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20歳 「LOST ME」

Yui 2003/07/25 10:31

今日終業式でした。明日から、夏休みです。


LOST 2649/07/25 10:32

で、なんでそんな時間に書き込んでるの


Yui 2003/07/25 10:35

お互いさまでしょー

てかあいかわらず、LOSTさんの時計バグってるね


LOST 2649/07/25 10:41

サーバーが悪いのかな

夏休みの予定は?また引きこもり?


Yui 2003/07/25 10:50

そうしたかったけど、うちに未来留学生がくるんだって


LOST 2649/07/25 10:51

Yuiの家が選ばれたんだね

おめでとう?


Yui 2003/07/25 10:55

でも知らない人と一緒に暮らすなんて違和感ありまくり


LOST 2649/07/25 10:56

国民の義務みたいなもんだ、命じられたら断れないよ。


Yui 2003/07/25 10:59

そうなの?知らなかった。

てっきりわたしがあまりにも引きこもってるから、あえて断らないのかと思った。


LOST 2649/07/25 11:01

たかだか一週間我慢するだけで謝礼も出るしね。

それに相手は他人じゃないよ。自分の未来の子孫だからね


Yui 2003/07/25 11:03

知らなかった。っていうか、わたし、こどもできるんだ。


LOST 2649/07/25 11:05

まあ未来留学生預かり先に選ばれるということは、自分の子孫がいると保証されたみたいなもんだからね。


Yui 2003/07/25 11:06

くわしいんだね。


Yui 2003/07/25 11:08

とりあえず、この一週間あまりLOSTさんと話せなくなるかも


LOST 2649/07/25 11:11

わかってるよ。っていうか、留学生来てる時もパソコンにかじりつくなよ。


Yui 2003/07/25 11:13

がんばる。





 未来留学生、というのは。

 どうやら遥か未来にはタイムマシンというものが存在していて、そして未来人たちは今わたしたちが暮らしている世界に「勉強」をしにくるらしい。

 最初は偵察という名前だったが、もう偵察され尽くしたのか今では未来の学生たちがこの世界のことを勉強しに来る。いわゆる自由研究のような気軽さで。

 よくわからないけれど、この件に関しては嫌というほど世界中で話し合い、現代では手に入らない貴重な金属や食料を与えてもらう、という取引により成立した。技術や知識を分け与えてもらうという案も出たが、それは未来が大きく変わってしまうということであっちが……なんていうのかな、未来側? が拒否したんだって。ここ数日でお父さんが何度も何度も説明してきたので、歴史が苦手なわたしでも頭に入った。

 それで、未来留学生の受け入れ先として我が家が選ばれたと。別に我が家が特別裕福だとか権力があるとか、そういうわけじゃない。クラスの人でも半分くらいが今まで未来留学生を受け入れたことがある。家族に病人がいるとかすごく貧乏とかじゃないと断れないんだ。

 それに、お父さんもお母さんも通知が来た時、ちょっと嬉しそうだった。たぶんわたしに……友だちができるって思ったんじゃないかな。うちの家に来る留学生は、わたしと同じ小学5年生だって。

 夏休みの最初の一週間を他人に気遣いながら過ごすなんて嫌だったけど、かと言って潰されて困る予定があるわけじゃない。お父さんもお母さんも仕事ばかりだし、わたしも、両親に心配されるほどだから。海や山に行くような友だちがいるわけじゃないし。

 とにかく、憂鬱だ。知らない人が、家にくる。最悪だ。急に田舎のおばあちゃんが懐かしくなってきた。去年、父方のおばあちゃんの家に夏休みの間滞在した。パソコンがないというだけで発狂しそうだったし、それにお風呂のお湯は使いすぎるとでなくなるし、蚊が嫌ってほど出て体中ボコボコ刺されたし、クーラーもなかったし……けれど今年こそお邪魔したい、と思った。

 それでも、お父さんやお母さんはやっぱり楽しみみたいだ。わたしに妹や弟をつくってあげられなかったけど、これで賑やかになるねって。別にわたしは一人っ子が不満だと思ったことはないけどなぁ。


