プレゼントと家族
「……」
「……」
突如鈴木さんの家から出てきた少女と見つめ合って数秒が経った。惹きつけられるような眩い容姿に目を奪われて視線を外せない私とは裏腹に、少女はじろじろと観察するように私を眺めている。
え、本当に誰?
鈴木さんに私が知らない友人がいても何も可笑しくはないし、ましてや彼はモテるのでこんなに可愛い子と知り合いということもあるだろう。
しかし好きな人の家から知らない女の子が出てきたら、それは動揺する。それが自分よりも遥かに綺麗な子なら尚更だ。
「……」
「あなたが、深雪さん?」
この妙に緊迫した状況をどうしたものかと思考を巡らせていると、ずっと黙っていた目の前の少女がようやく口を開く。見た目の可愛らしさとは対照的に、意外にも落ち着いた声色だ。
「そ、そうですけど」
「やっぱり!」
少々どもりながらも答えた私を直後に襲ったのは、少女の抱擁だった。
「会いたかったわ!」
「え、えええ……?」
一体何がどうなっているのだ。名前を知っていたということは恐らく鈴木さんから聞いたのだと思うけど、どう話せば初対面の女の子に会いたかったと抱きつかれることになるんだ。
ぎゅう、と想像以上の強さで抱きしめられ、あれ、これむしろ絞殺されそうになっていないかと思った所でようやく部屋の中から鈴木さんがひょっこりと顔を出した。
彼は私と彼女の姿を交互に見て、珍しくため息を吐く。
「全然上がって来ないと思ったら……深雪さんが困っていますよ」
「だって地球人の女の子って久しぶりで、それに柔らかいし」
「地球人って……」
最初に彼女を見た時とは別の嫌な予感がする。いや地球人なんてわざわざ単語を使った所を見れば予感などではないだろう。こちらへやって来た鈴木さんは私と少女を引き離して家の中に入れる。
「あの鈴木さん、この子は……」
「ああ……その、ですね」
新年早々珍しい表情ばかり見るなあ。少し口籠った彼は疲れた様子で靴を脱ぐ少女へ視線を向けた。
「私の……母です」
「という訳で、いただきまーす!」
温かい暖房が入った部屋でローテーブルに並べられたおせち。それらを四人で取り囲み、私達は食事にとりかかった。
そう、四人である。
私と鈴木さん、そして先ほどの少女――信じられないが彼の母親、そして落ち着いた様子の三十代くらいの男性。何となく察していたが彼は鈴木さんの父親だという。
「伊達巻き美味しい! こっちの黒豆も最高だわ!」
はくはくと瞬く間にあちらこちらへ箸を伸ばす少女を見ていると、確かに鈴木さんの血を感じる。彼女とは対照的に男性はゆったりと蒲鉾を噛み締めて朗らかな笑みを浮かべており、こちらは普段ののんびりした鈴木さんの雰囲気に似てるなと思った。
作った料理を褒められるのも美味しそうに食べられるのもとても嬉しいのだが、しかし私はどうしてこの家族団欒に紛れ込んでいるのだろうという疑問でいっぱいになっており気も漫ろになっていた。
少しだけ鈴木さんの方へ寄ると、私は声を落として彼の名前を呼んだ。
「あの……私、とても場違いだと思うんですけど」
こっそりとそう告げると、彼は母親と同じくらいのスピードで動いていた箸を止め、にこりと微笑む。
「プレゼントです」
「ん?」
「クリスマスに言いましたよね、私が家族をあげると」
「お義母さんって呼んでね、我が娘!」
彼の言葉に茫然と沈黙していると、鈴木さんの声を聞きつけたのか口いっぱいにおせちを含みながら少女がそう声を上げた。その顔がなんだか夢の中で見た鈴木さんと被るなあ、と頭の冷静な部分でどうでもいいことを考える。
確かに、クリスマスに言われた。家族をあげる、と。
しかしだからと言って両親を連れて来てプレゼントされるなんて誰が思うんだ。鈴木さんが分からない。
ちなみに急におせちを作り出したのも、お母さんが食べたいとリクエストしたからだそうだ。
「太郎が本当に地球人の女の子捕まえるとは思ってなかったけど、万々歳ね。しかも料理上手!」
にこにこと表情を変えない彼の思考は不明だが、しかし彼の母親が続けた言葉を聞く限り、何か盛大に会話が食い違っているようにしか思えない。そしてその料理の功労者は間違いなく貴方の息子さんの方です。
楽しそうなお母さんに対して、父親である男性は「太郎、よかったなあ」ととてものほほんと湯呑を片手に微笑む。
「あ、あのちょっと誤解で……」
「もう、照れなくていいのよ。深雪ちゃん、うちの子をよろしくね」
照れ隠しだと勘違いされてしまったのか、分かってると言わんばかりに意味深に微笑まれる。鈴木さん、本当に両親に私のことなんて話したんだろうか。
