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愛だけを失った世界「サーベスティア」  作者: 佐々木 綾
第1章 異世界「サーベスティア」
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その4

 やがて、カシェンの寝息が聞こえてきた。私は、そっとベッドを下り、しっかりと靴を履いて、音がしないようにそっとドアを開け、部屋を出た。

 右を見ると、玄関のドアには鍵がないではないか。サーベスティアは防犯対策をしなくても大丈夫な世界なのだろうか。

 外に出たかったので、ラッキーと思い、私はまたゆっくりドアを開けた。閉める時に小さく音が鳴ってしまったが、まあこれくらい誰も気づかないだろう。

 階段を下りる途中で段差に腰掛け、一息ついた。夜空は雲ひとつなく、星が綺麗に見えた。

 私はただぼうっとして、頭の中の混乱を消し去ろうとした。澄んだ空気だけで、街灯もなく、車一台通っていない、この静けさ。月明かりだけが頼りだ。

 この世界なら、死ななくていいかも。

 そう思った途端、後ろからドアを開け閉めする音が聞こえた。私は驚いて後ろを振り返った。

 ミシェンだ。

「よっ」

 ボサボサの頭で左手をポケットに入れ、右手で手を挙げて階段を下りてきた。

 怒っているのかと思い、私は立ち上がって後退りした。

「何怖がってんだよ。なあ、詳しい話を聞きたいんだけど、近くの公園まで行こうぜ。眠くないんだろ?」

 昼寝をしたし、頭はパニック状態で、眠くはない。が、こんな夜中に公園に行けば、不良がうろついているかもしれない。いや、やはりミシェンが不良だから行くのかもしれない。でも、そのニコニコした顔を見ると、どうなのか分からなくなってくる。

「うん」

 とだけ、私は言った。

「よし、じゃあ行こう」

 先に歩き出したミシェンについていく。気を付けろよ、としっかりした姿勢で歩く彼に比べ、私は猫背で格好悪い歩き方だ。それもこれも、いじめられてからそうなってしまったと思う。でも、いい。今更元気な歩き方なんてしなくていい。

 公園にはすぐに着いた。遊具があるだけで、誰もいない。ミシェンが傍のベンチに腰掛けたので、距離を開けて私も座った。他人に見られたら、恋人同士と思われてしまいそうで、恥ずかしい。

 ミシェンは頭の後ろで手を組み、鼻で大きく息を吸って、口ではいた。

「夜の空気もいいな。何回も吸ってるけど」

 何が言いたいのか、私には分からない。

「で、希望の種見てたじゃん。あれを植えると実が生るんだけど、植えた人の努力と感情で育つ不思議な種なんだ。葉っぱも無いし」

「で」と話している途中から始まるのがミシェン流の話し方らしい。

 努力と、感情……。感情って起伏するけど、実が大きくなったり、小さくなったりするのだろうか。葉の葉緑素の代わり、というところか。訊いてみたいが、私は話し掛ける勇気というものがない。ましてや異性になんて。

