その6
「おーい、リコちゃん、実だ、実だ!」
珍しくザイバーに起こされた。
「実?」
私は起き上がり、寝ぼけながら言った。
「そうそう! ほら、見てみな」
鉢植えを見ると、本当に実がついていた。とうとう食べられる!
「でも、花びらが落ちないと食べられないから、もう少し我慢だな」
「そうなの」
私は一瞬ガッカリした。でも、最終段階まで来たのだから、これほど嬉しいことはない。
「五月蝿いな……」
ティスカが私とザイバーのはしゃぐ声を聞いて起きた。
「ごめん、ごめん。リコちゃんの鉢植えに実がついたんで」
「マジ!? やったじゃん」
「ありがとう」
本当に変われる時が、もう少しでくる。もっと、仕事を頑張らねば。
「そういえば、結構金貯まったな。替えの服買えるんじゃないか?」
「ああ、そうだな。今日、交代の時間になった時に買いに行くか」
「そうだね。もうボロボロになっちゃったし」
おばさんに買ってもらった時のように、ツーセットは無理だが、一式買えそうだ。
「よし、今日も張り切っていこう」
「ラジャー」
「はい!」
そして、今日も仕事が始まった。
「お弁当はいかがですか」
今日はミシェンは来ない。
「お弁当はいかがですか」
「それでは交代の時間です」
店長が言ったので、私達二人はエプロンを脱ぎ捨て、服売り場に直行した。
「いらっしゃいませ」
私は、服についてる記号と同じものが付いているサイズのものを選んだ。水色の長袖Tシャツと、青い長ズボン。そして下着も。ティスカも同様に選んでいる。
「これとこれと、あれとそれもください」
私は先に、指を差して店員に言った。金額が聞き取れず、ティスカに教えてもらい、お金を渡した。
お釣りと品物を受け取り、ティスカも好みの色の服を選んで買った。
「買えたね」
「もう少し早く買えばよかった」
小銭は意外と余った。戻ろうとしたところで、同じ服売り場にザイバーがやってきた。向こうは気付いていない。私達は時間がないのもあって、話し掛けるのをやめ、弁当屋に戻った。
仕事終わり、家に帰った。すると、ザイバーが早速着替えていた。
「おかえりー。どうだ? 俺の服」
「よく見えねえ」
「そうか……」
意味不明に落ち込んだザイバー。自慢でもしたかったのだろうか。私の希望の実では明るさが足りない。
「あたしたちは明日着替えよう」
「え、なんで?」
「綺麗な服で行きたいからさ」
「それもそうだね」
新品の服を土が付いた状態で歩くのは嫌だという気持ちは凄く分かる。
「二人はどういう服を買ったんだ?」
「明日のお楽しみ」
「待ち遠しいなあ」
ザイバーは、仕方なく横になった。が、飛び起きて、
「弁当は!?」
とティスカに近寄った。
「キモイなあ。今日は売切れで無し」
「マジかよ」
再び横になった。お腹が鳴っている。
今の体重は何キロだろう。どう見ても細い。この三人、絶対に会った時から痩せた。私のコンプレックスの一つであった四十八キロの体重も、四十キロしか無くなっただろう、と思った。スリムになるのはいいが、やっぱり食べたい。がっつり食べたい。
最近、お腹が空いて眠れないことが増えてきた。体はこんなに疲れているのに、不思議である。私は横になってみた。
「二人とも、もう寝んの? ならあたしも寝る。おやすみー」
「おやすみ」
寝るつもりはなかったが、ティスカが眠りにつこうとしているので、静かにした。私は希望の実の方を見る。また少し膨らんでいる。きっと食べられる日まであと少しだ。私はそれを糧に一層頑張ることにした。
朝になった。少ししか眠れなかった。
私は先に、昨日買った服を着ることにした。
木の裏に隠れ、上の服を脱いで、ブラジャーを外そうとすると、誰かが近づいてきた。