「これだよ、洒落てるだろう」


 そう言ってお父さんが包からおそるおそる開いた。まるでその小さな包に人間か時限爆弾が入ってるとでも言いたげに。

 そこには、宝石のような鮮やかな石が入っていた。大きさはわたしの手のひらくらい。紫と青が入り混じりグラデーションをなしている。

 これが転送装置だというのだ。

 未来の人が送ってきたものらしい。時間になると、そこから――信じられないと思うけど、人間が現れるんだって。

 実際そうだと言われてもピンとこない。第一もしこれを包から取り出すのを忘れ、ポストの中だったらどうなるんだろう? 出てきた人がポストサイズになっちゃうとか? そんな妄想をして、馬鹿みたいだな、と自分がいやになった。


 お父さんもお母さんもなんだか複雑な、緊張してるような期待してるような不安そうな表情で石を見つめているから、わたしもなんだかどきどきしていた。

 そして、時計の針が12時を指した瞬間、石が本当に光り始めた。

 その光がどんどん大きくなり、人の形になっていく。

 学校に行ってた頃、確かクラスの男子がそんなこと言ってた気がした。石が光って、人間が出てきたって。


 それ以上に驚いたことがある。


 誰よりも先に声を出したのはわたしだ。思わず、「えっ」と言ってしまった。

 確か未来留学生は、自分の先祖の家に訪れるという。つまりは血縁者というわけで。

 だからといって、こんなにも似るものだろうか。

 現れたのは、わたしそっくりの女の子だった。

 そっくりなんてものじゃない。鏡が現れたと思えたくらいに。

 相手も、わたしの姿を見て大きく目を見開いた。


「えっ、あたし!?」


 声までそっくりでちょっと気持ちが悪い。唯一違うのは、わたしは髪を長ったらしく伸ばしているが、その子がショートカットだということくらい。そうじゃなければ違いがつかない。


「うそ!? 何これ! 信じらんない!」


 その子は、わたしに顔を近づけると珍しい動物でも見つけたようにじろじろ遠慮なしに眺めてきた。わたしは恐縮するしかない。

 お父さんもお母さんも呆気にとられているようだし。


「あっ、初めまして! 2649年から送られてきた、大田ユイと申します! 未来留学生32期生になります!」


 その子はわたしの声でハキハキと元気よく挨拶した。っていうか、名前も同じって。せめて先祖と名前がかぶってないかどうかくらい確認してから名づけてほしかった。


「よろしく、ユイちゃん。よく来てくれたね」


 それでも両親は快く彼女を歓迎した。お父さんは、ついこの間までうっとうしいから髪を切れとうるさかったのに、今では「ユイが髪伸ばしてるから、見分けがついていいな」と言っているし。


「でもびっくりしちゃった! 先祖って多少は自分と似てるって聞いてたけど、瓜二つだなんて!」


 彼女はわたしの手を握ろうとした。握手しよう、ということだろう。未来でもそんな古典的な挨拶をするのか。失礼だとわかっていても、わたしはその手を握れなかった。

 けれど彼女は「ん?」と不思議そうに首をかしげたけど、すぐにわたしの両親に握手を求めた。そして規則だとか、学習内容だとかそんなことを話している間に、わたしは部屋に戻った。



Yui 2003/07/26 12:15

信じらんない。未来留学生きた。



 LOSTさんから返事はこなかった。

 それでもいい。とりあえず今この気持ちをどこかに吐き出さないとおかしくなってしまいそうだ。



Yui 2003/07/26 12:17

信じられないのは留学生がきたことじゃなくて、その子が気持ち悪いくらいわたしにそっくりだったこと。まじで気持ち悪い。声まで一緒。気持ち悪い。やばい。



「ユイちゃん?」


 部屋の扉を勝手に開けられて、飛び上がるほど驚いた。本能的にパソコンを強制終了してしまう。

 振り返ると、彼女がいた。


「何、何、何、っていうか、人の部屋勝手に入んないでよ、何」


 言葉がどもりまくって恥ずかしかったが必死に怒りを伝えようとする。彼女もあまりの剣幕に驚いていた。


「いや、ユイちゃんのお母さんが……あれ?わたしにとってもお母さん、っていうかひいひいひいおばーちゃんくらいになるのかな?ひいひいひい……」


 自分でそう言って何がおかしいのかくすくす笑い出す。わたしは全然おかしくない。


「とにかく、お母さんがこの部屋で生活しろって」

「はあ!?」


 何それ、信じられない。急いで下に駆け下り、お母さんに怒鳴った。誰かに怒るなんて何ヶ月ぶりかわからない。

 それでも、お母さんは「だって客室らしい客室は物置だし。ユイちゃんの部屋余裕あるしいいでしょ?」だって。

 何それ、何それ、何それ!


