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愛だけを失った世界「サーベスティア」  作者: 佐々木 綾
第4章 愛を食べたリコ
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その1

 サーベスティアには街灯が無いので、夜は真っ暗でとても歩きにくい。下手すると転びそうだ。

 確か、ミシェンの家の横の道を左に歩いて、右に曲がって……。

 初めて行った日に帰ってきた時は、レンガの道しか通らなかった。というか、道は全てレンガで出来ている。そのレンガの道から外れないように気を付けながら、記憶を頼りに北西の方角へ進んだ。

 実を食べたら、実を食べたら。それしか考えていない私。見つかっても黙っていればいいことだし、すぐにまた実るだろう。そう軽い考えで私は歩き続けた。

 大分歩いた。かなりの距離があったと思ったが、いくらなんでも着いていい頃だろう。迷子になってしまったのかと嘆かないで、とにかく食べる為、私は歩き続ける。

 すると、ほんのり光が見えた。虹色に輝く淡い光。その方向へ近づくと、あの六色の樹だった。

 実に不思議な樹だ。本当にサーベスティアと共に誕生した木なのかもしれない。

 分かり易い目印になっていて良かった、と私は嬉しくなった。今から実をもぎ取り、食べるのだ。そしてとうとう私の何かが変わる。

 だが、もぎ取るにしては大き過ぎた。サッカーボール二個分はある。普通に引っ張っても取れない。

 全身全霊をかけて引っ張った。

 ブチッという音がして、取れた。やっと食べられる!

 私は皮をも剥かずガブリとかじりついた。甘いとか苦いという味ではなく、愛の味がした。何て幸せな気分なのだろう。私はどんどん食べて、一気に全て食べ尽くした。何処にそんな胃袋があるのか分からない。果肉がぎっしり詰まっていなかったからだろうか。

 嗚呼、何て素敵な輝きをした樹なのだろう。

 そんなことを考えていたら、段々雲が出てきた。月も隠れてしまった。

 早く帰らないと。

 どんどん暗くなっていき、私は帰り道に困り出した。

 と、突然、何者かが現れた。暗くて見えないが気配を感じる。足音は私の方に近づいていき、更に数が増えている。

 私は恐怖でいっぱいになった。六色の実を食べたことに気付かれたのか。でもそれはおかし過ぎる。その前に急に暗くなったからだ。

 今度は走り寄る足音が聞こえた。私は襲われているのか。

 目を瞑った途端、

「こっちに来な!」

 私は何が何だか分からないまま、幼い声の主に手を握られ、急に走り連れ去られた。

 今度は何なのだ!?

 とにかく走る。足音無き気配が追ってくる。転移術か。

 走って、走って、レンガの道を外れ、気付いた時には森の中にいた。私は地面に膝をついた。喉が痛い。

 あの足音無き気配はもう無かった。私はあの声の主に助けられたのか。

「っく……」

「大丈夫!?」

 幼い声の少女は苦しそうな声を出した。さすってあげたかったが、居場所が全くと言っていいほど分からない。

「何て事したんだよ」

 少女は私の耳を引っ張った。

「痛っ」

「あんた、サベスの樹の実、食べたでしょ」

 心臓が突き出そうになった。

「あたしには分かる。急に聖職者達が動き始めたのを聞いた。それで外に出てみたら、あんたが襲われてたんだ」

「ごめん……」

 ここまで言われてしまえば、否定することができない。

「サベスの樹のこと、実のこと、どれだけ知ってんの?」

「サーベスティアの中心で、崇められてて、実が人々のエネルギーになってる、だよね」

「それしか知らないの?」

 少女は呆れているようだ。

「サベスの樹は、六つの実が揃わないと成り立たないんだ。下手すると、この世界が崩れ去るかもしれないんだよ」

「そ、そんな……。私、とんでもない事を」

「うっ……」

 また苦しそうにしたので、私は「大丈夫」と声を掛けたが、

「あんたのせいでしょ」

 ときっぱり言い捨てた。

 私の目には涙で溢れていた。いくらなんでも冷た過ぎる。

「泣いてる場合じゃないよ」

「私、何も変わってない……」

「はあ?」

「あ、いや、別に……」

 実を食べたけれど、心は強くなっていない。食べても何の意味もないのだろうか。それとも、私には無関係の実を食べたってことなのだろうか。

「説明を続けるよ。まだあんたが食べた実が一つだったからこの程度で済んでるけど」

「天気のこと……?」

「見りゃ分かるだろうが。それと、あんたが食べた実は、『愛の実』だな」

「愛の、実……」

「紫の実だよ、一番下についてる奴」

「う、うん。一番下のを……」

「駄目だこりゃ」

「えっ」

 紫の、愛の実。愛といえば、愛するとか、愛情とか、色々あるけれど……。

「まず実の説明から。六つの実の中にはそれぞれ違うエネルギーが蓄えられていて、人々に大地を伝って少しずつ与えられる。人間のある部分が偏ると、そのエネルギーが補う。そういう仕組みになってるのさ」

「……」

「次に実を食べる。……といっても今まで誰も食べたことが無いから分からないけど、さっき説明した通り、実がエネルギーを与える。だけど、その実が無くなっちゃったら?」

「そのエネルギーが人々に与えられなくなっちゃう……」

「その通り。で、あんたが食べたのは愛の実。だから、愛のエネルギーが与えられなくなっちまった訳さ」

「え、それって、みんなの心の中から愛が消えてしまったってこと!?」

「正解」

「そんな……」

「そして、蓄えられてた愛のエネルギーが、あんたの体の中に入った、全員の分。何か変化感じてない?」

 サーベスティアにいる人達全員分の愛を、私が食べてしまった!? 取り返しのつかない事をしてしまった。私は何て愚かな人間なんだ。実を食べて「幸せ」なんて感じて……ん、幸せ?

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