テレビのジョン
今回は、コピペという楽をさせていただきます。不徳の致す限りです。心より陳謝します。
ごみんごみん。
時間についても、逆向きに貼っていきますので、映画『メメント』のごとしです。あれって、嫌な映画ですよね。
突然、次に、論語の面白い意見を咀嚼して書いて序文とします。
物事を知っていることは、その物事を好いていることと比べれば、及ばない。
物事を好いていることは、その物事を楽しんでなすことに比べれば、及ばない。
知→好→楽
好きなことを、楽しんで、知りましょう。
アニメいろいろ。
化物語の続編たる囮物語が始まっていたことに気づき、3話を見てみる。冒頭……うん。オープニングとエンディング(お、絵コンテ女性がやっているのか、へえ)を見て、次。
はじめの一歩の第一回(マンガの第一巻からの話ではなく、バリバリ途中から)。新規客にも優しい涙腺ストーリーを冒頭に配し、早速主人公の防衛戦。
相変わらず、こいつら階級なに? と思わせるようなガッチリガチガチな肉体。筋肉マンもかくや。そしてパンチのエフェクトの派手さ。うん。いろいろと充実している。安定。
てさぐれ!
何だか怪しげな気配を察知し、見てみた。これも上記の一歩と同じく土曜日深夜の放送なので、お試しあれ。
生粋のアニメファンはどう思うだろうか。変な作品だ。
長さは十五分で、CGをアニメっぽく見せる感じの作り方で、これは、数年後にはコンシューマ向けのソフトとして技術的に普及するのではないか? と期待と妄想が膨らむ質感ではある。
で、内容は実に他愛ない。女子高生四人がグデグデとだべったり動いたりする。
が、後半には驚いた。四人での会話というか意見出しのシーンなのだけど、明らかに、ほぼ全部アドリブだった。急激に、声優ラジオのような感じに大変化したのだ。
化けの皮が剥がれたな……。やはり、怪しげだったものな……。
などとほくそ笑んだ僕の汚染度は、推して知るべし。
しかし声優ラジオのごとき音源にアニメ映像がかぶさる、というこの感じ、どうだろうか、将来性。
んん。なんだろうなぁ。
あ、めざましテレビの中で一瞬やっている、「紙うさぎロペ」が似ているかも知れない。あれは台本あるだろうけど、かなりリアルなだべり感を追求している。内容は、まあ、週五で流しているのだから充分いいと思う。新時代のコボちゃんみたいなことか。
ついにアドリブがアニメになった。これは事件とは言えないだろうか。
やがては、ニコ動などの世界に波及していくかも。いや、すでにアテレコ編集など、ネタな動画とか乱発されてるか。ガンダムの声や効果音が全て松岡修造になっていたりしたのを僕は見たことがある。
あれはカオスだった。
うP乙
などと話数が進むにつれて労をねぎらうコメントがたくさん流れていたりして、ああ、まさしくそうだよなぁ、と優しさにしんみりした記憶もある。
編集、制作、お疲れ様です。
てさぐれ!
