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第16話 夏といえば?

「あー、海行きたいよー!」



 七月。期末テストも終了して夏休み直前の終業式の日、私は望と共に一際大きく教室に響いたクラスメイトの女子のそんな声を耳にしていた。


 式が始まるまでの間に少々時間があり各々のんびりと教室で過ごしているのだが、その発言を小耳に挟んだ望は暑さに伏していた体を起き上がらせてぱっと明るい表情を作った。



「海かー。いいよねー」

「望も行きたいの?」

「勿論! 蛍も泳ぐの好きって言ってたでしょ?」

「うんまあ……」



 球技系のスポーツはどうにも苦手だが泳ぐのはそこそこ得意な方だ。私達が住んでいるのは県の内陸部だが、電車で一時間もすれば海へ行けるので昔からよく家族で海水浴へ行っていた。

 が、あくまで趣味の範囲で水泳部には入っていない。あまり競うのは得意ではないのだ。



「海でデートなんて最高じゃない。あー、栗原君と行けたらなあ」

「だったら誘ったらいいよ。ほら、せっかくアドレスも交換したことだし」



 あの後私と日高君の努力もあってアドレスを交換した二人。しかし栗原君は自分のことになるといつもの行動力が全く無くなってしまうので苦労した。私に協力してくれた時はあんなにさらりとやってのけたのに。


 お互いの気持ちを知っているのでそう半ば投げやりに言うと、望は「そんなこと急に言えないよ!」と顔を赤くして声を上げた。

 望も望で普段は強気なのに、恋する乙女は変わるものだ。




「彼女でもないのに海に誘うなんて、なんていうかあからさまじゃないの!」

「ああ、うん……そうなのかな?」

「じゃあ聞くけど、蛍は日高に一緒に海に行こうって言えるの?」

「……そりゃあ、言えないけど」

「ほら」



 勿論そう切り返されたらそうなのだが、そもそも日高君と海というイメージがどうにも一致しない。冬樹という名前の先入観もあるのかもしれないが、失礼な話、砂浜に立っている姿が全く想像できなかった。



「でも一緒に行きたいんでしょ?」

「それはそうだけど……そうだ!」

「何?」


「ダブルデートよ!」



 がたり、と音を立てて勢いよく立ち上がった望を周囲のクラスメイトが興味深げに視線を送っており、私は慌てて彼女の腕を引いて元通り座らせて宥めた。何しろ同じ教室内に栗原君も日高君もいるのだ、色々とまずいことを聞かれたら困る。




「……あの、それはつまり」

「蛍も日高を誘ってよ! それで四人で行くの」

「そういうことだよね……うん、分かってたけど」

「蛍、なんで今日そんなにテンション低いの? せっかくの終業式なのに」



 ……少し前から巻き込まれそうな気配を感じていたからかもしれない。



「ほら、想像してみてよ。海でデートして、波打ち際ではしゃいだりって定番でしょ? やってみたいと思わないの!?」

「望、発想が少女漫画の世界なんだけど」



 しかも結構古き良き時代の感じである。一瞬アリスが頭を過ぎった。




「蛍と日高、何か前に比べたら急に話すようになったでしょ? 蛍もとうとう積極的にアタックし始めたのかと思ったんだけど」

「積極的に、ねえ……」



 若干アリスに唆されている気もするが、確かに以前よりかはましになったのは事実だ。何しろ少し前まで緊張でろくに会話も儘ならなかった程なのだ、それを考えれば自然に話が出来るようになっただけでも随分進歩したとも言える。

 が、恋愛としては一歩も進んでいないのもまた事実である。



「日高君、今まで好きな人とか出来たことがないらしくて、そもそもそういう対象として見られるようになるまでが問題っていうか……」

「え、何それ! っていうかそもそも蛍、日高とそんな話したの!?」

「ちょっと流れで……」



 流石に望の好きな人をばらしてしまった流れでとは言えずに口籠る。

 だからこそ仮に四人で出掛けることになってもダブルデートなんて考えるのは私と望と栗原君……つまり日高君以外の面々で、彼としては以前花畑で言った通り、二人の中を取り持つのに協力しているに過ぎないと考えるに違いない。




