その1
サーベスティアには街灯が無いので、夜は真っ暗でとても歩きにくい。下手すると転びそうだ。
確か、ミシェンの家の横の道を左に歩いて、右に曲がって……。
初めて行った日に帰ってきた時は、レンガの道しか通らなかった。というか、道は全てレンガで出来ている。そのレンガの道から外れないように気を付けながら、記憶を頼りに北西の方角へ進んだ。
実を食べたら、実を食べたら。それしか考えていない私。見つかっても黙っていればいいことだし、すぐにまた実るだろう。そう軽い考えで私は歩き続けた。
大分歩いた。かなりの距離があったと思ったが、いくらなんでも着いていい頃だろう。迷子になってしまったのかと嘆かないで、とにかく食べる為、私は歩き続ける。
すると、ほんのり光が見えた。虹色に輝く淡い光。その方向へ近づくと、あの六色の樹だった。
実に不思議な樹だ。本当にサーベスティアと共に誕生した木なのかもしれない。
分かり易い目印になっていて良かった、と私は嬉しくなった。今から実をもぎ取り、食べるのだ。そしてとうとう私の何かが変わる。
だが、もぎ取るにしては大き過ぎた。サッカーボール二個分はある。普通に引っ張っても取れない。
全身全霊をかけて引っ張った。
ブチッという音がして、取れた。やっと食べられる!
私は皮をも剥かずガブリとかじりついた。甘いとか苦いという味ではなく、愛の味がした。何て幸せな気分なのだろう。私はどんどん食べて、一気に全て食べ尽くした。何処にそんな胃袋があるのか分からない。果肉がぎっしり詰まっていなかったからだろうか。
嗚呼、何て素敵な輝きをした樹なのだろう。
そんなことを考えていたら、段々雲が出てきた。月も隠れてしまった。
早く帰らないと。
どんどん暗くなっていき、私は帰り道に困り出した。
と、突然、何者かが現れた。暗くて見えないが気配を感じる。足音は私の方に近づいていき、更に数が増えている。
私は恐怖でいっぱいになった。六色の実を食べたことに気付かれたのか。でもそれはおかし過ぎる。その前に急に暗くなったからだ。
今度は走り寄る足音が聞こえた。私は襲われているのか。
目を瞑った途端、
「こっちに来な!」
私は何が何だか分からないまま、幼い声の主に手を握られ、急に走り連れ去られた。
今度は何なのだ!?
とにかく走る。足音無き気配が追ってくる。転移術か。
走って、走って、レンガの道を外れ、気付いた時には森の中にいた。私は地面に膝をついた。喉が痛い。
あの足音無き気配はもう無かった。私はあの声の主に助けられたのか。
「っく……」
「大丈夫!?」
幼い声の少女は苦しそうな声を出した。さすってあげたかったが、居場所が全くと言っていいほど分からない。
「何て事したんだよ」
少女は私の耳を引っ張った。
「痛っ」
「あんた、サベスの樹の実、食べたでしょ」
心臓が突き出そうになった。
「あたしには分かる。急に聖職者達が動き始めたのを聞いた。それで外に出てみたら、あんたが襲われてたんだ」
「ごめん……」
ここまで言われてしまえば、否定することができない。
「サベスの樹のこと、実のこと、どれだけ知ってんの?」
「サーベスティアの中心で、崇められてて、実が人々のエネルギーになってる、だよね」
「それしか知らないの?」
少女は呆れているようだ。
「サベスの樹は、六つの実が揃わないと成り立たないんだ。下手すると、この世界が崩れ去るかもしれないんだよ」
「そ、そんな……。私、とんでもない事を」
「うっ……」
また苦しそうにしたので、私は「大丈夫」と声を掛けたが、
「あんたのせいでしょ」
ときっぱり言い捨てた。
私の目には涙で溢れていた。いくらなんでも冷た過ぎる。
「泣いてる場合じゃないよ」
「私、何も変わってない……」
「はあ?」
「あ、いや、別に……」
実を食べたけれど、心は強くなっていない。食べても何の意味もないのだろうか。それとも、私には無関係の実を食べたってことなのだろうか。
「説明を続けるよ。まだあんたが食べた実が一つだったからこの程度で済んでるけど」
「天気のこと……?」
「見りゃ分かるだろうが。それと、あんたが食べた実は、『愛の実』だな」
「愛の、実……」
「紫の実だよ、一番下についてる奴」
「う、うん。一番下のを……」
「駄目だこりゃ」
「えっ」
紫の、愛の実。愛といえば、愛するとか、愛情とか、色々あるけれど……。
「まず実の説明から。六つの実の中にはそれぞれ違うエネルギーが蓄えられていて、人々に大地を伝って少しずつ与えられる。人間のある部分が偏ると、そのエネルギーが補う。そういう仕組みになってるのさ」
「……」
「次に実を食べる。……といっても今まで誰も食べたことが無いから分からないけど、さっき説明した通り、実がエネルギーを与える。だけど、その実が無くなっちゃったら?」
「そのエネルギーが人々に与えられなくなっちゃう……」
「その通り。で、あんたが食べたのは愛の実。だから、愛のエネルギーが与えられなくなっちまった訳さ」
「え、それって、みんなの心の中から愛が消えてしまったってこと!?」
「正解」
「そんな……」
「そして、蓄えられてた愛のエネルギーが、あんたの体の中に入った、全員の分。何か変化感じてない?」
サーベスティアにいる人達全員分の愛を、私が食べてしまった!? 取り返しのつかない事をしてしまった。私は何て愚かな人間なんだ。実を食べて「幸せ」なんて感じて……ん、幸せ?