「嫌だよ! 知らない人が泊まるとか意味わかんないよ!」


 明らかにわたしのわがままだというのに、お母さんは言い返さず困ったようにお父さんと顔を見合わせる。

 すると降りてきた彼女も、「あの……」と気まずそうに声を出した。

 今のわたしの言葉、聞いていただろうか。いや、これだけ大きな声出せば普通聞こえてるか。失礼なことを言ってしまったことを恥じる前に、彼女は言った。


「あの、あたし物置でもだいじょーぶですので!レポートには、その、寝床の心地って項目あるんだけど、そこがうまく書けなくなっちゃうだけで……」





LOST 2649/07/26 12:30

その子はYuiを変えてくれるかもしれないよ。





  言い忘れてたけど、LOSTさんはわたしの友だち。ネットの世界で、だけど。落ち着いた感じが話しやすくて、なんでも言えてしまう。

 LOSTさんは何故かカレンダーがバグっていて2649年からの書き込みになっている。彼女が住んでいる世界と同じ時間で、ドキッとしてしまったけれど、LOSTさんはどう考えても大人だ。仕事が暇なときにメールの返事を書いているらしいし。

 両親だってLOSTさんだって同じことを願っていたけれど、わたしには他人の介入を許せるほどまだ大人にはなりきれてなかった。

 彼女が似ているのは、見た目だけ。未来の服、というか彼女の学校の制服は現代と違ってとても変わっている。真っ白で分厚そうなのに、触れるとなめらかでとても軽い。そこに刺繍で模様が刻まれていて、その模様が校章替わりなんだって。

 そしてリストバンド。これは制服の一部ではなく、彼女のおしゃれ。鮮やかなエメラルドグリーンのそれは、彼女の白い腕によく似合っていた。なんだかこう書くと、自分の容姿をほめているみたいで嫌だな。

 彼女は社交的で、わたしの両親ともすぐに馴染んだ。ほんと、見た目しか似ていない。

 結局わたしの部屋で寝ることになったけど、わたしのやることを邪魔することはなかった。

 おやすみ、を言ってからもわたしはなかなか寝付けない。すぐそこに知らない人が布団を敷いて寝ている。ベッドの上のわたしは何度も寝返りを打った。気持ちが悪い、と思った。

 誰かと空気を共有してる。例え遠いわたしの子孫だとして、血縁があるとしても血のつながりが薄すぎる。第一彼女は明るくて表情がコロコロ変わるが、その顔が自分とそっくりなのが不気味すぎる。


「あたし、なんだかお邪魔だったかな?」


 暗闇に、彼女の声が響いた。

 どういう意味なのか、すぐにはつかめなかった。返事だって、本音を言えばいいのか嘘をついていいのかわからない。


「びっくりした。けどね、時々あるみたいだよ。祖先が自分とそっくりなことって」


 輪廻、と似たようなものなんだよ、と彼女は言った。でもそのリンネの意味がわからない。

 時間がぐるぐる巡っていくうちに、また似たような人間として生まれ変わるんだって。ということは、わたしの魂と彼女の魂が共存してるということ?それもおかしな話だ。


「まあ一週間経ったら帰るから、それまで我慢してほしいな」


 彼女の気遣いを感じると共に、自分の子供っぽさに心底嫌気がさした。

 タイマー設定していたクーラーが高い音を立てて止まると、すぐにじわりと熱帯夜の暑さが続く。再びリモコンに手を伸ばせばいい話だが、言葉を考えることに必死すぎてそれすらもできなかった。


「わたし、どんな人と結婚するの?」


 わたしの質問に、彼女はくるりとこっちを向いた。


「わかんないな。ひいひいひい……おじいちゃんとなんて、会ったことないんだもの」

「じゃあ、わたしはいつ死ぬの?」

「それもわからない。けれど、あたしの住む世界はこっちよりずっと寿命が長いんだよ」


 確か留学生って自分の住んでいる世界や未来のことを話しちゃいけない規則だったのではないか、と思ったが告げ口するにしてもどこに言えばいいかわからなかったし、純粋に興味があった。


