その3
だんだん明るくなってきた。といっても、空は真っ黒な雲で覆われている。今が夜みたいだ。
私は森を抜けて、どの辺りにいるのか確認したかったが、ティスカのもとに戻る時に場所が分からなくなったら大変なので、彼女が起きるまで待つことにした。
今まで晴れが続いていたのは、六色の樹とその実のお陰だったのだろうか。
大分明るくなってきて、漸くティスカの姿を見ることが出来た。背が低く、肌は黒人のように黒くて、緑色の髪の毛をしている。
……もしかして、あの時聖堂から出てきた少女? 服は白いパジャマを着ているが、可能性は大だ。
「ん……」
ティスカが目を覚ました。
「おはよう」
「おはよ」
彼女はパジャマの上から目を擦り、私が言った挨拶に返した。
「今にも雨が降ってきそう」
「うん……」
私達は空を見上げた。
「あ、着替え……。ちょっと、パジャマのまま外を歩くことになるの!?」
「ごめん、本当にごめんね」
怒り出したティスカに謝る私。濃い緑色の瞳が隠れそう。
「とにかく、私が出来る限り償うから」
「約束だよ」
「勿論」
私は誓った。どんな駄目人間だからって、悪事を働いてしまったのだから、償わなければ。でも、ただ謝るだけでは、償いきれないと思う。もっと、何か人の為になることをしなければならないのではないか。
私達は森の外に出ることにした、慎重に。ここに来た道に足跡が残っていたので、辿っていったら、無事に森を抜け出せた。
聖堂に近づかないように、ゆっくりと色んな道を歩く。いつまで経っても、何処を歩いても静けさが漂って、気味が悪い。
市場の近くまで来た。静かなので、店を開いているのか遠くからこっそり見てみると、驚くべき実態を目にした。あの賑わっていた市場が静けさの中で、そして人々は無表情で売り買いしていたのだ。
「愛が無くなると、あそこまで変わるものなの……!?」
更に驚きの声を耳にした。
「六色の実が一つ無くなったんだってねえ」
「聖職者、怒ってるらしいわよ。犯人を探しているって」
「当然よねえ」
「真夜中だったから、どんな顔をしているか分からなかったみたいだけど」
客同士が淡々と話している。
「ど、どうしよう……」
「償うんじゃなかったの」
「そうだけど……」
見つかってしまったら、どんな刑に処せられるのか。私は怖くてどうしようもない。
「どけどけ!」
急に体格のいい男が私達の横を通り過ぎていった。
「金は返さねえぞ」
「返さなかったらぶん殴る」
「なんだとー、この野郎!」
今度は金で喧嘩だ。
「止めて!」
私は精一杯叫んだ。
「お前みたいな女に何が出来るって言うんだ」
「お願いだから、素直に盗んだお金を返してあげて」
「誰が返すもんか」
そのまま争いは続く。
私は耐えきれず、泣いてしまった。
「ちょっと、隠れよう」
ティスカの案に、私は同意した。
誰もいないのを確認すると、
「あれがリコが食べた愛か」
「私、愛を見せていたの?」
「だって、あんな男等に普通怖くて『止めて』なんて言えっこないじゃん」
「た、確かに……」
私が変わったところは、そこだったのか。でも、私に愛は足りていたと思う。それなのに食べてしまって、結局あまり意味が無かったことになるではないか。
って、今更何を考えてるんだ、とたった今考えていたことに自ら鞭を打った。
「向こうで怪我人が出たみたいだぞ」
今度は遠くから淡々としたおじさんの声が聞こえた。
「怪我人!? ……誰も助けてあげないのかな」
「あげてないんじゃない」
もう殆ど棒読みだ。店の人も、お客さんも、近くにいる人も。
嗚呼、と私はその場に崩れ去った。
「ちょっと、自分を責めすぎじゃないの?」
ティスカが私を支えた。
「だって、私がサーベスティアをこんな風に変えちゃったんだよ」
待てよ、とティスカは首を傾げた。
「あたしは結構性格きついって言われてんだけど、こうやって今二人でいる。淡々と喋ったりなんかしてないし……」
「どういうこと?」
「つまり、異世界人には影響が無いってこと」
「言われてみれば、そうだね。私達二人は何も変わってないね」
希望の実は植えた人自身だから、効果がある。だけど、六色の樹はサーベスティアのシンボル的存在で、植えた人とかは関係ない。こんな感じで、異世界の人には影響しないのだろうか。私は考えた。
「もう一回市場の近くまで行ってみよう」
「リコから言うなんて。また泣くんじゃないの」
「うっ……」
それでも、私達は行くことにした。




