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年越しと謎の少女

「深雪さん、砂糖とってくれませんか」

「はい、どうぞ」



 決して広いとは言えないアパートのキッチンに二人で立つことは珍しくない。しかし、今作っているのは今まで作ってきた簡単なものとは随分とレベルが違う。


 今日は12月31日、私達はおせちを作っていた。




 鈴木さんの前で大いに取り乱しみっともない姿を見せてしまったクリスマス。あれから何があったのかというと……これと言って何もない。いつの間にか寝てしまったのか気が付いたら次の日の朝になっており、我が家で当たり前のように朝食を作っていた鈴木さんが爽やかに「おはようございます」とハムエッグを差し出して来たのである。


 その場は流されてそのまま一緒に朝食を食べて彼は帰ったのだが、それから昨晩の出来事が鮮明に脳内で再生されて私はそれはもう悶えた。確かに一年で一番弱っていた日だった、それは仕方がない。しかしだからと言ってあんな風に鈴木さんに八つ当たりして縋って……一緒に居るという言葉通り、彼は自分の部屋に戻らなかったのだろう、本当に迷惑を掛けてしまった。


 おまけに何だかとんでもないことを言われたような気がする。冷静になると次にどんな顔をして彼に会えばいいのか分からず頭を抱える。大学はもう休みに入ったので通学で鉢合わせることはないが、それだけ家にいる時間が長くなる訳で。そもそも彼とは今まで二日に一度は顔を合わせていたのだ、次に彼がうちのインターホンを押すのも時間の問題である。




 次に聞き慣れたインターホンと「深雪さーん」と名前を呼ばれたのは、その日の夕方だった。予想よりも更に早い訪問に驚きつつ、彼の呼び方で昨日の記憶が蘇り心臓が跳ねる。

 駄目だ、緊張してドキドキしてしまえば機械人の彼はすぐに見抜いてしまう。一度深呼吸して気持ちを落ち着かせてから扉を開けると、そこには何故か大量に食材を買い込んだ鈴木さんが立っていた。



「深雪さん、おせち作りましょう」










 ……一体どんな流れでそんなことになったのかは分からない。しかし結局私は彼に押されるようにして大晦日の今日もキッチンに立って初めてのおせちを作っているのであった。我ながら鈴木さんにはとことん流されている気がする。


 そんなに凝ったものを作る訳ではないが、それにしたって二人ともおせち作りは初めてで、おまけに彼が買ってきた食材は二人で食べるには随分と多かった。鈴木さんがエネルギーを補う為に普通の人よりも多く食べるのは理解しているがそれでも多い。数日前から鈴木さんが意気揚々と見せて来たレシピ本に頼って何とか試行錯誤を繰り返し、どうにか作り終えそうである。





 残りは彼に任せて、私は蕎麦を茹でることにした。


 沸騰した鍋に麺を投入しながら、私は重箱に作ったおせちを詰めている鈴木さんの横顔をこっそりと眺めた。相変わらずかっこいい。しかし私はきっと彼が脱皮していても同じことを考えるのだろう、そう考えて溜息が出た。



 正直言って、よく分からない人だ。今どうして一緒におせちを作っているのかも分からないが、何より彼自身謎なことが多すぎる。機械人の生態的な謎は勿論のこと、基本的に食事の時以外は鈴木さんが何を考えているのか分からないのである。

 例えば、私のことをどう思っているのだろう、とか。


 こんな風に部屋に入れてくれたり看病してくれたり、嫌われてはいないだろうとは思う。いつもほわほわとしていて、鈴木さんの負の感情なんてそれこそストーカーに対してしか見たことがないので絶対とは言えないが。

 あの時好きだって言われたのだって、本当にそういう意味で言ったのかすら定かではない。



 そもそも当初の私がそうだったように、地球人と機械人では恋愛対象外である可能性はある。だから私のような人間にもほいほい優しくするのかもしれない、異性だと到底考えていないのだから。

 しかしそれが普通だ。機械人と分かっていて好きになってしまった私の方が異端なのである。





「……深雪さん」

「はい?」

「蕎麦、茹で過ぎでは?」



 ぼう、と意識を遠くにやっていたので気が付かなかったが、彼の言葉でようやく我に返った。見れば随分水分を吸ってしまった麺が鍋の中を泳いでおり慌てて火から下ろす。


 ……食べられないほどではないが、あまり美味しそうではない。隣に力作の伊達巻があるので余計にそう思う。



「すみません、作り直します」



 余分の蕎麦は買ってきていない。しかしただ茹でるだけの蕎麦とはいえ、好きな相手に食べてもらうのならばできるだけ美味しいものを出したい。それくらいの乙女心はあったりするのだ。