「いろいろな技術が進みすぎて、自然がほとんど形をなくしてしまってね、人はまた科学の力で自然を造って。

 そして今度は過去に遡って当時のテクノロジーを学ぼうってことになって、それで今のあたしが送られてきたんだ」


 なんだか想像ができないけれど、空に車が飛ぶだとか、自動で家事をしてくれるロボットがあるだとか、そんな次元の話だろうか。例えば家の材質が木以外の特殊なもので出来ているとか。

 もちろん、長い年月が経って日本語も全然違うものになっている。小さな翻訳機を使ってわたしと会話していることには驚いた。全く気付かなかった。

 羨ましいことばかりではない。勉強量が一気に増えて、10歳を越える頃には大人同等の知識を持っていなくてはいけないというのだ。信じられない。歴史が苦手だなんて言ってるわたしにはついていけないだろうな。

 歳が同じということもあってか、前から友だちだったように、あっという間に打ち解けた。さっきまでのギスギスした空気が嘘のようだ。



 共働きの両親に夏休みというものは存在せず、昼間はわたしが主に彼女の相手をすることになる。

 次の日、わたしは彼女を美術館に連れて行った。わたしはバッハとゴッホの違いもわからないけれど、彼女にはとても面白いらしい。アナログ的な絵の素晴らしさ、について長々語ってきたけど、わたしが翻訳機を使ったほうがいいのではないかと思うレベルの違いだった。

 他にもただの公園や、ショッピングセンターや、繁華街。

 ありとあらゆるものが彼女にとっては珍しいらしく、いちいち小さなものを見てははしゃいだ。

 それでもわたしの服を着て歩く彼女は、なんだか既にこっちの時代の住人のようで。

 そして自分の顔を眺めることにすぐに慣れたわたしは、双子ができたらこんな感じなのかなと思った。

 一週間、思いのほか早く過ぎそうだ。



Yui 2003/07/29 17:30

あまりパソコンさわれなかった。やっぱ、いい子かもしれない。


LOST 2649/07/29 18:00

ひさしぶり。よかったね。不登校のことは言ったの?


Yui 2003/07/29 18:15

言ってない。なんか、知らなくてもいいかなって。


Yui 2003/07/29 18:18

けどなんだかずっと前から友だちだった気がするから、やっぱり言ったほうがいい?


LOST 2649/07/29 19:18

Yuiが僕以外にそんな相手ができて、正直嬉しいよ。

だって小学生で早くも画面の向こうにしか心を寄せられないなんて、悲しすぎるだろ。


Yui 2003/07/29 18:18

だいじょうぶだよ、結婚できるみたいだし。


LOST 2649/07/29 19:18

もし僕が、未来の人だって言ったら信じるかい?



「何してるの?」


 さっきまでレポートを打ち込んでいたと思いきや、彼女が突然画面を覗き込んできたのでびっくりしてしまった。LOSTさんの返事にだって。

 彼女のパソコンはつるりと陶器のような滑らかさと、持つとびっくり、本当に羽根のように軽い。しかし電源ボタンも、マウスもない。キーボードも5つしかなく、それでどうやって文字を打っているか疑問で仕方がない。

 LOSTさんの顔を、わたしは知らない。だけれど彼もこんな変なパソコンを使っているところを想像した。


「友だちと、メール……」

「あ、ユイちゃん友だちいたんだ」


 そのあと慌てて、「いや変な意味じゃなくてね、ひとりが好きなタイプに見えたから。」とフォローされた。今の発言のいい意味を探すほうが難しい。やっぱり、わたしは友だちがいないように思われても仕方ない人間なんだろう。


