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第19話 妖精同士の喧嘩

 結局あれから何度か尋ねてみたものの、アリスが不機嫌な理由はちっとも分からなかった。日高君に対して怒っているということは分かったのだが、何があったのかと聞いても口を噤んでだんまりを貫くままなのである。


 宣言した通りアリスはそのまま日高君の家に戻ることなく数日が過ぎ、そしてそのまま夏休み中に数日ある高校の登校日がやって来た。授業は半日でそれぞれの教科の集中講義が数日掛けて行われることになっているのだ。



「暑いー」



 日高君の話題を振らなければ基本的にいつも通りのアリスもこの炎天下の中一緒に着いて来た。アリスを認識することが出来るのは私か日高君だけなので(例外として日高君のお母さんもいるが)、一人で家に居てもつまらないのだろう。




「蛍ー、おはよー!」

「望、おはよう」

「ノゾミちゃん、おはよー」



 高校の敷地内に入り校舎までの道を歩いていると背後から望が声を掛けて来た。そして聞こえていないと分かっていても、アリスも嬉しそうに望に向かって手を振っている。


 望は早足で私に追いつくと一度汗を拭い、そして「暑いねー」とお決まりの言葉を口にする。




「こんな暑い中で学校に来るなんてホントにやってられないよ」

「本当にね」

「あ、そうだ。この前海に行った時の写真出来たんだけど見ない?」



 そういえば彼女は海でも景色やら色んな写真を取っていた。流石に写真部というべきか、望の写真はいつも綺麗に取れているので私は頷きながら望が鞄から写真を取り出すのを待った。



「ほらこれとか結構お気に入りなんだ」

「おー、綺麗!」



 最初に見せられたのは到着した時に取ったらしい海の写真だ。あまり人が居ない場所を取ったらしく太陽を反射してきらきらと輝く海の色が美しく収められている。



「携帯でも撮ったけど、やっぱりカメラとは結構違うんだよねー」



 望の声を聞きながら渡された写真の束を一枚一枚捲る。海の家がずらっと並ぶ写真や、帰り際に四人で撮った写真、小さな蟹が歩いているものなどを見ていたのだが、私は何気なく捲った次の写真で一瞬硬直することになった。


 手を止めた私を見て写真を覗き込んだ望は面白そうに笑みを浮かべる。



「あ、それ? 綺麗に映ってるでしょ。かなり距離も近いし」

「……いつ撮ったの?」

「蛍達と合流する直前に。なんか絵になるなーって」




 私の手元にあったのは日高君とのツーショットだ。いや正確に言えばアリスもこの場に居たのだが以前判明した通り彼女はカメラに映らない。

 だからこそこの写真は私と日高君が二人っきりで……そして笑い合うとまでは行かないまでも二人とも表情が柔らかい。望の話を聞く限り恐らくアリスが無事に目を覚ましてほっとしている所だと思うのだが、元気に周囲を飛び回る彼女の姿が見えないと何というか……。



「何かこうやってみると恋人同士みたいね」

「ち、違うからね!」

「蛍?」



 まるで自分の妄想を垣間見られたように、肩に座るアリスがずばりとそう口にする。その言葉に反応してついつい声を上げてしまうとアリスの声が聞こえない望は不思議そうに首を傾げた。



「ごめん何でもない」

「そうなの? ……でも、中々いい雰囲気じゃない。あんた達いつの間にこんなに進展したのよ」

「何もしてないよ。望こそ呼び方変えちゃったりなんてして。何? もう付き合うことになったの?」

「そ、そそそそんな訳ないじゃない!」



 今までにやにやと笑っていたのに、自分のことになると本当にころりと態度が変わる。




「あ、ほら噂をすれば……」

「え?」

「あ……」



 望の声に促されるようにして後方を見れば、日高君が一人頭に手をやりながら歩いて来る所だった。やはり暑いのかその足取りは重そうだ。

 私に続いて日高君を見たアリスの声が少々低くなった。



「日高にもこの写真見せよっか。お似合いだよーって」

「や、止めてよ!」

「大丈夫大丈夫。日高ー!」



 もしそんなことを言ってばっさり「ありえない」なんて悪気も無く言われたら立ち直れる自信がない。そう思うのに望は私の制止を軽く受け流して日高君を呼んでしまう。


 ところが望の声に気が付いた彼がこちらを見た瞬間、何故か私の体は突然ぐらりと前方に傾いた。




「ホタル、早く行こ!」

「えっ」



 アリスが突如強い力で私の背中を押したのだ。咄嗟のことに立ち止まっていた体が対応できず、私は大きくたたらを踏んで前のめりによろめいた。



「蛍!?」



 何とか転ぶ前に体勢を整えて事なきを得たものの、それでも未だにアリスはぐいぐいと背中を押して来る。もう転びはしないが、それでも不自然な体勢で突如歩き出した私を望は訝しげな目で見ているし、どう言い繕ったらいいものか。



