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第20話 責任の所在

「ねえフユキ、良いこと思いついたの!」




 わくわく、と非常に楽しそうにアリスが話し掛けて来たのは、四人で海に行ってから数日経ってからのことだった。



「良いこと? 何だ」

「あのね、この前ホタルが誕生日近いって言ってたでしょ? だからこっそりお祝いの準備して驚かせたいなーって」

「ああ、いいんじゃないか? きっと砂原も喜ぶ」

「だよね! 実はもう結構準備始めてるんだ!」



 アリスにしては……とは酷いかもしれないが、悪くない提案だ。彼女は羽をばたつかせて机から飛び上がると俺の目の前までやって来てビシッと指を突きつけて来た。



「勿論、フユキも一緒にホタルのお祝いするのよ」

「そうだな……砂原には色々迷惑掛けて来たしな」



 俺の所為で妖精なんて非現実的なものに巻き込んで、更にアリスの面倒も見させている。迷惑だという素振りを見せられたことはないし彼女自身楽しいと言っていたが、気を遣われているだけかもしれないし、そうでなくてもただ厚意に甘え続けるのも良くないだろう。


 俺と違って砂原は本来何も関係がないのだ。ここまで負担を掛けているのは申し訳ないし、せめて何かお礼が出来たらいいと思う。



「それで、私に良い案があるの」

「どんな?」

「妖精の国でお祝いするのよ! 他の子達にも話したら皆もホタルのお祝いしたいって言ってたし、魔法で色々ホタルが驚くような仕掛けとか準備して」


「――駄目だ」




 指折り色々と計画を練っているらしい彼女の言葉を聞いた俺は、アリスの声を掻き消すように即座にはっきりと否定の言葉を口にした。


 いきなり意見を却下されたことに目を瞬かせているアリスは不思議そうに首を傾げる。

 だが、駄目なのだ。




「どうして? さっきまでフユキも乗り気だったのに」

「もう砂原は向こうに連れて行かない」

「は?」

「誕生日を祝うのはいいが、それはこっちの世界でやればいい。向こうの世界には二度と関わらせない」

「フユキ……何言ってるの?」

「もう、あんな風に砂原を危険に晒す訳にはいかない」




 困惑するアリスから目を背けて床に視線を落とす。頭の中に思い描くのはあちらの世界で危機に直面して怯える砂原の姿。一度目は刃物を持った大量のぬいぐるみに追いかけられ、そして二度目は剣を持った人間に殺されそうになった。


 俺は一体どれだけ彼女に迷惑を掛けた? どれだけ命を危険に晒した?



「俺は別にいい。だけど砂原は、本当に無関係なんだ。こちらの世界でお前と関わるくらいならいいが……もう、あんな危険な世界には連れて行けない」

「危険な世界って、そんな風に決めつけないでよ! 向こうの世界だっていい所いっぱいあるんだから、ホタルだってきっと喜んでくれるもん!」

「何を言っているんだ、二度も砂原を殺し掛けたのは分かっているだろう!」

「それは人間の所為でしょ! 最初だって仕方ないことだったし、もうホタルがあの罠に捕まることはないからいいじゃない! 向こうの世界が全部危険で悪いみたいに言わないでよ!」



 そうやって油断して、今度こそ取り返しのつかない事態になったらどうする。



「とにかく、もう砂原は連れて行かない」

「……フユキの馬鹿!」



 この話はもう終いだと彼女に背を向けると、アリスは大声で怒鳴り窓から出て行った。
















 それが、数日前の出来事だ。



「……えっと、つまり、私の所為で喧嘩してたの?」

「違うもん、フユキが分からず屋なだけだもん」

「分からず屋は、お前だ」



 困惑する砂原の肩に乗り不貞腐れたようにそう言うアリス。しかしこの件に関して意見を変える気などない。

 砂原は俺とアリスに交互に視線を往復させた後、少し困ったように小さく笑った。



「二人とも、私のこと色々考えてくれたんだよね。ありがとう」

「……ホタルは」

「ん?」

「ホタルはどっちがいいの? フユキの言う通り、もう向こうの世界なんて行きたくないの?」

「おい、アリス」

「フユキは黙ってて!」



 先ほどまでのような癇癪ではない、酷く真剣なアリスの表情に言おうとした言葉を止める。だがそんな言い方をすれば砂原がどう答えるかなんて決まっているのではないだろうか。


 砂原は肩に座るアリスを振り返り、人差し指でそっと彼女の頭を撫でた。



「私は、あの世界好きだよ」

「だが、砂原」

「私のこともそうだけど、アリスはきっと自分の故郷を悪く言われたのが嫌だったんじゃないかな。日高君、私のこと思って言ってくれたのは嬉しいけど、それはちょっと失礼だったと思う」



 砂原から言われた言葉に、思わずアリスを見る。肩の上で俯きこちらを見ようとしないアリスの表情を窺い知ることは出来なかったが、しかし今までの己の言動を考えてみれば確かに彼女の故郷をばっさりと否定していたのは事実だ。


