その3
暖かく、明るい日差しが部屋に入り込む。眩しくて目が覚めた。カシェンはもういない。
リビングに行くと、朝食が用意されていた。皆が椅子に座っているが、ミシェンはうつむいている。
「おはようございます!」
「あら、リコちゃん、おはよう」
「おはよう、リコちゃん」
「おはよう」
ミシェン以外の家族が、私に挨拶を返した。
「今から食事をするところだったのよ。ちょうど起きてきてくれて良かったわ」
「良かったです」
私は椅子に座ってから、ミシェンに声をかけた。
「おはよう」
「……」
「いただきます」
彼は黙り込んだまま朝食を食べ始めた。
「この子ったら、朝からずっと黙ってるのよ。よっぽどリコちゃんから離れたくないみたい」
「……」
私だって、同じ気持ちだよ。そう言いたいけれど、こんなところでは恥ずかしくて到底言えない。
「ごちそうさまでした」
今日の朝食も美味しかった。けれど、半分しょっぱい味がした。
食器を下げ、私は制服に着替え、帰る準備をした。今の日本は、夕方になる頃だろうか。時差をよく覚えていない。
朝食を食べた切り、部屋を出てこないミシェンが心配になって、おばさんに部屋の中に入ってもいいか訊ねてみた。
「え、ミシェンの部屋に? いいけど、大丈夫かしら」
「空気が悪くなったら戻ります」
私はドアをノックして、中に入った。ミシェンは散らかった部屋で探し物をしていた。
「何を探してるの?」
「カメラ」
「カメラ? 記念写真撮るの?」
「当たり前だろ。でも無いんだよ。どこに仕舞ったんだ、俺ー!」
ミシェンの部屋はどんどん散乱していく。
「ポラロイドカメラなんだ」
「すぐに写真が出てくるカメラだよね」
「そうそう」
ミシェンは木のタンスの上から三番目の引き出しを引っ張った。
「ん、あ、これだ! リコ、早速撮ろう!」
「うん!」
私はミシェンを追いかけるように、足早で外に出た。
「家の前がいい? 六色の樹の下がいい?」
「六色の樹の下がいいな」
六色の樹には、孤独な思い出もあるが、嬉しい思い出もあるから選んだ。
「よし、母さんに報告してくるから、少し待ってて」
「分かった」
私はニコニコと返事をした。
ミシェンはすぐに戻ってきた。
「それじゃあ、行こう」
そう言って、左手を私に差し出す。その差し出した左手を、私の右手が握った。
「オッケー」
こうしていられるのも、あと数時間。昼になったら帰る約束になっている。
六色の樹の下に着くと、見物客がちらほらいた。
「六色の樹の下って、写真を撮るのに有名なスポットになっているんだ」
「へえ、そうだったんだ」
前の人の撮影が終わったので、私達は樹の下へ立った、寄り添って。
「誰か写真撮ってくれる人、いませんかー?」
「いいですよ」
一人の男性がミシェンのカメラを預かった。
「いきますよー」
この世界にピースはないらしい。なので、私も手を下に下ろした。
シャッターが下りる音がした。
「もう一枚お願いします」
「はい。では、もう一回いきまーす」
笑顔で、笑顔で。
シャッターが下りた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
男性は、カメラと出てきた写真をミシェンに渡して去っていった。
私達はベンチに座り、撮った写真が色づいてくるのを待った。
「あ、出てきたんじゃない?」
「本当だ! リコ、可愛い」
「やだー! あ、ミシェンにやけてる」
「二枚目も出てきたぞ」
「いいね、いいねー」
写真を見ながら、二人ではしゃいでいた。
そうしているうちに、あっという間に時間が経ってしまった。
「私、カシェンちゃんやおばさんに挨拶してこないと」
「そうだな……。よし、飛ぼうか」
「飛ぶ?」
「転移術だよ。掴まれ」
「うん」
私はニコッとしてミシェンの腕に掴まった。
家の中に上がる。
「あらリコちゃん、帰る時間ね」
「はい。それで挨拶に来ました」
「短かったわね……」
「いえいえ、そんなことありませんでした」
「カシェン、おいで」
「はーい」
二人揃ったので、私は言った。
「今までお世話になりました。おかげで元気も出て、自信もつきました。本当にありがとうございました」
そう言って頭を下げた。
「こっちがお礼を言いたいくらいよ。『愛』ということをよく知れたもの」
「私も。それに話していて楽しかったよ!」
「どういたしまして。それでは、さようなら!」
「さようなら!」
「さようならー!」
二人の目から涙が零れていた。私は後ろを振り返って、家を出た。
「それじゃあ、行くぞ」
「また転移術?」
「ああ。時間も迫ってるし。午後からの仕事が無ければな……」
「そっか……。頑張ってね」
「ありがとう。行くぞ」
私はまたミシェンの腕に掴まった。




