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第11話 既視感を感じる状況

「それにしても……本当に綺麗」



 花畑と泉、そして木々がちょうど良い配置で映る場所を探して携帯のカメラを構える。こんな異世界で携帯を使っているのは可笑しな光景ではあるのだが、こんな綺麗な光景を目の前にしたら撮らずにはいられなくなった。電話やメールはともかくカメラ機能ならばこの世界でも問題なく起動する。



「あ、アリスーこっち向いて! ……って、あれ?」

「ホタル?」



 まるで蝶のように花畑の中を舞っていたアリスを写真に収めようと彼女に携帯を向けたのだが、しかし画面には花ばかりが映っており肝心のアリスの姿が見えない。カメラ越しと肉眼で交互に確認してみるものの、やはりアリスだけがその場から切り取られたかのように映らなかった。



「砂原、どうした?」

「アリスってカメラに映らないみたい……」



 こちらへ近寄って来た日高君にほら、と携帯の画面を見せると彼は私と同じようにアリスを確認して不思議そうな顔をした。



「別にここでは姿を隠している訳でもないのに映らないんだな。……ところでその写真、他のやつには見せないようにしろよ」

「うん、分かってる。どこって聞かれても困るしね」



 明らかに日本でない上、恐らく地球上に存在しない植物も沢山映っていることだろう。この景色を独占するのはもったいない気もするが仕方がない。



 存分に自然を満喫した所で持って来ていたお昼ご飯を広げる。

 アリスからは提案されたものの、流石に日高君に手作り弁当を渡すなんて芸当は到底できなかった。何しろ私は料理が苦手で、不器用な上要領が悪い所為で、作る手順を確認している間に焦がすわ吹き溢すわ、それに焦って包丁を床に落とすわと酷い目に遭って来た。到底食べてもらえるような代物なんて出来るはずがない。


 日高君と二人揃って、コンビニのサンドイッチなんてこの場に不釣り合いなものを口に運ぶ。けれどそんな瞬間さえ私にとっては嬉しくて堪らないものだった。

 こんな風に好きな人と出かけて一緒にお昼ご飯を食べるなんて、本当に夢みたいだ。




「あの、日高君」

「何だ?」



 だけど、夢をこのまま終わらせたくない。異世界に来て気持ちが高揚していたからだろうか、私はいつもよりも随分贅沢になっていたのだ。

 傍らに座る日高君に、私は気が付けば口を開いていた。




「また、こうやって一緒に遊びに来たりとかしたいなって」

「ああ、ここならまた来たいな」

「そうじゃなくて……えっと、ここじゃなくても……向こうの世界でも一緒に」



 言った! 言ったぞ!



「……その、他の子とかも誘って!」



 それなのにどうしてこう誤魔化すように付け足してしまうんだろう。何だかあからさまに好意が透けて見えはしないかと不安になってついついそう語気を強めて言ってしまった。


 何と言われるだろうかと内心はらはらしながら日高君を窺うと、彼は少し考えるようにしてからはっきりとこちらに頷いた。




「勿論いいんだが……そうだ、その時は桜井も呼んでくれないか?」

「え、望?」



 何で急に彼女の名前が出てきたのか分からずに聞き返す。何か望を誘いたい理由があるのだろうか。

 まさか、なんて嫌な想像が過ぎりそうになる。もしかして日高君は――。



「いや、猛が……何というか」

「栗原、君?」



 しかしその想像は一歩手前で打ち切られる。少々言い辛そうに眉を顰めて言葉を濁す日高君が言いたいことを大方理解したからだ。一瞬にして不安と安堵が入れ替わり、一つため息を吐いた。




