電子書籍を常用するかどうか
直感というより当然至極ではあるけども、ラノベと電子書籍というシステムとの親和性はとても高いと思う。絶対、超相性ピッタリだ。
イラストの比重が多い点、根を詰めて読むというよりもマンガに近く多少リラックスして読める点。このふたつだけでも、なんとまあタブレット形電子機器とピッタンコなことか。
紙に印刷せずデータでやりとりできれば、必然、イラストはフルカラーが多くなるし、下手をすると動いて喋る。つくづくラノベ。
というわけで各社、そろそろ本格的に取り組み始めそうだけど…。普及していく一方のスマホのスマートさをもっと活かそうじゃんか。ねえ。いやまあたぶんすでに動いてて表面化もしてるんだろうけど、バリバリアグレッシブにいこうよ、と思ったので。
電子書籍が普及していくと、出版社はどのように変化・対応するだろう。
データを売り渡す形式だと、コピー流出が少し不安だ。そこで思ったのは、レンタル方式。
読む時には、パスワードでもその端末に一時的な許可を与えるのでもいいけど、サーバーにアクセスしてその都度開くという形。端末に本をダウンロードするのではなく、ページにアクセスしてる感じ。
レンタルと言ったのは、このアクセス方式ならばそれが自然になるから。
例えばそう、電子書籍版は一定期間読めるだけで、長く手元に置いておきたい! とその本のファンになったら、紙書籍版をご購入ください。先に電子版レンタル権を買った人には、紙版を割引します。みたいに、とか。
もちろん、電子版をダウンロード購入もすでにあるんだけど。ぶっちゃけ、そんなに蓄えておかなくてもいい感じのもあるでしょ。
ライトという方向を進めるなら、レンタルでお安く…というコースもありかなぁ、と。若い学生をメインターゲットにするなら、費用対効果を大人げなく追求してもいいのでは。
印刷業の人には、ひとえに気の毒な流れではあるけど…。
紙にではなく、布とか他の物品に印刷する技術を模索するのがいいんじゃないでしょうか。
紙をエネルギーとして見ていくと、節電ついでに一考すべき問題だろうとは思う。森林伐採なんて飽きるほど耳にしていることだし。
砂漠の緑化と、海水を飲み水にする技術。このふたつには、なるべく早く支援したいと思うが、今は気持ちだけで我慢していただく。十年以内には、現ナマで支援したいですね。
僕は水が好きだし無いと困るので、水に困る人が増えないようにと願っている。過ぎたるは及ばざるがごとしと言うが、溺死も渇水死も最高にイヤだ。僕は。
うん、まるっきりの余談。
推測するにファンの熱さに支えられている感じもあるが、基本、ラノベ業界の実態について僕はあまりにも知らなさすぎる。
マンガ、アニメ。どちらにもストーリーは欠かせない。脚本が心臓だ。
その脚本を追究する分野なのだから、きっともっと活気が出てくるだろうし、厳しい競争のさらなる激化を、ワクワクしつつビビりつつ期待して自身の追い風としたい。
坂本ですが?
というマンガを読んだが、色んな意味でステキなギャグマンガだった。笑いは本当に小さいころから僕の好きな感情カラーなので、やはりもう少し達者になりたい気分です。それを再認識できた。
基本的なストーリーの構造として、直線構造だのなんだと聞いた中で、“対立構造”というのが印象に残った。
話はシンプル。主人公と、その対立者をぶっつけていくストーリーの構造だという。対立者は人間でも自然などの環境でも、主人公の心などでもなんでもいい。とにかく主人公が反対勢力の逆風にさらされ、もがき苦しみながらもクライマックスでその対立が最高潮になって、結末、と至る流れ。
アマチュアは、主人公に愛着を持ち過ぎるがゆえに、苦しませないストーリーにしてしまいがちだという。
面白い作品は、確かに、ほぼ例外なく主人公が大変な目にあう。そういう起伏に富んだドラマを、面白いと感じるのだ。
でもそれは王道かな、とも思う。他に何とかやりようはないものか。
例えば、けいおんとか、ずっと天国のような平和なストーリーでの大ヒット作もあるじゃんか。実は、最先端の方式だったのか? 恐るべし。
僕の子供の頃と比べ、たぶんマンガもアニメも作品の数は計り知れないほど増えているし、アマゾンとかのおかげで手に入れやすくもなっている。
ほとんど、欲しいと思っただけで手に入るかのような、ライトでスピーディな供給と流通の拡大・進化。これに伴って、お客たちは、どんどん気楽にポチッと作品を取り寄せられる。ので、入手の苦労とか煩わしさがなく、言わば“行列に並んで食べていたラーメンが宅配されるようになった”かのようで、同じ品質のラーメンだとしてもありがたみが変わるんだとは思う。人間、苦労して手に入れたものは無意識に価値を高いものと評価する。それは自分の苦労を正当化するためでもある。心理作用なので、結構強いエフェクトです。
つまりフラットかつドライな目にさらされているのが、現代の娯楽製品の状況だろう。
同時に、手軽に入手できるので、ある意味でのハードルも下がっている。強い感情の起伏がなくとも、つまり強い読み応えがなくとも、ほんわか癒しのテイストでも良しとする流れが現れてくる。それは単に流行かもしれないし、新ジャンルの台頭かもしれない。
リアルを大人しいフィクションにシフトしたい願望をすくい取った作品群なのかもしれない。
そういった柔らかい空気のものを、水のような作品群、と僕はときおりイメージする。
昔は、甘い味が貴重だったので、子供たちはジュースに憧れた。時代が進み、甘いジュースはいくらでもあるので、さっぱり味や炭酸など、日常的に過不足ない“ちょうどよさ”かバチバチの刺激と、まあそんな感じに拡大。
で、裕福な先進国になってくると、飲み水に不自由しないくせにミネラルウォーターを買って飲むというブルジョワな流れがくる。
何が欲されるのか。ちょっとだけでも先読みできれば、とても有利に最大効果の作品を目指せる。そして、自分が何を欲するのか。
その天秤を見つめたり無視したりしながらバチバチ書いたり純水に書いたりと、うん、どうやっていこうかな。
全力以上の全力を振り絞るような、全細胞を総動員、というような、ブレーカーが落ちそうなほどに集中して取り組める、そんな題材を探そう。
自分は何ができて、何をしたくて、何をするべきなのか。
結構わかんないけど、それがすこし楽しかったりもする。嘘かもしれない。