2013年 10月06日 11時23分
10月5日の5時30分からEテレアニメの新番組。その名も、
ログ・ホライズン
……うおう。
なろう発の作品じゃなかったかしら。確か。
ところで。
録画した金曜夜放送の『グレーテルのかまど』を視聴中。相変わらず、ヘンゼルこと瀬戸なんとか君は面白い。コメントの内容が、空虚なのだ。
何か言っているけど、何も言っていないかのよう。なんかもう、禅の境地というか、なんともすごい。言葉をこねくりまわす僕とは真逆な、なんとも素朴な言葉遣いに毎回心を洗われる。
「こんなコメント、ありかよ……」と驚愕しながら。
今回はコーヒーゼリー。世界のクロサワもコーヒー好きだったのか〜。しかも奥さんからの影響がきっかけだそう。ほほう。
2013年 10月05日 07時03分
カンブリア宮殿。
僕の好きな番組。村上龍もコワモテだなぁと第一印象では怖れたが、今では愛着すらある。小池栄子は画面内にいるが視線誘引力はもはや控えめで、音声だけの存在に近い。小池栄子、そうなると本領発揮か。声が良く通るし、物怖じせず、言っていることも通っているので、色々とスムーズ。
と、そっちが主題じゃねえ。
「高い志と出会う」
これは先週の放送で、村上龍がシメに提示した文章。
曰く、目標、理念たる志とは、探して見つけるのではなく、出会うのだ、と。
つまり、見つけるという一方的なものではなく、出会うという双方向的な衝撃と印象が伴う現象、それが、自らの胸の内に熱い灯火を自覚する瞬間なのだ。それこそが、志であり、夢であり、まあ、なんでもいいがなんかいい感じの出来事なのです。
出会いを得るためには、自分というものと真摯に、謙虚に、向き合い続けていくこと。
見つけてやる。獲得してやる。従えてやる。
そういう目では、出会いはすり抜けてしまい、見えない。
なのでしばしば、人間は、探し求めることを諦めかけた時、血走っていた目を涙で揺らしている時に、ふと、出会ったりする。
枯葉を使ったちぎり絵を続けている画家は、かつて、自殺しようと山中を彷徨い歩いている時に、落ち葉の美しい色彩と出会った。そして、誰からも笑われようと、落ち葉を広い集め、研究し、ついにその色彩を使いこなした。
とまあ、そんな例は数しれない。
逆の例もある。
つまり、先に出会ったいて、あとから自分の真摯さ、ひたむきさが問われていく流れだ。
先の画家で言えば、小さい頃に落ち葉ちぎり絵を思いついていたとする。が、画家としての基礎力が足りずにどうにもならない。さて、修行するか、否か。と問われる流れ。そういうのもあるだろう。
たとえばピカソは16歳ですでに強烈に上手いデッサンを残している。普通の、素直な描写で。あのような突拍子もない画風は中年くらいから始めた。確か。もちろん、青の時代で心理的にどのような遍歴を歩んだか、という推測、共感も、またピカソを考える手立てと楽しみのひとつだろう。
人事を尽くして天命を待つ。
それは、順序の前後関係はたぶん無視していい。この部分を抽出しよう。
人事は尽くすこと。天命は待つこと。
なるほど、どちらも、なかなかツライ。
尽くす。待つ。では、陥りがちな慢心と驕りを、そこに添加して、両者を変質させてみよう。
尽くす→与える。
待つ→急かす。
急かすより、探す、の方が自然な気もするが、心理的なニュアンスを優先して表現したかったので、急かす、とした。
探すことは悪くない。悪いことというのは基本的にない。
相手の中で悪いと感じられてしまえばそのとき初めて悪いワケだが、そんなものは百パーセント操作できませんので、ほどほどに普通にモラリズムしていればいい。だが、なんでもかんでも悪いと受け取って捉えるようなテンションや理念やキャンペーンの人もいる。そういう人を悪人と判断してもいいが、まあ、ほどほどに。
尽くすこと、待つこと。
両者ともに、深い信頼が問われる。信頼だけが、その行為の持続力と達成度を支える、と言ってもいい。いやもちろん、他の諸々の精神力全般もあわせて問われるはずだが、やはり、信頼がなければ厳しいだろう、と。
それは、待つ、という方なら考えやすい。
たとえばデートの待ち合わせだ。相手を待つ。連絡手段はない。相手が来る確証はない。ただ、あなたは相手に恋い焦がれている、と過程する。
さて、恐ろしい事態であるとじわじわ実感されてきたことだろう。僕だって恐ろしいわ、そんなもん。そんな状況。
……待つ……。
……待つ……。
……ああ……。
……待つ……!
……待つ……!