「何か訊きたいこと、無いのか。会った時から殆ど話し掛けてこないけど」

 気にしてた最中だったのに、と私は落ち込んでしまった。

「力抜けばいいよ」

 とこちらを見てニンマリしているミシェン――暗いからよく分からないが――を見て、そんな問題じゃないと思った。

 試しに力を抜いてみた。緊張は少し解けたが、気軽に話し掛けられる状態にはやはりならなかった。

「で、本題に入るけど……」

 ミシェンの表情が真面目な声色に変わった。すぐに何か分かった。

「種を植えるって言っても、色を選ばなきゃいけないんだ。それぞれ効果が違ってね。だから詳しい話を聞かなきゃならないんだよ」

 そういうことだったんだ、と私は納得した。

「それでさ、初めて会った時、首を絞めてたみたいだけど、何があったんだ? 正直に言ってくれ。あんな事するくらいだから、よっぽどのことがあったんだろ」

 私の脳裏を、あの自殺未遂が横切って、硬直した。あの時、ミシェンが来ていなかったら、もう私は死んでいたかもしれない。突然の救世主……なのだろうか、彼は。

 私は思い切ってミシェンの方を向き、言葉を発した。

「いじめられてるの。学校で、クラスの、学校の生徒全員に……。それで……」

 嗚呼、言ってしまった。笑い出すまであと数秒だ。

「……」

 ミシェンは珍しく黙った。しばらくして、

「『イジメ』って、何?」

 と訊き返してきた。

 唖然とした。いじめという言葉もサーベスティアには無いというのか。

「人を馬鹿にしたりすることだよ」

「馬鹿にする……? そんな酷いこと、チキュウではやってんの!?」

 逆に驚かれてしまった。本当に知らなくて驚いているのか、ふざけているのか、もう私の頭では理解不能だ。

「許せねえ……。リコにそんなことをするなんて」

 ミシェンは立ち上がっていて、両手を握り締め、震わせていた。

「よし、絶対に実を食べて見返してやろう」

 私のことを笑わなかった、面白がらなかった。彼は自分のことのように怒り、燃えている。これって、受け入れられたの?

「まず、橙色は決定だな。赤は……必要ないかな。緑はどうしようか。あ、もっと話して」

 私はゆっくりと話し始めた。

 上靴の中に画鋲が入っていた事、トイレに入ったら上からバケツで水をかぶらされた事、黴菌扱いされている事、「死ね」と何度も言われた事、それがだんだんとエスカレートしている事……。話し始めたらきりがない。我ながらよくここまで言った、と思ったくらい話した。

「そんなことやられ続けたら、俺でさえ立ち向かう勇気が無くなりそうだよ」

 ミシェンがうつむいた。

「でも、自殺しようと思うくらいってことは、一体何人にいじめられたの」

「えっ……、クラスが三十二人だから、四掛けて……」

「そんなにいるの!?」

 驚いてこっちを見る。

「二十人位だと思った……」

「サーベスティアの学校って、小さいの?」

「小さいも何も、時間がある時に子供達が集まって、聖職者にボランティアで教えてもらうくらいだから」

 発展途上国なのかと思った。と同時に、「時間がある時に」という学校が夢のようで仕方がない。

「つまり、百人以上いるってことか」

 憧れの学校生活を頭の中で浮かべていた私は、ハッとした。

「あ、いや、それは学年全体で、他の学年も合わせたら、えーと、約三百五十人」

「……。本当に味方はいなかったの」

「無視だけの人はいるけど……、みんな去年の秋頃から、だんだん変わっていっちゃって……」

「そうか……。俺達サーベスティアの人達は『死ね』なんて虫にも言えないけどな。それにしても、何が原因でそんな事になったんだろう」

 原因は、私が醜くて、おとなしいからだろうか。そんなことより、虫にも「死ね」って言わないのは本当なのか。

「あ、そういえば……」

「そういえば?」

 一つ気になる事を思い出した。

「私の順位が下がる、って言われた」

「順位?」

「テストの点数で、高い順番から番号をつけていく……」

 上手く説明しきれなかったと思った。が、ミシェンは解ったようだ。

「そんなことだけで文句を言うのか。つまらないことなのにな。ということは、リコは順位が上なんだ」

「じ、自慢じゃないよ。それに、テストは大変なんだ」

「そうなんだ」

 話すことは全て話し尽くした感じだ。私にドッと疲れが襲う。

「話してくれてありがとう。死んでいい人なんていねえよ。よし、明日は橙の希望の種を植えよう」

 ミシェンは待ち切れなさそうにしている。橙の実にはどんな効果があるのだろう。訊こうとする以前に疲れと眠気でそれどころではなかった。明日、きっと教えてもらえるだろう。

「それじゃあ、帰ろうか」

「うん」

 私達は立ち上がり、再びミシェンの後ろを歩き、家に帰宅した。

「おやすみー」

「おやすみ」

 それぞれ部屋に入り、私は熟睡しているカシェンの隣にそっと横になった。

(死んでいい人なんていねえよ)

 その言葉が頭の中で何度もこだました。

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