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第17話 一応、普通の高校生です

「お、おまたせー! 待った?」

「いや、こ、こっちも今来た所だから!」



 微笑ましくそう会話する望と栗原君を見ながら、私達四人は近場の海水浴場へと出掛けるべく、最寄の駅までの電車へ乗り込んだ。





 日高君に海に誘われた時は頭が真っ白になったものだが、案の定それは「四人で」という言葉がおまけされていた。同じ教室に居たのだから当たり前なのだが「海に行きたい!」と叫んだクラスメイトの声を彼らも聞いていたらしく、彼らの間で私達と同じようなやりとりがされたようだ。

 勿論日高君が私を誘ってくれたのは栗原君の言葉があったからなのだろうけど。



「あいつらのことは置いておいて、砂原が嫌じゃなければ」

「行きます!」



 控えめに告げられた言葉に予想以上に力強く返答してしまい少し恥ずかしくなってしまったのはあまり思い出したくない記憶である。アリスにも日高君にも笑われてしまった。










「蛍、海見えるよ!」

「きれいー!」



 暫くすれば望とアリスが窓に張り付くようにして海を眺め始め、そしてそれを眩しげに栗原君が見る。それに合わせて日高君が下車の準備を始めれば、到着までもうすぐだ。







 昔は年に何回も来た海水浴場なのだが、そういえば最近はあまり来ていなかった。海風と強い日差しに次第に気持ちが逸り、早く泳ぎたくなってきた。

 ざわざわと遠くから聞こえる騒がしい声や駐車されている多くの車を見れば、海はもう人でいっぱいになっているんだろうなと分かる。もう少し早い時間にすれば良かっただろうか。





「よ、砂原!」

「栗原君」



 最初に着替えや荷物を預ける為に大きく設置されている海の家へ海沿いを歩いていると、後ろを歩いていた栗原君が浮かれた様子で声を掛けて来た。



「悪いな、冬樹と二人じゃなくて」

「当たり前だよ! 二人だったら来れてないよ」

「俺も俺も」



 実はほんのちょっとだけがっかりしたのは口に出さなかった。電話で日高君から誘われた時、一瞬二人で行くのかと思ってしまったのである。どのみちアリスは居るのだから二人っきりではないし、実際にそうなったらいっぱいいっぱいになって逃げ出してしまいそうだが。



「栗原君が日高君も誘ってくれたんでしょ? ありがとう」

「いやいや、俺もお前らがくっついてくれたらいいなあって思ってるし。……なあ冬樹のやつ、どうやって誘ったんだ?」

「どうやって?」

「砂原は冬樹が誘ってくれって言ったんだけど、あいつ珍しく戸惑ってたから」



 私も結構パニックになっていてあまり細かいことは覚えていないのだが……そういえば少し口籠っていたような気がする。普段はきはきとものを言う人で、あまりそういうこともないのでなんとなく覚えていた。



「日高君、海苦手だったの?」

「違う違う、あいつも女の子を海に誘うのが気恥ずかしかったんだろ」

「ええ……、日高君が?」

「その反応もどうかと思うけど、あいつだって一応普通の男子高校生だぞ? 俺には分かる! ……まあ俺は先に誘われたクチだが」



 望……なんだかんだ言って行動力あるなあ。

 栗原君も私と同じように誘うのを躊躇っているうちに向こうから誘われたらしい。なんだか妙な親近感が湧いてきた。



「まあとにかく! 今日はお互い頑張ろうぜ。あと楽しむ!」

「うん」



 仕切り直すように元気よくそう宣言した彼はそのまま「一番乗り!」と海の家に向かって走り出した。

 「本当にあいつは元気だな」とその背を見送りながら汗を拭っている日高君を見ていれば、今まで一番後ろで海の写真を取りながら着いて来ていた望が私の隣に並び、そして何故か眉間に皺を寄せてずいっとこちらに身を乗り出して来た。




「望?」

「……栗原君と、何話してたの?」

「……ん?」



 彼女の瞳が不安げに揺れる。



「なんかすっごく楽しそうだったような」

「ご、誤解! あ、いや楽しそうだったのはそうなんだけど、望が思っているようなものじゃないからね、決して!」



 一瞬遅れて彼女が焼きもちを焼いているのだと気付き、慌てて手も首も振って全力で否定する。



「日高君の話をしてただけだよ。あの、栗原君に……ばれてるから」

「え、そうなの?」

「ちょっと色々あって」

「なんだー、良かった!」



 勿論全て事実なのだけど、こんなにあっさり信じちゃって大丈夫なのだろうか。一喜一憂する望を眺めながら、ひとまず誤解を生まなかったことだけほっとした。色恋沙汰で友人関係がこじれると本当に大変なことになりそうだから。



「よーし、蛍。今日の目標は二人ともちょっとでもいい雰囲気になること! いいね?」

「もっと声小さく!」



 急に元気になってしまった望を慌てて一喝する。本当に彼女はヒートアップしてくると周りが見えなくなってしまう。栗原君は先に行ってしまったので聞こえてないだろうけど、日高君は結構傍にいるのだ。幸いなことにアリスが気を遣ってくれたのか偶然か、栗原君と会話している時から「あれ何?」と日高君を色々と質問攻めにしていたので、訝しげな視線が飛んでくることは少なかった。