助けを求めるようにちらりと彼に視線を送るが、しかし鈴木さんはその視線をしっかりと受け止めた上で、両親のようににこにこと笑って何も言わない。
誤解されているって分かってないはずがないのに、それなのに否定しない彼の意図を測りかねる。いや、心の中ではそうだったらいいな、という希望的観測が過ぎる。否定をしないのは、それが鈴木さんにとって私との関係を勘違いされるのが嫌なことではないのでは、と。
その後、おせちを食べ終えると(何日も掛けて作ったのが僅か数時間で空っぽになってしまった)私達は神社へ初詣に向かうことになった。県内でもそこそこ有名な神社が徒歩で行ける距離にあるのでそこに行くのだが、駅の周辺に近付くと人がぐっと増えてまだ神社に辿り着いていないのに人混みに揉まれるようになってしまった。
それでも活気づいて屋台も出ている通りを歩くのは楽しい。鈴木さんのお母さんも見た目通りのはしゃぎ様でお父さんの服を掴み、あれやこれやと話しかけている。傍から見れば夫婦ではなく間違いなく親子である。
ちなみに、話を聞くと鈴木さんもお母さんのあの姿を見るのは初めてだったそうだ。彼の惑星でもお洒落や仮装――地球の感覚で言えばコスプレだそうだ――で地球人の恰好をする人もいるらしいが、お母さんは今回地球を訪れる為にわざわざあの姿を発注したという。
よりにもよって何でそんな姿にしたんだ、とたこ焼きを強請る彼女を見て、鈴木さんが疲れた様子で息を吐いた。
「よう、太郎」
そんな鈴木さんを慰める為に買ったクレープを差し出していると、彼の肩に大きな手がぽんと置かれる。二人してその手の元を辿ると、テオさんがにか、と笑っているではないか。
「テオさん、明けましておめでとうございます」
「ああ、おめでとう。片桐も一緒だったのか、この間振りだな」
最初にぬいぐるみを貰ってからも、テオさんとはたまに会っている。大体ぬいぐるみ回収係りを請け負っており、私の部屋にはその度に棚に並ぶコレクションが増えている。それに私の気持ちを知っているテオさんは色々と鈴木さんの話をしてくれるのでとてもいい人である。
この間? と首を傾げている鈴木さんに事情を説明すると「ああ成程」とぽんと手を叩く。
「だから最近深雪さんの部屋にぬいぐるみの一角が出来てたんですね」
「深雪って……」
そういえばテオさんに最後に会ったのはクリスマス前だったので名前で呼ばれている所には遭遇していなかっただろう。
テオさんはちらりと私を見ると鈴木さんに聞こえないくらいの小さな声で「良かったな」と言い、頭に手を置く。応援されているのは嬉しいけど、子供扱いされている感じが否めない。身長の差的に置きやすいだけかもしれないが。
「太郎、お友達?」
そこへ無事にたこ焼きを買い終えた鈴木さんの両親が戻って来る。テオさんを見て首を傾げているが、向こうに居た時からの知り合いではなかったのだろうか。
そういえば彼の名前、地球人ではないので偽名なのかなと以前から思っていたのだが、鈴木さんの両親もテオさんも全く淀みなく彼の名前を呼んでいる。本名だったのかもしれない。
「母さん、テオ君ですよ」
「……はあ!? 母さんって、おばさんですか!?」
「何だテオ君だったの。こんな若い子捕まえておばさんとは失礼ねー」
そうか、鈴木さんがお母さんの容姿に戸惑ったように、テオさんの人間時の姿は向こうでは見たことがなかったということか。
「ちょっと、いや大分無理している気が……」
「似合ってるからいいじゃないの。ねえあなた」
「ああ、綺麗だぞ」
「この万年新婚夫婦は……」
「いつものことです」
お母さんがくるりとお父さんを振り返ると、彼はにこにこと何の恥ずかしげもなく言葉を口にした。それに対して鈴木さんとテオさんは少々気疲れしたように肩を落とす。
「そういえば太郎の顔を見た時も思ったけど、テオ君も男前になったわねえ」
「はあ」
「でも、いつまで深雪ちゃんの頭に手を置いているのかしら。うちの子に許可を取ってからにしてほしいわねえ」
「え? あ、ああすみません」
ずい、と詰め寄られるようにして頭に置かれた手を外されたテオさんはお母さんに謝った後、何か言いたげに私を見下ろした。テオさんのことはそんなに知っている訳ではないけど、今彼が何を言いたいのかは分かる。分かるが、私に聞かれても困る。何かいきなり親公認みたいな空気になっているが、そもそも私と鈴木さんの関係は一切変わっていないのである。
そうして私は人混みの中、地球にいるはずなのに宇宙人に四方を囲まれるという妙な状況に陥りながら参拝をしたのだった。
こんな日常が続いてほしい、無理だと分かっていても神前でそう願いながら。