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第18話 名前

「ええっ!? さっきの子達、中学生だったの!?」

「全然見えないよなー」



 つい先ほど日高君と栗原君に声を掛けていた女の子達、話を聞けばまだ中学生――しかも一年生だったらしい。確かに小柄だとは思ったものの、私達と同い年だと言われても分からなかったであろう大人びた容姿だったのでそれを聞いた時は驚いた。

 うんうんと頷く栗原君に少々むっとしている望が視界の端に映る。


 それにしても……。




「最近の子って怖い」

「蛍、その発言は年寄くさいよ」



 確かにそうなのだが、それでもまだ中学生なのにあんなに積極的に声を掛けて来るとかすごいと思うし末恐ろしい。もし私達と一緒に来なければ日高君達は普通にあの子達と遊んでいたのだろうかと考えると少々もやもやした。






「さてさて、そんなことは置いておいて早く海に入ろ!」

「うん。……あれ、そういえば」



 先ほどからアリスの姿が見えない気がする。



「どうかした?」

「な、なんでも……」



 ぽつりと呟いたのが聞こえたのか望が不思議そうにこちらを見て来るが、言う訳にもいかないので言葉を濁す。海に入りながら不審に見られない程度にきょろきょろと辺りを見回していると、不意に日高君が私の名前を呼んだ。



「砂原、あっちだ」

「え? ……あ、居た」



 そっと視線で示された方向を見てみれば、少し離れた場所にとっくに海に入っていたらしいアリスが羽をばたつかせて水飛沫を上げているのが小さく見えた。


 しばらくばちゃばちゃと遊んでいた彼女は私達が海に入ったのに気付くと楽しげにこちらへやって来る。



「ホタル、フユキ、海って楽しいのね!」



 思い切り楽しんでいるアリスに返事代わりに小さく頷く。海は初めてだと言っていたが本当に喜んでいるようで何よりだ。




 久しぶりに入った海は冷たくて気持ちがいい。日高君も暑くてぐったりしていたのも治ったのか元気そうにしているし、各々思い思いに泳いだり潜ったりと時間を忘れて楽しんでいた。


 しかし両片思いの望と栗原君、そして彼らの気持ちを知っている私と日高君の四人である。いつの間にか自然と二人ずつに分かれて少しずつ距離を空けて泳いでしまっていた。まあこちらにはアリスもいるので二人から少々離れていた方が都合が良かったりするので丁度いい。


 波に漂いながら遠目に望達を見ると、栗原君が海の家で借りてきたサーフボードに乗ろうと四苦八苦している所のようである。




「アリス、お前は小さいんだから気を付けろよ」

「大丈夫大丈夫!」



 小さな声のやりとりも聞かれる心配がないので気が楽だ。日高君の言葉に軽く返したアリスは早速海中にざばんと潜り、そして暫く浮いて来ない。潜る前に一度ステッキを振っていたので大丈夫だとは思うが心配になって潜ってみると、大きな気泡のようなものに包まれたアリスが楽しげに海中散歩を楽しんでいる所だった。


 安心した私が海面に顔を出してから十秒程経ってからアリスが浮上する。



「海の中って綺麗ね。もっと向こうの方まで見ていたいなー」

「沖の方は深いから危ないよ」

「魔法使うから平気へい――」




 へらっと笑って再び潜ろうとしていたアリスの言葉は中途半端に掻き消され、そして続かなかった。


 突如、数秒もしないうちに彼女の姿が私達の視界から消えてしまったからだ。より正確に言うならアリスは襲ってきた波に呑まれ、海の中に浚われてしまったのである。



「「アリス!」」



 私達にとっては気にすることなどない程度の波であっても体の小さいアリスには十分に脅威となってしまった。私達は慌てて海中に潜り、薄暗い視界の中で必死に小さな妖精の姿を探した。


 幸い波が大きくなかった為然程流されておらず、更に羽が海中でも僅かに輝きを放っていたのですぐに彼女を掬い上げることに成功した。日高君の手の中でぐったりと横たわるアリスに私は周囲の目も忘れて声を掛ける。