……さて、非常に残念なことに、僕らは人間として生まれ、非常に残念なことに、待つことを時に迫られたりするのです。
イライラ、しちゃうよね。
そこで、逆の方へ思考を向けよう。
尽くす。
さて、こちらの方が苦手だよ〜という方。ご安心ください。あなた(の深層心理)と神様だけはそれを知っています。
一番苦手なことと向き合うよう、仕向けられています。大丈夫です。安心してください。
逆に言えば、一番苦手なことに向き合うことを拒否するのなら、一番好きな物事に固執し、しがみつき、逃げ込み、癒着し、依存し、時間切れまで粘るような時を過ごすこととなる……っぽいのです。
そこで、一番好きな物事を捨て、離れる決断をすれば万事OKなのか、という話になってきますが、そう一元的とは限りません。
なんのために? という点が問われます。
一番嫌いな物事から逃げるために、一番好きな物事を盾にして、生贄にして、置き去りにして、逃げる。
……それは、まあ、言うまでもないでしょう。僕はオススメしません。シャレにならないルートでしょう。しかし幸あれ。
一番好きな物事との癒着を捨てきれず、一番嫌いな物事をも受け入れる。
これは良さそうに見えます。が、僕は、ちょっと懐疑します。なんだろう……。トゥービーコンティニュー(ed)、と表示されそうな感じがするのです。
では、どないやねん、となるのですが、それについては、僕は同意見です。
同志よ!共に叫ぼう!
せーの……どないやね〜ん!
2013年 10月04日 11時17分
クリフハンガー。
海外ドラマなどでの最終回での常套手段。続編、つまり次のシーズンへのテンションと期待感を保ってもらう狙いから、とんでもなく先が気になる感じでブツっと終わるヤラシイ手口だ。人間の本能を弄びやがって。このやろーバカやろーこのやろーである。略して、このバカこの、である。
倍沢直樹もこの終わり方に属するだろう。が、僕は、イギリス制作の「シャーロック」よりえげつないクリフハンガーを見たことはなく、比べれば倍沢さんのクリフハンガーなんて大分ハラハラ感が少なく優しい。
シャーロックでは小指一本くらいのものだ。なんという終わり方!
クリフハンガー、これはしかし、週刊連載の世界、殊にマンガ業界では技術論としてかなり発達していることだろう。何しろ、次のページをめくらせる誘導力までも計算する、と言うのだから。コマ割り……これは、なかなかSASUKEな技術だろう。
クリフハンガーでノソノソうんていしていくみたいな感じか。
2013年 10月03日 18時34分
読書中の本より。
「わたしたちが何より遠ざけたいものこそが、どうしようもなくわたしたちの身近にあることを否応なしに認めることになる」
2013年 10月02日 17時07分
僕は色々な矛盾を備えたい。
僕は、自分を信頼していない。僕から見て、最も信頼できない人、それが僕だ。
だから周りを頼る。周りからの影響を受ける。受けたがる。
そして反対に、
僕は、自分を信頼しきっている。僕が何か創作行為をするとき、当然ながら、自分だけが頼りなのだから、当然のごとく、宇宙で唯一の自分を信頼する。自分にしか動かせない自分の手を動かし、目指す通りに達成できると、信頼する。
といったように、僕は矛盾を良しとする。それが楽しいからであり、身が引き締まるからでもあり、効率が良さそうに思えるからでもある。
また、(これは前者の側に属しそうな考えだが)自分という存在が創ることができるのは、突き詰めると、「組み合わせ」の問題でしかない、とも思っている。
確かパスカルがそのようなことを言っていた。
無から発生させているのではない。集めて、つなぎ合わせただけだ。その組み合わせが新しいかどうか。それが創作という競技の、競っているポイントなのだ。
僕は謙虚な自信家を目指す。綺羅星のような、憧れの背中たちをチラ見しながら。
2013年 10月02日 16時06分
オーバーラップ文庫×小説家になろう