 スーパーの閉店時間は何時だったかと考えたところで、鈴木さんがざるの中の蕎麦を覗き込んで一本口にする。



「これなら作り直さなくても大丈夫ですよ、美味しい」

「でも」

「もう暗いし、外に出るのは危ないですよ」



 鈴木さんはにこりと笑って私を止めると、さっさと蕎麦の汁を用意してリビングへ運んで行ってしまった。別に彼の笑顔に見とれて動きが止まったわけではない、決して。






 定番の歌番組を眺めながらちらちらと鈴木さんの食べる姿を窺う。やはり少し粘り気が出ていて微妙な味になっているのに関わらず、彼の食べるスピードは落ちない。


 私が見ているのに気付いたのか唐突に鈴木さんが顔を上げた。ばちっと音を立てそうなくらいしっかりと目が会い動揺している私とは対照的に、彼は全くいつも通り平然としていて安心したような残念なような。



「さっきからどうかしましたか?」

「い、いえ……やっぱり美味しくないかな、と」



 自分で食べて実際にそう思うのだ、気を使って食べているのではないかと不安になりそう言うと、鈴木さんはきょとんと目を瞬かせた後、持っていたどんぶりを傾けてこちらに見せてきた。

 少し汁が残っているだけでもうすっかり完食してしまっていた。



「御馳走様です。深雪さんが作ってくれたものなら何でも美味しく感じますよ」

「へ?」



 あまりにも予想外の言葉が飛び出してきて間抜けな声が漏れる。数秒思考がストップし固まった私をにこにこと眺める鈴木さんは何事もなかったかのようにテレビに視線を戻し、演歌に耳を傾けた。



 何か、この前から鈴木さんちょっと可笑しくないか。


 ようやく冷静になってきた頭にそんな考えが過ぎる。クリスマスに相当弱っていたので優しくしないと死んでしまうとでも思われているのかもしれない。

 顔の熱が元に戻るまでどうか演歌が続いてくれないかと願う。そうすれば鈴木さんに見られることはないから。

















 夕飯の片付けを終えおせちも全て重箱に詰め終えた。しかし何となく帰るタイミングを逃してそのままリビングでのんびりしてしまっている。一人暮らしの男の人の部屋だということ忘れるくらい、ここは居心地がいい。勿論鈴木さんのことは意識しているが、それとこれとは別なのである。好きな人の隣にいるというのになんだこの安心感は。



「深雪さん、明日初詣行きますか?」

「一応行こうと思ってましたけど」

「何時からがいいですかね。ちょっとゆっくりしてからの方が……」



 どうやら一緒に行くことは確定しているようだ。嬉しいけど、なんか突然すぎて色々と追いついてこないのが実際の所だ。

 と、頭を悩ませていた鈴木さんがあ、と何かを思い出したかのように顔を上げて私を見た。



「そうそう、深雪さん。プレゼントがあるんです」

「プレゼント?」



 そう言うものの、鈴木さんが何かを持っているわけでも取りに行く様子もない。どういうことだろうかと首を傾げていると「今日はまだ渡せませんが」と言葉が続いた。



「明日、楽しみにしていてくださいね」



 楽しみにしてというが、今の彼自身が実に楽しそうな表情を浮かべており一体どんなプレゼントなのだろうかと不思議に思った。







 その日は年明けまで彼の部屋で過ごし、互いに「明けましておめでとうございます」と言葉を交わしてから隣の自宅へ戻った。

 こんな風に好きな人と年明けなんてしたことなかったなあ、と感慨に耽りながらちょっと幸せな気持ちで布団に潜る。


 このまま、こんな日々が続いたら。薄れていく意識の中でそれだけが頭を巡っていた。

















 次の日、私は何とも微妙な気持ちで目覚めた。理由は簡単である。昨日作り終えたおせちを一口も食べる前に鈴木さんに全部食べられる夢を見たのだ。


 新年から鈴木さんの夢を見ることができたのは嬉しいっちゃあ嬉しいが、ハムスターのように頬を膨らませて「食べちゃいました」と憎らしいくらいの笑顔を作った鈴木さんを思い出すとちょっと怒りが湧いてくる。

 所詮夢だ、いくら鈴木さんでもあの量のおせちを全て食べることはないだろう。そう思うのだが若干不安になった私はさっさと洗濯をして身支度を整えると、隣の家に向かう。




「鈴木さーん」



 インターホンを鳴らしながら呼びかける。別に声を掛ける必要はないのだが、何となく鈴木さんがいつもドア越しに呼ぶので移ってしまったようだ。


 然程時間も掛けずに扉が開かれ、へらへらと気の抜けた笑顔が拝めると思っていた。いや、いつもそうなのでそんなこと自体考えもしていなかった。



 それなのに開かれた扉の先に、彼はいなかった。

 鈴木さんはいない。それなのにドアが開いたのは、つまり他の人間がいたからだ。



「……え?」



 いつもの彼を見上げていた位置から視線をどんどん下げる。すると私と同じ目線の高さでそれは止まることになった。



 長い黒髪、ぱっちりとした目、透き通った白い肌。私よりも少し年下だろうか、見惚れるような美少女がこちらを見ていた。






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