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愛だけを失った世界「サーベスティア」  作者: 佐々木 綾
第2章 希望の種と、友達と
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その1

 私が目を覚ました時には、カシェンはもういなかった。

 制服に着替えて、借りた服をベッドの上に置いて部屋を出てみると、おばさんとカシェンが、朝食の支度をしていた。おじさんがテーブルに向かって椅子に座り、新聞を読んでいる。新聞といっても、薄っぺらな冊子のようだ。

 挨拶をしようとすると、おばさんがカシェンに指示を出した。

「カシェン、お兄ちゃんを起こしてきて」

「はーい」

 そして振り返ったカシェンに、

「あ、おはよう」

 と笑顔で先に言われてしまった。

「あら、リコちゃん、おはよう」

「おはよう、リコちゃん」

「おはようございます」

 何だか悪かったな、と思いつつ、私は挨拶した。

 私が椅子に腰掛けると、

「じゃあ、起こしてくる」

 とカシェンがおばさんに伝えて、左の奥のドアを開けて中に入った。

「また夜中散歩してたのかしら。残業くらいで寝坊しないはずよねえ。ね、リコちゃん」

 心臓の鼓動が強く打った。

「そ、そうですね」

 私は軽く笑ってみせた。あれだけ長く話したのだからまだ起きられなくても仕方がないだろう。

「お兄ちゃん、起きてよー」

「なんだよー、まだいいじゃんか」

「朝ご飯出来るよ」

「だから何」

「起きてー!」

 兄を起こすのに苦戦しているようだ。それを聞き付けた母は遂に行動に出た。

「起きなさい!」

 手を引っ張られてズルズルとミシェンがほぼ目を瞑った状態で出てきた。そのまま椅子に座ってテーブルに突っ伏す。また眠り出したようにも見えた。

 いよいよ朝食が運ばれた。といっても、昨日の夕食と殆ど変らないが……。

 ミシェンが突っ伏してるので、

「そこ、どきなさい」

 とおばさんが息子をテーブルから払うように姿勢を正せ、朝食を置いた。

「まだ食べられねえよ」

「文句は言わない。どうせ夜中フラフラほっつき歩いていたんでしょ」

「してねえって」

 上手く嘘をついているな。否定の仕方もバッチリ決まっている。

「それでは、いただきましょうか」

「いただきます」

 手を揃えて、朝食をいただいた。これまた美味しい。牛乳や卵が無くても、美味しいものは美味しいんだな、と私はしみじみ思った。でも、栄養面は大丈夫なのだろうか。サーベスティアの人達だけ平気ということはないのか、少し不安になった。

「ごちそうさまでした」

 食べ終えた人から食器を下げていった。食事の遅い私が食器を下げている時も、ミシェンだけはまだ口をもごもご動かしていた。よっぽど眠いのだろう。

 ミシェンの父を皆で会社へ送り出してから、暇になった。

「そうそう、リコちゃん、希望の種を植えるんだったわよね。何色がいいかしら……。見た感じでは赤と橙かな。緑もかしら?」

「うーん、赤はいらないんじゃない」

 そうだった、希望の種を植えるんだった。私は少しワクワクしている。自分次第で生長する植物なんて、見たことないもの。

「橙色でいいよ」

 ようやく目が覚めた、という顔でミシェンが言った。

「何であんたが勝手に決めるのよ」

「そうだよ」

「俺には分かるんだよ」

「あんた」という言葉は、別の誰かに言っていても心にグサリと刺さったりする。

「分かる……って、いつお話したっていうのよ。まさか、夜中にこっそりデートして聞き込んでいたとか……?」

「な、そんなことするわけねえだろ」

 何故か顔が赤くなるミシェン。デートという言葉に反応したのだろうか。私まで赤くなってしまいそうだ。

「ま、カシェンと植えさせましょう。母さん忙しいから。それじゃあリコちゃん、外に出てて」

「はい」

「分かった。行こう、リコちゃん」

「俺も外に出る」

「リコちゃんを泣かせるんじゃないよ」

 少し苛立っているミシェンを無視し、おばさんはキッチンに戻って食器洗いを始めた。

 三人は外に出て家の裏へ行き、カシェンが小さな植木鉢とスコップ、じょうろを持ってきた。

「これに土を入れて……」

 カシェンは土を掘り、植木鉢に入れた。

「ここからが問題なんだけど、何色の実の種を植えるかは、その人の今の状況に合わせなくちゃいけないんだ」

「だから橙色って言ってるだろ」

「何でお兄ちゃんはそう言い張るの? 勝手に決めたら駄目でしょ」

「……勘だよ、俺の勘」

 とうとうミシェンは引っ込みざるを得なくなってしまった。

「それでね、リコちゃん、言いづらいかもしれないけど、何があったのか正直に話してほしいの」

 また言わなきゃならないんだ、と私はうつむいた。

「ゆっくりでいいから、ね」

 私は、ミシェンに言ったことをもう一度カシェンに話した。いじめというもの、どういうことをされたのか、自殺に追い込まれた理由、学校の事など、言うだけ言った。

「何それ、酷い……」

 カシェンの目から涙が零れた。同情してくれている……。こんな味方が、学校にいたら、どんなに励まされるだろうか。

 ハンカチで涙を拭きながら、

「橙だね、心の明るさを取り戻す」

「だから、俺の言った通りだろ」

「こんな時に自慢しないで!」

 ミシェンは口をはさむのが好きらしい。失礼だな、と思いながら、私は「心の明るさを取り戻す」という意味の橙色の実のことを考えていた。明るさを取り戻したところで、いじめが無くなるというのだろうか。また同じことの繰り返しになるのでは……。

「それじゃあ、ここにこの種を植えて」

 カシェンから渡されたその種は、米粒のような形をしていた。色は茶色い。

「深過ぎないように植えるのがコツだよ」

 ミシェンのニコニコとしたアドバイスも参考に、私はそっと種を置き、土を被せた。

「これで、いいの?」

「大丈夫だろ」

「うん、オッケー。後は水を掛けるだけだよ」

 私はじょうろに水を汲んで、掛け過ぎないように気を付けながら、水をあげた。

「よし、これから毎日水遣りをして、努力もすれば、大きな実がつくよ」

「そうだね」

 私はホッとした。後することは、今後の生長を見守るだけ。……待てよ、努力って、何をしたらいいのだろう。

「あの……、努力って、どんな努力をしたらいいの」

「あ、そうか。それじゃあ、まず俺の友達に会ってみよう。お前は学校あるだろ?」

「そうだけど……」

 どうやらカシェンは私と遊びたかったようだ。ミシェンの友達……緊張する。優しいのがこの家族だけだとしたら……。考えるのが嫌になった。

 私達は家への階段を上っていき、ドアを開けて、おばさんに報告した。

「希望の種蒔き終わったよー。橙色の」

 私も後ろに立った。

「あら、本当に橙にしたの。リコちゃん、良かったわね。これからは頑張って水遣りよ」

「はい」

「でさあ、今から友達のところに案内してくるよ」

「仕事中なんじゃないの?」

 おばさんの言葉に、しまった、と隠せないような表情しつつも、

「それならそれで色々案内するよ」

 と焦った様子で話した。

「私は学校行ってくるね」

「はーい、いってらっしゃい」

 こうして、三人はそれぞれ出掛けることになった。

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