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友人と誤解

「終わったー」



 裏返したテストを横の人に回して一番端の学生が回収する。この講義で前期のテストは全て終了し、明日からは夏休みである。




「深雪、どうだった?」

「まあ、なんとか大丈夫だと思う」



 テストの内容は全て論述だったので大変だったが字数制限も余裕で越えていたし、内容な微妙だがまあまあだろう。筆記用具を鞄に突っ込みながら友人――茜の言葉にそう返す。


 今の講義は三限目だったのでまだ外は明るい。今日はバイトもないのでゆっくり出来るな。




「深雪は夏休み、もう予定埋まってるの?」

「……バイト、かなあ」

「寂しい子ねー」



 出来るだけ貯金を切り崩したくないので夏休みは通常のバイトに加えて短期のものも入れている。そう口にすると茜は腰に手を当てて呆れるように嘆息した。



「せっかく隣にあんなかっこいい人が住んでるのにデートもしないの?」

「……鈴木さん?」

「そうそう、あんた好きなんじゃないの?」

「別にそんなんじゃないよ」



 確かに鈴木さんはかっこいいよくて良い人だと思うし、ちょっと変わった所もあるが概ね好印象だ。

 だが忘れてはならない。やつは灯油が主食の宇宙人である。おまけにあの見た目も本物ではない。


 あれから少し話を聞いたのだが、人間の体は完全に骨格が違うもの――例えば男性と女性など――のものは着用出来ないが、割と自由にデザインすることが出来るのだという。鈴木さんの場合どうしてあの顔にしたのかと尋ねると「日本人に馴染みやすい顔」と注文したらあれが出来ました、とへらりと笑って言われた。イケメンは作られていたのである。



「私よりも、むしろ茜の方が鈴木さんに興味あると思ってたけど」



 以前の合コンでやたらと彼に食いついていたのが茜だ。あれからもちょくちょく話題に上がっていたので彼女の方こそ鈴木さんのことが好きなのだと思っていた。

 しかし私の言葉に彼女は肩を竦めて首を振る。



「顔はねー結構好みだけど、ああいうぼやーっとしてるのはタイプじゃないかな。あくまで目の保養というか。……そういえば言ってなかったっけ? 私、もう新しい彼氏出来たし」



 鈴木さんはいつもぼやっとしている訳じゃない、ストーカーから守ってくれた時なんかはとても毅然としていたし。と私が反論する前に茜はさらっとそう言い、携帯を取り出して操作し始めた。



「え? 聞いてないよ。どこの人?」

「斉藤君。ほら、深雪も行った合コンに居たでしょ? ……この人」



 見せられた画面を覗き込むと、そこには茜と彼女の彼氏らしき男性のツーショットが映っていた。……合コンに居ただろうかと考えて、三十秒ほど掛けてようやく思い出す。


 正直、一番陰が薄かった真面目そうな人だ。合コンに来ていたというヒントが無ければ全く思い出すこともなかっただろう。うっかり「え、この人?」という言葉が口から出てしまう。



「何よ、何か文句でもある訳?」

「文句って訳じゃないけど、茜の今までの彼氏を考えると意外で」

「心機一転、あえて今まで付き合ったことがない感じの人にしたの。真面目で可愛いのよ」



 中学時代からの彼女の恋愛遍歴を振り返ってみれば、かっこよくて目立つ男の子とばかり付き合っていたように思う。そもそも彼女自体が割と派手な子なので大人しい男子は近寄ってこなかったのだろう。


 あの合コンに来ていた人の中で茜と付き合う確率が一番高いのは多分山さんだろうなと思っていたので、本当に予想外だ。




「それで鈴木さんはともかく、あんた彼氏作らないの?」

「え?」

「え? じゃないわよ。高校時代に少し付き合ったくらいで全然彼氏いないじゃない。だからこそ合コンに連れて行ったのに」

「そう言われても、好きな人とか、いないし……」



 追及される目が怖くて思わず目を逸らす。何だか悪いことをしている気分になるが、別に彼氏なんていなくてもいいじゃないか。高校の時だって友人だった男子になんとなく「付き合おうか」と言われて頷いたけど、結局上手くいかなかった。



「せっかく花の女子大生っていう看板背負ってるのにもったいない。彼氏がいるのといないのとじゃ全然人生のメリハリが違うのよ。お祭りもクリスマ……何でもない。初詣もバレンタインも、とにかく一人でいるよりずっと楽しいんだから」

