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山田と社会科資料室

 渡り廊下を渡って、改めてぼくは山田に目的地を聞いた。

「社会科資料室、というところらしいんだ」

「そんな教室あったっけな」

 倉吉が首を傾げる。ぼくも正直覚えていなかったが、

「多分、社会科教室の近くにあるんだろう」

 と推測を立てた。推測っていえるほどのことでもないけど。なんてったって『社会科』と銘打たれている。

 今いるところは特別教室棟の四階、渡り廊下を渡ったところだ。正面には昇降口、振り返れば渡り廊下の向こうに今までいた普通教室棟、右を見ればまた短い渡り廊下を経て体育館棟、そして左には特別教室棟の廊下が伸びている。つまりここは特別教室棟の端っこということになる。社会科教室は、その廊下の突き当たり、廊下の反対側の端っこにあったはずだ。

「そこに、何の部活があるんだ?」

「『歴史研究同好会』だ」

 ぼくと倉吉は一瞬黙り、己の頭の中を検索した。そしてほぼ同時に首を傾げる。

「そんな部活あったっけな」

「ある」

 山田はなぜか確信を持っている様子で、歩いて行く。

「って、そっちは体育館棟だって」

 ぼくらは慌てて山田を引き戻し、社会科教室に向かった。


 この廊下にも吹奏楽部員はいる。ここまで楽器を運ぶのも大変だろうな。窓からは、中庭が見えた。校舎の周りをランニングしているのは、どこの部活だろう。

 倉吉が、山田に尋ねた。

「どうして、そこに興味があるんだ?」

 山田はのんびりと答えた。まるで初めから答が用意してあったみたいだ。

「自分が生きてきた時代がどんなものか、研究してみても良いかなと思って」

「おおげさな奴だな」

 倉吉は笑ったが、おおげさでもなんでもないことはぼくが知っている。ぼくの場合、数百年のブランクがあったわけだけど、山田と篠は、激動の時代をずっと見続けてきたんだろう。でも、『激動』なんて言っても、人間があらそって、死んだだけ。生き物の営みは変わらない。二人は、多分『見続けて』はいたけれど、本当にただ見ていただけだろう。篠はもとより人間ではないし、山田もぼくと別れたときには既に純粋な人の身ではなかった。積極的にその歴史に関わることはなかったに違いない。どちらかというと二人とも人間が好きではない方だ。

 次第に、『社会科教室』の表示が見えてきた。その一つ向こうに、『社会科準備室』、そして一番向こう、廊下の突き当たりに目的の『社会科資料室』が見えた。

「なんだか、ずるいな。社会科だけ、こんなに教室を持っている」

 倉吉が見当違いの不満を漏らした。

「音楽だって、三つくらい部屋を持ってるだろ」

「音楽は、吹奏楽部がいるからしょうがない」

 よくわからない理屈だ。

 とにかく、社会科資料室の前にぼくらは立ち止まった。

 普通の教室の半分の大きさだ。文字通り、社会科の資料が置いてあるんだろうか。廊下の窓が準備室の前までしかないせいか、あたりは少し暗い。資料室のさらに向こうには昇降口があるが、階段上にある窓は磨りガラスで、あまり光を通さない。狭くて暗い階段だった。正門から遠い位置であることだし、あまり使われないのだろう。

「本当に部活してるのか?」

 室内からは物音一つしない。話し声があれば、少しは聞こえても良さそうだけれど。

 山田はぼくらの不安そうな顔に構わず、教室の戸に手をかけ、がらりと開けた。

「すみません」

「は、はいっ」

 室内には、女子生徒が一人いた。

 いきなり開いた戸にびくりと身を竦ませ、おそるおそるこちらを窺う。細縁の眼鏡をかけていた。肩に届くくらいの髪はふんわりしている。小さな目、小さな鼻、小さな口。全体的に小さくて、おとなしそうな少女だった。足元を見ると上履きは青色。三年生のようだ。

「あ、あの……」

 黙ったまま三人揃ってじろじろと見つめてしまっていたらしい。怯えたような声ではっと我に返った。

 本来ここに用があるはずの山田が黙っているので、顔を覗き込んでみる。そして、その表情に驚いて声を上げた。その声に、倉吉もぼくに倣って山田の顔を見る。

「どうした、山田?」

 山田は、目を見開き、頬を紅潮させ、口元を僅かに緩ませていた。まっすぐに女子生徒を見つめている。

「おい?」

 再三の呼びかけに、山田はようやく視線を外した。

「……あ、すみません。僕、転校生の山田狗允って言います。見学がしたくて」

 ぼくと倉吉は思わず顔を見合わせた。さっきの、なんだったんだ?

 一方女子生徒は山田の不審な態度よりも、見学希望の方に気を取られたらしい。

「え、見学って、歴研……えっと、歴史研究同好会の見学ですか?」

「はい」

 やはり山田は女子生徒をまっすぐに見る。

「ええっ、すごい……えっと、どうしてうちに……じゃないや、あの、ごめんなさい、今、部員がいないんです」

「一人だけなんですか」

「あっ、いいえ、あの、部員はいるんですけど、今日は水曜日なので」

 三年生なのに、二年生の山田に気圧されている女子生徒。まあ、年齢で言ったら山田の何百歳か年下になるから、しょうがないのかな。それにしても山田の態度がなんだか大人げなくて、彼らしくない。

「あの、水曜日っていうのは、マンガ研究部の活動日で、えっと。うちの部活、ていうか同好会なんですけど、うち、兼部してる子が多いので、みんなそっちに行ってるんです」

「あの、先輩のお名前は」

「あ、ごめんなさい。私、同好会長の木谷といいます。よろしくお願いします」

 名前を聞いた山田の口元が、再び緩んだ。

「よろしくお願いします」


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