「アリス、しっかりして!」

「大分水を飲んだ見たいだな……とりあえず浜辺まで戻るぞ!」

「分かった!」



 急いで、しかしアリスに負担が掛からないように慎重に浜辺まで戻り、人通りが少ない場所に出来た小さな木陰にアリスを寝かせる。



「おい、アリス! ……まずいな、呼吸してない」

「え、ど、どうしよう!」



 呼び掛けにもまったく反応しないアリスの口元に手をやった彼は苦々しくそう言った。


 どうしようなんて混乱している場合ではない。妖精の処置が人間と同じで良いのなら、それこそアリスが言っていた人工呼吸が頭を過ぎる。が、そもそもサイズが違い過ぎるので上手く出来るかも分からない。




「やるだけやって――!」

「げほっ」

「アリス!」




 日高君も同じことを考えたのか、アリスを手に抱えて顔を近づけた。その瞬間、移動する際に揺らしたからだろうか、不意に今までぴくりとも動かなかったアリスが大きく咳き込み始めたのだ。


 げほげほと何度も咳き込みながら水を吐き、苦しげながらも自ら呼吸を始めたアリスに徐々に張りつめていた緊張が緩まり、体の力が抜けていく。

 水を吐き出さなくなり、荒かった呼吸が少しずつ穏やかになっていくのを見て日高君もはあ、と安堵するように大きくため息を吐いた。



「アリス……」

「はあ、はあ……ホタ、ル」

「……よかった」



 本当によかった。アリスは固く閉じていた目をゆっくりと開き、ひどく緩慢な動きで私を見上げる。大丈夫だ、生きてる。


 この数分の間に寿命が縮んだ。安心して思わず零れた涙を拭っていると、日高君が「アリス」と彼女を呼んだ。




「無事でよかった」

「……ごめん」

「まだ苦しいか」

「大分、楽になった、かな……」

「そうか。なら――この、馬鹿妖精! 心配しただろうが!」



 魔法があるからって過信して、油断していたら意味がないだろうが、と日高君は酷く怒りながらお説教を開始した。あまり周囲の人が少ないのもあるが、怒りながらも声は抑え気味なので他の人に聞かれる心配はしなくてもいい。



 だがそれでも彼の手の平の上という至近距離での説教はアリスにとって十分煩いものであったらしく、ぐったりしながらも耳を塞ぐ素振りもしていた。その姿に更に説教が伸びたのは言うまでもない。

 とにかく、アリスが無事で本当によかった。












「本当に、心配掛けてごめんなさい!」



 暫く時間を置いてようやく回復したアリスは、私達に向かってぺこりと頭を下げ大きな声でそう言った。多少彼女が油断していたのも事実だろうが、波に浚われてしまったのは不可抗力でもある。



「もういいから。アリスが無事だっただけで十分」

「ホタルー!」

「俺も傍に居たのに助けられなくて悪かった」

「フユキー!」



 私の肩にしがみ付いたアリスが今度は日高君へ突撃して忙しい。びゅんびゅん飛び回る姿を見れば随分元気になったのが目に見えて改めてほっとした。




「蛍ー、そんなとこに居たのー? お昼食べよー!」

「はーい!」



 気が付けば最初に遊んでいた場所からは随分離れてしまっており、私達を探しに来た望と栗原君は「やっと見つけた!」と言いながらこちらへやって来る。


 未だに日高君から離れないアリスにちょっと「いいなあ」と思いながら立ち上がり、私達は昼食の為に一旦海の家に戻ることになった。











 私と望で先に席を取り日高君達がメニューを見に行っている間、まってましたとばかりに望がテーブルを挟んで私の方へずいっと身を乗り出して来る。



「ねえねえ、二人っきりでどうだった?」

「……そっちこそ」



 にやにやとからかう気満々の望にそう切り返してやれば、彼女は途端に赤くなってそわそわと挙動不審な素振りを見せ始めた。



「何、何かあったの?」

「蛍達がどっか行っちゃうから緊張して大変だったんだから!」



 こっちも色々と大変だった。



「あのね、実は……」

「の、の、望、ちゃん、カレーとかラーメンとか焼きそばとかあるけど、どうする?」

「や、焼きそばにしようかな……猛、君は?」

「俺も焼きそば、かな」



 望が報告しようとしたことは大体分かった。

 一度戻って来た栗原君が酷くどもりながら望に話し掛け、そして彼女も同じようにたどたどしく返事をする。本当に私達がやきもきしなくても順調に進展しているようである。




「砂原は?」

「同じく焼きそばで」

「りょーかい」



 望に尋ねた時とのあまりのギャップに笑いそうになる。さらりと会話を終えた栗原君は注文の列に並ぶ日高君の元へと戻り私達の注文を伝えてくれたようだ。


 余談だが、注文が来る間に「何か蛍の方が親しげな感じ」と望に羨ましげに言われてしまった。当然望に対する彼の態度が特殊なだけで、人懐っこい栗原君は皆にあんな感じである。




