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ぼくと山田

「なあ、篠」

「おう、ねこさま、おかえり。ももこも」

「ただいま」

 篠は、ぼくが帰ると既にぼくの部屋にいることが多い。だからといって別に家事をしてくれるわけでもなく、機嫌がいいときに洗濯物をいれてくれるくらいで、夕食が用意されているなんてことはまずない。いっつもただ飯食らってるんだから、なにかで恩返ししてくれてもいいような……あ、夏休みの宿題か。

 とにかく、篠はだらだらと擬音がついていそうなほど堕落した体勢で、マンガを読んでいたようだ。今は顔を上げ、いきなり話しかけてきたぼくを不思議そうに見上げていた。

「ぼくのクラスに転校生が来たんだ」

「そうか」

 そう言って、篠は再びマンガに目を落とした。それ、読み終わったら持って行ってくれよ。篠が捨ててくれないからうちに溜まる一方だ。

 ぼくは台所に立ち、夕食の準備をした。今日は焼きそばだ。うちの焼きそばはお好み焼きのソースで作る。他の家もそうなんだと思っていたけれど、カップ焼きそばについているのはさらさらのソースだ。みんなあんなソースで作っているんだろうか。

 作りながらももこさんにご飯をあげる。先に食事をとるももこさんを篠が物欲しそうに見つめていた。って、まさか篠って、猫のえさでもおいしく食べるんじゃないだろうな。

 焼きそばは、キャベツの入れすぎで少しべちゃっとしてしまった。否、焼きそばとしては、このキャベツの量はちょうどいいのだが、二人分を作るにはフライパンがいささか小さすぎたのだろう。

 篠は何も言わずに相変わらずがつがつと完食し、それから唐突に話を続けた。

「で、なんでそれを篠に言うんだ?」

「別に。どんな反応をするかなと思って」

「ねこさまのクラスのことで、篠はどんな反応をすればいいんだ?」

「別に驚くとは思ってないけど、いろいろあるだろ」

「例えば?」

 ぼくは言おうと思ったが、ちょっとこれは気恥ずかしすぎる。

「……ま、まーじーでー、とか」

「驚いてるじゃないか、それは」

 篠は呆れた声で言った。

 

 根っからの好奇心か、それとも仲間に入れてやろうとしてか、幾人かが山田くんに話しかけていた。山田くんはそつなくそれらと会話し、いたって自然に、彼はクラスにとけ込みそうだった。

 ぼくはといえば、それを遠巻きに眺めている。倉吉も、なぜか一緒に眺めている。男だとわかって失望した手前、話しかけには行きにくいのか。倉吉も人見ずする質なのかもしれない。

 ぼくは山田くんのことを知っている。彼も、きっとぼくのことが分かっているんだろう。でも知らんふりしているその真意はよくわからない。だからといって、ぼくも自ら話しかけるほどでもない。というより、会話はしたことがないのだ。山田くんに一方的に話しかけられるのが常だった。

 まあ、別に用があるわけじゃないしな。そう思って、目の前の宿題に集中することにした。ってこれ、夏休みのじゃないからな。ぼくは頑張って31日中に終わらせたからな。近頃の高校生の夏休みは31日より前に終わるって? そんなの知るか。

「いぬすけんところは、どうだった?」

 と、会話の中にそんな一言が聞こえてきた。

 いぬすけ? ってまさか、山田くんのことか。

 なんだか微妙なあだ名だと思ったものの、山田くんはにこやかに返事をしていた。まあ、あの山田くんだしな……。

「小山も気になるんだろ、山田のこと」

「え? 別に……」

 というか、なんで倉吉は山田くんを気にしてるんだ。

「俺も犬大好きなんだ。あいつの家の犬の写真、見せてほしいんだけどな……」

 あっそう。


 平和な一日が終わり、ぼくはのんびりと帰宅の途についた。例によって例のごとく、駅の近くで夕食の買い物をする。毎週火曜日は卵が安いんだ。今晩何にしようかな。

「小山くん」

 呼ばれて振り返ると、そこには山田くんが立っていた。

「ああ、山田くん。買い物?」

「いや、そうじゃない」

 山田くんはなんだかにやにやと笑っている。

「一応、ご挨拶しようかと思って。『ねこさま』」

「……お前、おれのこと『ねこさま』なんて呼んでなかったろ」

「だって白かったから」

 山田くん……ああもういい。山田は昔のぼくのことを『シロ』と呼んでいた。


 まあもうお分かりかと思うけれど、山田はぼくの猫時代の知り合いだ。出自は多分、ただの人間だったような気がするけど、執念なのかなんなのか、ある特殊能力を手に入れ、その一環で今も若いまま生きている、んだろうと思う。ぼくも現代で会ったのは初めてだから、よく事情は知らない。

 とにかく、彼の人となりを紹介するのは、たった一言で良い。

 山田はすごく犬が好きなのだ。

「ついでに挨拶なんてするような性格でもなかったろ」

「うわあ、なんか、変な感じがするなあ。シロとしゃべってる。ていうか、シロじゃないよね、これもう」

「何しに来たんだよ」

 ぼくは少しいらいらして山田に聞いた。

「ああ、やめてくれよ、そういうの」山田は両手を上げて降参のポーズをとった。「なんだ、記憶も能力も全然だって噂だったけど、もうばっちりじゃないか」

「さあね」

 記憶は、実のところときどき抜けている。忘れているのか、猫だったぼくは適当だったからそもそもあんまり覚えていないだけなのか。

「あの、子分気取りの女もいるのか」

「篠のことか? いるよ」

「あいつ、よくお前が人間になってることを許したな……」

 許すも何も、ぼくはたった今人間であって、それを変えることはできないから、仕方がない。それでもぼくのところにいると決めたのは篠だけど。

「相変わらず、篠のことは嫌いなのか?」

「やっぱり、シロには分かってたか。いっつもにゃーとも鳴かない猫だったから、正直お前が何を考えていたのか全く分からなかったよ」

 猫だから何も分からないなんてことはない。怒りや嫌悪などの敵意は一番伝わりやすい。篠と山田(当時は山田なんて名乗っていなかったけど)は昔からなぜか折り合いがつかなかった。なんでだろうな。山田がどうしようもないナルシストだからだろうか(これについてはまたあとで説明しようと思う)。

「篠はまだ、おれが思い出したことに気づいてないよ」

「あ、そうなの? 隠してるの?」

「隠すつもりもないけど、気づいてないのが面白いから、言ってない」

「確かに面白い」

 そう言って山田は笑った。篠と山田の仲は悪かったが、ぼくと山田は当時からなかなか良い関係を作ってきたのだ、今みたいに会話を交わすことはなかったけれど。なんたって片方猫だし。


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