 沈黙を貫くアリスの様子に、恐らく砂原の指摘は当たっていたのだろうと思った。




「……アリス、悪かった」



 故郷を悪く言われて気分を害さないはずがない。そのことに関しては確かに俺が間違っていただろう。


 アリスに向かって頭を下げると、「……別に、分かればいいのよ」とつん、と顔を背けられた。



「日高君だって妖精のことが嫌いな訳じゃないでしょ? 確かに向こうの世界で危ない目にあったのは事実だけど、それで向こうの世界を嫌いになったりしないよ」

「だが、何かあってからでは遅い」

「大丈夫だもん! 集落でお祝いするだけだし、皆も居るから平気よ!」

「日高君、心配してくれるのはすごく嬉しい。だけどよかったら私、また向こうの世界の皆に会いたいな。妖精の子達はすごく友好的だし、それにすごく綺麗な世界だもん」

「……」




 本人が納得しているのなら、俺が口を挟むべきではない。……そう、分かってはいるのだが。




「今回何もなくても、もし何か手に負えないようなことが起こった時……俺では、砂原を守れない」



 砂原が何と言おうと彼女が妖精に関わったのは俺の所為で、巻き込んでしまった責任は俺が取るべきなのだ。けれど妖精魔法なんて使えようが、彼女が危険に陥った時にどうにか出来るなんて大口を叩くことなんて出来ない。あの時――アリスを浚った男に剣を向けられた時だって、砂原を庇いながらも結局俺は無力だった。


 彼女を守ることも出来ないのに、無責任にあちらの世界に連れて行っていいものか。





「……あーもうっ! 責任だとか守れないだとかぐだぐだと、フユキは本当に頭かったいわね!」

「なっ」



 どん、と不意に額に衝撃が走り、頭が後ろに仰け反る。一瞬何が起こったのか分からなかったのだが、目の前で怒鳴るアリスを見てようやく彼女がぶつかって来たのだと理解した。



「フユキが守れないなら私達が守ればいいことでしょ! 妖精がいっぱいいれば怖いものなんて無いんだから、まかせておきなさい!」



 勿論フユキのことだってルークに頼まれてるんだから傷一つ付けさせないわよ! と自信満々に言い切ったアリスは、俺の額にくっついたまま両手でぽこぽこと頭を叩き続ける。……言っていることが矛盾していると、頭の片隅で密かに思った。地味に痛い。



「アリス!」



 砂原が慌ててアリスを引き離してくれたのに感謝しながら額を押さえていると、アリスを両手に包み込みながら砂原がこちらを見上げてきた。



「あのね、日高君。守るって言ってくれるのは本当に嬉しいけど、私のことまでそんなに背負い込まなくてもいいんだよ。元を辿れば私の所為で日高君は妖精の力に目覚めちゃったんだから、むしろ私に責任がある」

「それは違う。前にも言ったが元々これは俺自身に備わっていたものだ。砂原が気にすることじゃない」

「うん。でもね、そこから妖精に関わろうとしたのは、もっと知りたいと思ったのは私の勝手な気持ちだよ。だから日高君が背負うことじゃない。私は好きでアリスと居るし、好きで……その、日高君と居るから」



 少し恥ずかしがるようにそう言って笑った砂原に、俺はそれ以上反論する術を失った。


 ……好きで俺に関わっているのだと、真っ直ぐにそんなことを言われたら黙るしかない。















 結局俺が折れることになり、砂原の誕生日パーティは妖精の国で行われることになった。



「じゃあフユキ、よろしくね」

「ああ」



 誕生日当日の午後六時。砂原とアリスを連れて、俺は妖精魔法を発動させた。

 少々緊張しながら、それでもアリスに太鼓判を押されたのを思い出して冷静に魔法をイメージすればあっという間に視界がぐるりと切り替わる。


 あちらの世界への移転魔法。近頃アリスにビシバシと指導された結果、何とか安定して使えるようになった。




「すごい! 日高君こんなことも出来るの!?」

「先生が良いから当然ね」



 アリスが威張るように腕を組んでそんなことを言っていると、到着した俺達に気付いた妖精達がわらわらとこちらへ集まって来た。



「待ってたよ」

「ホタルちゃん、誕生日おめでとう!」

「ほらほら、早くこっちに来てよ! もう準備出来てるよ」



 移転魔法の練習でこちらに来ていた俺とは違い、そこまで他の妖精と話す機会もなかった砂原だが、随分彼らに好かれているようだ。

 沢山の妖精に引っ張られるように歩き出した砂原を見て疑問を頭に浮かべていると、それに気付いたらしいアリスが「ホタルってば大人気よね」と話し掛けて来た。



「ホタルのことは私がたくさん皆に話してるからね!」

「どんなことを?」

「……まあ、それは色々と」



 何故か妙に含みのある言い方をされた。



 夏場でこの時間でも明るい向こうとは違い、こちらの世界はすでに日は落ちており、いくつかのキャンドルが灯されている。パーティが始まると同時にアリスがステッキを一振りして花火を生み出したのには驚いた。



