その2
「私も、帰らないとね……」
「……」
ミシェンは黙り込んだ。悲しくなってきた。地球では、私の両親が待っている。でも、でも、サーベスティアには大好きな人、友達がいる。今の私なら、地球でも友達ができるだろう。でも、そういう意味ではない。
と、なんとミシェンが泣き顔の状態で、ベッドに上がり込んできたのだ。そして、私の細くなった腕をそっと抱いた。
私達は、同じベッドの上で涙を流していた。私はミシェンの方に体の向きを変えた。そして、今度はお互いの手を握り締めた。
離れたくない。
「お兄ちゃんどこいるのー?」
カシェンが部屋に入ってきた。
「キャーッ!」
私達はビックリして上半身を起こした。もう遅い、見られてしまった。
「カシェン、これは……」
「お兄ちゃんの変態!」
「ち、ちがっ……」
カシェンは出て行ってしまった。
改めてお互いの顔を見つめ合う。そして赤くなる。
「どうしよう……」
「俺達は堂々としていよう」
それだけ言って、ミシェンは靴を履き、ベッドから下りた。
「リコ、立てるか?」
私は靴を履いてベッドを下りた。まだフラフラする。
「歩けそうにない……」
「それなら支えてやるよ」
ミシェンは私の右側に立ち、左肩を掴んで、玄関まで行き、慎重に階段を下りた。
「あ、転移術使えば楽に行けたんだった」
「どこに行くつもりなの?」
ミシェンは何も言わず、転移術を使った。六色の樹のある広場だ。外はもう暗くなっていた。
「でね、抱き合ってたの……」
「カシェンちゃん、後ろ……」
「あー!」
カシェンがメルタに事の次第を話していた。
「お兄ちゃん、リコちゃんに何て事したの!?」
「ただ見つめ合ってただけだよ。な?」
「う、うん」
広場でこんなに密接していると恥ずかしくてならない。
「リコちゃん嫌がってんじゃないの? それとも本当に、カップルになったのか?」
「当たり前だ」
その言葉に私の体中が熱くなった。
「……本当みたいだな」
「おーい、ミシェンー! って、リコちゃん……」
ラカーレが私達を見た途端、げんなりしてしまった。
「お兄ちゃんね、リコちゃんと転移術で帰る前、聖堂の裏で泣いてたんだよ」
カシェンが私に言う。
「な、なんだよ。いかにも俺が寂しがり屋みたいじゃないか」
「本当じゃない」
「男なのにみっともないよ」
「お前も男だろうが!」
「あたしは女ですう」
メルタとミシェンの言い争いが始まった。私は笑って見ていた。
「ね、もう少しでお祭り始まるよ」
「お祭り?」
「紫の実が実ったお祭り」
何だか、私とティスカと、ザイバーが頑張ったお祭りみたいで、少し照れた。
「楽しみ」
ティスカやザイバーも外に出てきた。
「えっ、リコと一緒にいるの、ミシェンじゃないの!?」
「ミシェンってどんな顔してたっけ」
ティスカがザイバーを蹴った音で私は気付いた。
「ティスカにザイバー! 凄い人の数だよね」
「ああ。それより、体は?」
「支えてもらえればなんとか……ってところかな」
「無理すんなよ。あと、ミシェンにも」
「む、無理なんかしてないよ」
「お、みんな集まってるな」
イギルだ。
「っておい、ミシェン……。まさか……」
「そのまさかだぞ」
「何!?」
私達、注目の的になっている。恥ずかしい、けれど、この温もりが……。
やがて、お祭りが始まった。皆で踊ったり、食べたり、店を回って遊んだり。そして、楽しく話した。結構日本に似ているお祭りだ。
最後に神父様が、用意された壇上に上がり、
「今までにはなかった、『実がなくなる』という前代未聞の事件がありましたが、少年少女の努力でまた復活したことには大変驚きました。名前を呼ばれた者はこの壇上に上がりなさい。リコさん、ティスカさん、ザイバー君」
私はよろけながらも三人で壇上に上がった。そして、拍手が沸き起こった。
「……よって、この三人を褒め称えます。では、壇上から下りなさい」
二人は私を支えながら壇上から下り、ミシェン達の元へ戻った。
再びミシェンの左腕に支えられ、お祭りも終わり、それぞれの家に帰ることになった。
大勢の人が散らばっていき、カシェンは勿論、おじさんとおばさんの二人と合流した。
「リコちゃん、久しぶり!」
おじさんとおばさんは声を揃えて言った。そして隣にいるミシェンに、
「あんた、その年で何やってんの。リコちゃんから離れなさい」
と叱った。
「やだねー。な、リコ」
「う、うん」
「ミシェン、いくらもうすぐ大人になるとはいえ、まだ早い」
おじさんも叱る。
「だって、くっついてしまったのは仕方がないしなあ」
「そうだよね」
「リコちゃん!?」
笑顔で見つめ合った私とミシェンに、父と母と妹は驚いていた。
「……まあ、いいわ。今夜はリコちゃんの為に、沢山料理を作ったわよー」
「申し訳ないです」
「何遠慮してるの。その細い手、顔。いっぱい食べてもらわないと」
そんな会話をしている間に、ミシェンの家へ着いた。
おばさんが一生懸命料理を運ぶのを、カシェンが手伝う。私の口の中は唾が出るのが止まらない。
「それでは、食べましょうか。いただきます!」
「いただきます!」
私は男並みにがつがつと食べた。そのスピードの速さに、おじさんやカシェンの目が点になる。
「おかわり下さい!」
「はーい」
おばさんが私の皿に山盛りに盛った。それをまた凄いスピードで食べる。
美味しくて、こんなに沢山食べれて、涙が出る。幸せ過ぎる。
「まだおかわりありますか?」
「これで最後よ」
おばさんが最後の最後まで皿に盛ってくれた。やっと食べるスピードも落ちて、満腹になった。何ヶ月振りだろう。
「ごちそうさまでした!」
「お粗末さまでした」
「凄い食べっぷりだったな、リコ」
「だって、殆ど食べてなかったもん」
「リコちゃん、元気になったわねえ」
「ありがとうございます!」
「今日はゆっくり寝てね」
「はい」
感謝でいっぱいだ。他人なのに、こんなにご馳走を作ってもらって、親切にしてくれて。
「私と寝るの、久しぶりだね」
「そうだね」
「俺と一緒に寝ない?」
「馬鹿言うんじゃない!」
楽しい。嬉しい。愛があるのとないのとでは、こんなに違うものなんだ。私は改めて実感した。
とカシェンが冷蔵庫を開けて何か探している。
「お兄ちゃーん、ここに置いておいた私のゼリーは?」
「リコにあげた」
「え、あのゼリーって……」
カシェンが兄を睨んでいる。
「ご、ごめんね。知らなかったから、食べちゃった」
「リコちゃんが謝ることじゃないよ。あーあ、せっかくデザートにって取っておいたのに」
「また買えばいいじゃん」
「そういう問題じゃなくって!」
私は冷や汗をかきながら笑った。ミシェンって、なんでこんな魅力があるんだろう。
久しぶりに温かい湯船に浸かり、体を綺麗にしてカシェンから借りたパジャマを着た。懐かしい。
ミシェンがお風呂に入っている間、私はもう寝てしまおうと思った。本当はあがってくるのを待っていたいけれど、体を休めなくては。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
私は、カシェンとおばさんに挨拶してから、カシェンのベッドで眠りについた。
いよいよ明日、お別れなんだ……。




