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山田と倉吉

 次の日学校へ行っても、山田は話しかけてこない。

 ……と思っていた。

「小山くん、おはよう」

 大きめのスポーツバッグを肩から下ろしたそいつは、どこからどう見ても高校生だ。こいつ、成長が止まったのは二十歳やそこらじゃなかったっけ。さば読んでるなあ。

 と、あいさつを返していなかった。

「おはよう、山田」

「なんだ、いきなり呼び捨てか」

 山田は苦笑した。いや、だって、なあ。

「じゃあ僕も呼び捨てにしよう。小山、よろしくな」

 そこで会話は終わりかと思えば、山田はぼくの席までついてくる。

「なんだよ、いきなり」

「いきなりってことはないだろ、もう何百年の付き合いだ」

 知り合ったのは何百年か前でも、付き合い自体はせいぜい十数年だと思うけど。

 山田は勝手にぼくの隣の齊藤さんの席に座った。そういうの、座られる側からしたら本当に迷惑なんだぞ。

「倉吉の席にしとけよ」

「あ、そう?」

 山田は素直に倉吉の席、ぼくの真後ろの席に座った。ぼくは振り向いて、山田の話に付き合ってやる。

「何か目的があるのか?」

「まあ、ある」

 山田は頷いた。

「なんだよ」

 ぼくは頬杖をついて、一応聞いてやる。山田はもう一度頷き、口を開いた。

「しばらく、学校生活を送りたいんだ。そのために、友だちが欲しい」

「はあ?」

 ぼくは意味が分からなくて山田の顔を見るが、山田は至極真面目な顔をしている。

「友だちって」

「頼むよ、シロ。お前しかいないんだ。僕がヒトのこと嫌いなの、知ってるだろ」

「っていうより、犬が好きなんだろ」

「まあね」

 とはいえ、確かに山田は昔から、人の身を嫌っている節があった。俗世を離れ、ぼくらに接触してきたのもそのためだ。

 しかし、だというのに、学校生活を送りたい、しかも友だちが欲しいとは。学校なんて、社会の縮小版だ。それこそ山田の嫌いな人間社会にどっぷり浸かることになってしまうのではないだろうか。

 それを問うと、「聞くな」と言われた。自分の矛盾には気がついているらしい、というよりも、きっと『学校生活を送る』というのは何かの手段だろう。もっと大きな目的があるはずだ。ぼくに話す気はないらしい。まあ、そこまで信用されるほど知った仲ではない。

「別に、昔のシロならいいんだけどさ。今のお前は人間だからね、腹のうちがどうなっているものか、わかりやしない」

 とはいえ、お前が人間だからこんなこと頼めるんだけどね、と山田は苦笑した。

 ふむ、一緒にクラスメイトとしてやっていく分にはまったく不満はない。友だちにだってなってやっていい。ただ、いつの間にか、彼の本当の望みに付き合わされるような気がして、そこはためらってしまう。面倒ごとでなければいいけど。

「しばらくって、どれくらいだ?」

「そうだな、大学二年生くらいまでかな」

 山田は簡単に言った。

「大学って……ここ、別にエスカレーターとかじゃないぞ」

「エスカレーターだと困る。僕が行きたいのは市立大学だからな」

 この高校は県立だ。どこかの大学の附属とかではなく、山田が言う市立大学への指定校推薦枠が多いわけでもない。ちなみに言うと、ぼくが現実的にどこそこの大学に行きたいと決意したこともない。ぼくは身体を引いた。

「大学まではさすがに付き合わないぞ」

 山田は逆に身を乗り出して言う。

「なんでだよ、付き合ってよ」

「逆になんで付き合うと思ってたんだよ」

「僕とお前の仲じゃないか」

「お前らそんなに仲が良いのか」

 突然割り込んできた声に二人して横を向くと、そこには倉吉が立っていた。

「よ、よお、おはよう」

「なんだよ、大学の話までしちゃってさ。俺を入れてくれたって良いだろ」

 山田が『こいつ誰』という目でぼくを見てくるから、さりげなくフォローしてやることにする。というかなんで、ぼくはこんなに山田に気を使っているんだろうか。

「倉吉。山田に犬の写真見せてもらえば」

 途端山田と倉吉の目が輝いた。

「え、見る? 僕の犬の写真、見る? すっごい凛々しいよ、ほらこれこれ」

「わあ、見たいみたい」

「ちょっとそこ座れよ、名前えっとなんだっけ」

 ぼくが気を利かせて倉吉のことを名前で呼んでやったというのに、全く聞いていない山田。しかし倉吉は全く気にしない様子で名乗った。

「倉吉、よっしーでいいよ」

 え、そんな愛称聞いたこともないけれど。犬でどれだけ盛り上がれるんだ、この高校生男子たち。ぼくは猫が好きだけれど、猫の写真でここまで盛り上がったりはしないぞ。実際に触れてなんぼだからな。

 友だちがほしいって、もうなんだか友だちできてるじゃないか。ぼく、いらないんじゃないかな。後ろ向いて眺めているだけってのも寂しいし、もう前向いとこう。

「なあ、小山、見てみろよ」

「え?」

「そんな寂しそうな顔するなよ。かっこいいぞ、この犬」

「どれどれ」

 寂しい顔はしてないけどな、断じて。頼んできたくせに山田がぼくを放っておくから、もういいやって思いかけてただけで。寂しくないから。

 とにかく、山田が持っているスマートフォンの画面を見ると、そこには当然犬の写真があった。

 いわゆる日本犬だ。柴犬のように毛で丸くなっておらず、しゅっとした輪郭を持っている。毛色は灰色。確かに凛々しい顔立ちといえる、かもしれない。

 でもももこさんのほうがいいな、ぼくは。

「お前の猫とは別もんだろ」

 心を読まれた。

 しかし懐かしい。この犬を見るのは二度目だ。最初に見たときが、山田と会った最後だった……。篠の言ではないが、再び会うとは思っていなかったな。

「よっしー。お前良い奴だね。この学校来て良かったかもしれないな」

「なんだよ、嬉しいこと言うじゃないか」

 やってきた倉吉によって結局席を奪われた齊藤さんがちらちらとこちらを窺っているのが知れたが、犬の話で盛り上がっている二人の間に入ることは叶わなかった。ごめん、齊藤さん。


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