殺したい少女と殺されたいおじいさん 第三走者
瞬間、時間と空間が凝固して、私だけを取り残した。
いや違う、周りはいつも通り。風はそよぎ、川の水が涼しげな音を奏で流れている。固まったのは私の方。
「殺したがり」と表現した老人の眼差しは、まっすぐに私を射抜いて、まるで私のすべてを見透かしているかのようだ。だが一方、私は彼の深い闇を湛えた双眸から、何一つ読み取ることが叶わない。
「殺してほしい」という申し出に、何とか合理的な説明をつけようとしても、私は論理のパズルを完成させるどころか、パズルのピースすら持ち合わせてはいなかった。老人の眼差しが、冗談半分で言っている訳ではないことを語っていて、私は余計に彼の意図が分からなくなる。
老人は、顔の皺をさらに深くし、かすかに口元を歪ませる。それが彼の笑顔らしかった。
「そんなにおかしいかね。自ら死を望むことが」
笑みは笑みでも、彼の笑いは私への嘲りの念を孕んでいる。そんなことも知らないのか、とでも言うように。
「みんなが生きたいと思って生きているなんて、ただの幻想かもしれんよ。人が皆同じ価値観を持っているのではないのだからね。実際私からすれば、死ぬことよりも生きることの方がはるかに苦しい。死は悦びだよ。マイナスの消滅という意味においてだが」
そこまで彼がゆっくりと、しかし口を挟ませない威圧とともに語って、私はようやく口を開いた。
「それならなぜ、自分で死んでしまわないのですか」
私の疑問に、老人は声を立てて笑う。今度は純粋な笑顔だった。
「君には分からないのだろうね。むろん、幾度となく試したさ。だがね、君、どんなに死にたいと思っていても、いざというその時にふっとさみしくなるものなんだよ。死に損ないの癖に、誰かの温もりがほしくなるのさ。たとえそれが、自分を殺める者の手だとしてもね」
だから自殺でなく殺してほしいということか。「殺したがり」の私と「殺されたがり」の老人なら利害が一致する、と。私は漠然と理解した。