 四人掛けの席を取る際、なんとなく片方に座るのも可笑しな気がして私と望は対面して座った。つまり後から来る二人は必然的に私達の隣に一人ずつ座ることになり、動揺する栗原君を置いて日高君が何食わぬ顔で私の隣へ腰を下ろした。



「ホタル、ラッキーね」



 アリス、二人には聞こえていないけど日高君には聞こえているのだからそういうことを言わないで欲しい。案の定彼はアリスの発言に首を傾げている。


 結局皆焼きそばを注文したようで、四人揃って同じ物を食べ始める。泳ぐとお腹が空くし、こういう場所で食べるご飯はすごく美味しく感じてしまう。



「美味しいね」

「ああ。……しかし、海に入っている間はいいが、本当に暑いな」



 誰にともなく呟いた言葉を拾った日高君はそう言って額に浮かんだ汗を拭った。先ほどから思っていたが、どうやら日高君は暑いのに弱いみたいだ。




「冬樹って本当に暑いの駄目だよなあ。やっぱり冬生まれなのか?」

「ああ」

「まあ名前に冬って入ってるしなー。あ、ちなみに俺は10月生まれなんだけど……」



 ちらり、とさりげなく隣を気にしながら言う栗原君。



「の、望ちゃんは?」

「4月なの。いっつも友達と仲良くなった頃には誕生日過ぎてるから、あんまりお祝いしてもらえないんだけどね」

「そうなのか……」



 あからさまにがっかりと肩を落としている所から見ると、プレゼント送りたかったんだろうな。対照的に望はまだ栗原君の誕生日が先だと知れたので嬉しそうだ。今年の10月はきっと彼女のことだから「どうしよう何を贈ればいいかな!?」と大パニックになっていそうである。



 あ、よく見るとアリスがこっそりと日高君の焼きそばを食べている。




「砂原は、夏なのか?」

「え?」

「誕生日。だって蛍、だろ?」



 アリスに気を取られていた所に、隣から突如予想外の不意打ちを食らって割り箸を取り落した。幸い皿の上に落ちたので問題なかったが、私自身は一瞬硬直し、心臓が止まりそうだ。



「そ……そうだよ」



 蛍って、蛍って、名前!

 生暖かい目で望達を見ていた癖に、いざ自分が呼ばれると頭が真っ白になって何も考えられなくなる。更に私が固まっている間に望が細かい日付まで教えてしまった。




「なんだ、結構近いんだな」

「蛍の誕生日も夏休みだから中々当日に会えないよねー。私旅行行っちゃうから、その前にお祝いするね」

「……ありがとう」



「なあ冬樹、夏は暑いから嫌かもしれないけど、蛍とか見るのはどうだ? 好きか?」

「? ああ、綺麗だし好きだな」



 栗原君、笑いながらわざわざ追い打ち掛けないで!


 熱の取れない顔を見られないように俯き、平常心平常心、と言い聞かせながら麺を啜る。

 視界の端で何故か「そうだ!」と何かを思い付いたように手を打っているアリスが見えた。また何か思いついたのだろうか。



「どうしたの?」

「秘密」



 望達に気付かれないようにこっそり尋ねたものの、楽しげに笑顔を向けられるだけだった。

















 そんなアリスの様子も忘れ、終始楽しく過ごした一日を終えてから数日後。



「ホタル!」

「どうしたの、アリス」



 エアコンの効いた部屋で夏休みの課題に向かいながら「あと十分……あと十分」と休憩を引き延ばしていた時、急にアリスが大声を出しながら部屋へと入っていた。



 珍しいと思ったのはその表情だ。いつも何事も楽しそうに笑っている彼女が、その日は珍しく随分ご立腹な様子だったのだから。


 私、アリスに何かしたっけ。そんなことを考えてみるが、そもそも海に行った日からアリスには会っていないので心当たりもない。



「何があったの?」

「私、しばらくここにいるから!」

「日高君はいいの?」

「知らないもん!」



 ふい、と顔を逸らしたアリスに、私はますます脳内に疑問符を大量生産することになった。


 ……一体、日高君と何があったんだろう。









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