「友だちってどんな人?」


 どんな人、って。会ったこともありません、なんちゃって。

 まー、普通の人だよ……とテキトーな返事をすると、「ふぅん」と彼女はベッドに腰かける。


「あたしも、友だちがいないからさ」


 サラッととんでもないことを言ってのける。


「え、いないの」


 わたしに、友だちがいない人を異端のように見つめる権利はない、けれどついそんな風に見てしまう。

 ちっとも気にしてないように彼女は話すけれど、それが演技なのか本音なのかは見抜けない。


「だって友だちになりたい人がいなかったんだもん。こっちにも学校はあるけど、みんな勉強に精一杯で。なんだか知識詰め込みマシーン?みたいな?あはは、そのままか」


 わたしは、学校は、勉強をする場所だとはわかっていたけれど、同時に友だちをつくる場所だと思っていた。

 友だちがいないことが悪いこと、と潜在的に根付いていたのだ。

 みんなだってそうだ。ひとりでいる人を見るとどうしても「友だちすら作れないやつ」と色眼鏡で見てしまう。

 けれど、わたしは、人を部屋に入れることすら苦手で。ありもしない秘密や、弱みを握られてしまいそうで。それがなんなのかはわからない。

 自分の心を少しでも覗かれるとまるで裸を見るようにいけないような気持ちになってしまう。

 気づいたら周りに壁を作っているわたしが悪者だった。わかっている、悪者なんだ。

 本当に、わたしが全部悪いのかな、そう思うけれど、仕方ないんだ。ひとりは、悪いことなんだから。

 だから、わたしはつい彼女にこんなことを尋ねていた。


「友だちがいないと、浮かない? おかしい人って思われるのこわくない?」

「そうかなあ。まず、そんなことを思う人とは友だちになれないな」


 だから、学校に行けなくなった。お母さんもお父さんも心配してるけれど。

 インターネットにしか気持ちを吐けない娘でごめんなさい。声が小さな娘でごめんなさい。そう思うけれど、画面の中は居心地がよかった。

 だけれど目の前にいる女の子と話すのも、居心地がいい。もうひとりの、自分だから? 


「ユイちゃんと遊ぶのはとっても楽しいんだ、あたし、ずっと一人な気がしてたから」


 その声があまりにもわたしとそっくりなので、まるで自分が話してるんじゃないかって。

 気づいたら、わたしも同じ声を出していた。


「自分でひとりぼっちになったのか、周りから避けてきたのか、もうわからないんだ。なんだかどこか寂しくて、それでいいような、よくないような気がして、立ち止まったままで、だからわたしはずっと、ひとりぼっちだ」


 突然、語りだしたわたしに対して、驚いてはいたけれど、彼女は黙って聞いてくれた。


「なんの取り柄もないんだなって、頭が特別いいわけでも美人なわけでもない。普通の人間で、たくさんの人間の平凡な一部なんだなって」


 彼女は、「わかるよ」と言ってくれた。その短い言葉に、どれだけ救われたか。

 気づいたらわたしはずっと言いたかったこと、胸に秘めていたことを言っていた。

 それはきっと大人になったら忘れてしまうような些細なことばかり、だけれど大事で、今だけはとても輝いて、くすんで、澱んで、そんな言葉や意思の集まりを馬鹿みたいに訴えていた。

 彼女はただうなずいてくれた。

 そうだ、いつの時代でも、わたしと同じ考えの人はいたんだ。

 それだけで嬉しくなった。本当に本当に、嬉しくなった。


「ねえ、ユイちゃん。あたしたち、友だちだよね?」


 うなずいた。何度も、何度も。

 それしか返事ができない生き物みたいに。何度も。




LOST 2649/08/01 14:22

この間のは冗談だよ。本気にした?ところで明日で留学生が帰るんだよね



 それからパソコンと向かい合う時間が一気に減って、LOSTさんのメールに気付かなかった。けれど、内容の現実は読む前からわかっている。


 彼女と気が合うのは必然だろうか。未来の自分、というべき存在なのだから、価値観が合うのは当然だろうか。

 それでもわたしは彼女を友だちだと思い始めていた。たった一週間足らずで互いの何がわかる、と言われても、だ。

 最後に、彼女のほかにお母さんやお父さんも一緒に、四人で祭りへ行った。(浴衣という文化は未来の日本にも残っているようで、意外にも彼女は着付けがうまかった。)

 祭囃子に、提灯、照らされる中、彼女の顔はわたしとあまり似ていないと気づく。わたしよりずっと明るく、知的に見える。それでも、いやだからこそ、友だちだと思えたのかもしれない。

 引きこもってからこんなにいろいろなところに遊びに行った日々は初めてで、その点でも彼女にも両親にも感謝しなくちゃいけないと思った。


 ああ、そうか、明日彼女は未来に帰る。ゆっくりと、いやわたしが思うよりずっと早く日常が戻ってくる。確実に。


 友だちがいないものだから、こういうときどうやって縁を繋げればいいのかわからない。メールアドレスでも交換すればいいのだろうか。LOSTさんのように。だけれど、基本的に未来の情報は現在のわたしたちが知ってはいけない規律があるので、結局わたしたちは一期一会で終わるのではないか。

