その1
私達はだんだん痩せ衰えていくのを感じていた。
「もうヘロヘロ……」
「俺、会社やっていけんのかな……」
「私も、ぐったり……」
一日一食の生活は変わらなかった。何かの時の為に貯金しているとはいえ、服を買ったのもあってまだまだ足りない。特にザイバーに関しては朝食を買いに市場まで行っていると出勤に間に合わない。
「飢え死にしちゃうのかな……」
「リコちゃん、希望はどうしたんだよ」
「そうだよ」
「ごめん、諦めたようなこと言って」
私は皆に謝った。
「とりあえず、出発するか」
「そうしよ」
「うん」
今も怪我人や被害者が続出している中で、私は明るく「お弁当はいかがですか?」と声を出した。
「ありがとうございました!」
私が客に弁当を手渡した時、
「それは本当か!?」
「本当だってよ。見に行くか」
「ああ、勿論行くぜ」
男達が話しているのが聞こえた。
その話がこちらにも聞こえた。
「サベスの樹に紫の花が咲いたってよ!」
「あら、本当!? みんなに伝えないと」
私が食べたあの実の花が咲いた!?
「リコ、これって……」
「うん」
と、次の客が来たので、私はまた応対した。
仕事の交代中、私とティスカは話した。
「これで、愛が戻るのかな……?」
「花が咲いたってことは、戻るんじゃねえの」
「だよね! 途中で枯れることがなければ、実はつくよね」
「もう聖職者達も怒ってないかも」
「それなら安全だ!」
私は嬉し涙を流した。これは、私が頑張ったからなのだろうか。直接花を見に行ってみたいが、いくら聖職者達の怒りが鎮まっていたとしても、やはり怖いものは怖い。
「次、交代」
「はい!」
私達は店のカウンターへ戻った。
仕事が終わると、ザイバーが既に帰っていた。
「おかえり。おい、聞いたか!? サベスの樹に愛の花が咲いたって!」
「知ってるよ」
「なんだ、知ってたか」
「なんだとはなんだ!」
「ああ、ごめん」
ザイバーはティスカに手を合わせて謝罪した。
「分かれば良し。で、あたし思ってたんだけどさ、愛の花が咲いたのはリコが頑張ったからじゃない?」
「え、私が?」
「そうだよ。だって、自殺しようとしてたリコが、自分の実も育てて、更に頑張ろうとしてるじゃん?」
「そうだな。リコちゃんが愛の実を食べたってこともあるかもしれないけど、俺らより頑張ってると思うよ」
「二人とも……。私は二人のお陰だと思うよ。ここまでこれたのも、二人がいなかったら今頃どうしていたか分からないし……。本当にありがとう!」
「お互いさまってことか」
自分の犯した罪は、自分で償う。私は当然のことをしたまで。それが良かったのだろう。
「なあなあ、それで思いついたんだけどさ、聖職者も怒ってないと思うから、こっそり俺らの鉢植えを取って来ようぜ」
「な……、何馬鹿なことを言ってるんだ!」
ザイバーの爆弾発言に、ティスカが怒り出した。
「鉢植えは中庭にあるんだぞ。どうやって行くの」
「中庭に正面玄関を通らない方法を知っているんだ。そこを通れば中庭には簡単に行ける」
「嘘くさ。あんただけ行ってこい」
「いいからティスカも」
「嫌だ」
「私、行ってみたい!」
「リコ!?」
私は興味津津だった。二人の希望の実を見るよりも、サベスの樹の花の状態を見てみたいだけなのだが。
「それじゃあ行こうぜ。市場の中を通り抜ければ聖堂前に着くだろう」
「どうなっても知らないからな。全部ザイバーのせいにする」
「ああ、構わないよ」
やけに自信満々だ。
私達は森を抜け、街道まで行って、市場の中を通り過ぎた。真っ暗な為、感覚の鋭いティスカ以外は、途中で転んだりぶつかったりしたが。
虹色に光っていた六色の樹は、ほんのり淡い光しか出していなかった。それでも、花が咲いていることは確認できた。
「良かった、本当に咲いてる」
「これでこの世界の住人の愛も戻るな」
「ああ」
続いて、聖堂東口へ。ザイバーが先頭に立った。
「ここからならドアの音は軋まない」
「そうだっけ」
「そうだよ。開けるぞ」
ザイバーはゆっくりと東口のドアを開けた。本当に何も音はしないし、中庭まで行く通路を歩いても、聖職者は現れない。
中庭に行くガラスのドアを開けた。一人ずつ入っていく。
「ほらな、大丈夫だっただろ」
「まだ安心できねえよ」
二人が小声で話す。
中庭には噴水らしきものがあった。昼間に見れば綺麗なんだろうな、と思いつつも、二人の鉢植え探しを手伝った。聖堂には沢山の希望の木がずらりと置いてある。
「あ、俺の鉢植え」
ザイバーが初めに見つけた。
「えっと……、確かこの辺に……」
ティスカはまだのようだった。病気にも効く、赤く光る実は沢山ある。聖堂は、病気のある子供達――大人も?――の集まりなのだろうか。
「あ、あった」
二人の鉢植えは、実がしおれそうなくらい、時間が経ったという事を物語っている。
「鉢植えを持って帰らなければ、勝手に枯れたことにも出来るぜ」
「それなら普通種が落ちてるでしょ」
「うっ……」
痛いところを突かれたようだ。だがすぐに、
「なら、実を食べる時に種を口から出して置いとこう」
「まあ、それなら誤魔化せるかもしれないけど……」
あまり納得が出来ていないようなティスカであったが、既にザイバーが、自分の青い実を摘み取っていた。
こうなったら、と思ったのか、ティスカも自分の赤い実を摘み取る。
二人はそっと実を口の中に入れ、種を出して鉢植えに置いた。
「長居してるとヤバいから、外に出よう」
「オッケー」
「分かった」
またザイバーを先頭に、通路を歩いて東口へ戻り、ドアを開けて外に出た。そして、聖堂から少し離れた。
「ほんとに聖堂管理者が気付かなきゃいいけど……」
「大丈夫さ」
「よくそんな平気でいられるな」
「俺の作戦はバッチリだ」
私達は、また長い距離を歩いて、家へ戻った。
「はあー、やっと元の大きさで声を出せる」
「あんたがそうしたんだろうが」
「それより、元気になったか、ティスカ?」
「ああ、体中が楽になって、力が湧いてきたよ」
「それは良かった。俺は心が落ち着いたぜ」
「どこが落ち着いたんだか」
「な、酷いこと言うなー!」
「ハハッ、二人とも、おめでとう! 私のせいで食べるの遅れさせてしまったけど……」
「いいよ、気にしなくて。それよりも、俺ら三人で頑張って愛の実をつけような!」
「うん、約束」
「約束するよ!」
最後は紫の実を実らせる。そうしたら、きっと地球へ帰れるだろう。けれど、サーベスティアには二度と戻ってこれない……。
「それじゃ、おやすみー」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
三人は横になり、眠り始めた。ティスカの病気は治り、ザイバーも落ち着いた心が芽生えて、本当に良かった。同じように、サーベスティアの住民達にも、愛を取り戻させないと。