第一回ウェブ小説大賞
……うおう。新しいバナーは、香しい内容です。募集テーマは、なんとなんと、
異世界ハーレム
……うおう。
まじか。……でもそっか、ここ小説家になろうさんで、看板的に人気と集客を担っているのがこのジャンルなのは間違いない。
つまり、極めて常識的な判断です。
しかし群雄割拠であろうこのジャンルで、なろうの王者を決めようと言うのだ。
レベルはどこまで研ぎ澄まされるか……。
バトルロワイヤルの始まりか……。
2013年 10月01日 17時46分
逆説の日本史で、ダイナミックな人間列伝の熱量にシビれた僕。学んだことは数限りない。
たとえば、「自分の歴史的な位置」を把握している者は往々にして名君であり、名を馳せる武将であり、出世を果たしたりする。が、それは当然、稀有だよん。といった話とかだ。
織田信長など、彼が国内の宗教家たちを厳然と武装解除させた功績は、今、世界を見ればよくわかるだろう。時に、時代のしがらみを超越し、未来の理想さえ先取りしてしまうのが、そうした飛び抜けた人々のビビッドぶりだ。しばしば、誰の理解さえ及ばない。
しかしまた、民衆という大質量のエネルギーは、どのような巨星たる人物をも、しばしば飲み込んでしまう。(基本的には、指導者のコントロール下においてだが)下克上というか、諸行無常の響きありというか、渡る世間は橋田壽賀子だ。
そりゃあ、おしんも泣く。おしんを見る人も泣く。この世界は涙なしでは生きにくい、とばかりに。
何を言いたいのかはとうに忘れているが、僕は、そう、楽しく平和に幸せに生きたいと思っている。
戦闘を趣味として好む人は多いだろう。もちろん。
わかりやすいのはサバゲーとかか。例えば今日本が戦時中だったら、サバゲーなんてガチな訓練として小学校から義務化されてるかもしれない。竹やり訓練みたいに。
とても趣味なんて楽しさじゃない。跳び箱を普段の趣味にしている人が少ないように、まあ、ガチなのだ。
そのガチさを楽しむことさえできるのが人間だったりする。
例えば、今フェンシングはオリンピック競技だが、もし、今世界が剣での戦争を各所で行っていたとしたら、どうだろう。
到底、競技として見られないだろう。その剣先に、血のしぶきを幻視してしまうはずだ。
だからまあ、いずれは、サバゲーがオリンピック化されればいいと思う。つまりそれは、「昔はこの銃の弾は、人を貫くくらいの威力があって、殺し合いの戦争の道具になっていたんだ」と懐古調に語られるようになったとき、少なくとも、現代のように銃の恐怖からは人々は解放されているはずだからだ。
まあその時代には、銃をしのぐ武器が蔓延している恐れはあるが……。
ともあれ、銃でさえ、平和を噛みしめるツールとして、今の剣道のように化ける可能性があるのだ。刀狩で天下太平が確定するワケではなく、斬り殺そうとする心こそを諌めなくてはならない。常に、人間の戦争史とはその抑制・暴走の繰り返しだったはずだ。
今はミサイルのスイッチが、何かの弾みで押されないことを祈ろう。
戦争が、すべて競技化されるまで。
2013年 10月01日 12時00分
編集後記
「村上龍とよく似た人が、NHKでよく司会をしている」
お読みいただき、どうもありがとうございました。
と、孔子について情報添付を。
孔子は、中国のずっと昔の人です。政治家を目指していましたが、50歳くらいまで叶わず、勉強し、弟子たちに教えたりしながら生きていました。
つまり、冬が長い人生だったと言えるでしょう。
冬でも濃い緑を見せる松を好んだというのも、シンパシーを感じたからでしょうか。
とすれば、論語というのも、あるいは冬の教え、ともとれますでしょうか。
不遇を耐え、忍び、腐らずに蓄え、備え、春を待つ……。
春よ、来い。
懐かしい、声がする。
ユーミン谷に、春よ、来い。
……うん、さながら北欧神話ですね。
ムーミンと言えば、松たか子ですね。
松たか子なんですよ。ええ、ご存知でしょう?