 同じ時代の友だちなら遠くに引っ越してしまってもどこかでばったり出会えるかもしれない。だけれど時代の軸が噛み合っていない彼女とは二度と会えない。これで、お別れだ。

 友だちがいないから、情けないことにお別れにだって慣れてない。どんな顔をすればいいんだろう。泣きたいような照れくさいような悔しいような。そんな複雑な気持ち。最初に彼女を拒絶したのが嘘みたいだ。

 お父さんもお母さんも「明日でユイちゃんいなくなっちゃうの寂しいねえ」とあっさりと現実を受け入れるように言っていた。平気でこんな風に寂しがることができたり、娘と同じ名前で呼ぶことに抵抗がなかったり、大人はいろいろわからない。



 最後の夜、彼女はつるつるパソコンを開くことはなかった。そもそも彼女のレポートに少しは貢献できたのだろうか。ただいろいろ連れ回して遊んでいただけな気もする。

 彼女も少しでも、別れを惜しんでくれてたら、嬉しいのだけれど。口数が少ないまま、例の石を手で弄んでいる表情がよくわからない。


「ユイちゃんって好きな人とかいる?」


 誰かを好きになる、というのがよくわからなかった。クラスの男子は乱暴で苦手だった。好きな人がいないと恥ずかしいような気がして、すぐに答えられなかった。

 けれど、わたしが誰かに恋をして結婚して、子供ができる。その証明を目の前の彼女がしてくれている。

 わたしはどんな人と、結婚するんだろう。どんな風に生きて、死んでいくんだろう。


「ユイちゃんが誰かに恋をして、結婚して、あたしが生まれる、すごいことだよね」


 やっぱり彼女はわたしと同じことを考えていて、また嬉しくなった。これからもずっと友だちだよね、そんな虚しい確認作業をしようと、したら


 突然、突き飛ばされた。思いっきりベッドに倒れ込む。床だったら絶対痛かった。意味がわからない。わからなすぎる。もしかして大きな蚊が飛んでたとかそういう理由?

 だが彼女はわたしの首に手をかけると、どんどん体重をかけていく。

 殺される。

 恐怖より先に疑問が優った。どうしたの? え? 何かまずいこと言った?


「あたしの住んでいる時代はね、何もないの」


 頭はパニックでも耳がちゃんと働いてくれている。わたしと同じ顔が、目の前にある。同じだけど、違う人。わたしを殺そうとしてる、だれか。


「あらゆる技術が進みすぎて寿命が急速に伸び、人類の飽和状態が起き、過去にまで手を出そうとしたの。人を過去に送り人口を減らそうという実験の最中よ。そのマウスがあたしたち。もちろん、こっちの時代では報道されてないよね。口止めされてるんだから。全く、どの時代も自分たちのことしか考えてないんだよね」


 あたし、もう生きていたくないの。

 わたしとそっくりの唇がそう動いた。

 ただ孤独だった。苦しいほどに孤独、そして不安。生きる義務など、どこにもないのに、なぜ生きるの。

 あたしのこと、みんな知らないんだわ、みんな知らずに、あたしもいつか死んでいくんだわ。

 たったそれだけよ。思春期の戯言があたしをこんなに苦しめるの。

 あたしは生きたくない。生きたくない。世界に帰っても、誰もいない。


「でもまさか、未来留学生が過去の自分を殺すなんて考える人なんて今までいなかったからね。あたし、有名になれるかな」

「有名に、なりたいだけ……?」

「そうだよ、悪い?死ぬ勇気がないから、あなたを殺してあたしも消える。あなただってどうせつまらない人生を過ごしてるんでしょ。

 過去のあたしを見て余計死にたくなっちゃった。ネットにしか友だちがいない。特技も何もない。このままひきこもればなんの学歴も得られず親が死ぬまで情けなくスネかじってくだけだよ。だったら今死んだ方がいいじゃない、ほら」


 何言ってるの。何を言ってるの。耳を通り抜けるのに、頭が拒絶する。だって、わたしまだ小学生だもん。死ぬとか生きるとか未来とか重すぎる。ただ嫌なことがあって休んでるだけなんだもん。人生とかわかんない。わかんない。涙がぼろぼろ落ちて、でも彼女の言うことが正しいような気がして、意識を手放しそうになる。


「死んだ方がいい人間もいるんだ、あたしと、あなたみたいに。」


 そんなことない、そう言いたいのに、生きていていいだけの理由がわたしにはない。首が痛い。息ができない。

 

 必死にもがいた瞬間、彼女のリストバンドがずれた。そこにある生々しい無数の傷跡を見て、思考が停止した。ああ、ああ。あああ。

 孤独をこじらせた未来の自分に殺される。それだけの愛を自分に与えなかった罰を、わたしは受ける。

 わたしは、わたしを大事にしていなかった。わたしは、わたしを愛せなかった!

