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愛だけを失った世界「サーベスティア」  作者: 佐々木 綾
第7章 大切な人、別れ
29/30

その3

 暖かく、明るい日差しが部屋に入り込む。眩しくて目が覚めた。カシェンはもういない。

 リビングに行くと、朝食が用意されていた。皆が椅子に座っているが、ミシェンはうつむいている。

「おはようございます!」

「あら、リコちゃん、おはよう」

「おはよう、リコちゃん」

「おはよう」

 ミシェン以外の家族が、私に挨拶を返した。

「今から食事をするところだったのよ。ちょうど起きてきてくれて良かったわ」

「良かったです」

 私は椅子に座ってから、ミシェンに声をかけた。

「おはよう」

「……」

「いただきます」

 彼は黙り込んだまま朝食を食べ始めた。

「この子ったら、朝からずっと黙ってるのよ。よっぽどリコちゃんから離れたくないみたい」

「……」

 私だって、同じ気持ちだよ。そう言いたいけれど、こんなところでは恥ずかしくて到底言えない。

「ごちそうさまでした」

 今日の朝食も美味しかった。けれど、半分しょっぱい味がした。

 食器を下げ、私は制服に着替え、帰る準備をした。今の日本は、夕方になる頃だろうか。時差をよく覚えていない。

 朝食を食べた切り、部屋を出てこないミシェンが心配になって、おばさんに部屋の中に入ってもいいか訊ねてみた。

「え、ミシェンの部屋に? いいけど、大丈夫かしら」

「空気が悪くなったら戻ります」

 私はドアをノックして、中に入った。ミシェンは散らかった部屋で探し物をしていた。

「何を探してるの?」

「カメラ」

「カメラ? 記念写真撮るの?」

「当たり前だろ。でも無いんだよ。どこに仕舞ったんだ、俺ー!」

 ミシェンの部屋はどんどん散乱していく。

「ポラロイドカメラなんだ」

「すぐに写真が出てくるカメラだよね」

「そうそう」

 ミシェンは木のタンスの上から三番目の引き出しを引っ張った。

「ん、あ、これだ! リコ、早速撮ろう!」

「うん!」

 私はミシェンを追いかけるように、足早で外に出た。

「家の前がいい? 六色の樹の下がいい?」

「六色の樹の下がいいな」

 六色の樹には、孤独な思い出もあるが、嬉しい思い出もあるから選んだ。

「よし、母さんに報告してくるから、少し待ってて」

「分かった」

 私はニコニコと返事をした。

 ミシェンはすぐに戻ってきた。

「それじゃあ、行こう」

 そう言って、左手を私に差し出す。その差し出した左手を、私の右手が握った。

「オッケー」

 こうしていられるのも、あと数時間。昼になったら帰る約束になっている。

 六色の樹の下に着くと、見物客がちらほらいた。

「六色の樹の下って、写真を撮るのに有名なスポットになっているんだ」

「へえ、そうだったんだ」

 前の人の撮影が終わったので、私達は樹の下へ立った、寄り添って。

「誰か写真撮ってくれる人、いませんかー?」

「いいですよ」

 一人の男性がミシェンのカメラを預かった。

「いきますよー」

 この世界にピースはないらしい。なので、私も手を下に下ろした。

 シャッターが下りる音がした。

「もう一枚お願いします」

「はい。では、もう一回いきまーす」

 笑顔で、笑顔で。

 シャッターが下りた。

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 男性は、カメラと出てきた写真をミシェンに渡して去っていった。

 私達はベンチに座り、撮った写真が色づいてくるのを待った。

「あ、出てきたんじゃない?」

「本当だ! リコ、可愛い」

「やだー! あ、ミシェンにやけてる」

「二枚目も出てきたぞ」

「いいね、いいねー」

 写真を見ながら、二人ではしゃいでいた。

 そうしているうちに、あっという間に時間が経ってしまった。

「私、カシェンちゃんやおばさんに挨拶してこないと」

「そうだな……。よし、飛ぼうか」

「飛ぶ?」

「転移術だよ。掴まれ」

「うん」

 私はニコッとしてミシェンの腕に掴まった。

 家の中に上がる。

「あらリコちゃん、帰る時間ね」

「はい。それで挨拶に来ました」

「短かったわね……」

「いえいえ、そんなことありませんでした」

「カシェン、おいで」

「はーい」

 二人揃ったので、私は言った。

「今までお世話になりました。おかげで元気も出て、自信もつきました。本当にありがとうございました」

 そう言って頭を下げた。

「こっちがお礼を言いたいくらいよ。『愛』ということをよく知れたもの」

「私も。それに話していて楽しかったよ!」

「どういたしまして。それでは、さようなら!」

「さようなら!」

「さようならー!」

 二人の目から涙が零れていた。私は後ろを振り返って、家を出た。

「それじゃあ、行くぞ」

「また転移術?」

「ああ。時間も迫ってるし。午後からの仕事が無ければな……」

「そっか……。頑張ってね」

「ありがとう。行くぞ」

 私はまたミシェンの腕に掴まった。

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