その1
ん、ここは……。
私は……、そうだ、皆の前で立ち上がった時に倒れてしまったんだ。
ここはどこだろう。私は水色のベッドで仰向けになっている。周りを見渡すと、床には本が散乱し、机の上も汚い。誰かの部屋、か。
すると、ドアを開ける音がした。そして、足音はこちらに近づいてきた。
「良かった、目が覚めたんだな」
「……ミシェン?」
「今、水持ってくるから」
そう言って、部屋を出て行った。ここはミシェンの家だったのか。じゃあ、この部屋は……、ミシェンの部屋!?
ミシェンはコップ一杯の水とゼリーを持ってきた。私は上半身を起こす。
「はい」
「ありがとう」
私は一気に水を飲み干し、ゼリーをスプーンを使ってゆっくり味わった。なんて甘くて美味しいのだろう。リンゴのような味がする。
「ハハ、順番が逆じゃないか」
「いいじゃん」
私達は見つめ合って笑った。
倒れる前にも見たが、ミシェンが元通りになっているのを見て、安堵した。
私は二人きりで緊張していたが、再び横になり、ミシェンに目を合わせた。
「そういえば、どうして私はここに……?」
「俺が転移術で運んできたんだ」
「そうだったんだ。ありがとう」
「本当に明るくなったな」
私の顔がポッと赤くなった。喜んでいるミシェンの顔を見て、口角を上げた。
「今まで愛なんて考えたことなかったけど、愛が無くなるってのは凄く怖い事だって分かったよ」
「ごめんね」
「いや、リコのおかげだ。そうじゃなければ気付かないまま大人になっていたから」
私は罪を犯したのに、今ではそういう捉え方をされているんだ、と驚いた。
「私が倒れる前いなくなってたけど、どこにいたの?」
「そ、それは……、聖堂の裏で……」
「裏で?」
今度はミシェンが赤くなっている。あんまり訊き出さない方がいいか、と私は敢えて話すのを止めた。
家には誰もいないみたいだ。異様な静けさになったので、何か話さなくてはと慌てると、
「よく弁当屋で、しかも毎日働いたよな。リコにとって究極の努力をしたんじゃないか?」
「まあ、ね。最初は無理だって思ったんだけど、やらなければいけなくなっちゃったから、死ぬ気で頑張ったよ。橙の実を食べてからは楽になったけどね」
「冷たい態度で接して悪かった」
「そんなのもう気にしなくていいよ」
「いや、駄目だ。俺は、俺は……」
ミシェンは両手を組んで、下を向いた。何だか様子がおかしい。
「大丈夫?」
「うっ……」
ベッドが濡れた。涙だ。
「泣いてるの……? ミシェンらしくないよ」
私は笑顔で言った。
「こっち見るな」
「泣いたって、いいんじゃない。男でも、泣きたい時ってあるんじゃない?」
そう言うと、ミシェンは顔をあげた。涙の痕が残っている。
「いいのか、こんな俺でも」
「いいよ。ミシェンらしくない、って言っちゃったけど、これもミシェンだから……」
ミシェンは思い切り泣き始めた。私は背中をさすってあげたくなった。けれど、そんな勇気なんて……ない。
少し泣き止んだところで、ミシェンが話した。
「前に俺が六色の樹の実を食べたことについて訊いた時、リコは『出来心』だって言ったけど、何でそんなことになってしまったんだ?」
私は少し壁の方を向いて言った。
「私に言われた訳じゃないことでも怖くなったり、ショックを受けたりして、すぐにでも変わりたいって、それしか思えなくなったの」
「ということは、計画して俺の家を出て行ったってことだよな」
「そうだね」
「それって、出来心とは言わないんじゃないのか?」
だったら何なのだろう。計画的な犯罪だったのだろうか。
「意味は似てるけど、真夜中に抜け出す時、見計らったんだろ? それだと、『実を食べる為に真夜中出て行こう』って意味になるじゃん」
「言われてみれば……」
確かにそうだ。私は咄嗟に罪を犯してしまったと思い込んでいた。でも、考えてみれば、違う。
「私は……、あの時の私は、自分が嫌で仕方がなかった。だから……」
「昔のリコも魅力的だったよ」
「そういう言葉もからかってるように取ってた」
「ええ、そうだったの!? そんなにリコの中では、人に対して不信感を抱いていたのか?」
「うん……」
「あー、俺がもっと理解していれば……」
「ミシェンは十分理解してくれたと思ったよ」
「いや、違う」
必死になってる彼を見て、私はもういいのに、と思った。
「もう不信感はなくなったよ、橙の実のおかげでね」
「良かったー……」
ミシェンの安心している顔を見て、私もホッとした。この感情、私……。
「野宿生活、よく耐えられたな」
「仲間がいたから耐えられたんだ。最後は独りぼっちになっちゃったけど」
「その仲間って、確かティスカとザイバー、だよな」
「ミシェンが他に連れてきた異世界の人なんでしょ?」
「ああ、リコが来る前にな。天才転移術児って言われてから、他の世界、星に行って、いろんな異世界人と話した。ティスカやザイバーもその一人だったんだけど、ティスカは病院を抜け出したら苦しくなったらしくて、連れてきた。ザイバーは……、そうそう、仕事がないって、人生をやり直したいって願っていたから連れてきたんだ」
「そうだったんだ……」
「二人の願いは叶ったか?」
「叶ったよ。ティスカは元気になったし、ザイバーも怒りにくくなったって」
「それじゃあ、元の世界に帰さないとな」
「そうだね」
そうだ、私も願いが叶ったから、帰らなくちゃいけないんだった……。