「……考えておく」



 やけに真剣にそう言う茜に絆されるように、私はそれだけ告げた。


















「……あれ」



 次の日、夏休み初日に私は自室でパソコンと向き合って首を傾げていた。

 昨日茜に言われたこともあり、バイトが無い日は少しどこかへ出かけてみようかなと思ったのだ。……まあ、異性を誘う気はないが。


 しかし、いざどこへ行こうかとパソコンで調べてみようと思った矢先、電源は入るものの一向にパソコンの画面が起動しない。別に調べものくらいなら携帯でも出来るが、また後期から大学が始まれば履修登録などもろもろに必要になってくる。


 前期のレポートが書き終わってからで本当に良かったと思いながら、少し時間を置いてまた電源を付けてみたのだがまったく変化はない。最近の暑さで壊れてしまったのかもしれない。



 修理に出そうかなと思ったが、私は思いついてそれよりも先に隣の家を尋ねることにした。工学部だと言っていたし、なにより種族が種族なのできっと機械類も得意だろう。









 ノートパソコンと差し入れのアイスを手に取って、私は隣のインターホンを押した。

 程なくして扉が開かれる。私は何も考えずに彼の名を呼ぼうとして、しかし言葉は途中で止まった。




「鈴木さ――」



 止まった理由は簡単だ、出てきたのが鈴木さんではなかったからである。


 彼の代わりに扉の奥から顔を出したのは、大柄な外国人だった。鈴木さんも長身だが彼はもっと高く、くすんだ金髪を短く切りそろえた彫りの深い男性である。


 思わず固まった私と、そんな私を観察するように見つめる男性。一瞬時が止まったかのように思えた。



「……あの、鈴木さんのお宅ですよね?」



 部屋を間違えた? そんなはずはないのについ尋ねてしまう。



「ああ、そうだが」

「鈴木さん、いらっしゃいませんか」

「あーあいつ、今ちょっと手が放せなくてだな……」



 日本語が通じたことにひとまず安心したが、目的の人物は出て来られないという。

 頭を掻いて気まずそうな男性は、ちらちらと部屋の奥に目をやって言葉を濁す。



「そうなんですか? じゃあ手が空いた時でいいので伝えてもらっていいで――」

「片桐さんですかー?」



 とりあえず急ぎではないので用件だけ伝えてもらおうとしたのだが、それよりも早く部屋の奥から例の呑気な声が聞こえてきた。私の声も向こうに届いていたのだろう。



「そうですけどー」

「入って来ていいですよー」


「おい、ちょっと待った!」



 鈴木さんの声に一歩踏み出した足は、玄関に立つ男性にすぐさま阻まれてしまう。彼の表情は険しく、眉間に皺を寄せているのが怖い。男性は私をその場に留めるとすぐに部屋の奥へと顔を向けた。




「いやいや、今は駄目だろう!」

「大丈夫ですって、片桐さんなんでしょう?」

「……おい、まさか知ってるのか」

「はい。脱皮中だって言えば多分分かります」



 脱皮って。つまり人間の皮を脱いでいるということだろうが、もっと他に言葉があるだろうに。


 鈴木さんとの会話を止めた男性はまじまじと先ほどよりもずっと真剣に私を見つめる。



「……入っていいんですか?」

「君、あいつがあれだって知ってるのか?」

「あれって……」



 言いたいことは分かるものの、それを口にするということは彼も鈴木さんの秘密を知っているということか?

 「一応」とこくりと頷くと、男性は成程、と納得したように表情を和らげて道を開けてくれた。


 エアコンの効いた涼しい部屋の中に入ると、鈴木さんは機械人の姿でのんびりとテレビの前に座っていた。テレビにはゲーム機が繋がれており、コントローラーは二つあるので、どうやらあの男性と二人でゲームをしていたらしい。




「また洗濯物溜めたんですか?」

「いえ、ちょっと最近気温が高いのであれを着てると暑くて仕方がないんですよ。私達、あまり暑さに強くない体質ですので」

「……機械、ですもんね」



 パソコンと同じで鈴木さんもオーバーヒートしたということか。





「……本当に、知ってるんだな」



 私に続いて部屋に入って来た男性はぽつりとそう呟き、テレビの前の床に座り込んだ。




「片桐さん、この人は私と一緒に留学してきたテオ君です」

「一緒に留学って、つまり、この人も」

「ええ。私と同じ種族です」



 先ほど彼に観察されたように、私も男性――テオさんをじろじろと思わず見つめてしまう。鈴木さんと同じ種族ということは、彼も見かけ通りの人ではないということだ。

 彼は私の視線を受けて居心地悪そうに座り直す。



「……テオだ。隣町で下宿している」

「片桐深雪です。ここの隣の部屋に住んでて、鈴木さんにはお世話になっています」

「太郎、お前人の世話とか出来たのか」

「心外ですね、私だってちょっとくらい出来ますよ。まあ片桐さんにはお世話になっている方が多いですが」



 ほやほやと笑いながら、鈴木さんは止めていたゲームを再開する。どうやらカーレースのものらしく、画面が上下で二分割されている。




「どっちがどっちですか?」

「上がテオ君で下が私です」



 ゲームは得意ではないが人がやっているのを見るのは好きだ。画面を見る限り、どうやら鈴木さんの方が勝っているらしい。というよりも鈴木さんはずっと一位を独走しており、二位から後を大きく引き離してそのままゴールした。


