表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/35

第10話 異世界でデート?

 決死の思い……とまでは行かなかったが、それなりの覚悟を決めて送ったメールは非常にさらりと了承の返事が来た。それはそうだ、アリスがデートなんて言うから随分気負ってしまったが、日高君がそんな風に考えている訳がないのだから。


 栗原君曰く、日高君は恋愛事に殆ど関心がないというか、無くはないものの基本的に意識の外にあるとのことだ。栗原君が望のことを相談する時も、話はしっかりと聞いてくれるもののアドバイスなどは一切しないし、更に尋ねても彼自身の経験談なども聞いたことがないという。

 そんな相手に果たしてどう向かっていけばいいのか。今まで見つめるだけで終わっていた私には言うまでもなく荷が重い相手だった。



「もう、ホタルは難しく考えすぎるんだから。恋なんて押さないと始まらないのよ?」



 などと、とにかくぐいぐい行けというのがアリスの指導方針である。野次馬根性で助言をくれているのは分かるが、それでも彼女が関わってから少しずつ会話が出来るようになったことは、正直言って感謝していた。









 さて、妖精の国に行く日である次の土曜日となった。以前向こうの世界に行った時は長老が帰る時に魔法で時間を調整してくれたらしいが、今回は普通に向こうで過ごした時間がそのまま過ぎるという。



「そもそも、いくら次元が違うからって時間の流れをそんなに簡単に調整できる訳じゃないのよ?」



 日高君の家に行く道すがら、肩に乗ったアリスがそう言った。人通りが決して多い訳ではないが、それでも独り言を呟く可笑しな人間に思われないように、私はアリスにだけ聞こえるくらいの小声で言葉を返した。



「じゃあ前はどうして?」

「罠に掛かって結構時間が経っていたし、それに事故で向こうの世界に行ったでしょ? フユキが使ったのはちゃんとした移転魔法じゃなかったから変に時空が拗れちゃったみたいで、一度全部元に戻すのが一番楽だったらしいわ。そんな細かい調整が出来るのは長老くらいの力がないと無理だけどね」

「アリスの力はどのくらいなの?」

「私はまだ若いし、まだまだかなー」



 ……彼女は妖精の中でも結構年上だと以前聞いた気がするのだが。冗談めかした様子もなくさらりとそう告げるアリスに言葉は返さずに、私はそれから無言で日高君の家を目指した。







 一度は訪れているもののやはり緊張しながらインターホンを押すと、然程時間も掛からずに玄関の扉が開く。



「砂原、アリスおはよう」



 扉の向こうから現れた日高君は私達が来たのをあらかじめ分かっていたのか、間を開けることなくそう挨拶を口にして体を横にずらした。家の中に入るのを促すように道を開けられておずおずと玄関に足を踏み入れたものの、家の中は以前来た時よりもずっと静まり返っていた。



「フユキ、お父さんとお母さんは居ないの?」



 アリスが少し警戒するようにきょろきょろと首を動かしながら日高君にそう尋ねる。



「今日は二人とも居ないから気にしなくてもいい」

「よかったー。またあの気まずい空気が生まれるかと」

「気まずいって?」

「私がお母さんに見つかって話し掛けられて、それをお父さんが何とも言えない顔で見てる感じ」

「あー」



 そういえば日高君のお母さんはアリスが見えているんだっけと思い出す。確か以前にもそんな話を聞いた。




「そもそも、あえて居ない日を選んだんだ。部屋にいないことがばれたら困るからな」

「あ、そっか。日高君の部屋で魔法使うんだもんね」

「そういうことだ」



 まさか誰が見ているか分からない外で魔法の行使なんて出来る訳がないので日高君の家で行うことは決まっていたのだが、使う魔法はといえば妖精の国へと移動する為のものだ。当然この世界からは居なくなるわけで、家の中にいたはずなのにいつの間にか消えていたなんて知られたら困るのである。







「じゃあ早速行くわよ。準備はいい?」

「うん」

「始めてくれ」



 アリスがいつものようにステッキを取り出すと「フユキ、よく見てなさいよー」と一声掛けてからそれを大きくぶん、と振った。するとステッキの先端から目映い光が溢れ、彼女の様子を真剣に見つめていた日高君と私の周りをぐるりと取り囲むように光が伸びた。


