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神崎志乃 一

「ふう……今日も静かで良い日じゃないか……」


 私は一人そう呟いた。

 今いる場所は私の店、「なんでも屋」の中に置いてある椅子に座っている。すぐそばには黒塗りのシステムデスクがあり、その上にはノートパソコンが置かれている。もうすでに二代目だ。去年で一代目は四年程の年月勤め上げたことになり、それと同時に動かぬものとなった。そしてそのほかにも中央に応対用のソファが二つ置かれており、その間にはテーブルもある。これらは「なんでも屋」を始めた時から共にいる。そして壁際には様々な本がびっしりと入れられた本棚。そろそろもう一つ本棚が必要になってくるだろうか。

 

「コーヒーメーカーも良いかもしれないな……」 


 そしてこの仕事をやり始めてから早五年。大方の仕事に使う物や日常生活において必要なものはそろった。だが一応の店としての体裁は保たれているものの、客はめったに来ない。それは新聞や広告などの宣伝行為をしていないと言うのもあるが、この店の立地条件と言うのが大きいだろう。

 この場所は表通りから大きく離れ、細く暗い路地を通り、奥に進まなければ見つからない。普通こういう場所はガラの悪い輩が居そうに思えるのだが、そんな連中さえ寄りつかないここは、客商売をやるには不向きに思える。

 しかし私にとっては好都合だったのだ。今の店を構える際、あまり金を持っていなかった私は、「格安だ」とここを紹介されてすぐに決めた。

 ここは良い場所だ、と素直に思ったのだ。

 外界とは切り離されたように静かなこの場所。近くでやっているような店もなく、車の音さえ聞こえない。偶に聞こえてくるのは、何かの間違いでここに迷い込んでしまった子供の泣き声くらいなものだ。

 当然、稼ぎも雀の涙ほど……と言うわけじゃない。

 稀に来る客は金を多く持っている事が多かった。今まで受けた依頼は、「犬探し」、「猫探し」、「人探し」、「身辺調査」など、最早探偵の仕事じゃないのかと言いたくなるようなものが多かったが、そのおかげで今まで生きてこられている。

 また、一度の成功報酬が大きかったおかげで貯金も出来た。順調な人生と言っていいだろう。

 

 ――と、そんな事を考えていた時、コンコンと扉がノックされた。

 もしかして客だろうか。

 スーツの袖をまくり、腕時計に目を落とす。今日は火曜日。時刻は十時二十九分。今までの経験から言って、こんな早くに来る依頼は面倒なものしかない。一応今は無理に仕事を受けなくても、生きていけるだけの金はある。断れるなら断らなければな。


「ここがなんでも屋で合ってますか?」


 扉を開け、いきなりそう言いながら入ってきたのは、腰くらいまでの長さで切られた艶やかな黒髪、無気力そうに感じる目つき。そして今の時間には相応しくない、高校の制服を着た女子高生だった。右手には学生鞄を持っている。

 それを見た私はため息を吐きたい気分になった

 女子高生というのは、私が目指す静かな生活を乱す存在に他ならない。それがもし集団だったら……考えたくもない。私としては即刻出て行ってもらいたいものだが、仕事上中に通さなければならないだろう。客を門前払いした、などと言う噂は立ってほしくないからね。




「色々と訊く前に……一つ良いかい?」

「え? なんですか?」

「君、学校はどうしたんだ? その制服からして高校生だろう?」


 あの後この女子高生を中に通し、応対用のソファに座らせた。

 私も渋々ながら、向かい合うように置かれているもう一つのソファに腰掛けた。

 そして気になっていた疑問を解消するため、本心を言えば、言いたくないとでも言ってくれれば追い返す事も出来ると考え、真っ先にそう訊いたのだ。

 すると彼女は考えるそぶりもなく淡々と答えた。


「サボったんです。学校が面倒になりまして」

「…………」

「特に友人もいませんし、面白い事なんてなにもないです。勉強したって意味があるのかすら分からないですし。こんな事繰り返しても自分の人生、無駄にしているだけではないのか……そう思ったんですよ」


 尚も淡々と、冷たささえ見えるほどに、彼女はそう言った。

 だが、これは本心から言っているようには、どうしても見えなかった。どこか無理をしている、私にはそう思えた。


「君は何か隠しているんじゃないか?」

「…………」

「だがまあ、私にとってはそんなことどうでもいいんだ。依頼があるのなら訊くし、ないのならすぐに帰ってくれ。遊びでやっているわけじゃないからね」

「……依頼は……あります。そのためにここに来たんですから」


 そう言うと彼女は一度床に置いていた鞄を開け、中から一枚の写真を取り出し私に渡してきた。

 見ると一人の二十代くらいに見える男が、笑顔でこちらを見ていた。


「これは?」

「……人探しをしてほしいんです。その写真の男の人を見つけてください」

「詳しい事情を訊いてもいいかい?」

「……その写真に写っているのは、大学に入ってから会う事が無くなった兄なんです。その兄からこの前、この町に帰ってきたってメールが来て、だけどどこに居るかは分からなくて……久しぶりに一度会いたいんですよ……」


