ねこさまとぼくと篠
「しかし、ようやく認める気になったな?」
「何の話だ?」
「ねこさまがねこさまであるということだ」
「魔王かなんかって話か」
「そうだ」
頭はかすかにこぶになっただけですんだ。なんでこれだけで済んだのか自分でも不思議だ。だって鉄パイプで殴られたんだぞ、ぼく。どれだけ石頭だ。
なんとかインコを追い払い、再び泣きだした篠をなだめながらようよう帰宅した。どこかで散歩でもしてきたんだろう、ももこさんも一緒に帰ってきた。お互い精神を落ち着かせようと、お茶を用意している途中で、篠がそんなことを言ってきた。
「なんで認めるだとかいう話になるんだ」
「だって、使っていただろう」
篠の指摘にぼくはぐっと詰まった。さすがに、あれでとぼけられるほどぼくは鈍感ではない。確かにあのとき、
ぼくはまっすぐ篠のところへ行きたいんだ
あのとき、ぼくは自分に存在するなんらかの力を行使した。チンピラたちの声をうるさく思い、進路にいる奴を邪魔だと思った。つまり、黙れ、退け、と命令したのだ。
ぼくが気を緩めるまで、彼らはぼくの進路を妨げることは叶わず、声を上げることもまた然り。意識して使ったのはその一回きりだったけれど、その感覚は今、しっかりとぼくの身に刻まれてしまっている。
「言っただろう、自覚すれば、もっとうまく使える。力は拒むのではなく、制御するのでもなく、うまく操るのだよ」
篠は物知り顔で言う。
「……ああ、認めるよ。おれはどうやら、普通の人間ではないらしい」
ため息まじりのぼくの言葉に、篠は顔を輝かせた。
「ねこさま……!」
「それで、魔王だっけ?おれは何をすればいいんだ?」
瞬間彼女の笑みが固まる。
「…………何も?」
「は?」
急須の中身を勝手に確認して、篠は自分の湯のみにお茶をそそいだ。おい、ぼくのも入れてくれればいいだろ、ついでに。
「だってねこさまだって特に何かしていたわけじゃない。今まで通りでいいんじゃないか?」
「え、だって、……なんか国を支配とか」
とたん篠は笑い出した。ぼくの背をばんばんと叩く。
「何言ってるんだ、ねこさま、RPGじゃないんだぞ! どうするんだ、世界を恐怖にでも陥れるのか? 単なる縄張りだよ、縄張り」
「……じゃあ、なんで篠はおれをねこさまだと自覚させようとしていたんだ?」
てっきりぼくは、ふたたび魔王として起ってくれとか、そういう話だと思っていたんだけど。
笑いすぎて出た涙を拭いながら、篠は言った。
「ただ篠は、またねこさまと暮らしたかっただけだ」
にっこり笑う篠を見て、確かに、ちょっとは可愛い顔をしているのかも、とぼくは認めた。
それから別にぼくの生活は変わらない。ももこさんとぼくの二人暮らし。学校に行って、帰る。ときどき隣人が料理をたくさん作ってお裾分けしてくれる。友人関係も、離れて暮らす両親との関係も良好だ。
……ただときどき、家に上がり込んできて、ももこさんを抱きしめてごろごろしたり、ぼくのご飯を勝手に食べていく少女が加わったくらいだ。
「ねこさま、布団入れたぞ」
「ああ、サンキュ」
今日は休日。朝はゆっくり寝て、魚屋でおいしそうな太刀魚を買って、布団を干して、掃除。篠がやってきて昼食を食べて、そのあとはごろごろしていた。
しかしなんだろう。何か忘れている気がする。
「なんだ? 洗濯物も入れたぞ?」
「いや、そうじゃないんだ」
最近ずっと、何かを忘れている気がする。
なんだっけ……、
「あ?!」
声を上げたきり立ち止まったぼくを篠が呼ぶ。
「ねこさま?」
「……いや、なんでもない」
「思い出したのか?」
篠はきょとりと首を傾げてぼくを見た。
ああ、まったく変わっていないな。
ももこさんを見下ろす。
ああ、なるほどなあ。
「うん。明日の宿題のことだ」
「篠が教えてやってもいいぞ。こう見えても近代の勉強も良くできるからな、篠は」
「じゃあ、頼んでみようかな」
ぼくは懐かしく篠を眺めた。
よく見つけ出したものだ。執念だなあ。それにしてもこうしてぼくが思い出したことに気づかない辺り、だいぶ平和ボケしてるな、こいつ。
「で、なんだ? 数学か? 歴史か? 現代文だけはちょっと苦手だからな」
「数学だ。公式が覚えられないんだよな、おれ」
「それは単なる記憶の問題じゃないか」
まあ、しばらくこのままでいいか。
第一部完、ということで、一旦完結とします。