「栗原君が望と出掛けたいってこと?」

「……あいつが桜井のことを、って知ってたのか?」



 私が栗原君の気持ちをしらないと思っていたからこそ言い淀んだらしい日高君は、予想外だと言うように目を瞠っていた。私がこくりと頷くと「なら良かった」と表情を緩めた。




「砂原と猛、そんなに話しているように見えなかったから驚いた」

「ああうん、前にアドレス交換した時にちょっと取り持って欲しいってお願いされて」

「あいつそんなこと言ってたのか。だが、あんまり無理しなくていいんだぞ? 桜井の気持ちもあるだろうし」

「でも望の方も……あっ」



 うっかり口が滑った。言ってしまったとばかりに言葉を止めたのもまずかっただろう、日高君も私の言葉に片眉をぴくりと上げて反応している。



「え、いやその……」



 どう弁解しても墓穴を掘りそうだ。別に誰にも言うなとは言われていないものの、勝手に吹聴するのはマナー違反だろうに。




「つまりあいつら……」

「……まあ、そういうことです」



 余計なことを言うよりも、大人しく肯定することにした。



「あの日高君、他の人には言わないで欲しいんだけど」

「勿論言わないが……そうだったのか」



 取り越し苦労だったな、彼は話し始めた時から手に持ったままだったサンドイッチに被り付く。




「あいつ、いつも桜井の話ばかりしているんだ。だから俺も協力してやりたいとは思っていたんだが、必要なかったようだな」

「望も、この前からずっと栗原君栗原君って」

「この前?」

「階段から落ちたって話知ってる?」

「ああ、猛が受け止めきれずにつぶされたやつだな」



 望の言葉よりも随分身も蓋もない言い方である。というよりも、彼女目線で栗原君の行動にフィルターが掛かっているだけとも言えるが。


 あれから望は本当に変わった。普段の振る舞いはいつも通りなのだが、栗原君のことになると急にそわそわし始めたり、かと思えば私にマシンガントークを繰り広げて来る。恋の病ってすごい。

 ……まあ、私も一応その病人なのだが。


 望の浮かれっぷりを説明すると、「猛も似たようなもんだ」とお互い苦笑し合った。



「恋の力ってすごいね」

「だな」


「……ひ、日高君は、そういう人とかいないの?」



 今、自然な流れで聞けただろうか?


 私が見ている限り、そして望の観察眼によると日高君に彼女がいるようには見えないという結論は出ているのだが、それはあくまで予想である。もしかして他校に私の知らない可愛い恋人がいるのかもしれない。


 顔を見ることが出来ずに、少々声を震わせながら勇気を振り絞ってそう尋ねる。しかし一向に返事は来ず、待ちきれなくなった私は恐る恐る顔を上げた。


 そこには、きょとん、という擬音が恐ろしく似合う表情を浮かべた彼が居た。




「日高君?」

「あ、いや悪い。そんなこと考えたことなかったから」

「え、一度も?」

「他のやつの話は色々聞くんだが、いざ自分はどうかと言われると……今までそういう感情を持った記憶はないかもしれないな」

「え、ええ……?」



 つまり初恋もまだということか?

 既に恋人が居ると言われるよりかはましかもしれないが、それでも急激に難易度が上昇した気がした。だって恋愛感情を持ったことが無い相手に好きになってもらうって、まずその気持ちがどんなものか理解してもらわないといけない訳で。



「まあしかし、無理に頑張って作るものでもないからな。いつかそういう相手も現れるだろう」

「そうなんだ……」



 いつかではなく、出来れば今であって欲しいが。それは私が努力するしかないのだろう。

 アリスの言う通りである。日高君相手に待っているだけじゃ絶対に気付かれないに違いない。







「ホタルー、フユキー、こっちに果物があるわよ!」



 気長に頑張ろう、と静かに決意を固めていると、遠くからアリスの声が聞こえた。「一緒に食べようよ!」と呼びかける方角を向くと、随分遠くに小さな光がふわふわと宙を漂っているのが見える。