「蛍、ホントにどうしたの?」

「何でも、ないよ。暑いし早く教室行こう」

「……うん」



 恐らく全く納得していないだろうが、望はそれ以上追及することなく口を閉じる。去り際にちらりと見た日高君は何か言いたげにこちらを見ていた気がした。














「……ホタル、ごめんなさい」



 教室に着き授業が始まる直前になって、今まで黙っていたアリスがようやく口を開いた。きっと望が離れるのを待っていたのだろう、小さな声で俯いてそう言った彼女に私も周囲の喧騒に紛れるように小さな声で「大丈夫」と返した。


 けれど本当に、どうしてアリスはこんなにも日高君に怒っているのだろうか。海の時は日高君も確かに怒っていたものの、アリスを心配してのことであったし彼女もそのことに対して悪感情を抱いている様子はなかった。むしろ彼に引っ付いて私が少々羨ましかったくらいだ。

 海に行ってからアリスが怒って家出して来るまでの空白の数日、勿論彼らに何かがあったとしても私に分かるはずがない。




 家に帰ったら今度こそきっちり聞き出そうと心に決めていると、直後携帯が僅かに震えた。長さから考えてメールだろうと判断し、まだ担任が来ないのを確認して画面を確認する。



「あ……」














「ホタル、どこ行くの?」



 放課後、私はアリスを連れて黙々と校舎の中を歩いていた。

 目的地は人気のない校舎裏――以前アリスが初めてこちらの世界に来た時に日高君と慌てて逃げ込んだ場所である。


 『授業が終わったらそいつを連れて前の校舎裏に来てほしい』と、日高君から届いたメールには記されていた。アリスに直接伝えると絶対に拒否されてしまうと思ったので彼女には何も伝えていない。



 校舎裏は相変わらず人っ子一人いない。普段からこうなのだし、まして夏休みの登校日にこんな所に好き好んでくるような人などいないだろう。先ほど教室を出る時に日高君は先生に掴まっていたので、彼が来るまで少し日陰で待つことにした。




「……ねえ、フユキに何か言われたんでしょ」

「そう、だけど……アリス、逃げちゃ駄目だからね」

「……」



 今にも飛び立ちそうになっている彼女を手で包み込むように捕まえる。もし魔法を使われたらどうしようもないが、本気で逃げる様子はなく不機嫌そうに羽をバタバタと揺らして顔を背けるだけだった。



「ねえアリス、何があったか分からないけどちゃんと話そうよ。ずっとこのまま日高君のこと避け続けるつもりなの?」

「それは……」

「アリスだって本気で日高君のこと嫌いになった訳じゃないでしょ」

「そう、だけど」

「なら――」


「砂原、すまない。待たせた」



 更に言い募ろうとした私の言葉は、思ったよりも早く来た日高君に止められた。小走りでこちらに来た日高君を見たアリスは無言でつん、と顔を背ける。逃げる様子がないだけ少しほっとした。


 彼はそんな様子のアリスを見ると一つため息を吐き、そして彼女の名前を呼んだ。



「アリス、俺を避けるのは勝手だが砂原を巻き込むのは止めろ」

「……」

「今朝だってあれは何だ。もし砂原が転んだら大変だったろう。それに桜井の前で可笑しな行動を取って……妖精の存在がばれると困ると言ったのはお前だ、もっと気を付けて――」

「うるさい」

「何だと」

「うるさいって言ってるのよ! フユキの説教魔! 鬼!」



 大声でそう叫んだかと思うとアリスは無理やり私の手の中から抜け出し、そして日高君の前で怒鳴り声を上げた。



「そうやって一方的にガミガミ言って、大体この前だって私の話なんて全然聞かずに駄目の一点張り! いい加減にしてよ!」

「いい加減にするのはお前だ! いつも好き勝手に行動して砂原に迷惑を掛けて……それにあれはちゃんと説明もしただろう、何が不満なんだ!」

「だからそれが間違ってるって言ってるの! それに、ホタルを喜ばせたいと思って何が悪いのよ!」

「お前は砂原がどうなってもいいのか!?」


「……私?」




 話が見えない、と目の前で言い争う二人をおろおろと見守っていた所で突如自分の話題になったことに困惑する。

 喜ばせたい? どうなってもいい? 一体彼らは何を言っているのだろう。


 私がぽつりと呟いたのを皮切りに、水を打ったかのように二人とも黙り込んでしまう。



「ねえ二人とも、何があったの? 何で喧嘩してるの?」

「それは……」




 俯きこちらを見ないアリスを一瞥した日高君は、ややあってからようやくこちらに向き直って口を開いた。






次回、冬樹視点の予定です。

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