 テオさんも遅れて二位でゴールする。



「ここのゲームは楽しいですね。指先だけで操作しなければならないのは大変ですけど、このチープな感じがまたいい」

「……よかったな」



 楽しそうな鈴木さんとは裏腹に、テオさんはややふてくされたように呟き、そして私の方を振り返った。



「こいつ、本当にこういうことだけは得意なんだよ」

「ゲームが、ですか?」

「ゲームというより、基本的に飲み込みがいい上に手先が器用なんだ。今日初めてやった癖にもう俺の自己ベスト更新しやがった……」



 がっくりと項垂れるテオさん。それに対して鈴木さんは「もう一回やりましょう!」と張り切っており、何とも対照的な二人だ。

 鈴木さんが手先が器用なのは知っていたが、それは機械人だからだと思っていた。しかしどうやら彼個人の資質のようである。




「……ところで、君は太郎に何の用だったんだ?」

「あ」



 鈴木さんの意識をゲームから引きはがす為か、テオさんが苦し紛れに言った言葉に私は我に返る。そういえばすっかり忘れていた。



「そうそう、パソコンが壊れちゃってちょっと見てほしいな、と」

「パソコンですか? いいですよ」



 ゲームに向けていた目をあっさりとこちらに戻し、彼はテーブルの上に置いたノートパソコンに向き直る。その後ろではテオさんが素早くゲームの電源を切って片付けている姿が見えた。



「あ、そういえばアイス持ってきたんで食べて下さい」

「ありがとうございます!」

「冷凍庫に入れておきますよ」



 パソコンに集中している為声だけ返事を返した鈴木さんに、私は立ち上がって勝手知ったるキッチンに入る。バニラ味のアイスクリームを冷凍庫に詰め込んでリビングに戻ると、鈴木さんは何やらパソコンの裏の蓋を開けて何かしているようだった。



「どうですか?」

「これくらいなら、ちょっと内部を掃除すればすぐに直りますよ」



 よかった、とほっと息を吐く。修理に出すにも新しく買い直すにもそれなりのお金が掛かるので、直りそうで一安心である。


 どんどん外されていくパーツに、果たして元に戻せるだろうかとはらはらしながら見ていると、横でテオさんが立ち上がった。



「じゃあ俺はそろそろ帰るから」

「……はい、また今度」



 一拍遅れて顔を上げた鈴木さんは微笑んで右手を振った。彼の今の状態では外には出られなかったなと思い、私は鈴木さんの代わりに立ち上がって玄関まで見送る。




「何かすみません、お邪魔したみたいで」

「いや、むしろ感謝している。……正直いつ終わるかと思ってたからな」



 少し疲れたように肩を落とした彼の様子から考えると、結構前からゲームをしていたのだろう。




「……あいつのこと、よろしくな」

「え?」

「太郎が俺達のこと教えた――しかも本来の姿まで知らせたなんて驚いた。まあ、それ以上にあいつに恋人が出来たことに驚いたが」

「こ、恋人って」



 違います! と叫ぶ前に、テオさんは何もかも分かっている、とでも言いたげに微笑ましげな笑みを浮かべた。



「誤魔化さなくてもいい。俺達のことを教えるなんて相当親密な関係じゃない限りありえないからな」

「いやそれは偶然事故で――」

「ああ、偶然恋に落ちることもある。太郎のやつ、ちょっとずれてる所あるけどいいやつだからさ、見捨てないでやってくれ」



 鈴木さんは同じ機械人から見てもずれた人なのか、とちょっと場違いな感想を抱いている間に、テオさんは颯爽と玄関から去って行ってしまった。



「……えええ」



 誤解されたまま帰られてしまった。とぼとぼとリビングへと戻るとそこには真剣な表情で作業を続けている鈴木さんがいる。


 今の会話、聞かれただろうか。

 最初に私とテオさんが玄関先で話しているのは聞こえていたのだから、もしかして。



「鈴木さん」

「……」

「鈴木さん」

「……あ、すみません。集中してました」


 テオ君は帰りましたか? とパソコンから顔を上げた鈴木さんに、私は強く安堵する。



 ……もし聞かれていたら、どんな反応をしたんだろうかと頭の片隅で思った。






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