「蛍、大丈夫? 変な所とかない?」

「大丈夫、大丈夫」



 さて海の家へと辿り着き、望と共に水着に着替えを済ます。私も彼女もあらかじめ中に水着を着て来たので準備はすぐに終わるはずなのだが、髪をいじったり鏡の前で右往左往したりと動作だけは大騒ぎで中々外に出られない。



「望は気にし過ぎだよ」

「栗原君の前に出るんだよ!? むしろなんで蛍がそんなに落ち着いていられるか分かんない!」

「何でって……慣れてるからじゃない?」



 久しぶりとはいえ海水浴にはよく来ていた、今更ここで水着姿になったからって慌てることもない。



「蛍! よく考えてみよう、日高が見るんだよ? 落ち着いていられるの!?」

「それは……」

「そんでもって、勿論向こうもまったく着崩してないいつもの制服じゃないんだよ? それでも冷静でいられるの?」




 それを言われたらその通りで、私は一度鏡に映る自分の姿を覗き込み、そしてなんだか急に恥ずかしくなってきた。お気に入りの花が散りばめられワンピースの水着が、急に色あせたように見えてきた。



 ああ、足も細くないしスタイルも良くない。普段は制服で誤魔化しているけど、今から見られるのか……。いや、きっと日高君は水着なんてそんなに見ないに決まっている。どうせ一人で焦って空回りするだけだ、そうに決まっている。


 けれど、同じく水着に着替えて砂浜に飛び出して行く他の女の子を見るとどんどん自分がみじめになって行く気がした。






「えーっと、二人は何処だろう?」

「近くに居ると思うんだけど」



 何とか砂浜に足を付け、日高君と栗原君の姿を探すのだが如何せん人が多い。日高君の性格上勝手に先に海に入っているとは思えないので合流する為に海の家の周辺にいると思い、望と共に海の家をぐるりと回るように探す。


 すると目的の二人は特に労せずに見つけることが出来た……のだが、声を掛けようとした望の動きがぴたりと止まった。




「……あれ、誰」

「ナンパ、なのかな」



 暑いからか、屋根の陰になっている場所にいた二人の前には小柄な二人の女の子がいたのである。カラフルな水着に身を包んだ彼女達は彼らに楽しげに話し掛けており、困ったような表情で栗原君が対応していた。一方日高君は暑さでやられたのか少し疲れた様子で黙り込んでいるようである。



「……どうしよう」



 遠目から見たってその女の子達が可愛いのは分かる。勿論このまま彼女らに連れて行かれるのを黙って見ていることは出来ないが、あの場に割り込むのは中々勇気がいる。




「蛍、行くわよ」

「望!?」



 そんな悩みを一気に吹き飛ばすように、望はきっぱりとそう言って私を引き摺るように彼らの元へと連れて行ってしまう。腕を掴む手にはしっかりと力が籠っていて、先ほど私に向けた嫉妬とは比べものにならないくらい怒っているようだった。




「だから、俺達は――」

「おまたせ、猛君!」



 どうやら遠目から見た状況は正しかったようで、困り果てたように栗原君が女の子達の誘いを断っていた所に、望の楽しげな声が何の遠慮もなく彼らの間に切り込んだ。


 わざと栗原君と女の子の間に絶妙なタイミングで体を滑り込ませ「待たせてごめんね、行こっか」とまるで女の子達の存在に気が付かなかったかのように栗原君の腕を取って歩き出した。

 少しの無駄もない手際の良さで栗原君を引っ張る望に、私はおろか女の子も、そして引っ張られている栗原君もぽかんと口を開けていた。



「蛍、さっさと日高を連れてくる!」

「は、はい!」



 そんな中で掛けられた言葉に咄嗟に返事をすると、私は望と同じように日高君の腕と取って早足でその場を離れた。その場の勢いがなければできなかったと思う。











 波打ち際の傍までつかつかとやって来た私達はそこでようやく足を止め、そして望ははっと我に返ったように慌てて栗原君の腕を放した。



「ご、ごめんね! なんか急に」

「こっちこそごめん! あの違うんだ、決してあの子達に目移りしてた訳じゃないから! 信じてくれ!」



 栗原君は望に誤解されたくなくて必死に訴えているのは分かるのだが、傍から聞くと逆に疑わしく聞こえてしまいそうになる。しかし望は「それにあの子達どうにかする為とはいえ彼女気取りだったし……」と自分の行動の方が気になっていてそれどころではないらしかった。




「……砂原、もう大丈夫だ。ありがとう」

「ん? え、あ、ごめん!」



 彼らのやりとりに気を取られていた所為か、ずっと日高君の腕を掴んでいたのを忘れていた。



「でも日高君大丈夫? あんまり元気じゃないみたいだけど」

「ちょっと暑さに堪えただけだ。心配掛けてすまない。海に入ればすぐに良くなると思う」

「ならいいけど……」



 夏真っ盛りで日差しも強い、熱中症になったら危険だ。私も気をつけて見ていようと思っていると、日高君がふと思い出したかのように私を見下ろして、それからすぐに視線を逸らした。



「日高君?」

「いや……なんでもない」



 何処か誤魔化すように言葉を濁した彼は、「最初に準備体操だ」と私も促すようにして体を伸ばし始めた。






「さ、桜井……その、そういえば水着、なんだよな」

「あ、え、どうかな……?」

「すっごく似合ってる! ものすごく!」



 可愛らしい、またむず痒いような会話を傍で聞きながら、「そういえば日高君はやっぱり無反応だったな」とほっとしたような少々残念な気持ちになった。






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