 小さい頃と言うことは、この女の兄はこの写真よりも成長し、大きく変わっているかもしれないと言うことか?だとすると面倒だな……。


「この写真は君が子供の頃の写真なのか?」

「ええそうですよ。大体六年くらい前でしょうか……」 


 懐かしそうに微笑む女子高生。

 

「この写真は貰ってしまっていいのか? ああ~……」


 そう言えばまだ名前を訊いていなかったな。

 私が言い淀んでいると、自分から名乗ってくれた。


「そう言えばまだ言ってなかったですよね。神崎、神崎志乃です」

「すまないな、私の名は進藤薫。呼び方は好きにしてくれて構わないよ。それで、これは貰ってしまっていいのか?」


 そう言いながら、右手で持っていた写真を神崎に見せる。

 すると神崎は一度頷いた。


「はい。そのために持ってきたものですから」

「そうか、では調査に活かさせてもらう事にする」


 ……おっと、今では雇われた側だから敬語の方がいいか? 

 ちらっと神崎の様子をうかがう。


「どうしました?」


 神崎が気にしている様子はない。

 ならいいか。


「それで神崎。情報はこれですべてか? 私の勘だとまだあるように思えるのだが?」

 

 そう言うと神崎は私から目をそらし黙ってしまった。露骨に怪しい。何かを隠しているとしか思えない動作だ。この事から彼女は書く仕事が苦手なのではないかと考えられた。

 それに依頼される立場としては、情報をしっかりと共有しなければ色々と都合が悪いから、そこらへんはしっかりしてほしいってだけなんだがね。

 少し悪くなってしまった場の空気を和ませるため、軽く他愛のない話しを振る。主に私にとっての情報収集みたいなものだが。


「神崎、その制服はここの近くの鷺沼高校の物ではないかね?」

「え? あ、そうですよ。私はそこの一年生です」


 これは良い事を訊いた。後で本当かどうか高校の方に直接言って確かめてみよう。

 その後も適当に話し、空気が元に戻ってきたところで、私にとって大事な依頼料の相談をする事にした。


「神崎、いきなりで悪いが金はあるかね?」

「……それは報酬ってことですか?」


 理解が早くて助かる。これならスムーズに事が進むだろう。

 そのまま話を先に進める。


「そうだ。人探しの場合、依頼人に期間を決めてもらい、その間の調査をしている時間分、私は報酬を受け取る事になっている。基本的に一時間三万。期間が長くなればなるほど、一時間当たりの金額は安くなっていく。何か不都合な事があっても、追加料金と言うのは発生しない。どうするかね?」


 すると神崎は数秒迷った後に、


「えっと……その、あまりお金は持ってないですから、出来るだけ早くやってほしいんですけど……」

「では一日一時間調査するとして、この日までにはやってほしいという希望は?」

「今週の土日のどちらかには間に合わせてほしいです」


 少し焦ったように言う神崎。その日までには絶対と念を押してきた。どことなく切羽詰まったような印象を受ける。


「ふむ……なるほど。じゃあ明日から始めるとして、水、木、金、の三日間で調べ上げよう。連絡先をもらえるか?」

「え、ええ。ちょっと待ってください」


 そう言うと、神崎は鞄から飾り気のない黒い携帯を取り出した。最近はあまり見ない古い機種だ。

 今時の女子高生と言った感じがしないな、こいつは。

 だが出しただけでその後動く様子がない。


「え~っと……赤外線というのはどうやるんでしたっけ?」 

「……はあ。貸してくれ。私がやる」


 そして受け取った携帯と、胸ポケットから取り出した私の携帯とで赤外線でアドレスを交換する。別に携帯番号を紙にでも書いて教えてくれればよかったんだが……まあいいか。

 受信して……送信して、と……よし。


「ほら、これで大丈夫だろう」

「……もう終わったんですか? 凄いんですね、今の携帯は」


 君はそういうのを手足のように扱う輩がたくさんいる世界で生活しているんじゃないのか……? まあ、話が終わらなくなってしまうから訊かないが。


「君からは、何か急ぎの用があったら電話でもメールでもいい、連絡してくれ。私からは土曜になったら連絡する」

「あ、はい。……でも本当に三日で見つかるんですか? 結局見つからなかったってことには……」


 心配そうにこちらを見てくる神崎。おそらく自分でも探してみたが見つからなかったのだから、三日だけ探しても見つかるわけがないとでも思っているのだろう。

 なめてもらっては困るね。


「心配するな。私がなんでも屋を営んでいるのは、何も私に特化した才能がなかったから、と言うわけではない」


 神崎の不安そうに揺れる瞳を見て、力強く断言する。


「――なんでも出来るから、なんでも屋なんだよ」

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