準備完了です!
お昼休みになりました。
まだ半分しか終わってないけど、今日はもう疲れました。
いっぱいごめんなさいして、怒られるというより残念そうな顔をされて苦しかったというか……次はこんな失敗をしないようにしないとっ。
さておき、ご飯です。
いつものように咲ちゃんと机を合わせて、お弁当を広げます。たまにコンビニで買ったパンだったりしますが、だいたいお弁当です。逆に咲ちゃんはだいたいパンで、たまにお弁当なのですが、今日はお弁当だったみたいです。中身は見事な日の丸でした。
咲ちゃんは箸を片手に、すごい表情で日の丸を睨んでいます。
「からあげ、いる?」
「愛してる」
不思議な返事をしながら、咲ちゃんは私のお弁当に箸を伸ばしました。
「ん~おいしいありがとう! 代わりに梅干あげるねっ、メインディッシュだよ!」
「えとえと、梅干は苦手で……」
「そっかぁ……華さんなら好き嫌いなんてしないと思うけどなぁ」
「頂きまっ、ん~~~」
が、我慢しないと……。
「……あぁ助かった。ラスボス消えた」
「ラスボス?」
「ううん、こっちの話。ところで聞きたい事があるんだけど」
「なに?」
「ステージって、真帆なにやるの? 音響とかは演劇部がやる予定だよね?」
「アテレコだよ」
「あぁ、あのマイクで劇に声当てるヤツ? これぞ学園祭って感じだよね」
「そうそう。けど、私は中学校の頃はこういうの無かったから、なんだか楽しみ」
「へー。でも、なんで真帆が?」
「なんかね、三組の柳さんが、結城さんってウルトラ良い声してるよねって」
「なにそれ? どういう会話の流れ?」
「ええっとね、ウル……うる、うるる、ウルトラ良い声してるよね! こんな感じだったよ」
「あっ」
「ん?」
どういう意味の「あっ」だったんだろう。
何かおかしかったかな?
「ところで真帆、有志発表ってリハーサルとかしないの?」
「ええっと……あっ、今日の授業後に体育館で……」
「うぇ、今日か……うーん、授業中にネタが間に合えばいいけど」
「ごめんね、ほんと」
「美味しいクッキー待ってるよ。まあ、いざとなったらアドリブでどうにかしちゃうから任せて☆」
パチっとウインクしながら、私のお弁当箱から玉子をさらっていきました。
そのまま激しくもぐもぐ。
「あはは、ゆっくり食べてね」
「ん~」
ごくり。
「ん~、おいひっ。玉子焼きって、地味に料理の腕が試されるよね」
「そうなの?」
「うん。こう、甘かったり味が無かったり……あれって何が違うんだろうね」
「うーん、家で作った玉子焼きしか食べたこと無いから、よく分からない……」
ええっと、小学校の給食に出てきたことあったかな?
ひんやりしていたような……味は、どうだったかな……。
「え、これ真帆が作ったの?」
「うん。毎朝お母さんと一緒に作ってるよ」
「真帆って料理に関しては本当に優秀だよね」
「えへへ、そんなことないよー」
「ううん、本当にすごいと思うよ。そっちのハンバーグも貰っていい?」
「いいよぉ。でもこれはインスタントなんだけど……」
「最近のインスタントすごいよね……ん~、おいひっ」
咲ちゃん本当に美味しそうに食べるなぁ……あれ?
なんか、お弁当、すごい、減ってる。
「ハンバーグ!」
「わっ、どしたの突然」
「ハンバーグ! 楽しみにしてたのに!」
「えー、いいって言ったじゃん」
「言ったけど! 言ったけどぉ!」
「まあまあ、こっちも梅干あげたじゃん」
「梅干好きじゃない!」
「ごめんごめん。有志発表のアレ、ちゃんと考えるから」
「……なら、仕方ないかな」
これでお相子です。
次は許しません。
「それにしても、今日がリハかぁ……午後は授業は二つだから……間に合うかなぁ」
「ええと、授業中に考えるの?」
「うん、そうだよ」
「……じゃあじゃあ、今日は私が二人分のノートを作るね!」
「え、いいよ別に。どうせテストなんて一夜漬けだし」
「でもでも、なんか、悪いよ……」
「いいってば。ハンバーグ分くらいは頑張らせて」
「三個入りで500円だから一個160円くらいで、バイトの時給に換算したら十分くらいだよ! お釣りが出来ちゃうよ!」
「ま、真帆が計算してる……」
「とにかく悪いよ!」
「分かった分かった。じゃあ、五分考えてダメだったら諦めてアドリブで」
「……そういえば、アドリブってなに?」
「え、そこから?」
「演劇用語?」
「ええと……なんかやってみてよって言われて即興でやる事、かなぁ?」
「おー、分かりやすい」
「あはは、とにかくそんな感じ。ちゃんと合わせてね?」
「が、頑張る……」
そんなこんなで、リハーサルが終わり、翌日の準備もビックリするくらい滞りなく終わりました。
順調です。何かの前触れ、嵐の前の静けさ、そんな少しだけ意味を覚えているだけで、普段は絶対に使わない言葉が浮かんできてしまうくらいに順調です。
「でも、それが逆に不安で……大丈夫でしょうか」
「明日の事を憂いても仕方ありません。最善を尽くしたのであれば、後は待つだけです」
おお、流石華さん。言っている意味は分からなかったけど、なんだかかっこいいです!
「ところで真帆、そろそろ注文を」
「あ、ごめんなさい! 何にしましょう? というか、珍しいですね、華さんが来るの」
「いえ、少しばかり栄養が不足してしまって」
栄養? ケーキを食べに来たんじゃないのかな?
「それで、えっと、何にしましょう?」
「てんてんをひとつ」
「店長さんは商品じゃないです」
「ふふふ、冗談ですよ」
「ですよね、ビックリしました」
ふふふ、と華さんが笑っています。
ああ、やっぱりかっこいいです。
なんというか、笑い方から何まで上品で……まだまだ遠いな、華さん。
「ではあらためて。てんてんを一人」
「同じです! 変わってないです!」
「あらあら、ちゃんと変わっていますよ? ひとつから一人に」
「えとえと、店長さんは商品じゃないです」
「やぁだぁ! やだやだてんてんがいい! てんてんと触れ合いたいぃ!」
「華さん!?」
数分後。
「お忙しいところ、失礼しました」
「……いえ、その、何か悩みがあるのなら、いつでも相談してください」
華さんが落ち着いたところで、店長さんが厨房へ戻りました。
「……」
「……」
とても幸せそうな、満足そうな表情をしています。キラキラしています。
……。
「ではあらためて、ケーキをひとつ」
……うん、見なかったことにしよう。
「分かりました。少々お待ちください」
ふわふわした気持ちでケーキを取りに行く途中、出入口の鈴がなりました。
「いらっしゃいませ! ……あれ、矢野さん?」
「……ちーっす」
「矢野さん、よく来てますよね。やっぱり店長さんのケーキ」
「うっさい。今日はあんたに用があんの」
「私ですか?」
「ん。なんか、学祭あるらしいじゃん?」
「はい、明日からです!」
「うちのチビが行きたいって言ってて……入れんの?」
「はい! 三日目は一般参加なので、自由に出入り出来ます!」
「そ、りょーかい。じゃ」
「ケーキ買ってかないんですか?」
「……苺の奴、いっこ」
「はい、分かりました!」
そんなこんなで――いよいよ、明日! 学園祭です!