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25歳 「タイムカプセル」

 タイムカプセルを開ける同窓会の報せが届いたとき、私は部屋で短くなった煙草を、噛むようにふかしていた。遠くで鬱陶しい祭囃子の音が聞こえる。三か月ほど前、派遣の仕事を切られて生活が苦しいほどに追い詰められているというのに、やめられない悪い習慣だった。

 小学生の時に埋めたタイプカプセルを、今になって開けようという誘いだ。地元を出てずいぶん経つため、実家に届いたものがこちらに転送されていた。タイムカプセル、なんてその言葉自体、チープで軽くて、どこか希望じみたものが込められていて、気分が悪くなった。 

 どこかで、同窓会の参加者が年々どの地域も減少している……若者の同窓会離れ、原因は不景気、地元を離れた人が多い事、人口減少、多忙化……そんな感じのニュースを見た気がするので、私もその若者の一人に乗じてみようと思った。第一、お金がないのは事実だもの。

 欠席に返事すること自体、けだるくて億劫だった。このまま何の便りも送らなかったら、そのうち察してくれるだろう。ああ、だけど、でも。

 タイムカプセル、という、胸糞悪い言葉をもう一度口の中で転がして噛みしめてみた。

 ああ、だけど、でも。埋めたんだよなあ。十ウン年前の、何も考えていない自分が埋めたタイムカプセルを、中途半端な付き合いの連中が私の代わりに開けるのか。公開処刑のように読みまわすのかもしれない。別に、これから一生会うことはないであろう人たちが読んでも、私の人生には何の支障もないのだけれど。

 もう全く思い出せないが、私はどんなことを書くような子どもだったのだろう。目を閉じて、思いのほか記憶がすぐに蘇らなくて、駅の喫煙室みたいに煙が充満する部屋で力いっぱい目を閉じて、思い出そうとした。

 わからないけれど、今より明るくて、楽しくて、それこそタイムカプセルなんて埋めようと思う気がするくらい、希望にあふれた時代だったんだと思うと、気分がより悪くなった。そして、記憶のどこかで封印している、おさない頃の理不尽さや悲しみがよみがえって、余計に気が滅入ってしまいそうで、だからそれ以上考えるのはやめた。

 

 同じようにくすぶって過ごして、さらに一か月ほど。煙草はとうに、やめた。求人サイトを見ては、開いて三秒ほどで閉じる生活をしていた。

 某日。封筒が届いた。差出人は同窓会の報せと同じだった。開けると、そこにはさらに小さな、そしてとてもかわいらしい絵柄の手紙が入っていた。そこに描かれているキャラクターに、なんだか見覚えがあった。

『タイムカプセルの中身を、同窓会を欠席した本人に送ります』というような旨の簡単な文書が入っていた。開けられた形跡はなくて、なんだかかつての同級生たちに失礼なことを考えてしまったなと少しだけ苦い気持ちになった。けれどそれよりも、意識のほとんどはその手紙に集中していた。

 開かずに捨ててしまおうか、と思った。青臭い内容の手紙を、誰が好き好んで読むだろうか。何より当時の私が思う理想の大人像なんてものが書いてあったら、今の私はもう死んでしまいたくなる。

 けれど、私の中には、抑えがたい好奇心があったことも事実だった。深く呼吸をしながら、勢いに任せてその手紙を開いた。それはあまりにも、予想外にもあっけない内容だった。


『未来のわたしへ


 おつかれさまです。


 大田ユイ』


 そんなメモ用紙みたいな手紙と共に、たぶん河原か校庭のどこかで拾ったらしい、形の整った青い石ころが入っていた。本当に、ただそれだけだった。私はしばらく、それだけの内容の文面をひたすら見ていた。昔流行った色の薄いペンで何か隠されたことが書いてないかと、光に当てたり表裏くるくる回したりして、ただひたすらにその手紙を見ていた。そして、徐々に理解が深まると、私は何か月かぶりに声を出して笑った。

 私が私以外であるわけがない。当時の私も今のように陰鬱で、屈折していて、何も満たされていなくて、ただただ時間が過ぎて大人になり、やがて老いて死ぬのを待つような子供だった。自分がタイムカプセルなんてものを書くなんて馬鹿馬鹿しいことだと思ったし、そして将来同窓会になんて出ない人間に育つことを、子どもの頃の私は気づいていた。だから、自分が欠席して誰かに読まれてもいいよう、こんな単調でつまらない一言で終わらせたのだ。まるで、自分を客観的に見ているように。ひねくれた、可愛げのないガキだ。私は私でしか、いられないのに!

そして今の私も退屈に過ごしていた子供の頃のように、どこかで自分を変わらせてくれるきっかけを探していた。何も変わっていない。おそろしいほどに、何も変わっていない。

それが、少しくやしかった。

私は、手紙を細切れにちぎってゴミ箱に投げ込むと、何か月ぶり、いや何年ぶりかにカーテンと窓を開けた。久々に浴びる朝日が、自分に不似合いないほど眩しかった。私は手紙に入っていたつまらない石をとりあえず力いっぱい握りしめて、外に出る支度をした。

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