「おはよ。もう着替えてんの?」
ティスカだった。一安心すると、
「おはよう。先に着替えておこうと思って」
「一緒にザイバーに見せつけるつもりだったのに」
「そ、そうだったの……?」
私は慌てて元の服を着ようとすると、
「あ、いいから。あいつまだ寝てるし。あたしもこれから着替える」
ティスカはそう言って、買った服を持って来、隣の木の裏で着替え始めた。私もそれに合わせ、着替え始めた。
「どう?」
彼女は黒いTシャツと、赤の長ズボンを着て見せた。
「似合ってるよ」
彼女らしいチョイスだ。
私も青い長ズボンを穿いて見せると、
「リコらしいね」
と褒めてくれた。
「ありがとう」
私は笑顔で返した。
「よし、ザイバーを起こしにいくぞ」
「うん」
私達はザイバーの方へ向かった。そして、
「起きろ、ザイバー、起きろ!」
「起きて!」
「ん、なんだよー」
いつもならティスカだけなのに、私もいたせいか、驚いて起き上がった。
「ビックリしたー」
「どう、あたし達の服」
ザイバーは改めて私を含む二人を見た。
「おお、昨日買った服か。似合ってんじゃん」
「だろ」
ティスカがニヤリとした。
「どす黒さと元気過ぎる赤はピッタリだ」
「んだと!?」
ティスカの目は更にきつくなり、ザイバーを蹴った。
「いたたた。冗談だよ」
「冗談でも言い過ぎだ」
「だから悪かったって」
私は笑いながら聞いていた。
「リコちゃんも、青似合うね。てっきりピンクを選ぶのかと思ったけど」
「青が好きなんです。落ち着けて」
「そうなんだ」
面白くなさそうにしているティスカ。
「そういえば、俺の服、どうだ?」
青くて白いラインが入った半ズボンに、白いTシャツ。
「か、格好いいよ」
「無難だな」
「そうか……」
よっぽど自信があったのだろうか、彼は後ろを向いて座り込んでしまった。
「情けない奴」
「まあ、まあ」
こうして、新たな気持ちで仕事に臨んだ。
その後、希望の実の花びらが落ちていくのが楽しみとなり、とうとう、最後の花びらが落ちた。
「おめでとう、リコちゃん!」
「おめでと」
「ありがとう!」
私は膨らんだ橙色の実――といってもサクランボぐらいの大きさだが――を摘み取り、しばらく手のひらに載せて、一気に口の中に入れた。噛めば噛むほど、元気な味がしてくる。
そして飲み込んだ。
体中から自信が湧いてくる。
「凄い……!」
愛の実を食べた時はあまり感じなかったが、私に足りなかった「明るさの実」を食べたら、こんなにも違った。本当に、間違って食べるものではないな、と思った。
私は改めて二人を見て、
「実を食べられない二人や、愛を失ったサーベスティアの人々の分まで頑張るよ!」
と、意気込んで言った。
「そうこなくっちゃ!」
「どんなにサーベスティアの人達を救えなくても、役に立ちたい」
「変わったね」
ティスカもザイバーも、見違えた私を祝福してくれた。
仕事に行ってもいきいきとする。
「いらっしゃいませ!」
「お弁当はいかがですかー?」
「ありがとうございます!」
まるで前の自分が嘘だったかのようだ。これが新しい私、新生リコだ。
「いらっしゃいませ!」
ミシェンがやってきた。
「あ……」
「リコ……、変わったな」
心臓が高鳴った。
「その弁当一つ」
「あ、はい!」
ティスカはいつものように小銭を受け取り、お釣りを渡した。そして、私は弁当を差し出し、
「ありがとうございました!」
と言った。相変わらずミシェンの表情は能面のようだったが、何だろう、この気持ち。嬉しいのだけれど、何かが違う。
「どしたの?」
ティスカが訊いてきた。
「な、なんでもない」
何年ぶりの真の笑顔だろう。私は売り込みを続けた。




