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篠とチンピラ

 篠はいらいらしていた。

 何しろちっともねこさまが来ない。

 いたいけな少女が捕まってるんだぞ! それでも迷惑をかけたくなくて、『来るな』って言ってるんだぞ!

 来いよ!


 ついでにポーズで縛られてみたのに、ぜーんぜん来ない。縄がうっとうしくてたまらなくなってきた。

 ついにしびれを切らしてさきほどチンピラたちをけしかけて呼びに行かせたのに、それもまだ戻ってこない。どうなってるんだ!


「あの……ですね、姐さん」

「なんだ」

 男たちの中でリーダー格らしい男が、もみ手で篠に近寄ってきた。

「俺たち、結構切羽詰まってるっていうか、ですね」

「それがどうした」

「……あのですね、俺たち、ちょっと最近谷口って奴ともめててですね」

「それがどうした」

 そいつを見もせずにいらいらと答えると、近くの男たちが反発の声をあげる。

「山下さん、もうそんな女ほっといて、谷口シメに行きましょうよ!」

「そうっすよ! あんな気取った勘違い野郎、さっさと格の違いを見せちまわないと」

 うるさい奴ら。

「それは、篠とねこさまのことより重要か?」

「まあ待て待てお前ら。……姐さん、頼みますよ。わりとそれどころじゃないんすよ、俺たち。確かに谷口って野郎はいつも鳥なんて連れ歩いてる意味不明な奴っすけど、最近調子に乗りすぎてる。ここらで俺らが締めとかないと……」


「誰が誰をシメるって?」


 声に、その場の全員がはっと視線を向けた。篠だけは最初から正面を向いていたが。

 立っていたのは他の男どもと何ら変わりない、チンピラ風の格好の男だった。ただひとつ奇妙な点は、鳥を連れていることだ。

「た、谷口……!」

「どこから!」

「入り口から入ったに決まってんだろ。もう少し腕の立つ奴置いとけよな」

 谷口と言われた男はゆっくりと男たちに向かって歩いていく。正しくは、その中心である山下に向かって。

「てめえ……!」

「よせ」

 立ちはだかろうとするチンピラを言葉だけでいさめて、山下は不敵に笑った。

「一人できたのかよ? ずいぶんと余裕かましてくれるなあ」

「はっ。こんな小悪党どもひねり潰すのに、俺の舎弟使うまでもねえ」

「なんだと!」「もういっぺん言ってみろごら!」などど野次が飛ぶ中、山下のすぐ隣にいた少女がぶるぶる震えだす。最初に気がついたのは山下だった。

「ね、姐さん?」

「……そ、そいつを近づけるな」

 声も震えている。それがいっそう谷口の興味をそそってしまったらしい。

「ああ? まだ乳臭えがなかなかカワイイ顔してんじゃねえか。もしかしてお楽しみ中だったのか?」

 顔をぐいっと近づけ、少女の容姿を確認する。わかりやすいくらい少女は身をすくませた。

「ぎゃっ」

「ぎゃっはねえだろ、色気ねえなあ」

「やめてくれやめてくれ篠はそれだけはだめなんだ」

 谷口は篠のあごに手を伸ばし、くいっと持ち上げる。今さらながら状況に気がついた男たちがばっと立ち上がり谷口を囲んだ。

「近づけるな近づけるなやめてやめっ」

 谷口の肩に乗っている鳥が急に羽ばたいた。




 ……来てしまった。


 ぼくは内心ため息を吐く。それだけじゃ足りない気がして実際にもため息を吐いた。

 ボーリング場の駐車場にはたくさんのバイクが置いてある。こんなところに自転車で乗り付けるぼくって相当浮いてるよな、と思いつつ律儀に整列駐輪して、しっかり鍵をかけた。