 ちょうどサンドイッチも食べ終えた所だ。私達は荷物を片付けてアリスの元へ行こうと立ち上がり、そして一歩踏み出した。








 その時だった。



「あれ?」

「何だ……?」



 急に眩暈のような感覚が脳を襲った。ぐらぐらと頭が揺れるような感じがしたと思うと、刹那瞼が急激に重たくなって目が開かなくなる。


 なんだろう、これ。すごく眠い。

 お昼ご飯を食べてお腹がいっぱいになったからだろうか。……いや、そんな生易しい眠気ではない。気が付けば私は立ち上がる所かふんわりとした草の上に横になっていた。




「ホタル、フユキ!」

「今だ、捕まえろ!」



 何やら頭の上が騒がしい。それなのにまるで窓越しにその喧噪を聞いているようで、何を言っているのか聞き取れなくなっていく。


 微かに目を開けてかろうじて見えた光景は、私と同じように草の上に突っ伏す日高君の姿だった。

















「う……」



 息苦しさに目を開ける。そこでようやく今まで意識を失っていたことに気が付いた。


 ゆっくりと開かれた視界に映ったのは薄暗い部屋だった。今まで目を閉じていたからか、周囲の様子はかろうじてだが見ることが出来る。

 然程広くはない六畳ほどの部屋だが、周囲には布を被った荷物が山積みになっており圧迫感を覚える。更に窓が無いようで、換気も乏しいこの部屋は埃っぽくて呼吸がし辛かった。前方は扉だろうか、隙間から薄く線のように光が漏れているのが見える。



 そしてぼうっとしていた頭が次に理解したのは、自分とその隣の状況だった。



「日高君!」

「……っ」



 私の隣には、体を縄でぐるぐる巻きにされぐったりと座り込んだ日高君がいた。起き抜けの働かない頭がそこまでしてようやく動き出し、そして私自身も同じように縄で拘束されているという事実を今更ながら理解することになった。

 手を後ろに回されてきつく縛られており、何かに繋がれているのか立ち上がることも出来ない。



 私の呼び掛けに反応して頭を揺らした日高君はゆっくりと顔を上げ、そして自分と周囲の状況を確認するやいなや絶句した。



「……また、妖精の罠にでも掛かったか?」

「分からない。何か、あの場所で急に眠たくなって」

「俺もだ。突然意識を保っていられなくなって……気が付いたらこれだ。俺がまた咄嗟に妖精魔法を使ったのか……? いや、そんなはずは」



 そういえば、意識が落ちる少し前に誰かの声を聞いた気がした。焦るように私達の名前を呼ぶアリス、そしてそれとは別に鋭い男の声を。



「確か、捕まえろ……って言ってた気がする」

「アリスも居ないし、何かに巻き込まれたのかもしれない。……とりあえず、これを何とかするか」

「日高君?」



 そう言うやいなや彼は立ち上がった。それと同時にするりと日高君を拘束していた縄が解けて埃塗れの床に軽い音を立てて落ちる。


 ……え、どうやったの?



「縄を切るくらい、花輪を作るよりもずっと簡単だ。砂原のも切るから動くなよ」



 唖然と口を開いた私に応えるようにそう言った彼は、私を締め付ける縄にそっと触れた。ああそうか、日高君はそんなことも出来るんだった。



 彼が縄に触れた瞬間、あっという間に縄が緩み体が解放された。縛られていた部分は痛いが、動く分には支障はないだろう。むしろ今まで拘束されていた分動き回りたい気分だった。




「砂原、怪我はないか?」

「大丈夫」

「そうか、なら」



 立ち上がる私に手を貸してくれて日高君は、そのまま手を掴んだまま扉へ向かう。怖いし状況は何一つ分からないけど、このままじっとしている訳にもいかない。


 訳の分からない状況は二度目だ。1人だったらきっと縄も解けぬまま混乱して泣きじゃくっていただろう。

 今私がかろうじて平静を保っていられるのは、間違いなく彼が一緒に居てくれるからだ。




「行くぞ」



 あの時と似た、脱出劇の始まりである。







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