「綺麗だね」

「でしょー、テレビで見て真似したくなったの」



 花火を見たことがない妖精達も気に入ったらしく、各々様々な形の花火を作り出しては楽しんでいた。


 それから用意された巨大なケーキに驚いたり、幻想的な妖精達のダンスに目を惹かれたりと時間を忘れてパーティを楽しんだ。ダンスを見終えると、隣に座る砂原の目に薄っすらと涙が溜まっているのに気が付いた。



「砂原、泣いているのか?」

「え?」



 本人も気付いていなかったらしい。目に手を添えた彼女は「本当だ」と少し驚いている。



「……なんか、現実じゃないみたいで。こんな風に妖精の皆が誕生日をお祝いしてくれるなんて、信じられないほど嬉しくて」



 言葉にすると更に涙が溢れ、砂原は涙が止まるまでしばらく黙り込んだ。





「日高君、ごめんね」



 そうして次に発せられた言葉は、何故か謝罪だった。意図が分からず首を傾げていると、涙を拭った砂原が眉を下げてこちらを向く。



「私がこっちに来たいなんて我が儘言ったから、日高君に負担掛けてる。沢山悩ませて、迷惑掛けて、本当にごめんなさい」

「何を……」



 そんなことを言われるとは思わずに目を瞬かせる。確かに彼女がこちらの世界に来ることを止めたのは確かだが、それに対して迷惑だからなんて考えていなかった。



「むしろ普段負担を掛けているのは俺の方だ。砂原が謝ることなんてない」

「でも言っておかなくちゃって思ったから。妖精と関わるのを許してくれてありがとう。心配してくれて、ありがとうって」



 砂原は優しい声でそう言い、そして少し離れた場所でくるくると回ったり羽ばたいたりして遊んでいる妖精達を見て笑みを溢した。



「こんなに素敵な誕生日プレゼント、初めてだな」




「――あっ、そうだ。まだ渡してなかった」



 彼女の言葉で今まで忘れていたことを思い出した。俺は側に置いていた鞄を手に取り、ラッピングされた小さな包みを取り出す。せっかく用意したのに渡すのを忘れたら意味がない。




「砂原、これ」

「え」

「誕生日プレゼント」



 ぽかん、と口を開けた彼女のプレゼントを渡すと、俺とプレゼントを交互に見やって「え、え?」と困惑したような声を漏らした。そんなに予想外だったのだろうか。



「あ……ありがとう、日高君! あの、開けてもいいかな!?」

「ああ」



 何故か軽くパニックになっている砂原に頷いてみせると、彼女は動揺している仕草とは裏腹に非常に慎重にラッピングを解き、そして恐る恐るといった様子で小箱を開けた。

 俺が買ったのは、いくつかの小さな花がついたクリップ状の髪飾りだった。



「可愛い……」



 手に取った砂原が発した第一声に、俺はほっと安堵の息を吐いていた。


 女の子へのプレゼントを選んだのなんて生まれて初めてだったのだ。何を贈ればいいのかなんて全く思いつかなかったし、アリスに相談しなければ選択肢すら浮かんでこなかっただろう。

 アリスがいくつか提案した中から、実際に店に行ってみて良さそうなものにしようと思ったのだが、そもそもそういう女性向けの雑貨が揃う店に入るだけでも相当気力を消耗し、なんとかプレゼントが決まった時には精神的にへとへとだった。周囲にいる客に男が一人も居なかったのもきつかった。


 それでも決めたプレゼントは、苦労しただけあって納得が行ったものではあるのだが、砂原が気に入るかまでは流石に分からないので嬉しそうに呟かれた言葉に随分ほっとした。



「砂原は結構髪も長いし使うんじゃないかと思ったんだが……」

「ありがとう……! 本当に、嬉しい!」



 プレゼントを抱きしめるように持つ彼女は、感極まったようにそう言って頬を紅潮させる。



「本当に可愛い……嬉しい」

「そんなに喜ぶほどのものでもないんだが……」



 そこまで高くもないヘアピン一つである。むしろこれだけでいいのか散々迷ったくらいだ。

 けれど砂原はぶんぶんと首を振って「そんなことない!」と強く言った。



「日高君から貰った物なんだから嬉しいに決まってる! ……って、あ、いや、そうなんだけど、なんというか……」



 言葉の途中で我に返ったようにはっとした砂原は真っ赤になってもごもごと小さな声で何かを言った後、「あ、アリス達にもお礼言ってくるね!」と突然立ち上がって走り去ってしまった。







「……」



 止める間も無く居なくなってしまった砂原の背中を目で追いながら、俺は少し暑くなった頬に触れて夜風を仰いだ。


 あんなこと、あれだけ嬉しそうに言われたら。



「……流石に、照れるな」

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