて耐えられない。
「……私、頑張ってみる」
「その意気よ!」
「俺達はお前を応援してるからな!」
二人の声援を後に、私は話している間に離れてしまった距離を走り二人に追いついた。レッサーパンダを見て「可愛いね」と日高君に笑顔を向けているマリアさんを見て一瞬怖気づいたものの、深呼吸をしてから必死に声を出して話し掛けた。
「ま、マリアさん……」
想像以上に声が出なかった。けれど私の声は届いたようで、レッサーパンダに目を向けていた二人はきょとんとしながらこちらを振り返った。
「ホタル、どうしたんですか?」
「えっと、あの……日高君とばっかりじゃなくて、私とも一緒に回ろうよ!」
「? 一緒に回ってますよね?」
遠回しに言っても伝わらない。確かに一緒といえば一緒だが、二人だけ微妙に離れているのだ。が、上手く言えない。
「砂原? どうした」
何かを言おうとしてしかし言葉を発しない私を不思議に思ったのか、日高君がこちらへ近づいて来る。……ところが一歩進んだ所でその腕をマリアさんが掴んでしまった。
更に、まるで抱きつくように腕にしがみ付いた彼女を見て、今度は思わず悲鳴を上げそうになった。
「フユキ、そろそろ次に行きませんか?」
「……さっきから思っていたんだが、少し近付きすぎじゃないか」
「そうですか? 向こうではこれくらい普通ですよ?」
「ここは日本だ。これからここに住むのなら、海外との違いを覚えていった方がいい」
思わぬ所からの援護射撃に日高君を見ると、彼は丁寧にマリアさんの腕を外して「いいか? そもそも人と歩く時はこのくらいの距離を空けて……」と説教というか解説というか……とにかく日本のマナーについて話し始めてしまった。
唖然としてその様子を見ていた私はどうすればいいのか分からずに望達の方を見たのだが、彼らは少し離れた場所で頑張れ、とでも言うように手を振るだけでこちらに来る様子はない。……馬に蹴られたくないのかもしれない。動物園だし。
そして日高君の話を聞き続けるマリアさんの表情がどことなく面倒臭そうに見えるのは気の所為だろうか。
「だから、恋人でもない限り日本ではこんなにくっつかないんだ。分かったか?」
「分かったけど、じゃあフユキと恋人になれば問題ないのね?」
「は」
今まで彼が長々と話していた言葉をばっさり切った彼女は、再び日高君の腕にぎゅっとくっついてしまった。
「おい、放せ」
「フユキは私が彼女じゃ不満?」
「不満も何も会ったばっかりで」
「じゃあホタルの方がいい?」
「え?」
急に話を振られて驚いていると、マリアさんは日高君から離れて今度は私の腕にくっついて来た。
「私とホタル、彼女にするならどっちがいい?」
「な、ま、マリアさん何言って……!」
何でこんな展開に!?
混乱しているのは私だけではない。日高君もまた突然尋ねられたことに困惑している様子だ。
日高君が何て答えるのか……。正直、聞きたくない。だってマリアさんはこんなに美人で可愛いのだ。日高君だって電車で美人だと言っていた。
「あのな、何でそんな話に」
「いいから、どっちがいいか答えてよ」
気が付けば敬語も無くなっている彼女は日高君に強くそう言い、彼に答えを促した。
ばくばく、と緊張で心臓が早くなるのを感じる。何も言って欲しくないような、さっさと終わらせてほしいような。
次に彼が口を開こうとしたのを見て、私は息を呑んで覚悟を決めた。
「俺は……」
「あれ、冬樹。冬樹もここに来てたの?」
緊張の糸をぷっつりと切る呑気な声が聞こえたのは次の瞬間だった。
誰だろう、と声のする方へ顔を向けると、少し離れた場所に居た女性の集団の中から一人、こちらへ掛けて来るのが見えた。
ふわふわと笑うその女性は、一度だけ見たことがある。
「え、母さん? どうしてここに」
「どうしてって、お父さんも仕事だし冬樹も出掛けちゃうからご近所さんと来てたのよ。……あら、前に来た冬樹のお友達よね。こんにちは」
「こ、こんにちは」