 篠の声はあれからずっと聞こえない。

 あんな慌てた声は聞いたことがない。なんでも知っていて、なんでもできそうな篠が、あんな声を出すなんて、何があったんだろう。

 どうやらチンピラたちの抗争にも巻き込まれているみたいだし、一体何やってるんだ。

 ぼくはのろのろと入り口に足を向けた。


 正面にはまっていただろうガラスはすっかりなくなってしまっている。否、地面にそれはたくさん散らばっているけど。

 男が二人、倒れたまま呻いていた。

 ……どうしようか。

 介抱しようかどうしようか悩むけれど…なんてったって相手はチンピラだ。多分倒れているのも自業自得だろうし……。

 立ちすくんでいるうちに一人が起き上がってしまい、ぼくとばっちり目があう。仕方ないから駆け寄って、「大丈夫ですか」と声をかけてみた。

「……なんだ、てめえ、谷口んとこのか」

「はあ、谷口ってのはよく知らないですけど」

「おいそいつ、姐さんが探してた奴じゃねえか」

 もう一人も起き上がって、ぼくを指差す。

「ああ? そ、そういえば、てめえ、小山か」

 ……姐さんって、もしかしなくても篠だよな……。やっぱり自分から絡んでいたのか。来る必要なかったかな。

「そ、それより大変だ、谷口の野郎が今、中に……!」

 チンピラに捕まったふりをしてぼくをおびき寄せようとして、彼らの抗争に巻き込まれたってとこかな。来たところでぼく、けんかもできないし、本当に来る意味なかったかも。

 でもここまで来てしまったし、様子だけ見るかとぼくは割れたガラスを踏まないように中に入っていった。二人の男は、あれだけしゃべることができるなら元気なんだろうし。

 中に踏み入れると、受付ロビーだったとこみたいだった。下に続く階段が中央にあって、その下がボーリング場になっているんだろう。吹き抜けになっている階下からはたしかに怒声や物音が聞こえてくる。殴り合いのけんかかな、なんか前時代的。篠は何してるんだろう。

 そっと階段から身を出して観察する。おお、物々しい。

 ほどなくして篠を見つけた。椅子に縛られているけど、あれくらい抜け出せそうだよな、篠って。多分わざとじゃないだろうか。

 篠はじっとうつむいて、動かない。

「……?」

 ちょっと嫌な予感がした。


 そろそろと階段を下りながら、篠から目は離さない。少しずつ彼女の姿が近づいて、よく見えるようになってくる。篠はうつむいて、……動かないんじゃない。

 震えている?

「おい、そこにいるのは誰だ!」

 やばい、見つかった!

 隠れたところですぐに追われて捕まるのは明白なので、ぼくはおとなしく両手を上にあげて立ち上がった。男たちはいったん争いをやめてぼくに注目しているけど、ぼくはいまだに篠から目を離せない。

 篠はまだ顔を上げない。


「おい、誰だって聞いてんだ!」

 その恫喝に思わずそちらに目を向けた。いかにも怖そうな男だ。殴り合ったら絶対に負ける自信がある。もう一度篠に視線を戻してーー、


 信じられないものを見た。

 

 涙をぼろぼろと流しながらこちらを見上げる篠がいた。


 かっと頭に血が上る。

 衝動に任せて近寄ってきた男の襟首をつかみあげた。

「お前ら、篠に何した!」

「い、いや知らな」

「何したんだよ!!」

 あの図太い女がこんなに泣くことなんて、あっちゃいけないだろう。

 しかし男はぶんぶんと首を振るだけだ。ぼくはそいつから手を離し、ずかずかと篠に向かって歩いて行く。何か外野がうるさいが、知ったことか。ていうか、本当にうるさいぞ。たむろってる奴らも邪魔。ぼくはまっすぐ篠のところへ行きたいんだ。

 気がつけばぼくは篠の前に辿り着いていた。

 篠は目をまっ赤にして、まだ涙を流している。

 ぼくは少ししゃがんで、篠と目を合わせた。

「どうしたんだよ、篠。どっか痛いのか?」

 篠は黙ったまま首を振った。

「大丈夫?」

「……もう、大丈夫だ……」

 そっか、良かった。

 思わず微笑むと、篠もつられたみたいに微笑みかけて、

 その目を見開いた。


「危ない、ねこさま……!」


 がつん、と衝撃が走った。

 ぼくはあっけなく地面に転がった。


 これ、殴られたんだろうなあ。今は衝撃しか残ってないけど、絶対あとで痛くなる。血とか出てたら嫌だなあ。あ、でも外傷ない方が怖いか。頭だし。

 ぼくはそんなふうになんだか冷静に考えていた。いや、冷静じゃないのかもしれないけど。

 視界がゆっくりと暗くなっていく。こういうのって一瞬にして気絶するんじゃないんだ、へー……。


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