 驚きと共にその光を目で追っていれば、気が付いた時には視界が反転するような妙な感覚と共に目の間の景色は一変していた。




「妖精の国、だ……」



 視界いっぱいに広がる光景は一度だけ見たものと同じ。全方位を埋め尽くす大自然の緑と可愛らしい小さな集落だ。温かい風は先ほどまで室内にいたなんて考えられないくらい穏やかで気持ちがいい。


 いくつも建てられている小さな家の側には何人かの妖精が楽しそうに話をしていて、本当にまた別世界に来てしまったんだなあと改めて実感した。その妖精らはすぐに私達の姿に気付いたようで、顔を綻ばせてこちらに手を振ってくれる。



「また来たのね。遊びに来たの?」

「アリスから綺麗な場所があるって聞いたんだけど……」

「ほら、森の泉のこと」

「ああ、あそこはいいよね。楽しんで来てね」



 最初に来た時とは打って変わって好意的な態度に、私はいつの間にか緊張していた肩の力が抜けた。

 だが別れ際に密かに掛けられた「頑張って」というエールには頬を引きつらせるしかなかった。



「先に長老に会いに行きましょ。フユキ達が来たことを伝えておかなきゃいけないから」

「分かった」



 そういうとアリスは羽を大きく揺らして、私達を先導するように密集している家からは少し離れた場所にある一つの家目指して羽ばたいた。恐らくそこが長老の家なのだろう、他の家よりも随分広いように見える。



「ちょーろー、フユキとホタルが来たわよ」



 いくら広いとはいえ屋根の高さは他の家と殆ど変らず、とても私達が入るのは不可能である。アリスが扉を豪快に叩きながら声を掛けるのを黙って見ていると、中からばたばたと小さな物音が聞こえ、まもなく扉は開かれた。



「まったく、少しは静かにしなさい」



 少々不機嫌な顔で現れた長老は、当たり前だがやはりアリス同様幼い子供の姿である。彼はぶつぶつと文句を呟いていたものの、その後私達の姿を捉えて「よく来たな」と機嫌を戻したのか少し笑った。




「フユキ、妖精魔法はどうじゃ。少しは上達したか?」

「……まだまだ、ですね」

「アリスの指導力不足か?」

「違うもん、私はちゃんとやってますー」

「どうだかな」



 アリスと長老の軽口の応酬はそれから少しだけ続き、目的地である泉に行くと告げると長老は「ああ」とすぐに思い至ったように頷いた。



「あそこは今の時期魔力に満たされているから魔法の練習にも打ってつけじゃ。だがあちらは人間の国とも近い、境界にうっかり踏み込まないように注意しなさい」

「はい」




 さて、長老に挨拶も済ませた所で件の泉へ向かおうと思ったのだが、私が道を尋ねようとアリスを見た時、彼女は既にステッキを取り出して先ほどこの国に来た時のように大きくそれを振っていた。



「え」

「アリス、何を」

「しゅっぱーつ!」



 軽快な声が響いた瞬間、私の体はふわりとした浮遊感に襲われた。そして驚く間も与えられず、刹那浮いていた感覚が無くなりどさりと体が地に落ちる。落ちると言っても殆ど高さはなく、更に体の下はまるでクッションのように柔らかい何かだった。




「ここは……」



 同じく目を白黒させていた日高君と辺りを見回すと、そこは一面の花畑だった。

 まるで絵画の中に落とされたかのような色彩溢れた花々と、太陽の光を受けて緑を引き立たせる木々、そしてその木々に取り囲まれるように静かに佇む小さな泉。私達はそれらの光景に思わず息を呑み、そしてお互い顔を見合わせた。