この場の空気を全部持って行った彼女は柔らかい笑みをこちらに向ける。覚えられていたらしい。慌てて挨拶すると日高君のお母さんは続いて私の隣に目を向け、そして同じようににこにこと微笑みながら言葉を続けた。
「あら? あなたは妖精さんね? 随分大きくなっているけど」
「……は?」
「ちょっとママさん、しーっ!」
「妖、精? って、え、つまり……」
つまり、その。
「日高さーん、行きましょー!」
「はーい! それじゃあ冬樹、あんまり遅くなったら駄目よ」
私達が茫然としている間にそう言い残したお母さんは、そのままぱたぱたと慌ただしげに走り去ってしまった。
後に残るのは、何とも言えない空気の三人である。
「……アリス?」
「……はーい」
「はいじゃない! 何でそんな姿なんだ!」
私の呼び声に観念したように返事をしたマリアさん……もとい、人間に変身したアリスは直後日高君の怒鳴り声を思い切り食らった。
しかしいつも通りそれをさらりと受け流した彼女は「いいでしょ」と口を尖らせた。
「ルークだって人間に変身してたし、私もやってみたかっただけだもん」
「じゃあなんで最初から一緒に来なかったんだ」
「それはちょっと、こっちにも事情ってものがあるのよ」
一気に力が抜けた。
アリスが言う事情なんて尋ねなくても何となく分かる。いつもの少女漫画的な展開を作って私を揺さぶっていただけなのだろう。
思い出してみれば、アリスが出しっぱなしにしていた漫画を少し捲ったのだがこんな内容だった気もする。ありがち過ぎて……というか日高君のことに必死で気付かなかった。
「マリアって名前は?」
「友達の名前だけど」
そういえばそんな妖精の子、この前居た気がする。確か一緒に誕生日を祝ってくれて、日高君に貰ったプレゼントを見て冷やかされたような。
「というかさっきの質問は何だったんだ……」
「思ったよりも可愛く変身出来たから聞いてみようと思って。まさかママさんにばれるなんて思わなかったけど」
「……色々言いたいことはあるが、とにかく今度から一緒に来たいのなら最初からそう言え」
「はいはいりょーかい」
「本当に分かっているのか……」
やけに疲れたように日高君が肩を落とす。私も疲れたよ。というかアリスはよくそんなにほいほい言い訳が思いつくものだ。
「ねえ、結局フユキはさっきの質問なんて答えるつもりだったの?」
「ちょっと、アリス!」
「ああ、それは……」
急いで制止するが、日高君はそれよりも早く言葉を口にしてしまった。
「砂原だ」
「え」
「そもそも今日初めてあった人間を選択肢に入れる訳がない。砂原なら人柄も分かっているしな」
「え、えええ……!」
ぽかん、と間抜けに口を開いたまま私の時間が止まった。
後から冷静になって考えてみれば、知り合いなら誰でも同じことを言うのではないのかと思わないでもなかったが、それでも私を選んでくれたのは嬉しかったし僅かでも彼女にするなら、という目線で私を見てくれたことに喜びを隠しきれなかった。
あまりに硬直してしまった私に「……そんなに嫌だったか?」と気遣うように声を掛けてくれた日高君。勿論全力で否定することになった。
その後、正体のばれたアリスは開き直るように日高君への接近を止め、むしろ私にくっついたり、はたまた私を日高君の方へ押しやったりと今までと全く違う行動を始めた。
そんな彼女を不思議そうに見ていた望達には「外国だとあれだけくっつくのは普通なんだって」と苦しい言い訳を始めなければならなかった。
「可愛いー」
ふれあいコーナーでウサギを抱いてご満悦のアリス。実は私に発破を掛けるだけではなく、ウサギを直接抱きたかったのも人間に変身した理由らしかった。
「いつもの姿だとウサギにも見えないし、毛に埋もれることぐらいしか出来ないもん」
それはそれで羨ましいような。
「でも本当に動物って可愛いね。また来たいな!」
「……その時は、お願いだから普通にね」
もうあんな心臓の痛い思いはしたくない。
「……でも、いいこと聞けたでしょ?」
そう思うのに、自慢げにそう言うアリスを怒れない辺り、本当に自分は彼女に甘いなと思ってしまった。