「とにかくそれだったら尚更誘わなきゃ。海なんて意識させるには絶好の場所なんだから!」




 そう力強く言われ、望が栗原君をどうにか誘う代わりに私も日高君を誘わなくてはならないと強引に約束させられてしまった。















「何で私の周りはこうもお節介が多いのか……」



 お節介と言うには少々彼女達に失礼かもしれないが、アリスといい望といい似たもの同士だと最近思う。




「海でデート? いいじゃない!」



 ほら、そっくりだ。

 家に帰ると久しぶりにアリスが出迎えてくれた。最近彼女は日高君の所にいることが多かったのでアリスに会うのは久しぶりだ。

 少し前まで私の家に頻繁に訪れていたのにどうしたのだろうかと思っていたのだが、彼女曰く「フユキのことは任されてるからね!」とのことだ。


 妖精の国から帰ってから、少し遅れて戻って来たアリスは顔をくしゃくしゃにして大泣きしていた。ルークさんに振られたとだと言った彼女はそれでも今は元気に日高君に魔法の指導をしているのである。





 アリスは楽しそうに笑うと、いつものようにステッキを取り出すとそれを軽く一振り。すると直後目の前に突如現れた本がばさばさとベッドの上に振って来た。以前見たことがある光景である。



「海といえば色々イベント盛り沢山よね!」

「本当に望と気が合いそうだよね……」



 ベッドに散乱した本はどれもページが開かれており、ちらりと目を通しただけでもその開かれた全てのページが海に関連したものであることが分かった。いくつか開かれた漫画のページには海で遊ぶ登場人物の姿が描かれていたり、逆に溺れてピンチに陥っていたり、果ては鮫に襲われるホラー漫画らしきものもあった。

 私は無言で見開きを席巻する鮫のページを閉じる。こんなイベントあったら困る。



「ほらこれとか、これとか」

「アリス、これ溺れてるんだけど」

「この話はこの後主人公がヒロインを人工呼吸で助けるの。それで意識し始めて……っていう流れね。本の内容的には正直あんまり面白くなかったけど」

「そこまで聞いてない……実際に溺れたら本当に大変だから、これも無しね」



 一応泳ぎは得意なので、万が一のことが無い限りわざわざ沖に行かなければそもそも溺れることもなさそうだが。




「ねえ、ホタル。フユキを誘うんでしょ? 私も一緒に行ってもいい?」

「それは勿論いいけど」

「良かった! 海って実際に行ったことないの。妖精の国にはないし」



 楽しみ! と宙をくるくる回り始めたアリスを目で追いながら、私は一つ、緊張混じりのため息を吐いた。


 そう、そもそも誘わないと始まらない。無理やりと言えど望とも約束してしまったし、楽しみにしているアリスを蔑ろに出来ないのでどうにかしないといけないのだが、エアコンを付けているのに携帯を握る手が少し汗ばんで来た。



 前にも一度こうして日高君と出掛ける為に約束を取り付けたことがある。だけどそれは「アリスに誘われた」という名目があったからこそ言えた。

 だが今回はそれもなく更に言えば海、である。いきなりハードルが上がり過ぎだ。望の言った「なんていうかあからさま」という非常に曖昧な表現が頭を過ぎる。言いたいことはよく分かる。





「……えっ」



 とりあえず日高君のアドレスを開こうと携帯を操作し始めたその時、突然画面が切り替わり着信を知らせる電子音が部屋に響き渡ったのに驚き、思わず携帯をベッドに落としてしまった。布団の上で鳴り続ける携帯を慌てて拾い上げて画面を確認すると、そこには落とす前にちらりと見えた“日高冬樹”という名前がしっかりと映っている。



「フユキから? 珍しいわね」

「うん……」



 メールはともかく電話なんて初めてだ。間違えて通話終了のボタンを押しそうになりながら電話に出ると、「もしもし」と最近聞き慣れた彼の声が耳元で聞こえ、心臓がばくばくと音を立てた。普通に話すよりもずっと近い声に緊張して気が付いたら居住まいを正し、ベッドの上で正座してしまった。



「日高、君?」

「ああ、突然電話して悪い。今時間大丈夫か?」

「だ、大丈夫」



 駄目だ、やっぱり緊張して碌に呂律が回らない。私は一瞬迷った後携帯の音声をスピーカーにして傍に置くことにした。アリスも居ることだしちょうどいいだろう。



「フユキ、やっほー」

「何だアリス、そっちに居たのか? すまない砂原」

「アリスが居ると楽しいから大丈夫だよ」



 やっぱりこのくらいの距離がないと駄目だ。少し落ち着いて来た心臓にほっとしながら一度深呼吸をする。運が良いことに日高君から掛けてくれたのだから、何とかこの機会に誘わなくては。



「それで、何の用事だったの?」

「ああ、それなんだが……」



 少し言いよどむように音声が途切れ、また妖精のことで何かあったのだろうかと首を傾げていると、ややあって再び彼の声が部屋に響いた。






「一緒に海、行かないか」


「……ん?」



 何だって?



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