「すごく、綺麗」



 こんな景色を現実で拝める日が来るとは思わなかった。ざっと温かい風が色取り取りの花びらを巻き上げていく様は本当に綺麗で、感嘆しか出来ない。



「ね、すごくいい所でしょ?」

「ああ、これは……すごいな」



 アリスに言葉を返しながらも日高君の意識は完全に周囲に釘付けになっている。



「歩いて来ると時間が掛かるし魔法にしちゃった。ここに来るまでの森の中も綺麗なんだけど、向こうに帰る時間も考えるとあんまり長居が出来なくなっちゃうからね」

「アリス、ありがとう」

「森の中はまた今度ね」



 腕時計を見ればまだ午前十時だ。焦らずに好きなだけ過ごすことが出来るだろう。

 アリスはそう言うと花畑に埋もれるように姿を消す。ちらちらと花々の間から金色の髪が覗くものの、小さい彼女の姿はすぐに見失ってしまう。




「本当に、夢みたいな場所だなあ」

「ああ。それに長老が言っていた通り、本当に魔力に満ちているな。すごく気分が良くなる」

「日高君、魔力とかそういうの分かるんだ」

「最近は少しだけな。何となく酸素が濃かったり薄かったりするように感じるのと同じようなものかな」


「フユキー、魔法の練習もしておいてねー」



 姿は見えずともどこからともなくアリスの声がする。きっと彼女も日高君の言う魔力を浴びてご機嫌なのだろう、酷く声が弾んでいた。




「分かっている。……が、さて何からしようか」



 日高君は少し考えるように目を伏せた後、「とりあえず」と呟いて彼の目の前にある薄紫の花をいくつか摘み取り始めた。何をするのだろうかと見ていれば、日高君は摘んだ花を一つにまとめて両手に持ち、真剣な面持ちでそれらを見つめ始める。


 次の瞬間、瞬きと共にその花束はいつの間にか少しだけ不格好な花輪に変化していた。




「ええ!?」

「……一応成功か」



 ふう、と大きく深呼吸を――それこそ周囲の魔力を吸い込むようにした日高君は、成功した花輪をやや不満げにじっと見つめた。



「だが、あまり上手くは出来ないな」

「そんなことないよ! 日高君すごい」

「砂原の方が上手かっただろ? それにこんなに環境がいいんだ。もう少し上達しないと」



 自分に厳しい彼はそう言うものの、本当にすごい。アリスと最初に魔法の練習をしてからそこまで日数は経っていない。まして途中でテストも挟んだのに、最初にベールを作ろうとして白い布を生み出した時から随分成長していた。


 彼曰く、自分が作る過程を理解しているものの方がやはり成功しやすいとのことで、まずはそれを完璧にしたいのだという。




「ということは日高君、花輪の作り方知ってたんだ」

「……昔、母さんに無理やり教えられて」



 私は知らなかったので感心の意味を込めた言葉だったのだが、彼は気恥ずかしそうにそっぽを向く。



「いるか?」

「え?」

「これ。俺が持っていてもしょうがないからな。よかったら貰ってくれ」

「う、うん……ありがとう」



 魔法の成功に驚いて凝視してしまっていたのかもしれない。日高君は私の視線が花輪にあるのを見て、それを差し出して来た。正直私が持っていてもどうしようもないが、それでも日高君がくれるもの、それも花だ。受け取らないはずがなかった。


 恐る恐ると受け取った花輪は思ったよりもしっかりとしたつくりで解けることもなさそうだった。

 どうしよう、すごく嬉しい。



「……よかった、砂原が嬉しそうで」

「え」



 まるで心を読まれたかのようなタイミングに一瞬ぎくりと肩を揺らす。花輪から顔を上げて彼の方を見てみれば、何故か妙にほっとしたような表情を浮かべていた。



「改めて、ずっと謝ろうと思ってたんだ。こうやって妖精なんて普通はありえない物と関わらせて、巻き込んでしまったことを」

「それはそもそも私が発端だったんだよ? それに……私は妖精に会えて良かったと思ってる」



 日高君が関係しているからという理由も勿論ある。だけれどこうしてアリスと仲良くなって、魔法を見たりこんな美しい場所に来たり、本当に貴重な体験をしている。




「日高君、こうやって言うもの可笑しいかもしれないけど、巻き込んでくれて本当にありがとう。私、今すごく楽しい」



 少し前までただ見つめるだけで終わっていたのに、今はこんなに近くで会話が出来て、自然に笑うことが出来るようになった。毎日がすごく楽しくて堪らないのだ。




「……そうか」

「日高君は?」



 妖精と関わってどうだったのか、と聞き返してみると、彼は苦笑を浮かべながら花畑へ目を落とした。



「そうだな。……最初は妖精の血を引いてるなんて信じられなかったし、たとえそれが事実でも知らなければよかったと思ってた。だが」



 日高君は再びいくつかの花を摘み、そして手の中で一瞬にして花輪を作る。



「出来ることが増えるっていうのは嬉しいものなんだよな。学校の勉強も同じだが、魔法は本当に成果がそのまま目に見えてくる。……ほら」



 また差し出された花輪を受け取る。それは先ほど貰ったものよりも僅かに綺麗に出来ている気がするのは気の所為だろうか。




「俺も今、すごく楽しい」



 今し方の私の言葉に合わせるようにそう言った日高君は確かに穏やかに微笑んでいて、私がそれに見蕩れてしまったのは仕方がないことだった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