いや、この際、ムーミンとの関連性はもういいです。ただとにかく、松たか子は、ご存知でしょう?
それならいいのです。
松たか子、松本幸四郎の娘……。
え、苗字が違うじゃないかって?
そのあたりの関連性は、いいでしょう。
だって野暮ですよ、そういうのは。
ムーミン「お父さん、お父さん」
幸四郎「なんですか、ムーミン」
ムーミン「お父さんのその帽子のことなんだけど、聞いていい?」
幸四郎「いいですよ、ムーミン。なんだい?」
ムーミン「その帽子、どういうことなの?」
幸四郎「どういうこと……とは?」
ムーミン「あまりにもフォーマルだよ、フォーマルすぎるよ、お父さん」
幸四郎「ムーミン……おまえ、まさか、この帽子が似合わないとか、そういうことを言いたいんじゃないだろうね?」
三谷幸喜「彼女はね……なんと言いますか、我が強いんですね。そう、したたかなんです。だから松たか子というよりも、松したたか子なんですよ……ええ」
ムーミン「お父さん、珍しいお客様だね」
幸四郎「そうだね、珍しいね」
ムーミン「きっと、お父さんの帽子が似合う人だよ。眉毛の具合からして、きっとそうだよ」
ふなっしー「ここが妖精の住むと言われる谷なっしかー。寒いなっし〜」
幸四郎「おやおや、今日はお客様の多い日だね。それとムーミン、あとでお仕置きだ。歌舞伎調でお説教だよ」
ムーミン「ありゃ、妖精にあるまじき形式でのお説教の執行を言い渡されちゃったよ。まいったなぁ」
ふなっしー「ドンマイなっし〜!」
三谷幸喜「弁護士を呼ぶかい? 古畑任三郎で良ければ、たぶん来てくれるよ。自転車で」
幸四郎「彼はダメだよ。弁護士じゃなくて刑事だし、何より、彼は『麦とホップ』を飲んでいるから自転車じゃ飲酒運転だ」
ムーミン「お父さん、どんどん妖精にあるまじき度合いを強めていっているね」
ふなっしー「みんな、梨を食べて落ち着くなっし〜!」
三谷幸喜「これは生暖かい梨ですね。どこから取り出したのか、気になるところです」
くまもん「…………(ふなっしーに背後からヘッドバット)」
ふなっしー「いたっ! 痛いなっしー!」
ムーミン「わぁ、事件発生だ。これは、刑事の出番かな……」
幸四郎「いくらなんでも、これ以上たくさんお客様がいらしたら家がパンパンになっちゃうよ」
三谷幸喜「自転車だから、到着には時間がかかると思いますよ、したたか子さん」
くまもん「…………(ふなっしーにフライングボディプレス&サソリ固め)」
ムーミン「……梨の香りがするね」
幸四郎「おそらく、梨が潰れたからかな」
かくして、妖精の谷に、爽やかな香りが広がった。
教訓。
明らかに読むに値しない文章でも、人間は、読めてしまうのである。
既存の機能に溺れるな。機能の深化・拡張に務めよ。
喋ることと、素早い動きを取り入れたゆるキャラ、ふなっしーのように……。
舞浜マウス「ボクが、そういうのの元祖だと思うんだけどなぁ……」
クマぷー「だいじょうぶだよ、有望なキャラは、近年ではピクサーみたいに、誰でも、何でも、僕らのクラブに取り込んじゃうんだから」
舞浜マウス「そっか! それなら、ふなっしーも、いつかは、舞浜非公式マスコットになるんだね! ふふふふふ!」
そして生まれる新アトラクション。
『ふなっしーの、なっしーハント』
……機能の深化・拡張に務めよ。