 どうしていいのかわからない、わたしは子供だから。子供でいていいの。子供でいたいのに! わからないよ、教えてよ、誰でもいいから! お願い! お願い!

 

 だが彼女は、わたしから手を離すとただ叫び続けた。最初はわたしが叫んでるかと思った。

 何かの単語とか、意味のある言葉じゃなくて、ただ嗚咽の塊のような。ああ、ああ。わたしが泣いているよ。

 彼女はそれから意味のありそうな言葉をつなげて、意味のない気持ちを吐き出した。わたしは彼女の顔を見ずにただ抱きしめ続けた。顔が見えない方が、言いやすいかなって。インターネットみたいに、さ。わたし、これしか知らないから。わたしはただ抱きしめる。どうしよう、これで合ってるのかな。ごめんね、わたし友だち、いないから、ごめんね。

 でも、わたし、生きていたいよ。


「あんたなんて大嫌い」


 わたしと同じ顔をした彼女は言った。ユイが言った。


「わたしは、好きだよ」


 石を持つと、彼女はちらりとこっちを見た。帰ってしまう。今よりずっと希望のない世界へ、彼女は、帰る。

 わたしは未来を変えるほどの力を、持っていない。少なくとも、今は。悲しいだけの世界なら、生まれない方がマシなのかな。だとしたらわたしは死ぬべきだったのかもしれない。けれどそれすら選べない、無力だと知った。


「あなたも好きになってあげてよ、ユイのこと」


 彼女は何も言わない。石から徐々に光が溢れていく。

 わたしは馬鹿みたいだとは思ったけど、祭りでとったヨーヨーやスーパーボールを彼女に押し付ける。


「持って帰ってよ、お願い、忘れないでよ」


 何も言わない。けれど、振り払うこともしない。

 ほとんど叫びながら、わたしは、言う。


「わたしは大好きだから、ううん。あなたのおかげでわたしのことが好きになれたから! また会おうよ、会いたいよ、だって、だってあなたは、わたしで、あなたは」


 光に包まれ、消えゆく彼女に最後まで言えなかった。

 残されたのは、今はもうなんの効力も持たない、ただの飾り石。

 わたしはそれを握り締め、ただどうしようもなく、泣いた。




Yui 2003/08/02 6:30

無事帰れましたか?



 

 予定より早く帰った彼女に対し、両親は残念そうな顔をしたがそれだけだった。近所の人が引っ越してしまった程度の悲しみしか持たないようだった。それがうらやましかった。わたしはまだ、大人にはなれない。いつかお父さんもお母さんも、ユイのことを忘れる。せいぜいわたしがいつか髪を短くした時に思い出す程度だろう。それがうらやましいのか、かわいそうなのかはわからない。




Yui 2003/08/02 7:09

ごめんね、わたし言葉がへたくそで。

次会った時は、もっとうまく話せるようにするから。




 未来留学生による情報漏洩だとか、人間関係のトラブルとか……そういうニュースもちょこちょこ見かけるようにはなっていた。未来がどうなるかは、わからない。本当に彼女がいうような破滅だけの時代が来るのか、それとも。




Yui 2003/08/02 7:20

気づかなくてごめん。ずっとあなたは、わたしを支えていてくれたんだ。

わたしはあなたより子供だから……といっても、同い年だけど。

死にたいとか、生きるとか、あやふやにしかわからないけど。

それでもあなたのおかげでわたしは生きていたんだよね。

わたしたちはずっと前から友だちだったのに、気づかなくてごめんね。




 謝ってばかりだ。文章の終わり方が浮かばない。

 最後に、「またね」と付け加え、送信ボタンを押した。


 そうだ、わからない。今のことだってわからないのに、未来なんて。


 ただ、外に出よう。わたしは歩き出す。何かが起こるかも知れない石を握り締め、ただ、外に出る。

 わたしは少しだけ、何かを失った。

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