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ぼくとチンピラ

 今日は誰も話しかけてこなかった。なんだか人と話したくない気分だったから都合は良かったんだけれど、それに気づいたらにわかに寂しくなってしまう。ぼくってもしかしてクラスから孤立してるんじゃないよな。

「小山」

 思った瞬間となりの席の奴が話しかけてきて、ちょっとほっとする。

「ん?」

「今日、お前どうしたの」

「え、何が?」

 隣の席の奴はそろそろと周りを見回して、意を決したようにぼくに視線を戻した。

「なんかお前、今日こわかったぞ」

「は?」

 聞き返すとぎょっと身を引いた。

「や、怒んなって。そんなふうに見えただけで。みんな遠巻きに見てたぞ、今日は」

「怒ってないけど」

 そんな態度を取っていただろうか。ていうか、ぼくが今日一日誰にも話しかけられなかったのはそのせいなのか。ぼくが考えていると相手は話題を変えてきた。

「そういやこないだのかわいい女子は」

「かわいい?」

 誰のことだろう。悲しいことにぼくに彼女はいないし。隣の奴はもう少し身を引いた。

「ほ、ほらセーラー服の女子がいたろ。この辺の学校じゃないみたいだけど」

「篠のことか?」

「名前は知らんけど。一緒に早退してった女子」

 にやりと笑って言われたが、篠ってかわいいのか。

「篠ってかわいいのか」思った通りのことを言ってしまった。

「かわいいんじゃねえの」

「ふうん」

「で、あの人は彼女かなんか?」

 そう思われるのかあ。早退について触れられたくなかったのでそっちに話題が流れるのは悪くないが、実際彼女でもなんでもないし、どちらかというと関わりたくない存在である。

「付き合ってねえよ」

「でもあの人は小山狙ってんじゃないの」

「まともな恋愛しそうな女には見えないけど」

「オンナですか。女呼ばわりですか。俺のオンナですか」



「なんであいつは来ないんだ」

「し、知らねえよ。お前が来るって言ったんだろ」

「お前、どの面下げてそんな口をきく」

「……すみません」

「兄貴、なんでそんな簡単に謝っちまうんだよ」

「うるせえな。静かにしてろ」

「……わかった」

「え、何が? ……ですか?」

「お前ら、行ってこい」

「…………どこへ?」



 学校帰りに、駅にいったん自転車を置いて、買い物をした。

 夕方は総菜が安い代わりに、魚がいいのが残ってない。おいしい魚は土日限定になってしまうな。

 声はまだ響いていた。


 ねこさま、危ないから来ちゃダメだぞ。いいか、ボーリング場跡地だぞ


 いい加減いらいらしてくるぞ。

 自転車置き場に向かいながら、雑踏に集中することでごまかそうとするが、ともすれば声の方が気になってしょうがない。

「おい、そこの兄ちゃん」

 はあ、何を企んでるのか知らないが、来るまで呼び続けるのかな……。

「おーい」

 ぼくが嫌なことを回避できるって言うんなら、この声だって聞こえないようにできるんじゃないのか?

「おい、呼んでるだろ」

 肩に手がかかってようやく声に気がついた。何だよ、そんないきなり触ってくるような人、知らないぞ。

 ちらりと手の主を見ると、なぜかびくりと身をすくませたけれど、手は離さない。

「あ、あのな。お前を連れてこいって言われてるんだ」

「……誰に?」

「それは言えない」と言って男は目を逸らした。

 明らかにチンピラって格好の男だ。派手な色と柄のシャツをだらしなく着込んで、ズボンをずるずるとはいている。しかし顔は意外といい奴な感じがする。

「……どこにですか?」

「ボーリング場跡地」

 誰か呼んでいるのか丸分かりだった。

「……行かないと、どうなるんですか?」

 男は決してぼくに目を合わさない。

「俺たちがひどい目に遭う」

 知るか。

 肩をつかまれたぼくと、びくびくしながらも離さないチンピラ。端から見ても変な格好でぼくらは固まった。少し外れとはいえ、駅の中でこんなふうに絡まれると、他人の目が気になってくるんだけど。


「よお、お前山下んところのガキじゃねえか」

 ふいにかけられた声にびくりとチンピラは身体を震わせた。

 現れたのはチンピラその2とでも言おうか、ぼくの肩に手をかけている男より一回りでかい、似たような格好の男だった。

「い、岩本……」

 「さん、だろ? お前、こんなとこいていいのかよ?」

「な、なんでだよ」

 チンピラその1はようやくぼくから手を離して、『精一杯虚勢張ってます』と言わんばかりの態度でその2に食いつく。

 岩本と呼ばれたその2はにやにやと笑いながら、くいとあごで後方を示した。

「西のやつら、今日こそは山下シメるって息巻いてたからよ」

 その1はさっと顔色を変えて、

「西のって……た、谷口の野郎……!」

 その2をすり抜けてだーっと走っていってしまった。

 その場に残されたぼくとその2。

「……で、なんだてめえは」

 ぼくはひたすら『関わるな』と唱えた。関わるな関わるな関わるな。

「……まあいい。これから面白くなりそうだぜ」

 そうそう、君たちは君たちの世界で主人公やってくれたまえ。その2は満足げな独り言を吐くと颯爽と歩いていってしまった。さあ帰ろう。


 ねこさま、しのはおなかが空いた。ねこさまはちゃんと食べているだろうか


 心配されなくても食べてるよ。今日の弁当はそぼろご飯を詰めていった。

 返事にはなっていないだろうけど心の中で答えながら、自転車の鍵を解錠して、前かごに荷物を入れる。

 悲壮感漂う声がなんとも哀れだが、その分わざとらしい。おなか空いたアピールで気を引こうなんて、あざとすぎるぞ。

 さあ出発だと自転車にまたがった瞬間、声が一瞬大きくなった。


 ぎゃっ


「……ん?」


 やめてくれやめてくれしのはそれだけはだめなんだちかづけるなやめてやめてやめっ


 そして聞こえなくなった。

「…………」

 気になるじゃないか!!

「篠? おい、篠?」

 返事がない。この声が届いているのかも最初から怪しいけど。


『ボーリング場跡地にだけは来ちゃいけないぞ』

『ボーリング場跡に連れてくるように言われてる』

『今日こそはシメるって息巻いてたからな』


「…………いや、行かないぞ」

 これも篠の作戦に違いないのだ。まんまと現れたぼくをどうする気なのかわからないけど、ぼくが『ねこさま』だとまた主張してくるんだろう。


 ……来るな


 最後に一瞬聞こえた、気がした。


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